「え、ちょ、ユーキチャン!?」
インハイ予選トーナメント決勝。説得の甲斐あってまこちゃんと二年の先輩二人をベンチに入れる事は出来た。だが三人ともスタメンには使ってもらえず、現在対戦相手──誠凛高校に1点リードを許している形である。格下どころか新設校で一年しか居無いチームだからって、きっと舐めてるんだろう。
六月のじめじめした空気で満ちた会場、私は出来るだけ人の視線から逃れたくて下を向き走る。隣の原ちゃんが何か言ったが今は無視だ。元々ハーフタイムには控え室に行く予定だった、少し早まっただけ。控え室が列ぶ廊下で警備員に学生証を見せ通してもらう。頼まれて作ったレモンの蜂蜜漬けを用意していると、選手達が入って来た。
「種田ちゃーん! はちみつレモンとかマネージャーの鑑! 流石俺の天使!」
「お前が頼んだんだろ、蜂蜜レモン」
「先輩試合出てない。どいて下さい」
「先輩、結希困ってますよ」
「はいスミマセン花宮君ゴメンナサイ!」
梅雨なんかにべたべたしないで。
抱きついてきた先輩はまこちゃんが声をかけるとサッと身を退いた。私ではなくまこちゃんに謝る辺り、既に花宮恐怖政治が敷かれているのだろう。こういう人は中学の時も見た。まだ入学二ヶ月ちょいの筈なんだけどな。しかしスタメン始め三年が思ったよりもやる誠凛にピリピリしているのに、まこちゃんも二年の先輩二人もマイペースな人達だ。
花宮恐怖政治に遠い目になりながら、監督を廊下に連れ出し説得する。後半は三人を出す事、このままでは点差が開き兼ねない事、相手の7番が有名な選手でよくやる事。
「霧崎が予選トーナメントで敗退なんて許されるんですか?」
「三年のスタメンを信じられないのか」
「いえ。三年の先輩方も強い、ですが悔しい事に誠凛はそれ以上です。花宮さんは全中2位の実績がある、彼と同格と言われているのが相手の7番です」
「……種田、お前は花宮や二年と仲が良いが、だからと言って、」
「決してそのような甘い考えで申してはおりません。二年の先輩方の実力も花宮さんの実績も、私は関係無い、彼ら自身のものです。マネージャーとしては出過ぎた意見だと承知しています……ですから一選手として、全中3位、霧崎女バスエースとして申します。あの三人を試合に投入して頂けませんか?」
「…………」
「非常に申し上げ難いのですが……このままでは今日が、先輩方の 最 後 の 試 合 になり兼ねないと思っています」
最後の言葉が効いたようだ。監督は渋々、考えておこうと言った。
「おかえりー……ユーキチャン無視?」
「……ただいま」
「大丈夫か?」
「ん」
席に着いて振り返る古橋さんの瞳に安堵する。私は通路側で隣が原ちゃん、ザキちゃん。前が古橋さんでその隣に健ちゃん……は寝ている。第3Qが始まっているが二年の先輩は出てもまこちゃんの姿はベンチだった。どこまでも年功序列、監督は何を考えているのか。いや、何も考えていないのか。
「木吉……『無冠の五将・鉄心』は伊達じゃねぇな」
「キヨシ? ムカン? テッシン? なにそれ、ザキ頭湧いた?」
「違ぇよバカ。お前知らねぇのか? 誠凛の7番、木吉鉄平。中学ん時『無冠の五将』って呼ばれてたスゲー選手が五人居んだよ、それぞれ肩書きが付いてて7番は『鉄心』」
「へー、オレの中学弱かったから知んないわ。つーか肩書きって何、ザキそんな名前付けて恥ずかしくないワケ?」
「俺が付けたんじゃねぇよ! 因みに花宮もその内の一人だぞ、『悪童』って呼ばれてる」
「あ、そっちはなんか納得」
