お昼は屋上へ行けば噂を煽るので最近はずっと教室で食べている。購買に行くのも道すがら嫌がらせされるのでご飯は持参だ。健ちゃんを起こして席を立つ。「屋上でしょ、大丈夫なの」「うん」屋上に行くと思っているらしい彼が着いて来ようとするのを必死で断る。
「なんでだよ、なんかすんでしょ? 面白そうじゃん。混ぜて」
「ふふ、秘密の共有は少ない方が良い」
企みがあるとバレているらしい。それらしい事を言えば渋々納得してくれた。「田辺迎えに来ないんだ?」「そこまで過保護じゃないよ」どうやらべーちゃんに相談、もしくは協力を仰ぐと思っているようだ。少し拗ねている健ちゃんに後で説明すると約束して教室を出る。
お昼休みくらい猫を被らずまったりしたいまこちゃんは、一人でも屋上へ行く。いつも行く屋上は特別教室棟だ。鉢合わせないようルートに気をつけて特別教室棟を目指す。
∇ ∇ ∇
屋上で康次郎と二人、静かに飯を食う。一哉とヤマは食堂の気分、健太郎は今日は面倒なのだろう。ナベは結希が居なければ基本的に来ない。
「そう言えば種田がやる気になっていたぞ」
「あ?」
表情と反して感情豊かな康次郎の声が楽しそうに紡いだ。なんでも結希が水をぶっかけられた先週、噂を気にしないどころか彼の心配をする彼女に、周囲に被害が出たらどうするかと訊いたらしい。すると自棄に好戦的になったと。なら今頃無い頭を必死に捻っているだろう。悪知恵も働かなければ、上手く立ち回る事も出来無い癖に。
「花宮や田辺は動かないのか?」
「俺が知ったこっちゃねーよ……そもそも本人が何も言ってこねーのに必要ねぇ。ナベもんなとこだろ」
「過保護っぽいのに意外だな」
「過保護じゃねーよ」
「…………田辺の事だ」
「……」
「……」
「ナベはそこまで過保護じゃねーよ」
「……そうか」
「何にしろ下手に擁護したら逆効果だっつーの。こーゆーのはタイミングが全てだろーが」
「慣れてるなモテモテ花宮」
「ウザ……」
「種田も。梅雨は何も無くてもガタガタだったが、今は本当に気にしてないようだった」
「あいつは周りに興味ねーからな」
お前らが噂信じてりゃ多少は動揺しただろーがな。
梅雨と重ならなかったのは幸いだ、もしそうだったら結希はかなり堪えたに違いない。普段の反動のように彼女はあの時期周囲の反応に過敏に……いや、あれは過剰になると言った方が近いか。
それにしても、二学期から媚を増やし評判を更に上げた事が、こうも早くこの形で現れたのは少し予想外だった。学祭で俺が苛立ちをぶつけたせいもあるだろう、元凶は一哉なのだが。
(常々思ってたが……やっぱここの生徒はストレス解消に貪欲だな)
レベルが高く進みが速い授業。強制加入の部活は運動部が殆どで厳しい。加えて塾や習い事に通う者も多い。忙しい毎日は実力主義のプレッシャーと親の期待、己のプライドに押し潰されている。たまの行事ではしゃぐだけじゃ足りないのだろう、生徒達は溜まったストレスの捌け口を常に求めていた。
まぁ少し早まっただけ、中学でも同じような事はあったのだ。あの頃より被害が大きいのは、生徒達が結希を腫れ物扱いしていない事、男バスが人気がある事、練習に出ずとも女バスのスタメンである事が拍車をかけているのだろう。
スマホが震えたので取り出すと健太郎からだった。
《なんかすんなら教えてよ》
《はぁ?》
《今日三人で飯食ってんだろ?》
《どの三人だよ》
《お前種田田辺だろ? 俺『秘密の共有は少ない方が良い』って断られたんだけど。気になんじゃん》
《今日あいつ何か変化あったか?》
《変化?》
《なんでも良い》
《機嫌良さそう。あと不幸の手紙見て笑ってたかな》
一呼吸置いて届いた返信に眉が寄る。康次郎にもし結希が来たら連絡するよう言い、途中だった飯を片付ける。足早に教室へ戻りながらアドレスからナベを選ぶ。
