狼々

 学祭二日目。今日は何も出番は無いのでサボりたかったが、霧崎は通常授業の出席点が考慮され無い分、行事の出席点が大きいので真面目に登校した。ショートホームルームが終わり、教室の施錠時間まで寝るかと机に伏せた時、窓口女子三人組がやってきた。

「瀬戸君と種田さんは今日誰かと学祭回るの?」
「「回らない、部室で寝る」」
「良かった! あ、今日は正当な理由が無いと部室の鍵借りれないからね!」

 揃った声にお前もかと顔を見合わせる。それに花を飛ばしたような笑顔で、母親役の委員長が手に持っていた紙袋を掲げた。暇ならこれに着替えて二人で学祭を回れとの事。ちゃんと洗濯したからと見せられた中身は劇の衣装だった。

「人気投票は今日の午後三時まで。それまで萌……劇の宣伝のために宜しく」
「劇は仕方無いとしても、他でもその耳は嫌なんだけど」
「健ちゃんもふもふ可愛いしきもちいから大丈夫「お前完全に他人事だね」
「赤ずきんだからね」
「模擬店の関係で仮装する人多いから大丈夫! 私も衣装着るし平気だって!」

 彼女達の勢いは凄かった。健ちゃんはあしらったが、その内クラスの女子全員が集まって来て言い包めにかかる。結局追い返すのが面倒になった健ちゃんが折れる形で決定。私は断固として化粧を拒否して顔面は守ったが、何故か赤ずきんではなく狼少女スタイルだった。あれ、おかしいな。
 絶対必要らしい花冠は邪魔になるので、狼の耳の付け根に花飾りを付けられる。着替え終わった健ちゃんも花飾りを付けられていた。健ちゃんやばい、昨日よりやばい、もふもふにお花可愛い。






「それ楽しい? あんま引っ張って千切んなよ、女子に怒られるから」
「楽しいってかきもちい。引っ張ってないよ」

 健ちゃんの後ろ、尻尾をひたすらもふもふしながら歩く。もふもふきもちい、可愛い。
 辺りに制服の生徒は少ない。カフェの店員のような服装は勿論メイド服、仮装というか諸にコスプレまでいる。早めのハロウィンのようだ。これなら確かに恥ずかしく無いかもしれない。
 どこに行こうかとなって、男バスの先輩達に呼ばれていたと二人して思い出した。私の申し出によってまずはクレープ屋へ。夏にモールで食べてからクレープにハマりつつあるのだ。健ちゃんはコーヒーだけ注文した。まだ一般客は少ないので、少し時間はかかるが作り置きではなく出来立てを用意してくれると言う。やったー。それにしても、

「健ちゃん実は友達多い? そして結構モテる人?」
「友達多くないのは普段見てれば解んでしょ。学祭でテンション上がってんだろ……面倒くせぇな」
「モテるの否定しないん「下手に謙遜するのもね」
「私と回ってて「良いよ。部活忙しくて遊んでる暇無いし彼女要んない」

 健ちゃんモテ男宣言。
 先程から少ない客や暇そうな店員が一緒に写真を取ろうと頼んでくる。昨日劇で女子に名前を呼ばれていた健ちゃんはまだしも、私にも時折声が掛かるので驚きだ。そしてちっちゃくて可愛いと言われる……可愛いは有難い言葉だがちっちゃくてって何。「お前ランドセル背負ってても違和感無いからね」酷いな。
 漸く来たクレープは先輩のサービスでアイスが入っていた。やったー。モールのクレープ屋には敵わないが充分美味しい。「要る?」「貰う」健ちゃんにクレープを向ける。まぁまぁとの偉そうな感想に相槌を打ち、戻ってきたクレープを頬張ると大きな声が聞こえた。そちらを見ると顔を真っ赤にしたザキちゃん。彼も宣伝のためかダンスの時の格好をしている。