『鉄心』木吉鉄平。確かに彼は凄いけど……今日は少し違和感があるような。中学時代、母校を避けて覗いた男バスの試合。あの頃よりリバウンド勝負や咄嗟の判断、走り出しが遅い気がする。彼はもっと出来た筈だ。
それよりも眼鏡の4番が気がかりだ。スロースターターかスイッチが入らないと駄目なタイプなのか、木吉さんに引っ張られるようにどんどんコンディションが良くなっていく。最初はただのそこそこシューターだったのに。これその内手が付けられなくなるんじゃないかな。
「あと種田もな。『無冠の六将目・死篭』って一部で呼ばれてる」
「…………マジ?」
「ザキちゃんきらい、その名前きらい」
「なん、ッでだよ! ……まぁ変っつーかヒデー名前だけどよ、名前付くくれぇスゲーって事だろ? 俺はその……カッケーと思うっつっただろ、お前の試合良かったって」
「……うん、ザキちゃんすき」
「お、ぉおう」
「うわザキキモい! でも納得だわ、ユーキチャン運動神経良いもんな。もしか水曜遅れたり、ちょくちょく試合居無かったのって女バスの方出てたり?」
「うん」
第4Qになったがまこちゃんは出場しなかった。
時間が経つにつれ、案の定じりじり少しずつ離されていく。木吉さんには劣るが、5番は視野が広そうで誠凛のラン&ガンスタイルの要か。6番8番も軽視出来無い。6番は荒削りながらセンスが良く、8番は地味だが堅実でああいう人が居るとやり易い。要するにどの選手も中々粒揃いなのだ。一年だけでここまで勝ち上がって来ただけある。
10点差が付いた時、やっとまこちゃんが出された。遅い。先輩達は確かに強い、そりゃぁ都内三大王者に敵わずとも強豪と呼ばれる霧崎第一男子バスケ部だ。だがそれにリードを取り、木吉さんも居る誠凛相手では、流石のまこちゃんと言えど10点差は厳しいのではないだろうか。バスケに一発逆転は無い。遅過ぎる。でも、
「ねーねー、花宮出るよん。今日は嬉しい? ……よね? 公式試合だし」
「うん、嬉しい」
もしかしたら、彼なら。
まこちゃんはもう勝利を諦めているかもしれない、だから必死にならないかもしれない。それでも彼はしょーいち先輩曰く、執着している、バスケに執着しているから。例え勝利を諦めていても、きっとただでは転ばない。
「やはり花宮のパスは美しいな」
「解る。取り易いよな」
「あ……」
「さぁディフェンス! とにかく一本止めましょう、諦めなければチャンスは来ます! 意地見せましょう!」
「ブッハ! ちょ、花宮爽やか過ぎてウケる!」
原ちゃんは笑うけど。全中3決のあの時みたい、すてきな空気。何を考えてるんだろう、何をしてくれるんだろう。あぁもっと近くで見たいのに、折角マネをやってるのにまだ一年の私はあのコートの近くに居られない。誠凛のマネが羨ましい、コートに立つ選手が羨ましい。
荒削りな6番がシュートを落とした。リバウンド勝負。まこちゃんが、何故か解り易く合図を送る。
「「「あ、」」」
「え? あぁ……大丈夫かよ『鉄心』。派手にいったなぁー」
着地した木吉さんは、そのまま崩れ倒れ込んだ。痛むのか脚を押さえ叫んでいる。眼鏡の4番がまこちゃんの胸ぐらを掴む。何か言っているが観戦席には届かない。4番は気付いたのかな、合図。もしかしたらまこちゃんは態と4番に気付かせたのだろうか。いや、既にまこちゃんの手中だったらしい先輩が、彼の意図に慣れていないからかもしれない。取り敢えず審判はさっさと4番にファール取ってくれないかな、胸ぐら掴んでるよ。そもそも何故実行犯の先輩には噛みつかないんだろう? 合図に気付いたから? 『悪童』って知ってたとか?
