「康次郎クンには負けそうで怖いからハンデでも貰おうかなぁ……なぁんて言うわけねぇだろ、ばーか」
花宮の真似をする種田の笑みが自棄に好戦的でドキッとした。
「ふはっ、俺の真似してんじゃねぇよ、バァカ」
花宮の笑い声で我に帰る。俺今ゼッテー顔赤ぇ、熱中症で良かった……かも。
「そういう表情も出来たのか、良いな。やろう」
挑発に乗った古橋が立ち上がる。「音楽とアームスリーブ欲しい」器用に腕の上でボールを走らせる種田は余裕そうだ。本気は出さないかもしれないが、俺は今から始まる1on1が楽しみで仕方ない。
俺が種田を知ったのは中二の春、初めて買った月バスの注目中学生記事に彼女は載っていた。その後友達に誘われて応援に行った試合で、実際に彼女を見た。正直、上手いが騒ぎ立てる程だろうかと、やっぱ女子ってこんなもんかと思った。だが中三の全中、男子が始まるまでの暇潰しで見た女子の試合で、俺は彼女の本当のプレーを知る事となる。本人は「あんなの」と言ったが凄く格好良かった。ただ強いから、上手いからって訳じゃ無い。それまで窮屈そうな様子から、のびのびと、まるで羽を広げるようにプレーする姿に魅了された。その頃には既に『無冠の六将目・死篭』、男子にも通用するなんて言われていて。俺は種田結希に対する評価を改めさせられた。
「ユーキチャン有名人なんだっけ?」
「有名かは……微妙だな、俺らん世代は女バス自体人気ねぇマイナーだろ?」
「だーかーらー、オレの中学弱かったからバスケ部事情とか知んないっての。でもザキ付けてたじゃん、変な名前」
「『死篭』な、俺が付けたんじゃねぇっつーの」
「つっても所詮女子だしなー……話になんないっしょ」
「……俺は1on1で負けた「山崎が弱いからじゃなくて?」
「ッう、煩ぇよ! それもあるけど、少なくとも一年の中じゃ花宮以外敵わねぇぞ」
「……ないでしょ」
花宮は言い合う俺達を愉しそうに眺めている。体育館に人は殆ど残って居無い。少ない部員達は誰も練習はしておらず、開いたコートの半面に向かい合う古橋と種田に注目している。そりゃあ小さな女子マネと、一年の中でそこそこやる一軍候補だ。瀬戸も珍しく起きている。
「女子は小さなボールを使うんじゃなかったか?」
「いつも練習はこれでするから大丈夫。十本先取で良い?」
「良いだろう」
「康くんストバスと1on1の経験は?」
「両方無いよ」
「そっか。……勝手に殺した事、存分に後悔させたげるから覚悟して?」
「俺は『死んでしまいそう』と言ったんだけど?」
「ふっ、一緒だよ。勝つ自信は?」
「あるに決まってる」
「じゃぁ先攻は譲ろう、ハンデだ」
「自棄に挑発するな……」
古橋にボールを投げた種田が、もう一度深呼吸して二度ジャンプした。その姿があの第4Q開始前とダブる。
始まった1on1。最初の古橋のオフェンス、種田は何も、身動き一つしなかった。本気でハンデを与えるらしい。種田のオフェンス、簡単にボールを奪わせまた古橋が決める。また何もせず0-3。
「やる気が無いのか?」
「ある。じゃぁ……こうゆのどう?」
次でやっと種田が動いた。レッグスルー後、抜こうとするが古橋のマークは外れない。逃れようとした彼女は尻餅をついた……かと思えばくるりと回って立ち逆サイドからレイアップ。「え、今の転け……た?」原の戸惑いに多分スリッピンスライドというテクニックだと答える。以前ストリートで練習する種田に会ったし、彼女はストバスの経験も技術も豊富そうだ。全中の第4Qも、魅了されたと言っても洗練された美しいプレーでは無く、どちらかと言えば野性的で自由な印象があった。
古橋のオフェンス。種田は体格の差に苦戦して止め難そうだ。だが段違いの速さとジャンプ力で、背の低さをカバーしている。古橋がやや遠くからシュートを打とうとした時、さっと後ろに回り込んでジャンプ、掲げていたボールを叩き落とした。小回りヤベーな。
「バルチスタンコミミトビネズミだな」
「ひっ、どいなっ」
とびねずみ?
