結句

 まこちゃんはロミオ……いや、路美男ロミオだった。高校でもぶれない花宮クンへのイメージに少し笑ってしまう。解ってないな、素の方が良いのに猫被りに騙されて損だ。現代版ロミオとジュリエットはネタとしてゆっくり見たかったが、私達の出番は次だ。まぁ後日DVDが配られるから良いか。それより、

「やばい、健ちゃんやばい健ちゃん!」
「なんなの……流石の俺でも何言いたいか解んないんだけど」

 衣装の着替え等全てを済ませた舞台裏での最終チェック。健ちゃんやばい。所々刺繍が入った焦げ茶色のツナギにゴツいブーツ、そして頭はふさふさの大きな耳、おしりに尻尾。ボサボサの癖っ毛と長い毛並みの耳は良く合っていた。「屈んで」「はいはい」耳をもふもふする。き、きもちい。今度は後ろに回って尻尾をもふもふしていると、何故か口元を隠した窓口文芸部がこちらに来た。

「種田ちゃんgjただ萌えのパトスが物理的な形で穴と言う穴から暴発しそうでヤバいから自重でも良いぞもっとやれ下さい」
「ごめん、何言ってるかよく解んない」
「こいつは気にしないで合法ロr、ゲフンゲフン……種田さん。ケープとエプロン着けるよ!」
「切原今酷ぇ心の声漏れたな」

 私の衣装は白のブラウスに刺繍が入った焦げ茶色のジャンパースカート、その上に焦げ茶色を隠すような大きな白いエプロン、足元はブーツ。フードのついた赤いケープを被って完成だ。「化粧してんだな、ケバい」「ね」「普段してねぇよな」「必要性が解んないし技術も無い」その答えに健ちゃんは私らしいと笑った。顔洗いたい、目がごろごろする、唇気持ち悪い。健ちゃんは、少し派手なだけでこれくらい普通だケバいなんて酷い、と女子に怒られていた。
 「そんな事無いさ結希ちゃん、とっても似合ってて可愛いよ」「斉藤抜かりないね」斉藤さんに頭を撫でながら声を掛けられ、もふもふにより上がっていた気分が一気に突き落とされた。少しずつ彼に触れられる事が増えている。この人の手は不快だが、酷く乱暴に振り払ってしまいそうで出来無いので成すが侭。「ふふ、最近素直だね」「そうかもね」一瞬寄せた眉間に目敏く気付いた健ちゃんが愉しそうにニヤリと笑う。意地悪。
 一組の劇が終わったので舞台袖へ移動する。開演のブザーが鳴るまで、斉藤さんから隠れるように健ちゃんの後ろで尻尾を堪能した。



 ∇ ∇ ∇



『一年二組、赤ずきんと狼?』

 拍手がやみ、着いた照明に歓声が上がる。舞台には父親斉藤と赤ずきん結希。花宮の人気に霞んでいるが、顔の良い斉藤はそれなりに人気がある。今も父親役とは思えないスマートな衣装で微笑む姿に、女子の黄色い声が飛んだ。「ユーキ可愛過ぎかああぁ!」負けじと響いた田辺の雄叫びにつられ「あー旗取りの子!」なんて声も上がった。
 『もう良いですか? 昔むかし、』気の抜ける問いかけの後お馴染みのナレーションで劇が始まる。赤ずきんは父親と二人暮らし、会いに行くのは森の奥で療養している病気の母親の元だ。

「──もし狼に出会っても、決して相手をしてはいけない。良いね?」
「うん。じゃぁ行ってくる」
「赤ずきん!」
「…………なに?」
「狼に、悪い狼に気をつけるんだよ?」
「……悪い狼は何処に居るの?」