「な、なん、な」
「ななんな? ザキちゃんおはよ」
「どんだけなの山崎、小学生かよ」

 いやザキちゃんはランドセル背負ってても違和感あるでしょ。私も勿論あるよ、違和感しか無いよ。
 何かと原ちゃんとセットなザキちゃんだが、今日は他の友達と回っているようだ。原ちゃんは彼女と回っているらしい……なんかイメージ通り。ザキちゃんは友達の元へ戻ろうとして、何を注文したか、それは美味しいかと訊いてきた。

「うん。要る?」
「う、ぇ、自分で頼む! じゃ!」
「どんだけなの山崎、小学生かよ」

 寧ろ君はどんだけザキちゃんを小学生として見てるの。
 食べ終わり、またねとザキちゃんに手を振ると写真を撮ろうと誘われた。おぉ学祭テンション。撮っている間に先に健ちゃんはまとめてお会計を済ませてくれていた。お礼を言ってお店を出る。
 次はお化け屋敷だ。正直行きたくないが主将命令である。渋る様子を怖いのかと笑われて否定するも、嫌なのはバレバレで更に笑われてしまった。
 「そうだ、」私の小さな財布を渡す。

「クレープありがと。お化け屋敷それで払って、健ちゃんの分も」
「意外にも奢られて当然と思ってるのかと。てか種田が払えば良いじゃん」
「健ちゃんが格好付かないじゃん」
「お前……そんな事気にするような人間だったの……」
「? だって『男と二人で居って女が出すとか格好付かんやん』? でも奢られっぱなしも、外でお金渡すのはどうかと思うから」
「その関西弁、ショーイチ先輩だっけ」
「うん」
「ふぅん?」

 私の財布は女性物では無い、健ちゃんが持っていても違和感は無いだろう。というか元々格好が付かないと言い出したしょーいち先輩に、無理矢理持ってもらうためにこれを選んだのだけど。
 主将は受付だった。挨拶して、頼まれて三人で写真を撮る。受付なら中に入らなくて良いだろうと引き返そうとしたが、健ちゃんに首根っこを掴まれた。「クレープ代でしょ?」ニヤリと笑われてしまえば拒否出来ない。中は暗い。人の気配はある程度解るから大して怖くな、

「ッギャアァァアァアア!!!」
「やっ!」

 大きな音で驚かされ、思わず健ちゃんにしがみつく。「そのまま進んで」顔を背中に埋めて言ったが彼は動かない。べりっと私を引き剥がしこちらを見てクツクツ笑った。

「怖くないって言ってたじゃん」
「音、おっきい音がやだ」

 音に驚くだけなら進めるだろうと腕を掴んで引かれる。こんな時にちょっとの意地悪は見せなくていい。成す術も無い私は、腕を掴む手にすがりついて進む。大きな音がする度びくびくする私を、健ちゃんは終始笑っていた。
 やっと出口について溜息を吐く。疲れた。外に出ると康くんが居た。隣には友人らしき男子生徒。クラスメイトが入っているが隣の子は極度の恐がりなので、興味の無い彼はそれに付き合って待っているらしい。健ちゃんも私もサボらず学祭を回っているのが意外だと言われた。「女子からの強要」「あぁ凸凹なんとかか」すると健ちゃんの腕に未だしがみつく私をじっと見る。

「種田は恐がりなのか?」
「お、おっきい音がやだ……」
「かなりビビってたな、面白かったわ」

 笑う健ちゃんに、康くんは顎に手を当てふむと頷く。恐がりの友達に声を掛けた彼は、戻ってくると健ちゃんに少し貸せと言った。何をだろうと首を傾げていると腕を引っ張られる。はい? 「主将、二人」「古橋も種田と行くのかよ」「面白いらしいので」嘘、私行かないよ、やだもう行かない。お金は払わないと言うが奢りだと返される。健ちゃんに助けを求めるが笑って手を振られた。

