振出

 最近ユーキチャンに避けられている。

「原ちゃん汗びしょびしょで不快、離れて。怒られる」

 いや、初めて話した頃に戻った、と言った方が近いか。あの時と同じように「怒られる」と言って花宮を探すのだ。最近は「原ちゃん汗びしょびしょで不快」と言うだけで、離れて欲しいとも怒られてしまうとも言ってなかった。アリ? 結局不快とは言われてんじゃん、扱い酷くない? まーそれは置いといて。あの時は確か、親しくない人に絡まれて逃げないと怒られると言った。そして花宮は彼女が良いなら構わないと言う。それが最近はこのご様子だ。なにそれ、今は親しくないってワケ?
 花宮も花宮だ。仮に今、ユーキチャンがオレを拒否しているとして。なら前のようにそれとなくオレを遠ざけそうだが、彼は何もしない。威嚇すらしない。ただ無表情にこっちを一瞥するだけ。

「最近つまんないんですけど」
「なにが?」

 そもそもユーキチャンが一切目線を合わせない。まぁオレの目は前髪で隠れているが、それでも彼女は目の辺りを見て話していた。それが無い。多分合宿の初日、彼女が行方不明になって帰って来た時からだ。似合わない愛想笑いで謝ったあの時。あれを最後に一切目線を合わせない気がする、あの日から暇な時は花宮の側を離れなくなった気がする。
 今は夏休みで、昼休憩は楽で自然とツルんでいるザキ、花宮、瀬戸、古橋で、これまた自然と固まって食べるのが常だ。だがそこに一緒に居そうなユーキチャンはたまにしか居無いし、居ても必ず花宮のすぐ横で。オレが昼飯を差し出しても拒否する。しつこいと「行儀が悪いよ。ね、まこちゃん」と花宮に振るのだ。そして彼は彼女を見もせずに「そうかもな」と適当に返す。

「花宮もユーキチャンもつまんないんですけど」

 ほら、オレの言葉にビクリとして動きを止めても、

「そう……じゃぁ離れて。私を当て馬にしても意味ないよ」

 なんてこっちを見る事無く低い声で言って。最初と変わらず無理矢理逃げはしないが、受け入れもしない。柔らかな拒絶。
 マジつまんないんですけど。



 ∇ ∇ ∇



「なんだ?」
「……ん、なんでもないよ」

 最近種田は俺の顔、いや目をよく覗き込む。
 まるで梅雨のようだ。試しに注目を集めるように呼べば来るが、そこに怯えは無い。だからこれは種田にとって何かの確認作業なのだろう。俺に嫌悪や不快の表情を表さないのは良いのだが、だからと言ってその後に安堵がある訳でも無く。花宮に訊いても「バカの思考なんざ知っても無駄だ」と切って捨てられた。
 一度気になって壁に追いつめてみた事がある。「最近なんなんだ?」「なにが?」そう返すその目が。俺が前に居るからなのだが、影になって光の無い目はがらんどうで。鏡を見ているようだ、と場違いに考えた。苛ついて肩に置いた手にグッと、手加減無しに力を込めてしまったが反応は無い。「あぁ……痛いよ康くん」肩にすっと目をやって言った言葉は、決められた台詞のようだった。

「なんでもない、じゃあ解らない。なんなんだ」
「さぁ。なんなんだ、じゃ解らない」
「お前な……最近よく覗き込むようにして見るだろう、俺を」
「康くんの目が…………いや。康くんの目は変わんないから良いなーって」

 平坦で単調な声色の癖に、花宮が猫を被った時のような爽やかな笑顔で返す。白々しい。そんな事思って無いだろ、意味が解らない。
 そうして一人頷き去って行く種田は何かしら満足しているのだろうが、俺は満足行かない。



 ∇ ∇ ∇



 最近種田が変だ。
 全中の試合や『死篭』の話を出した時のような。具体的に何が変か上手くは言えないが、とにかく変だ。なんか無表情? 元からあまり笑わない奴だが、それでも全中の試合を褒めた時や古橋との1on1の時は笑っていた。たまに俺を褒め殺す時も、ほんのり、微妙に笑っていた気がする。「まこちゃんや原ちゃんはイイ性格してるから。中々酷いよね」なんて言って。それが無表情になった。

「ザキちゃんは努力家だけど無理は禁物、度が過ぎるのは良くないよ」

 不本意ながら弄られキャラを確立しつつある俺を、今日も種田は気にかける。そこにあのほんの少しの笑顔は無い。こっ恥ずかしいのに言い聞かせるように話す様子もなりを潜めた。六月、古橋とよく話していた時期は、死んじまうんじゃねぇかって表情をしていたがそれは無い。それは無いが表情の変化も無い。

「俺よりお前無理してねぇか?」
「さぁ……関係無いよ」

 関係無いってなんだよ。
 思わず声を上げそうになったが、俺の視線と追及から逃れるように、さっと下を向く姿に何も言えなくなる。構うなと、薄くて透明な膜を貼られた気がした。
 もしかしたら体調が悪いのかとも思ったが、変わらずマネ業はきっちりしているし、たまにストリートのコートで練習している姿を見るから違うんだろう。でもその姿が必死過ぎて、いつだか部室で言った「ちょこまか必死で可愛いんじゃねぇのって思う」事は無くなった。熱心とか一心不乱と言うより……他の事考えたくねぇのか?
 どうしたんだよ。マジで最近の種田は変で心配だ。



 ∇ ∇ ∇



 種田が俺に寄り付かなくなった。
 元々俺からは構って無いから、自然と俺と種田の接触は減った。前から少なかった口数も更に減った。俺が言葉を被せる事に警戒するようにもなった。どうにも俺が何を話すのか、毎回身構えるのだ。それに少しの苛立を覚える。懐いたと思った奴が逃げるようになって、面白い人間なんていないだろう。

「『─ ♪ ─』……起き、「起きた」

 花宮が手を離せない時に俺を起こすための録音を流す時も殆ど話さない。なまじ頭の回転が悪く無いからか、他人の動向を察するのが上手いのか、俺が言葉を被せるタイミングに気が付いて、種田は言葉を飲み込む。
 そんな種田は他の部員……てか彼女が懐いた筈の人間にも、微妙な対応をしている。
 きっかけの心当たりは合宿一日目の夕食。俺が探りを入れてから種田の表情は固くなった。と言っても普段無表情が多いから気のせいかとも思ったが、その後姿が見えなくなって、花宮に迎えを命じられて間違って無かったと知る。
 前々から予想はついていた。種田は打たれ強い。花宮に叩かれたり踏まれても気にしない。彼の手加減と雑な扱いへの慣れだろうが、少しくらいリアクションがあっても良い。でも一切無い、完全スルー。そして古橋が押し倒した時、派手な音と裏腹に彼女は平然と、てか爆笑していた。山崎の心配が無ければ、花宮以外誰も打撲に気付かなかっただろう。
 で、合宿で確信した。

 花宮、こいつがイってんの味覚じゃなくて痛覚じゃね?

 居無くなった間、種田が一人何を考えたかは解らない。だが迎えに行った時にはもう違っていた。俺や古橋原山崎に懐いて同室も喜んでいたのに、皆ではなく 花宮が 待ってると言った。そして俺を振り返り、貼付けた表情で笑った。その後はずっと花宮にべったり。

「どうしたの種田」

 体育祭で様子がおかしかった時のように声をかけてみる。

「なにが?」

 だが振り返らず、俺の返答を待たず仕事へ戻って行った。
 なぁ何考えてんの。花宮以外であれ程テンポ良く会話出来んの、お前以外居無いんだけど。俺退屈だわ。

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