 衣装合わせの日と同じアドリブに少し間を置いて結希が返すと、斉藤はぐっと彼女の腰を引き、頬に手をあて顔を寄せる。近い距離に上がる、女子……と男バス二年の悲鳴。

「目の前に居るかもしれないね」
「そう……でも、大丈夫──……」

 斉藤の手にゆっくり自身の手を重ね、絡める結希。誘いに応じるような動きに悲鳴は治まらない。気を良くした斉藤だったが、目を細め、手の影で口角を上げて冷たく嘲笑する結希に息を飲んだ。そっと胸を押されるが侭ふらりと一歩下がる。

「え…………ッ!?」
「──護身術習ってるから。ね?」

 気付くと後ろ向きに腕を捻り上げられていた。観客が思わず拍手を送る程、鮮やかな腕前だった。
 「いい加減君には我慢ならない」照明の消えた中、結希が耳元で囁く。突き放すように解放された斉藤は、大道具に肩を叩かれるまで呆気に取られ動けなかった。「結希ちゃんってああいう顔するんだね……」「そりゃ種田だし」舞台袖で掛けられた声に瀬戸が鼻で嗤うが反応は無かった。

『──ため今日はお母さんのお家に泊まります。お父さんに見送られた赤ずきんは、嬉しくてスキップで森の道を進みました。が、テンションが上がり過ぎた赤ずきんは……』

「今日はほんと良い天k、」

 べちん!

 ステージの真ん中で結希は派手に転けた。緊張と斉藤への不快で脚がもつれた。ピンマイクの大きな雑音、田辺の悲鳴と誰かの吹き出す声。

「今本気で転けたよね、本気マジ転けだったよね」

 現れた狼瀬戸の容赦無いツッコミに大きな笑いが起こる。

「ち、違う、態と「演技じゃ無かったでしょすんごい音したよね」
「これはあれ…………あの、あれ」
「なに?」
「態とだよ、床と戯れて「てかパンツ丸見えだけど」
「かぼちゃパンツはパンツじゃないから大丈「いや大丈夫じゃないでしょ」

『このままじゃ埒が明きません。パンツじゃないから恥ずかしくないもん! な、赤ずきん。彼女を驚かし怖がらせてやろうと、悪戯狼はニヤリと笑いました』

「あー……そこのお嬢さん大丈夫?」
「わー狼だー……でも心配してくれるなんて、君は優しいおおかみさんだね」

 ナレーションに急かされ、棒読みに仕切り直された劇にまた笑いが起こる。斉藤程では無いが瀬戸を呼ぶ女子の声がちらほら聞こえ「健ちゃんも人気者だった……なら主役にもなるか」と結希は暢気に考える。先の瀬戸との掛け合いで緊張が解れた。
 赤ずきんを驚かすつもりだった狼は、怖がらないどころか自分を優しいと言う赤ずきんに興味が湧く。彼女が母親の見舞いに行くと聞き、手土産に花を摘むように勧めた。赤ずきんは素直にそれに従って狼と別れる。

「あいつが花を摘みに行っている間に病気の女に悪さでもしてやるか。にしてもあいつ、また転けてないだろうな……」

 狼は母親の家に来たが病院に出掛けた母親は留守だった。悩んだ狼は鍵を壊して中へ入り、母親のフリをして赤ずきんを驚かそうとベッドへ潜り込んだ。消えた照明が右側だけ点く。舞台の半分、何も知らない赤ずきんは心行くまで花を摘み、先程の狼に会えたら感謝の印に渡そうと花冠を二つ作った。母親の家に着いた赤ずきんが扉をノックする。

「とんとん。お母さん、赤ずきんだよ。お見舞いに来たよ」
「……」
「とんとんとん。お見舞いに来たよ」
「……」
「とんとんとんとん…………ねぇ、もしかして寝てる?」

 台本ではここで母親のフリをした瀬戸が答えるのだが、一切反応が無い。ナレーションは結希の言葉にすぐ気付いた。舞台の片側で物語が進んでいる隙に瀬戸が寝てしまったのだと。『お母さんは調子が悪く寝ているのかもしれません。と、鍵が開いている事に気付いた赤ずきんは家に入りました』すかさず入ったフォローで結希は部屋に入る。