「二人幸せに暮らしましたとさちゃんちゃんじゃ無かったの見捨てないで健ちゃん酷いよ外道」
「俺は意地悪な悪い狼なんで外道で結構、まぁ頑張って」
「三時まで二人で一緒に回れって言われたし離れたら女子に殺されるよ下衆」
「外で待ってるって」
「種田、ほらさっさと歩け」
「やっ……主将っ部員が外道ですよ!」
「いやぁ売り上げが増えて主将は嬉しいよ、後輩様々。二人とも楽しんで」

 二名様ごあんなーい♪ と機嫌良く見送られた。主将も外道だ。
 今入ったばかりなので仕掛けは知っている。それでも大きな音は苦手で怖いし、寧ろ何処で驚かされるか解るからこそ、いつだ今かと余計びくびくする。背中に隠れようとするのは康くんが絶対に許さ無かった。もうこいつらなんなの。
 出口まであと少し。先程のビビりがまた来たと気付いたのだろう、一際大きな音で、更に終わったと一息ついたところをもう一度驚かされた。心臓が痛い、冷や汗がどっと出る。堪らなくなって握っていた康くんの手を引き出口へ走る……脚が動く内に、早く、逃げなきゃ。危ないから室内では決して走るなと言われていたが、お化け役の生徒は注意もせず爆笑していた。
 外が眩しくて顔を顰める。飛び出して来た私達に驚く、健ちゃんと康くんのクラスメイト。彼らの姿が少し歪む。

「狼少女泣いてんじゃん!!?」

 その大きな声にまで驚き、ばっと康くんの後ろに隠れてしがみつく。が、引っ張り出されて上を向かされる。座り込みそうになるのを、目の前の制服を握って支える。「泣いて、ないよ」涙目なだけだ。じっと顔を覗き込んだ康くんは「確かに面白いな」とほんの少しだけ口角を上げた。お化け屋敷じゃなくて私の反応か。自分を落ち着かせるためにも、無理矢理虚勢を張って彼を睨み上げる。

「!?」

 サッとスマホを掲げ写真を撮られた。

「昨日も思ったけど狼じゃなくて豆しばだな。種田、おすわり」
「……ま、豆柴、じゃないし、狼は高貴だから従わない、もん」
「お前何したの、種田泣いて震えてんじゃん。寧ろチワワじゃ……いやチワワってガラじゃねぇか」
「……泣いてないってば」
「何故俺が何かした前提なのか意味が解らない。最後に大声で驚かされた」
「あぁあの声ね」

 どっと疲れた。康くんのクラスメイトに一緒に写真を撮ろうと言われたが断って別れる。疲れてるの察してよ。
 健ちゃんの後ろにしがみついてそのまま進んでもらう。今度は断られ無かったのでずるずる引きずられる。まだ上手く動けないのバレたかな。「思ったんだけど。別に先輩のとこ行かなくて良いよね、シフト的にいなかったって言えば」「そうだね」と言うことで、まこちゃんに合鍵を借りて部室倉庫でサボる事にする。どこにいるかと連絡するが繋がらない。「女子に捕まってるか「探しに行くか」ここまで部室に拘るのは他に場所が無いからだ。外は人で溢れているし、教室棟三階から上と特別教室棟は施錠され、裏庭は臨時喫煙スペース。他の場所も基本的に立ち入り禁止で、人気の少ない所に居れば後ろめたい事でも企んでいるのかと風紀に怒られる。めんどくさい。
 うろうろまこちゃんを探していると二階の教室、森の動物カフェという模擬店で呼び止められた。

「種田ちゃん天使! 最高! なんで瀬戸とペアルックなの最悪!」
「ペアルックじゃなくて劇の衣装なんですけど」
「天使先輩今日もメルヘン。最高と最悪どっちなんですか?」
「両方!」

 やっぱり天使先輩はよく解んない。
 森の動物カフェは店員が皆動物の耳を付けていた。メルヘン。犬耳の天使先輩に頼まれ写真を撮る。「お揃いっぽい! どうこれ」「健ちゃんの方がもふもふで可愛いです」うちのクラスの耳の方がクオリティが高いのでそう言うと、先輩は泣き真似をして縋って来た。恨めしそうに軽食も出しているから寄って行けと言われ、丁度昼時だしと入る。まこちゃんにその事をメールする。
 窓際に座り注文を終えた時、電話が入った。まさかのしょーいち先輩。健ちゃんに断って出る。