花宮の言葉に首を傾げる。なんでも『死篭』の肩書きを嫌った種田に、試合を見た田辺が付けたあだ名らしい。ジャンプする小さなネズミ、花宮の言ったバルチスタンコミミトビネズミは世界最小だとか。原が検索した動画の小動物と、ギャロップステップで決める種田は確かに似ていた。
種田がボールを持つと古橋は手が出なかった。小さな背を屈め、抱え込むようにドリブルされたら手の出しようが無い。ちょこちょこと細かくレッグスルー、切り返し放ったシュートは勿論落ちない。そして今度は古橋が離れた位置からジャンプシュートで即効決めて6-6。
「やんじゃん、康次郎クン」
今日の種田は強気らしい、嘲りながら片手でボールをフリップする。古橋が奪おうとすると手を上げ、新体操のように腕を転がるボールは背中に流れて落ち、足の間をバウンドさせて真ん前でキャッチ、また片手でボールを遊ばせている。なんつーボールハンドリング。
「おい結希、あんま挑発、」
花宮が忠告しようとしたが種田が先に動く。ジャブステップで古橋の体制を崩し、瞬時に飛び退く──フェイダウェイ!? 上手ぇ、つーか飛距離ヤベー! と思ったら、同じく飛び上がって阻止する古橋のデコに軽くボールをぶつけてキャッチした。着地して呆気に取られる古橋、余裕なのか動かない種田。まさかのプレイに思わず皆吹き出した。
「ねえいまどんなきもち?」
そう言ってゆっくりと横から抜こうとした時、はっとした古橋が腕を出し止めようと、
「おい康次郎!!!」
はせず種田を押し倒した。種田が下、仰向けにして二人でぶっ倒れる。古橋は腕を彼女の首にかけるようにして押さえつけ覆いかぶさっている。静まり返る体育館。
「結希、あまり煽るな」
って、
「っはぁ!? 古橋おまっ」
音からして思いっきり後頭部を打ったかもしれない。挑発に思わず手が出たにしてもやり過ぎだ。駆け寄ろうと立ち上がった時、
「ふ、ふふ……はは! 康くん最高! あっは、良いね、最っ高!」
種田が爆笑した。は? 一歩出そうとした脚が止まる。
そのまま耐えきれないというように笑い転げる種田に困惑する。「やっぱユーキチャンドMでしょ」「最高っておい」「少しは動揺しようよ」近くの三人が口々に言う。なんだか気が抜けて座り込んだ。体育館に居た他の部員もおろおろと困惑している。そりゃ当人が爆笑してたらどう仕様も無いわな、しかも滅多に笑わない人間が。つーか種田も爆笑とかすんのか……。
興が醒めたのか二人ともこっちに帰ってきた。種田は笑い過ぎて涙が出たのか、目元を拭っている。ようやく落ち着いた彼女は顔を上げた。
「康くん最高。良かった、ちょっとまこちゃんみたいな雰囲気だった」
そう目を細めて笑う。うわ……なんつーか、こう……、
「エッロい顔」
原の言葉に思わず頷く。「なにそれ」すぐにいつもの様子に戻った種田が呆れて言うが、そんなもの誰にも説明しようが無い。妖艶に、とでも言えば良いのだろうか。
「お前挑発し過ぎだ」
花宮が種田の頭をはたいた。さっき頭打っただろう奴に何してんだよ。
「少しいらっときたから。でもまぁ良い思い? したし」
「良い思いってなにそれユーキチャンってばマジでド、」
「一哉黙れ。結希、お前マジ救えねーバカだな」
「なんか雰囲気が、ほら」
「気に召したのなら良かった」
「お前は少し反省しろ」
「種田が煽るのが悪い」