「お母さん、こんにちは……お母さん、お母さん」
「……」
「だめ。がち寝してるよ、安らかに」

 その声にどっと笑いが起こった。瀬戸の授業態度を知っている教員や、男バスは呆れながらも特に笑っている。『死んで無いから! 赤ずきんちゃんなら起こせるよ、起こして! いつもみたいに起こしてあげて!』もうナレーションかどうかも解らない声が飛ぶが結希は焦る。花宮の音声最終兵器が入った携帯は手元に無い。花宮も近くに居ない。入学当初引っ張っていたアイマスクも無い。悩んだ末に一つだけ方法を思い出す……花宮の真似だ。ピンマイクの電源を落し瀬戸の耳元に顔を寄せる。それが客席からはキスでもしているように見えるのを結希は勿論気付かない。誰かの舌打ちと囃し立てる口笛が聞こえた。二組女子は舞台袖に居る事を気にせず手を取り合ってはしゃぐ。

「健太郎……起きろ」
「んがっ」

 瀬戸のピンマイクが拾った小さな低めの声、花宮の真似だと気付いた男バスが思いっきり吹き出す。予想外のハスキーボイスと名前の呼び捨て、そして起きた瀬戸が結希の胸ぐらを掴んで遠ざけた事で観客が騒ぐ。今回は顔面を掴まれず済んだとほっとした結希は、至って冷静にピンマイクの電源を入れた。

「種田それやめて。マジ母親に似過ぎてて心臓に悪、」
「赤 ず き ん ですけど。おはようお母さん、具合はどう?」
「はぁ? あ、あぁはい、赤ずきんね」

 寝惚けながら劇を再開する瀬戸に男バスはひーひーと腹を抱えて笑っている。「そりゃないっしょー!」「ただの瀬戸じゃねぇか!」「お前胸ぐら離せやゴルァ!」八組トリオの野次に完全に覚醒した瀬戸は、失態に唸って手を離した。
 赤ずきんは手土産の籠の中身と、持ちきれずエプロンに包んだ花束を見せベットの近くの椅子に座る。母親のフリをした狼は手土産の礼を言ったが、それよりもと膝の怪我を心配した。赤ずきんは何故母親が怪我を知っているのか疑問に思う。そう言えばその姿が自分の知るものとは違うと気付いた。

「病気の影響? ねぇお母さん、お母さんの耳ってそんなに大きかった?」
「あぁ、これはお前の声を聞かなきゃなんないからね……よく聞くと可愛い声してんね」
「そっか。なら目は? そんなにギラリとした紫だったっけ?」
「これはお前の姿を見なきゃなんないから……よく見ると可愛い顔してんな」
「手は? そんなに大きかったっけ?」
「これはお前を抱きしめられるように……少し力を入れただけで折れそうな程華奢だな」

 赤ずきんの頭を撫でた大きな手が、赤いフードをぱさりと取り頬を撫でる。

「じゃぁ口は……鋭い牙が沢山生えたその大きな口は、どうしたの?」
「これは、可愛いお前を──……」

 がばりと起き上がった狼が赤ずきんの腕を引き、倒れこみそうになった彼女を抱き寄せ首元に顔を埋める。童話では狼が赤ずきん食べるシーン、だが食べるというよりも吸血鬼が血を吸うような仕草。一際大きく黄色い悲鳴が観客と舞台袖から上がる。そこで照明が消えた。

『お母さんの手術は成功し、そのまま一日だけの短期入院をしました。お父さんは無事に赤ずきんがお母さんの家に着いたか心配でなりませんでしたが、あれだけ念を押したのです。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせている内に夜が来て満月が昇りました』

