「種田は料理出来るか?」
「人並みには出来るかと」
「よし! じゃあ夏の合宿、食事の準備は任せたぞ。頑張ってくれ!」
はっはっは、と笑う監督に唖然とする。一昨日もそうだった、この人ほんとどう仕様も無い。
詳しく話を訊くと、合宿の参加者は二年とレギュラーのみ(とは言え一年レギュラーはまこちゃん一人である)、三年は引退旅行、一年は学校で通常練習との事。調理師は一人雇うそうだが、それでも三十人以上の食事を二人で朝昼晩……私は通常のマネ業だってあるし素人、実質調理師一人だ。プロなら出来るものなのだろうか? 無茶だと思う。
因みに引退旅行は文字通り、引退する三年を労う旅行らしい。なんだそれ。
「そもそも二年だけって……バスケ部に充てられた部費は多い筈ですよね?」
「引退旅行で使う分を差し引いて、余裕を持たせるとこうなるんだ」
こうなるんだ、じゃない。引退する選手ではなく下、というか見込みのある人間を伸ばすために部費は使って欲しい。秋からはウィンターカップへ向けて動き出す。また年功序列でスタメンを組むつもりなのだろうか。まこちゃん以外全員二年の未来しか見えない。
「予算表下さい。引退旅行費や予備を抜いていない、現在の、予算表、下さい」
私は粘りに粘って無理矢理予算表を手に入れた。近くにいた教員達は苦笑いしていたが、そんなもの知ったこっちゃない。
お昼ご飯を教室で食べながら、まこちゃん健ちゃんと三人で机を引っ付けて予算表とにらめっこする。頭の良い人は使わなければ。まこちゃんが全体のバランスを見ながら検討する、健ちゃんがどれくらい削るか計算する、私はご飯を食べる。つまり丸投げだが組織とは役割分担と適材適所が大切だ。
「親御さんにご挨拶? 娘さんを下さいなの?」「お母さん渋い顔してるけど反対?」クラスの女子に笑われた。体育祭の時敵意を持った二組女子に囲まれたまこちゃんは、その完璧な猫かぶりを持って彼女達に認められた(?)らしい。
「だってさ健ちゃん、ケッコンする? 花宮さん、健ちゃんを僕に下さい」
「……俺突っ込まねぇよ」
「結希……それ全部違うからね?」
綺麗に笑うまこちゃんに、女子が格好良いと歓声を上げる。だが足元を良く見て欲しい、彼は私の足を踏んでいる。
一先ず引退旅行の移動手段をグリーン車から普通席へ、可能なら男バス所有のバスへと変更。更により安い合宿所を探す。高校所有の合宿所は使用料が結構高かったのだ。こういうのは既に学費に入ってて無料で使えるものじゃないのかな、よく解んない霧崎事情。もう学校ですれば、との提案は却下されてしまった。「浮かれる人も居るだろうけど、普段と違う環境はモチベーションも上がるだろ?」尤もらしい意見は、体育館で雑魚寝なんて堪ったもんじゃ無いとの小言で台無しにされた。
結果遠くなるが格安の区営運動宿泊施設に決定。備品が心許無いので一部は学校から、タオルや洗面具等は個人で、それぞれ持参する事になった。充分である。浮いた予算で一年の一軍も参加出来、調理師も二人雇える。ばんざい。
「すぐ持ってく」
「俺も行くよ」
急いでご飯を食べ終えまこちゃんと二人で職員室に行き、予算案を監督に叩き付ける勢いで見せる。引退旅行の足と合宿所変更に難色を示したが、そこはまこちゃんの演技力の出番だ。更に近くの席だった担任がプリントを覗き込み大げさに褒め、その声に職員室に居る教員が集まった。「これは種田さんが組んだのか?」ほぼまこちゃんと健ちゃんがしたと答えると流石花宮、あれでも瀬戸はやるな、もう監督は花宮が、等と大絶賛。監督面目無いな。ちょこちょことまこちゃんが謙遜と有能さを振りまき予算案は決定……どころか他の教員の助言により引退旅行費が削られ、一年全員が合宿に参加出来る事になった。花宮猫かぶり政治。