「もしもし? どしたんですか?」
『今何処居んの?』
「勿論高校ですよ」
『そうやなくて。ワシ今霧崎第一居んねん、クレープ屋の前』
「はい? え……部活は?」
『昼休憩やから抜けて来てん、なんや結希えらい可愛い格好しとるて聞いたからな〜。びっくりした?』

 悪戯成功とばかりに笑うしょーいち先輩の声に、急いでガラス戸からベランダ部分へ出る。クレープ屋の前と言えばこの真下だ。これもサトリの実力だろうか。校舎の二階を見上げるよう言って手を振る。すぐ行くから動かないよう頼みながら、ベランダ周りを確認する。うん大丈夫。小さなテラス席に座っていた客が話しかけてきた気もするが無視だ。教室に戻り健ちゃんに謝る、まだ料理は来ていない。

「健ちゃんごめん、十分程抜ける」
「誰か来たならそいつと回れば? それくらい女子も許すでしょ」
「お昼休み抜けて来たらしいから。すぐ帰ると「なら待ってるわ」
「ありがと。ご飯先食べてて、じゃ」

 先程出たベランダにまた出る。「は?」健ちゃんとテラス席の客の声を背に、ベランダの柵を乗り越えた。



 ∇ ∇ ∇



 跳ねながらベランダで手を振る種田の揺れる尻尾、あれが本物ならブンブン振っているだろうなんてバカな考えが浮かんだ。着信を告げる携帯を見た瞬間、いつもの無表情がふわっと緩んだのだ。しっかし昼休み抜けて態々会いに来るとかよくやるね。親か? 「じゃ」電話の相手にすぐ行くと言っていた彼女は何故かベランダへ出る。思わず上がった疑問の声と共に、ベランダのコンクリート塀を躊躇せず軽々越えて行った。店内では俺とテラス席の客しか気付かなかったようだが、下から少し悲鳴が聞こえる。

「おぉ結希身軽やな〜……って何しとんねん、危ないやろ!」
「パルクール?」
「そういう意味ちゃうわ。はぁ……怪我しなや」
「しない、余裕よゆう。三階までしか行かないって店長達と約束してる、不法侵入もしない」
「あぁあの人らな。ちゅうか三階でも充分危ないわアホ」

 聞こえて来た暢気な会話にほっとしつつ、関西弁にショーイチ先輩とやらだと気付く。パルクールって……あぁ現代版忍者走法か。種田の運動神経なら簡単かもしれない。考えているとテラス席に居た斉藤が相席してきた。

「瀬戸君振られちゃったみたいだ「暖簾に腕押しだった奴に言われたくないし、だからべつにそんなんじゃないってば」

 苦笑する斉藤も自覚はあったのだろう。こいつもよくやってたなと思う。
 どうも種田は直感で人付き合いを決めるらしい。俺もそうだし、山崎も古橋も、一度まともに喋ってすぐ懐いたようだった。例外の原だってたかだか二、三週間である。斉藤に至っては最初の印象が悪く、その後も気に食わなかったようで彼女は一切振り向かなかった。

「その耳なんなん? 赤ずきんちゃんとちゃうん?」
「そう、昨日健ちゃんと劇やった。でも狼男と恋に落ちて狼少女になって一緒に暮らす、ちゃんちゃん」
「健ちゃんは狼で狼男役か? 人間とは暮らせへん的な、森で駆け落ちか」
「ご明察」
「……お互いどんだけ惚れっぽいねん」
「それは禁句です」

 本当にご明察だ、よくあの説明で解るな。「しょーいち先輩は狐の耳が似合いそう」「なんやそれ」クスクス笑う種田はご機嫌なようで、終始声が弾んでいる。一体どんな表情で話しているのか想像出来なかった。