「満月の夜は悪い事が起きる」

『お父さんは胸騒ぎがして眠れません。そして朝が来て太陽が昇りました。昼になっても赤ずきんは帰ってきません。探しに行こうと立ち上がった時、すっかり元気になったお母さんが慌てて家を訪ねて来ました』

 赤ずきんの家に模様替えされた舞台に母親が駆け込んで来た。手術と入院の説明、家に赤ずきんが居ないと話し、代わりに置いてあった手土産と花束、そして手紙を父親に見せる。手紙は赤ずきんからだった。両親二人で読むよう書かれた手紙を恐るおそる開く。母親を心配する様子から始まり、森で出会った狼とのやりとりと道のり、狼の悪だくみ、母親の家での出来事が綴られていた。

「お母さんに化けた彼は、転んで出来た怪我を心配してくれました。何度もなんども可愛いと褒めてくれました。おおかみさんは確かに悪戯好きの悪い狼で、でも、最初に思った通りやはり優しい狼なのでしょう──……」

 舞台に姿を見せない赤ずきんの独白とナレーション、二人の声だけが体育館に響く。独自の展開を見せる物語に観客は興味を持ったようで、体育館はとても静かだ。

「──そして彼は……彼は私を狼少女にしました。おおかみさんは狼ではなく、狼男だったのです」

『満月の夜、狼人間は一生にたった一度だけ、人間を自分と同じ狼人間に変えてしまえるのです。そして狼男は赤ずきんを狼少女に変えました』

「おおかみさんは私といつまでも、ずっと一緒に居たいと言ってくれました。だから私を狼少女にしたと」

『狼男は赤ずきんに恋をしたのです。少しばかりお転婆な所に、転けて怪我をしてもお母さんの元へ急ぐ健気さに、打算で助けた自分を優しいと言う純粋さに、寄り道はしてしまったけれど溢れる程の花束を用意した優しさに。その声と、顔と、姿に。短い時間でどう仕様も無く恋をしたのです。だから赤ずきんを狼少女にし、一生の伴侶にすると誓いました』

 そして赤ずきんは狼男の想いを受け入れる。彼女もまた、狼男の優しさと、可愛いと愛で、共に居たい言ってくれた事に引かれ彼に恋をした。勝手に狼少女にし事後報告で謝る不誠実で不器用な部分も愛らしく思うと受け入れ、二人で生きると決め駆け落ちする。どの道狼少女となった赤ずきんは人間と生きてはいけない。手紙を読み終えた両親は、見舞いに行かせた事を、手術へ行った事を互いに後悔し暫く泣くが、娘の幸せを信じようと寄り添い祈った。
 次に照明が点いた時、狼男と赤ずきんが手を繋いで歩いて来た。空いた手には花冠を持っている。赤ずきんは赤いフードを被っておらず、代わりに狼の耳と尻尾を生やしている。白いエプロンを取った赤ずきんと狼男、列ぶと初めから衣装が二人セットで誂えていたとよく解る。揃いの色、揃いの赤い刺繍。

『深いふかい森の奥を目指して、二人は朝も夜も越えて歩き続けます』

「おおかみさん、私の事すき?」
「まぁね。お前は?」
「すき」
「ふぅん」

『それに満足した狼男は『俺の何処が好きか?』と問います。そして赤ずきんもまた同じ質問を返すのです』

「はぁ。お前俺の何処が好きなの」
「んー……拒まない優しいとこ。ちょっと意地悪だけど」
「お前ね…………赤ずきんは?」
「あぁ、そうだ。おおかみさんは?」
「……まぁ退屈はしない」
「ふふ」