「いやー良かったな花宮種田、お前らの監督の顔見たか?」
一年二組は今日五限が担任の授業なので、三人で教室に向かう。笑う担任はどうも監督が嫌いなようだ。監督の年功序列は職員室でも猛威を振るい、大学の後輩にあたる担任は良く被害に遭うらしい。しかし残念な事に生徒からの授業の評判は担任の方が高く、成績も担任が担当しているクラスの方が高い。良いとこ無しじゃないか監督。他の教師からも色々と不評らしい。ほんと良いとこ無しじゃないか監督。もう監督業は花宮が、なんて冗談に納得した。
「本当に。花宮監督やらんのか? 出来るんだろ?」
担任は悪戯に口角を上げてまこちゃんを見た。「……んじゃま、花宮も授業適当に頑張れよ」わしゃわしゃ彼の頭を撫でて教室へ入って行く。ユルい、けどよく人を見ている人だ。まこちゃんは愛想笑いも、悪どい笑みも浮かべず、じっと真剣な表情で担任の背中を見ていた。
出来るだろ、では無く、出来るんだろ──やろうと思えば出来るんだろ。
「花宮監督、どうされました?」
「ふはっ、悪くねぇな」
そういえば引退旅行は監督が行くけど、合宿の引率は誰なんだろう。
「夏期合宿の詳細が決まりました」
決定した詳細を話せば一年は参加出来る事に喜び、去年参加した一部の二年は合宿所の変更に喜んだ。どうも霧崎所有の合宿施設は設備が整い過ぎていて肩が凝るらしい。ツインじゃなく大部屋に皆で泊まってみたかったんだと聞こえて、学校合宿でも良かったんじゃと思った。
懸念していた引退旅行の規模縮小への文句も出無かった。そもそも三年は数人しか来ていない。インハイが終わってからというもの、三年の練習参加者は減っている。一応一学期までは正式な引退では無いのだから来て欲しい気もする。締まらない。
減った部員にマネ業が楽になり、空き時間に合宿メニューを検討する。既に殆ど出来上がった状態で渡されていたが、少し思う所が有るのだ。それは桐皇視察で感じたパワーとスタミナ──フィジカル不足である。三年には少しだけパワー型の部員が居たが、一二年は皆細い。一年は仕方無いかもしれないが、それでも細い人が多い。
(私の仲良しも皆細い、特にまこちゃんと健ちゃん)
二人とも頭が良いから、糖なんかの栄養は全て脳に吸い取られてしまうのだろうか。まこちゃんはもっとカカオ含有量の低いチョコを食べるべきだ。そもそもいつもあんなに沢山ご飯を食べているのに燃費が悪過ぎる。
健ちゃんなんてあんなに寝ているのに、寝る子は育つと言う言葉は縦にしか当て嵌まらないらしい。更に少食という事実。彼の嗜好品もまこちゃんと同じく、甘く無かったらどうしよう。
二人のドリンクに細工しようにも、カロリーゼロの甘味料はあれどカロリー過多の甘く無い調味料なんて聞いた事が無い。あぁでも体作りに必要なのは糖じゃなくてタンパク質だっけ……思い出した、プロテイン。
「ユーキチャンなにしてんのー?」
原ちゃんは集中力が無い。スタミナはそこそこなのに集中がほんと続かない。私が自主練をする時のように音楽を聴くのは良いかもしれない、あれは集中できる。あとは見返り──ご褒美があれば頑張れそう。なんとなく。
康くんはバランスが良いので、今のところ特出した問題は無さそうだ。
ザキちゃんはシュート練かな。筋力・パワー・スタミナは一年で一番だし、体育祭の時に見えた腹筋は綺麗に割れていた。ちょいマッチョ? って言えば良いのかな、
「ザキちゃんが一番良いよね」
「は……?」
「……ユーキチャンなんの話?」
「体の話」
「「は? ちょ、え?」」
「ん?」
顔を上げると割れたガムを口に貼り付けた原ちゃん。汚いよ。その後ろには顔を真っ赤にしたザキちゃんが居た。
「ザキちゃん大丈夫?」
「………………えっ……?」