「結希は一緒?」
『ないない。教室で食べてるっしょ』
「教室には居ないそうだ、手紙が届いて喜んでいたとか」
『取り敢えず二組行くわ』
言い終わると同時にブツッと切れたスマホをしまい、荷物を置いて二組へ向かう。「種田は?」「居ない」「……お前何してんの」「説明は後だ」健太郎に適当に答えて結希の机を探る。到着したナベに鞄の方を頼む。教室内の視線が集まるが二組は結希に友好的だ。そしてナベと、不本意ながら俺も結希の保護者的立ち位置で見られている、問題は無い。
普段は気に留めない手紙、喜んでいたなら呼び出しだろう。結希がそれを捨てる筈が無く、また、数日前水をかけられたのだから持ち歩く可能性も低い。俺達と言う食えない人間を近くで見てきたのだ、下手は打たないと思いたいが好戦的になっていたというのが引っかかる。やる気──身構えてからの準備期間も少ない。どの道目撃者はいた方が良いだろう。決して心配だからではない。
「コレか」
「お花ナイス」
「なに、」
「説明は後だ」
「……はいよ」
ナベと特別教室棟四階西側へ向かう。人が少ない特別教室棟は静かだ。聞こえてきた話声に、ナベがスマホのムービーを起動した。そっと覗くと階段の踊り場、結希の後ろ姿と対峙する呼び出し相手の女子生徒が俯いているのが見える。もっと広い場所で話し合えよ。
出ていく機会を窺っているとさっと結希が横に退き、飛び込んで来たらしい女子生徒が階段から落ちそうになった。結希は生徒を抱き寄せて支える。生徒の手からカッターが転がり落ちる。支えを嫌がる生徒が暴れ、
「なによ! バカにしないで、このっ」
「わっ、」
突き放すように腕を伸ばした。バランスを崩した結希は階段を踏み外し、押された勢いに宙を浮く。
「結希! ……んの、バカがっ」
急いで駆け出て、腕を伸ばす。どうにか受け身でも取ろうとしているのか、身体を丸め頭を守る結希がスローモーションで見えた。ふざけんなよ、勝手に落とされてんじゃねーよクソが……!
「────ッ?」
「ッおい」
「…………まこちゃ、ん?」
「しっかりしろ」
「ん、ありがと……ッじゃなくて何してんの今週試合だよ! 怪我は? どうしよう、腕と肩、筋とか、」
「落ち着け、これくらい平気だ」
自身より俺を心配する結希に溜息が出る。悪い足場で小柄とは言え人一人受け止めたのだ、負荷は掛かっただろうが何処にも痛みは無い。アドレナリン出てるか……後で不調が出なきゃ良いが。少々考え込む俺を結希が不安気に見上げる。「問題、」ねぇっつってんだろーが自分の心配でもしとけよバカ女──……続けようとする俺に、彼女は慌てて俺の胸ポケットをつつく。大筋が読めたので即座に猫を被り踊り場を見上げると、顔を青ざめさせた女が座り込んでいた。
「俺にはあなたが結希を突き落としたようにしか見えなかったんですが」
「ぁ……ち、違うの、少し言い合いになって揉み合いに、その、それで勝手に…………そう、勝手に落ちたの、種田さんが詰め寄って来て勝手に落ちたの!」
「……」
「えと、取り敢えず下りる。ありがと、ごめん」
喚く女を無視して、階段を降りきり結希を下ろす。一瞬息を詰めたので身体を支えると、確かめるように右足を曲げた彼女は眉間に皺を寄せた。「そこそこ逝った、かも」その言葉と表情にすぐさま抱え直す。ナベが出て来た時、何処かで電子音が鳴った。
「とにかく保健室へ行こう。ナベは彼女を職員室に連れて行ってくれ」
「私っ、本当に何も、」
「どうであれ呼び出しはしたでしょ。アンタ確か二年の──……」
未だ言い繕う女に、カッターを拾ったナベが手紙を見せて詰め寄る。