 瀬戸は自然と、笑う結希の頭を撫でた。すると彼女はクスクスと更に笑う。
 何処が、と訊く台詞はアドリブとしていた部分だ、答える言葉に台本は無い。それを知るのは一年二組だけ。だが彼らと親しい花宮古橋原山崎、そして田辺はすぐ気付いた。アドリブかどうかはさて置き、この台詞が、本音だと。他の観客は少し物語から逸れた気のする台詞に首を傾げるが、それより劇中一切笑わなかった結希が屈託なく笑う様子に驚き、小さな違和感は流れてしまった。
 ゆっくり幕が下がってゆく。それを合図にその場に座り込んだ狼男と膝立ちの赤ずきんが、互いに持っていた花冠を相手の頭に乗せる。

『こうして森の奥の奥の奥深く、人は誰も立ち入る事のない美しい花畑で、二人はいつまでも、ずっと一緒に、幸せに暮らしましたとさ。おしまい』



 ∇ ∇ ∇



 幕が下がり切って二人で立ち上がる。ピンマイクの電源を落としていると、舞台袖から走って来た女子達にもみくちゃにされた。

「種田さん瀬戸君、有難う! 最後の台詞なんなのもう!!!」
「俺が訊きたい。紙谷バカでしょ」
「バカで良いですマジ脚本して良かった! 最高に萌え禿げる! そろそろ寒くなって参りましたが(バッ!!!」
「脚本良い仕事したわ! ほら男子、瀬戸くんで良いっつったろ、女子は間違って無かったんだよ!!!」
「……お前らほんとなんなの」

 窓口女子三人組が叫ぶ。そんな大声出したら観客に聞こえる、迷惑になる。手を取る文芸部ちゃんに本気マジ転けの件を謝ると寧ろ良かったと褒められた。「なにが?」「掛け合いが萌えた」よく解んない、完全に劇忘れていつも通りだったけど。男子まで混じってぎゃーぎゃー騒ぎ出し「種田笑えたのか! やっぱ始業式のは見間違いじゃねえのか!」「瀬戸ふざけんなよ! 上手く言えねぇけどふざけんな!」と二人して背中を叩かれまくった。笑えるよ。というか早く撤収しないと三組が困る。おろおろしていると「撤収しないの」ぼそりと健ちゃんが呟き慌ただしく皆が動き出した。






「ブッハ! 瀬戸っ、瀬戸その耳マジウケるんですけど!!!」
「ユーキ! 狼少女でも共存出来るからこっちおいでええぇぇ!!!」

 原ちゃんに誘われた学食、一歩足を踏み入れた途端、入り口近くに陣取った奴らに叫ばれた。勢い良く立ち上がった二人、原ちゃんは健ちゃんを指差し爆笑、べーちゃんは半泣きで手を広げている。そのマシュマロには飛び込まないよ、絶対。中々に注目を浴び遠い目になる。

「健ちゃん、購買「行くか」

 素知らぬ顔で入ったばかりの学食に背を向ける。

「健太郎、結希、ここ空いてるよ? あっ、それとも二人で森に帰るのかなぁ」
「「「「ブッハ!!!」」」」

 心底悪意のこもった眉毛の声にビクリと二人で足を止める。ここで食堂を出たらしぬ、きっと劇の内容を引っ張った面倒な会話を大声でされてしぬ。「なんで花宮あんなノリノリな訳?」「路美男ロミオで溜まったストレスの解消説」こそこそ話しながら食券を買う。順番を待つ間も見知らぬ生徒に囃し立てられたり、耳を触らせて欲しいとお願いされたり面倒だった。体育祭でも思ったけど、進学校にしてはノリ良過ぎないか。ガリ勉少ないの? 「お昼だけでも着替てくれば「女子に釘指されたでしょ」そうだけど。せめて耳が取れたらと呟くと全力で頷かれた。今日のプログラムの最後、クラス毎にもう一度ステージに立つ。着替えは面倒だから、宣伝になるから、耳のセットは大変だからとステージ衣装を義務付けられた。化粧だけは頼み込んで落とせたけど。
 「これ別の席行ったら花宮、」「さっきの二の舞」諦めて輝くような笑顔のまこちゃんを始め、皆の元に行く。面子は八組トリオと花宮古橋である。健ちゃんはまこちゃんの隣、私は康くんの隣に腰を下ろす。取り敢えずぎゃんぎゃん騒ぐ原ちゃんとべーちゃんが煩い。無心でオムライスを食べる。静かで表情の無い康くんナイス。