「狐ってワシそない人を化かすような悪い奴に見えるか? 酷いわ〜」
「ふふ、事実じゃないですか。まぁ私は騙されないし、先輩も私の事騙さないから大丈夫」
「ゆーて実は騙しとったらどうする?」
「しょーいち先輩になら良いよ」
「ッあーもー……結希には敵わんなぁ」

 なんだか砂を吐きそうな会話だ……俺も昨日原に言われたが。しょっぱいものが食べたい。タイミング良く到着した料理に手を付ける。斉藤もそうなのか、スパゲッティからベーコンを盗んでいった。口に放り込むと「やっぱ外に彼氏居たのかぁ」と頬杖をつく。

「あれは違うでしょ。そもそもあいつ彼氏居ないって言ってたじゃん」
「そう言ってるだけかもって途中で思ったんだ。鈍感じゃなくて、ガード硬いのかって「逆」
「……は?」
「元々ガードってか警戒心強い上に、全っ然アプローチ伝わって無かったぜ」
「いやいや…………え、嘘、じゃああれって本気で言った……?」

 ぼそぼそ呟く斉藤。なんの話か問えば「付き合って欲しいに対して『どこに?』って。随分古典的で雑なはぐらかし方してくれるなぁって思ったんだけど」と難しい顔で返ってきた。笑いが止まらない。「絶対素でしょ!」「これまでの様子で解「無理むり」花宮と田辺にあれだけ言われてもピンと来て無かったのだ、伝わる訳が無い。断られた場合のプライドを考え率直に好きだとは言わなかったのだろうが裏目に出たな。いや、種田本人が好意をストレートに伝える事を考えると、好き、でさえ恋愛感情として伝わるか微妙だ。
 俺一人盛り上がるそこへ花宮がやって来た。斉藤を流し目で見て座る。「結希は?」「外。ショーイチ先輩? と会ってる」「今吉サン来てたんだ」一瞬の苦い顔を取り繕うように花宮は微笑む。

「あー彼氏でも無いのに結希ちゃんのメアド止めてた花宮君だー」
「えーっと……?」
「斉藤やっぱ性格悪いね」
「俺? 良くは無いかな「性格悪い奴の常套句じゃねぇか」

 困惑する花宮とニコリと笑う斉藤。見比べると確かに斉藤の猫被りはお粗末だ、目に感情がよく出ている。「メアド止めるって……?」花宮が斉藤と違う完璧な演技で説明しろと圧を掛けてくる。

「種田がね、お母さん達お前と田辺に教えるなって言われてるって」
「うん? 斉藤クンに教えるな、なんて言って無いんだけどなぁ……」
「他の男には教えるな、とかでしょ。はーやだやだ」
「はは、まさか! でも……うーん、なんでだろ……何かの勘違いかな……」
「ッ斉藤さ、お前種田になんて言われてたと思う?」

 足を軽く蹴られ、苦し紛れに話を変える。「傷口抉るなぁ」「傷心してんの?」「そりゃあね」とは言えそこまで傷付いている様子の無い斉藤に、なんとなく釣った魚に餌はやらない主義だろうと感じた。

「やたら話掛けてくる人とか?」
「残念。やたら宿題の邪魔する人」
「あー……まぁ自覚あるけど。厄介者にはそりゃ教えてくれないか。花宮君関係無いなら責任転嫁で八つ当たりも出来ないな」
「散々しただろ」

 肩を竦め苦笑した彼は「それじゃあもう行くよ。これ以上瀬戸君に苛められたくないしね」と友人と共に店を後にした。「もっと早く消えろっつーの。ウゼーな」実際はしっかり責任の一端を握っていた花宮がぼそりと呟いた。