俺は結希を抱え走った。「歩ける、下ろして」「黙ってろ。痛みは」「ないよ」曲げない限り痛みは無いらしいが、痛覚鈍麻が顔を歪めそこそこと言ったのだ。思わず舌打ちが出る。あのクソアマやってくれやがって。今週末も女バスは試合がある。いくら結希に才能があっても故障すれば何も出来ない。間に合うだろうか、なんて。無理だととっくに解っているのに考えた。
「ま、待って、こっちは、」
「パフォーマンスだ」
「風当たり更に強くなる」
「俺からもナカヨシコヨシしてるって呈は要んだろ」
「呈? 酷いな。というか彼女達はそれが理解出来無いからこうなってるのに」
「ふはっ、まぁ泣いてるフリでもしてろよ結希チャン?」
特別教室棟四階西側からクラス棟一階西側にある保健室へ、コの字のような校舎の先端から先端、俺はあえて階段を下りず渡り廊下を突っ切った。結希は俯き、俺の首元に顔を埋め隠す。嘘泣きなんて芸当こいつは出来無いから仕方無いのだが、首をくすぐる息に、苛立ちだかむず痒さだかなんとも形容し難い感情が渦巻いた。罵声を無理矢理飲み込んだ苦い顔で一年の教室が列ぶ廊下を走る。視界には驚いた生徒達の顔。あまり激しく揺らさないように、それでも急いで。俺が結希を少し、ほんの少しくらいは心配していると、理解されているだろうか。生徒達に……そして、こいつ自身にも。
∇ ∇ ∇
昨日は一目見て解る程腫れた足首に即病院へ。診断の結果は中度の捻挫。がっちり固定され、鈍い痛覚で知らず負荷をかける危険性を考慮し松葉杖まで渡された。仰々しい。二週間は運動禁止、完治は一ヶ月程度と言い渡された。勿論試合は間に合わない。放課後になっていたのでそのまま家へ送り届けられた。いくつか心配のメールが届いていたが大した事はないと返した。
丁度今日から期末考査前でレギュラー以外部活は休み。予鈴ぎりぎりに教室に現れた健ちゃんは、何故昨日言わなかったのか嘘をついたのかと、掛けた挨拶を遮り静かに怒った。
「俺そんなに信用無い訳?」
「それだと私は誰も信用してない事に「言葉遊びするつもりは無い」
「私も言葉遊びしてるつもりは無いんだけど……あと何も嘘は吐いて無「屋上かって訊いたら頷いただろ」
「大丈夫かに頷いたんだよ」
「はぁ?」
「屋上かどうかは否定しなかっただけ、嘘じゃな「屁理屈」
「ええぇぇ……」
健ちゃんはぷいと顔を反らした。
お昼休み、風紀委員室に呼ばれて件の女子生徒、まこちゃんとべーちゃんの証言を説明される。女子生徒はまこちゃんにした言い分を貫いていた。教員に渡した手紙により呼び出しは認めているが、私がカッターで彼女を脅し自ら階段を落ちたと。まこちゃんは彼女が突き落としたように見えた、べーちゃんはよく見えなかったと証言している。「種田さんはどうだ?」質問には答えず女子生徒を呼び出してもらった。改めて事実を証言するよう頼んだが、案の定彼女の言い分は変わらなかった。「本当に?」「しつこいわね、あなた言い逃れする気?」どちらが、と笑いそうになるのを下を向いて堪える。「さっさと白状しなさいよ」まこちゃん以上の図太さだ。
「貴女は本当にそれで良いんですか?」
「ッだから、」
「例え、何があっても、その証言に後悔はありませんか?」
「な、なによ……また私を脅すの?」
「……ただの確認です」
付き合ってられないと女子生徒は勝手に部屋を出て行った。もう今更引けないだろう。私はカッターは彼女が持ち出した事、自ら故意に落ちたのでは無い事を伝える。「本当に突き落とされたんじゃ無いのかい?」「まだ気が動転していて……もう少し落ち着いてからでも構いませんか?」そう伝えれば翌日に呼び出して悪かったと謝られた。双方、そして目撃者の意見が食い違っているため、彼女の処分もその時という事で固まった。
私が抜けた女バスは二試合とも負けリーグ選3位、つまりウィンターカップの出場権は逃した。対して男子は一勝一敗、得失点差で出場が決まった。捻挫して間もない私はベンチでマネ業を出来る筈も無く、観戦席から試合を眺めた。まぁまこちゃんの出番は少なかったので良しとしよう、そう無理矢理納得する。