「『最後の台詞なんなの』とはなんなんだ? ただの本音だろ、違うのか?」
「ブフッ! ぐ、ゴホッ」
「健ちゃん大丈夫? ……やっぱり撤収の声聞こえてたんだ」
「女子三人の声ははっきり聞こえたぞ」

 康くんは裏切り者だった。噴き出して咽せる健ちゃんにポケットティッシュを渡していると、誰かから頭を撫でられピシリと固まる。騒いでいた二人は静かになり原ちゃんはニヤニヤと、べーちゃんは大きく舌打ちした。

「結希ちゃん、隣良いかな?」
「空いてるよ」
「劇に出ていたな、仲が良いのか?」
「前の席のお父さ「斉藤ね、父親役は見たら解るでしょ」
「ふふ……本当に結希ちゃんは意地悪だね」

 そう斉藤さん。隣に座った割りに彼の手にお昼ご飯は無い。「明日はやっぱり大丈夫」「そう」大切な話は少し気になるが良かった。この人と二人で居て、べたべた触られて耐えられる気がしない。

「うん。結希ちゃん、イメージと違って一筋縄じゃいかない感じだし。少し驚いちゃった」
「イメージ? 口煩くない従順な女?」
「え? なんて?」
「なにも」

 小さく呟いた受け売り、康くんには聞こえたようで「お前の入れ知恵か」とまこちゃんに訊いている。

「そう? それに瀬戸君には敵わないみたいだし。あんな笑顔見せられたら、ね?」
「結希は部活中いつもあんなだけど」
「つーかオレらと居る時?」
「原調子乗んなって言いたいけど超それ。瀬戸相手じゃなくてもユーキは超笑うし、寧ろ瀬戸相手でとか思われてるのは超我慢ならない」
「田辺ほんと怖いね」

 健ちゃんに敵わないってなんだろう……まぁなんにしろ健ちゃんも結構オールラウンダーだから勝つのは難しいだろう。まこちゃんの言葉に苦笑した斉藤さんは用件はそれだけだったようだ。じゃあねと席を立つと「あぁそうだ、」と態とらしく取ってつけて振り返り、にこりと笑った。

「最後の台詞は脚本担当が態と書かなかったから、ナレーションが『何処が?』と聞く所からアドリブだよ」

 それバラして良いのかな、終わったから良いか。じゃあ森でお幸せにね、と去った斉藤さんを恨めしく見る。お前までそんな事言うのかお父さん。原ちゃんの横に居たべーちゃんが立ち上がり、こちらに来て隣に座った。もう斉藤さんは行ったけど。

「赤ずきんチャンあの時何も考えて無かったでしょ?」
「んー…「花宮ほんっとノリノリだな、顔ヤバいぜ」

 最後は難しいアドリブを要求されずに済んで気が抜けたのだ。確かに、と答えようとしたら健ちゃんに遮られた。まこちゃん眩しい。近くの女子がきゃーきゃー煩いからやめて。

「ユーキはもう仕方無いとして瀬戸はなんなのあの答え、死ぬの?」
「……赤ずきんはお転婆で健気で純粋で優しい、端的に言えばああなるでしょ」
「そうかもしんないけどそうじゃないじゃん絶対! 死ね!!!」
「砂吐きそうだったんですけどー」
「健太郎らしい答えだったよ「狼男らしい、答えを考えたの」