「せや、結希LINE始めたなら言うてや。どうせ解らんのやろ? ワシ入れるわ、携帯貸して」
「んー……」
「どしたん?」

 外から悩む種田の声が聞こえ、勝手にサンドイッチに手を付ける花宮が小さく鼻で嗤う。今吉は嫌がられるなんて考え皆無らしい。まぁ俺でも意外だったのだ本人は当然か。「だって先輩は先輩で、友達じゃないから?」「同じ位仲良かったら大丈夫やで」自棄に友達に拘るなと思うが、あの交遊関係の狭さと条件の高さなら仕方無いかもしれない。
 種田にとって友人の線引きは明確で露骨だ。名前を覚えられているかどうか、スキンシップを拒まないかどうか……この分なら同学年かどうかもあるか。そしてLINEの『友だち』の欄にそれ以外を入れる事を渋る。

「なん、花宮も入っとるやん」
「うん」
「え〜あいつも『お母さん』なんやろ? なら問題無いやん」
「確かに?」

 やったーと気の抜ける歓声と、狐のスタンプが無いと残念がる声。あいつ も と言う事はつまり、

「今吉さんも、種田の『お母さん』って訳?」
「まぁ……あいつの言葉を借りればそーなるな」

 周りから見えないように顔を歪める花宮は、どうやら今吉が苦手らしい。ニヤニヤ笑っているとテーブルの下でまた脚を蹴られた。「てか友達追加しなくてもLINE出来るよね、相手が追加してトーク誘えばさ」「察しろ」罵倒しながら追加してやったお前の事もか。察した。
 キャッキャと写真を撮る様子が聞こえる。写真を撮るためだけに来たのだろうか。本当によくやるね。“──男と二人で居って女が出すなんて格好付かんやん”そう言った今吉が種田をどう思っているかは解らないが、恋愛に疎い彼女を確実に飼い馴らしているんだろう。中学の話だろうに。てか財布ごと渡すってどうかと思うぜ種田、信用してても無用心過ぎだしなんかズレてるし。今は俺のポケットに在る財布は、男が持っていても問題無いシンプルな黒。預ける事を視野に入れてこれにしているのだろうか。

「そういえば桐皇の学祭いつですか?」
「十一月」
「の?」
「…………はぁ、今年も土曜やねん。霧崎第一は土曜も授業やろ?」
「サボる」
「って言うと思ったから言いたく無かってん。ちゃんと授業出ぇや、そうやなくても梅雨休むねんから」
「んー……じゃぁ私もお昼休みに行く」
「おん、そうしぃ。昼絶対開けとくわ」

 指切りをする声にまたかと思う、しょっぱいものが食べたい。スパゲッティは食べてしまったので俺もサンドイッチに手を伸ばす。追加でコーヒーも頼もう。舌が苦いものも欲している。

「そろそろ戻るかなぁ」
「そうですか……あ、花宮さんには会いましたか?」
「いや、時間無いしな。話し掛けるんもおもろいやろうけど、どうせ女群がってんやろ? それはちとめんどいし」
「たぶん。鳥葬のカラスみたく」
「ハイエナって言えや。それじゃ花宮死んどるやん」
「それどっち道死んどるやん?」
「せやな」
「せやで」

 鳥葬ってまた随分独特な言い回しだな。笑いあう二人とは対象的に花宮はほっとしている。彼が苦手な人間というのに興味が湧く……狐の耳が似合う人を化かすような悪い奴、ね。花宮は猫被りで人を騙す天の邪鬼だが、今吉もそう言った人種なのだろうか?
 駅まで送ると言った種田は、服装を指摘されて校門までにしたようだ。声が遠ざかって行く。

「砂吐きそうだったわ」
「あ? 結希はいつもあんなんだろ」
「…………あー、花宮ちゃんと学祭回ってんだね」
「風紀の見回りだ。あと適当に媚売っとかなきゃなんねーからな」
「こんなんで売る媚に価値あんの?」
「無くはねぇ。が、まぁメリットに対して面倒ではあるな……それに比べてお前らは二人で楽しそうだなぁ、おおかみさんよぉ?」

 あ、これやらかしたかもしんない。
 花宮の輝く笑顔に沸き立つ周囲の女性客と反比例するように、俺は口の中が苦くなった。確かにさっきまで砂吐きそうで苦いもん欲しかったけどさ、こういうのは結構です。

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