嫌がらせと噂は続いている。べーちゃん情報によると、一部では私はまこちゃんが大事にしている友人だから手を出さない方が良いと噂され始めたそうだ。パフォーマンス効果。だが大半は大げさに倒れまこちゃんに運ばせたか弱い女を演じる嫌な子になっている。パフォーマンス逆効果。私は未だ証言していない、それは同時に女子生徒への処分が未定だと言う事。調子付いた彼女は自分の証言を真しやかに語った。嘘だと気付く人は居ても、否定しない種田結希は攻撃しても抵抗出来無い気弱な生徒だと認識されている。怪我人相手に階段でぶつかるような事はされないが、代わりに廊下で足や松葉杖を引っかけられる事は増えた。容赦あるようなないような。
期末考査が終わり部活が始まったが、二週間の運動禁止はまこちゃんによって二週間の絶対安静に変えられたためまだマネ業は出来ない。明日解禁だ。明日からは朝練は出ない、あまり歩き回らない、職員室から借りた台車の使用を条件に許可されている。
「機嫌良いね」
「明日からマネ復帰で松葉杖卒業だから……そしてなんかすんのは、今日」
まこちゃんとべーちゃんが来たので席を立つ。
「食堂行こ、健ちゃんも要る」
「……俺もなんかすんの?」
「健ちゃんはなんもしない、ただそこにいて聴くだけ」
「聞くだけだけど要るんだ?」
「後で説明するって言ったでしょ? それに観客……いや、聴衆が居なければ劇はなり立たない」
「つまりお前らは聴衆じゃない?」
「私達は聴衆じゃない……そうだね、演者と原案者かな」
途中で康くんに会って五人で食堂へ行く。久しぶりの食堂は相変わらず人が多く混雑していた。まこちゃんがご飯を買っている間に皆は席を探す、私はべーちゃんに教えてもらい件の女子生徒のもとへ向かう。
「こんにちは」
「なによ……また脅しに来たの?」
「私がカッターで貴女を脅し、貴女に罪を着せるため自ら階段を落ちた……その嘘に後悔はありませんか?」
「嘘なんて、」
「これで本当の最後です。例え、何があっても、貴女はその証言に後悔はありませんか?」
「ちょっとやめなさいよ、それが事実でなんでしょ。今更何言ってんの?」
「サイテー」
「……外野が騒々しいですね。私は貴女に確認しているのですが、」
「ッ確認も何もあんたがカッター振り回した挙げ句自分から勝手に落ちたんじゃない!」
怒って叫ぶように言った女子生徒に食堂内の視線が集まる。「そうですか……では失礼します」下げた頭にまた最低だとヤジが跳んだ。少し離れた所に居た三人と合流して、空いた席に座る。
「良いってさ、べーちゃん宜しく」
「もう連絡した。ユーキ超ヌルいんだから、確認なんて取らなくて良いのに。良い前座にはなったけど」
「んで何すんの。あれが目的じゃ無いでしょ?」
「べーちゃんの真似。ほんとは屋上で食べたかったな」
「食堂の方が盛り上がって効果あるってば。見せしめ大作戦ってね、まぁ超楽しみにしてなよ」
「すぐにでも、と言っていた割りに結構かかったな」
「期末考査挟んだから」
まこちゃんが到着して食べ始めて少し経った頃、ピンポンパンポンとお決まりの案内放送が鳴る。少し静かになった食堂内は『こんにちは、お待たせ致しました』と私の声が流れ完全に静まり返った。健ちゃんと康くんが目を瞬かせてこちらを見る。中々珍しい表情に、ふふ、と笑う。開演だよ、私は小さく呟いた。
『種田結希、用件解ってるでしょ』
『大変申し訳ありませんが、さっぱり、徹頭徹尾、皆目見当がつきません』
『よくそんな事言えるわね……花宮君に馴れ馴れしくしないで。中学が同じだかなんだか知らないけど、名前で呼ばれてるからって調子乗ってんじゃないわよ。彼に近寄らないで』