これはもしかして熱中症だろうか。今日は空調の不具合でいつもは最低限かかっていた冷房が止まっている。部員の体調変化に気が付かないなんて最悪だ。急いで駆け寄りボトルとタオルを渡す。が、全然受け取って貰えない。意識が朦朧としてるのだろうか。取り敢えずと手を伸ばして顔周りの汗を拭く。暫くしてワタワタと動き出したザキちゃんに、大丈夫かと再度訊く。
「カラダの話って……なに?」
「ザキちゃんが一番良い体してるよねって話。たぶんだけど」
「ちょ、た、種田!?」
「? だって皆のは見た事無い」
「!!?!?」
「……ザキってばオレにあんな事言っといて何したワケ? ナニ?」
「それよりザキちゃんこっち」
手を引いて壁際に座らせる。氷嚢を首や四肢の付け根に置いてタオルで扇いでいると、原ちゃんに呼ばれてまこちゃんが来た。「お前何やった」何故私が何かやらかした前提なのか。確かに気付かなかった私の不注意だが、普通に熱中症である。「トドメはユーキチャンでしょ」熱中症のトドメってなんなんだ。
ザキちゃんを心配して寄って来た部員をまこちゃんが追い払う。もう花宮監督は統治しつつあるのかな、と周りを見ると皆結構ふらふらだ。急いで休憩を入れ、慌ただしく氷嚢やドリンクの用意をする。寒がりの私でも流石に暑い。
落ち着いたところでまこちゃんが体育館を見渡し舌打ちした。
「これもう練習になんねーな……」
確かに死屍累々直前だ。
悪い事は重なるもので、今日は今年最高気温を叩き出している。広い体育館とは言え、風の無い今日は五ヶ所の扉を開けていても少しも涼しくならない。毎日冷房の効いた校舎と、熱中症にならない程度に整えられた体育館で過ごす部員達には辛いようだ。ちょっと軟弱な気もするけど。
まこちゃんが監督の元へ行き、少し話して今日の練習は終了となった。後は自由解散らしい。きっとこれまこちゃんの指示だよね、最早監督要らない。というか今週の頭に監督やればって話が出た筈なんだけど。権力握るの早過ぎ。
「花宮監督怖いです」
睨みを無視して全体的なフィジカル不足、合宿メニュー、ドリンクのプロテイン話を告げる。ここで監督よりまこちゃんに話を持って行く辺り、私も統治されている。すると隣で話を聞いていた原ちゃんが納得した。「じゃーザキのカラダ見た話は?」「体育祭」「あー」どうやら私が言葉足らずだったので勘違いしたらしい。何をか訊いたがはぐらかされてしまった。
「ザキちゃんが一番体出来てる。皆細い。だから倒れるんだ「その山崎が一番に死んでんだけどね」
「とかいう健ちゃんは特別細いからね。だからいつもヘバって「俺は寝てんの」
「と言うか、一番小さく細い種田がぴんぴんしているのが不思議でならない。最初に死んでしまいそうだが」
「「確かに」」
勝手に殺さないで欲しい。康くんの言葉に健ちゃんと原ちゃんが同意する。なんなんだお前らまで。これでも毎日ちゃんと体作りはして……確かにたまに貧血でやばかったり、ご飯抜くけどそれは置いておいて。部活終わりや日曜は外で練習もしている。小さく細い言うな。いらっとしたので、力こぶを作り元凶発言をした康くんに宣戦布告する。
「康くんちょっと1on1しよ」
「「「は?」」」
「ふはっ、結希チャンは俺には頼んでくんねーのかよ?」
「アップ無しに、しかも1on1でまこちゃんとじゃ手も足も出る気しないもん」
「……俺には手も足も出ると?」
「一応」
「いや古橋相手でも無理っしょ!」
マネの時もバッシュは履いている、その裏を手で撫でるように拭いキュッキュと地面を蹴る。大きく深呼吸し、その場で二回ぴょんぴょんとジャンプ。
「ふっ、康次郎クンには負けそうで怖いからハンデでも貰おうかなぁ……」
「……」
「なぁんて言うわけねぇだろ、ばーか」
まこちゃんの真似をして悪い顔で舌を出した。