つらつらと考えながらも、思わず口角が上がる。ほら、ただでは転ばない。執着してるからこそ対峙する者を潰す、自分達以外を壊す、相手からバスケを奪う。独り占め、掃討……私はこれをそういう行為じゃないかと思ってる。
「ヒュウガ止めろ!」叫ぶ木吉さんも故意だと気付いてそうだが、冷静なのか笑顔で4番に言葉をかけている。「ぜってー勝つぞ!」はは、まさに青春って感じ。この試合は誠凛の勝ちかもしれない。でもあの様子じゃ木吉さんは決勝リーグに間に合わないだろう。いくら誠凛が粒揃いとは言え、木吉さんを欠いて勝てる程この先は甘くない。この試合に勝っても意味なんて無い。次なんて来無い。ぶっ潰れる青春。担架で運ばれる程辛そうな木吉さんには悪いけど──……
「──最っ高」
キラキラドロドロしてるまこちゃんも、彼らの壊れゆく青春も。
「ユーキチャンってば、なんつーエッロい顔してんの?」
私の呟きが聞こえたのか、原ちゃんがこちらを向いて言う。えろい顔ってなんだろうという考えが頭に、前の古橋さんと健ちゃんがこちらを振り返るのが視界に、掠めたが直ぐ意識から消える。だって今はまこちゃんが最高に素敵だから。一秒たりとも見逃せない。
まこちゃんはこれ以上何かするつもりは無いのか至って普通だ。でも満足してそう。あぁ格好良いな、きっと今楽しいんだ。勝てないかもしれない。それでも誠凛のこの先と、木吉さんと、彼らの青春をぶっ潰してさぞ楽しいだろう。ほんと、木吉さんには悪いけど……私もとっても楽しい。
木吉さんを欠いた誠凛は4番のスリー以外案の定攻めあぐねていた。“──私が本気出さないとどーせ勝てないでしょって、証明でもしたいんでしょ”誰かの声が聞こえた気がした。そう、仲良く青春やってる誠凛は、『鉄心』無しでは結局この程度だ。証明されてしまったね。さっさと君達の青春も潰れろ、真っ黒に塗り潰されてしまえば良い。
少しずつ点差は詰まったが、あのスリーが効いたのか誠凛が逃げきった形となった。83-84で負け、霧崎のインハイは夏を待たずして幕を閉じた。
バスまでの帰り道。意気消沈している部員の列。特に三年は誰も話さない。
試合が終わって控え室に行った時、監督は涙を溢す三年を残し、私とまこちゃんと二年の先輩を廊下へ呼び出してほんの少し褒めた。有力選手を欠いたとは言え、10点差を1点差まで縮めたのは評価されたらしい。少しだけ監督を見直し……いやもっと投入が早ければ負けてなかったんだけど。「僕がもっとやれてれば、せめてもう少し早く活躍できてれば……先輩達のインハイは終わらなかったのに、ッすみません!」まこちゃんは半泣きで私はその演技力にドン引きした。しっかり、監督の落度を混ぜる辺り流石だ。要はもっと早く出せって事。
「結希、どうだった」
列の最後部、少し遅れて歩く。小さな声で問うまこちゃん。
「負けたのは……残念、だけど。最高だったよ」
「ふはっ、マジで酔狂だな」
本当は悔しくて堪らないかもしれない。だが私の答えに、倒れた木吉さんに、この先の誠凛の敗北に、酷く満足そうに笑うまこちゃんは、まるで悪役みたいだ。そしてこんな風に歪んで捻くれてもバスケに執着する彼の姿は、きっと最低だけど、最高に格好良い。
今は梅雨で、明日は私の試合で、どう仕様も無く億劫だけど。珍しく晴れた空と今日の試合は、憂鬱なこの時期を耐え凌ぐ事への、とっておきのご褒美だと思った。