「ごめん?」
悪びれず堂々とする古橋と何故か謝る種田に溜息が出る。当事者達がけろりとしていると、大体は第三者が疲れる結果になる。今がまさにそれ。
「種田後頭部打ってないの」
「そうだ後頭部と背中。大丈夫かよ?」
「余裕。軽くだからたんこぶも出来ないよ、たぶん」
「多分ってお前……気分悪くねぇか?」
「余裕。寧ろ頭打った時ぐわんってするのちょっと心地良いよね」
「いや解んねぇよ……」
「ユーキチャンやっぱド、」
「一哉黙れ」
「良い趣味だな種田、もっとやっ「古橋もちょっと黙ろうか」
「解んないかな……あと頭打つと血の匂いするよね、あれなんなんだろ」
「頭の毛細血管切れてんじゃねーか? おめでとう結希チャン、バカが加速したぜ?」
痛みも吐き気も無いと言う種田は意外と丈夫らしい。余裕よゆうと言いながら謎の発言をする彼女に気が抜ける。
「種田はストバスをよくするのか?」古橋の問いに種田が首を縦に振る。なんでもほぼ毎日、日曜は一日中ストリートコートにいるらしい。「女バスのスタメンだし……一応習慣だから」答える彼女は、いつも以上に無表情だった。部活が終わってからだとそれなりに遅い時間だ。心配するがその時間帯は人が居無いから丁度良いと言われ、逆だと更に心配になる。日曜日は色々なコートに出向き、居合わせた人達に適当に混ぜてもらうらしい。お前は道場破りかなんかか。「男相手が丁度良いよ、ガラの悪いのはなんでも有りだから良い練習になるし」種田が心配でヤベー。
「てかフェイダウェイ、なんでその短い脚であんな遠くに下がれんの? 脚力おかしいだろ」
「それよりレッグスルーを崩れた体制で多用してもボールを落とさないのが気になる。よくその短い脚で股を通せるな」
「お前ら短い言い過ぎ……スピンムーブスゲー使ってたが目ぇ回んねぇか?」
「あの転けた……スリッピンスライド? ってやつもっかい見せてよん」
瀬戸の言葉を皮切りに次々と質問がわく。たじろぐ種田の様子に花宮に怒られた。「普通の試合ではほぼ使えないけど」取り敢えず、と少し離れスリッピンスライドを見せてくれる種田。「フロムチェンジ入れるとこうなる」もう一度、今度はそのまま行かず更に逆に転がる。マジスゲーわ。その後バックボードにボールを投げ、跳ね返ったものをダンk……ダンク!!? かなりギリギリだったけど。「これはほんとたまーに使える、かも?」身長を聞けば150cmと言うから驚きだ。
戻ってきた種田にスポドリを渡すが「ザキちゃんのは嫌」と断られてしまった。俺の は 嫌ってなんだよ、そして古橋のは貰うのかよ……。
「間接キス出来なくてショック受けるザキキモイ」
「あ、……ッはぁ!? そんなんじゃねぇよ! 種田もサラのやつ飲め」
「間接? でもポカリは品切れ」
あぁ味の話か。なんとなくほっとしたのも束の間、古橋のボトルを飲む種田。ちょ、……慌てるが渡した古橋は首を傾げているし、他の三人には鼻で嗤われた。種田も平然としているし、気にした俺が逆に恥ずかしい。逆にっつーかストレートにハズい。当事者達がけろりとしていると、大体は第三者が羞恥心に襲われる結果になる。
「……種田後頭部一応冷やした方が良いだろ。氷嚢取ってくる」
「ふはっ、まぁ丁度良い……ヤマ、氷嚢は三つ用意しろ」
花宮に頷いて、原の囃し立てる声から逃げるようにその場を後にした。