 徹底的に劇のネタで弄る気らしい、ゲススイッチが入って生き生きしたまこちゃんの笑顔がほんと眩しい。お前も路美男ロミオの衣装着てる癖に。だが彼を弄るのは自殺行為なので何も言わない。
 口が悪過ぎるべーちゃんを注意してダンスを褒める。八組のダンスはほんとに凄かった。軽く教えて欲しいくらいめちゃくちゃ格好良かった、特にべーちゃん。「えーオレは?」「前髪が鉄壁過ぎるなって」「それだけ?」それだけだ、あれだけ動いても原ちゃんの目は見えなかった。八組は半数以上がダンスは初めてだったらしい。あれで。きっと沢山練習して沢山べーちゃんに扱かれただろう。ザキちゃんがミスったのに気付いたのは内緒。
 康くんが歌うのを楽しみにしていた七組の合唱、彼は伴奏だった。残念だったが彼のピアノは上手かった。凄いすごいと褒めると、ほんの少しだけ嬉しそうにする。「機会があったらまた聴かせてよ」「構わない」やったー。嬉しくなってにやにやしてしまう。
 「それより、」康くんに首をつつかれる。こしょばい。

「赤いの二つ、何か付いてるぞ」
「あぁ、それメイク」
「メイク? 何のだ?」
「健ちゃんに噛まれ「種田変な言い方するなよ、俺じゃない」
「おおかみさんに噛まれて狼少女になりましたって言う呈。よく見えないのに細かいよね、大事なんだってさ」
「あぁ瀬戸に襲われていた「古橋までやめて、狼男、な」
「一緒じゃん、ザキがあのシーン思い出してキモい」
「ッは、はぁ!? 適当な事言ってんじゃねぇよ!!!」
「ヤマ、図星突かれたからって煩いよ」

 ん? 私の隣の隣、体を傾けて原ちゃんの向かいに座るザキちゃんを見ようとするが見えない。健ちゃんは心底うんざりした顔でそちらを見ている。きもいザキちゃんとやらが気になる。

「マジでなんなの瀬戸、信じらんない超近かったし!」
「ただの演技で俺関係無いでしょ。てかちゃんとしなきゃ女子の演技指導が煩いの、お前並に」
「練習の時ほんとに噛めって言ったもんね。ほんと本気だったよ、べーちゃん並に」
「本当に噛んでたら瀬戸ぶちのめしてたわ……今度二組の女子とは話付けなきゃ、特に脚本ぶちのめすか」
「やめたげてよ。文芸部ちゃんは原稿が落選? して落ち込んでたから」

 各部門の人気投票は明日だが、クラスの、特に女子は既に劇の出来に大満足らしい。大道具を舞台裏に運んで一息ついた時、キャストと脚本は大変褒められた。そして文芸部ちゃんからお礼を言われた。台本を渡した時泣き落としのような真似をしたが、落選して落ち込んだ事は確かだったそうだ。今回の劇で自信を取り戻したと。
 説明するとべーちゃんは少し拗ねながらも納得したが「ん?」と目をぱちくりさせた。「文芸部の部紙に落選なんて無いぞ」図書委員康くんの情報にうんうんと頷く。

「そうそう。それに、この時期デカいコンクールって募集中や審査中だけど」
「なんですと」

 嘘かよ。あ、

「なんだっけ……こみけ? 落としたって。それは小規模なのかな?」
「は? …………は?」

 うん? べーちゃんが完全に動きを止めた。他の皆も私同様こみけが解らないようで、自然とべーちゃんの復活を待つ。この反応なんなんだろう。

「……コミケ?」
「こみけ」
「落ちたじゃなくて? 落としたって言ったワケ?」
「うん」
「…………いや新刊落としたんなら超自業自得じゃねーか! ぶちのめす!」
「えと……」
「でも高一でサークルとか尊敬の念を込めて軽くで許す!」
「あー……うん」

 ごめん、何言ってるかよく解んない。
 ただ文芸部ちゃんが落ち込んだ理由は自業自得で、でもべーちゃんが尊敬するような相手らしい。じゃぁ良いか、まぁ良いや。そうデザートのプリンに取りかかるのだった。

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