『なんで? 貴女に私の交友関係を口出しされる筋合いは、』
『ほんっと気に入らない! 花宮君も迷惑してるの、やめなさいよ!』
『花宮さんご本人からは一言もそういった事は、』
『それは彼が優しいから言わないだけで本当はあんたなんて鬱陶しいし、迷惑に思ってるに違いないでしょ!』
『違いないの?』
『そうよ!!!』
『へぇ……? では調子に乗らずによそよそしくするとして。私は男子バスケ部のマネージャーをしておりますので、近寄るな、と言うのはとても難しいです』
『ならマネージャー辞めなさいよ、男目当てなんでしょう? あなた(ピーー)や(ピーーピーー)達他の部員にも媚び売ってるそうじゃない。マネージャー辞めて彼らにも近寄らないで』
『……ええぇぇ移り気』
『なんか言った?』
『なにも。えと、マネは辞めません、丁重にお断りさせて頂きます。あと媚び売る暇あったらボールの空気圧調整頑張りますって』
『煩い! 先輩が辞めろっつってんだから辞めなさいよ!』
『だから? 先程も申し上げた通り、到底聞き入れられないお話ですのでお断りさせて頂きます』
『……どうしても辞めないわけ』
『どうしても』
カチカチカチ
『ならどうなっても知らないけど』
『どうなるのでしょうか?』
『これが見えないわけ?』
『カッターが見えますね』
『ナメないで。辞めなきゃ痛い目見るわよ』
『ふっ、『脅しっちゅうんは相手が怯まんとなぁんも意味無いんやで』?』
『はぁ?』
『ですから、私が怯まない時点でカッターには何の意味も効力もありません』
『わ、私がビビってると思ってるの? 本当に切るわよ』
『どうぞ、私は構いませんよ。貴女は宜しいのですか? その時点で貴女は加害者になり、結果的に花宮さん達に迷惑を掛ける事になりますが』
『花宮君が心配してくれるとでも思ってんの!? そういうのがウザイのよ、当然みたいな顔で! あんたがどうなったって彼は何も感じないわよ!』
『ふっ、貴女の仰るお優しい花宮クンなら、友人が、部のマネが怪我を負えば心配くらいなさるのでは?』
『あ、あんたなんかが花宮君と友達なわけないでしょ、思い上がりも大概にしなさいよ! 母親とかなんとか意味解んないのよ、なんなのよ本当に! あんたが怪我すれば清々するに決まって、』
『その辺は家庭、いや個人の事情? というか話が逸れましたね。私が怪我を負えば練習に少なからず支障を来します、部員の花宮さん達が迷惑を被るのは必然です……例え間接的にでも、皆に迷惑かけたらぶっ潰すから』
『ッ怪我をするのが嫌ならさっさとマネージャー辞めなさいよ!!!』
『怪我をさせたいのならさっさと斬りなさい』
『ぁ、……ぅ…』
『あぁそれと、私が怪我を負えば女バスにも迷惑が掛かりますかね。今週末もバスケ部は大事な試合がありますので』
『あ、あんた下手で練習にも出ない癖に寄付金払って無理矢理レギュラー入ったんでしょ、女バスだって助かるわよ』
『それは誰からお聞きに?』
『皆噂してるじゃ、』
『具体的に』
『ッだから皆よ! 女バスの子にだって聞いたんだから!』
『わぉ。主将が否定して下さっていたようですが、その方は主将の行為を無下にしたのですね……そのような事実毛程もございませんよ。レギュラー入りは実力であり、練習に関しては女バスの監督も学校側も了承済みです。なんでしたらその辺りの書類の写しをお見せします』
『そん、なの嘘かもしれないじゃない……書類だってあんたがでっち上げたものかもしれないし……』
『では職員室へ、写しではなく原紙がありますので。まぁそもそも、私バスケ推薦の特別特待なんですけどね』
『…………は?』
『特待生が寄付金を払うなんて本末転倒だと思いますよ。それに寄付金でどうにかなる等と言う出鱈目が、私、ではなく、学校を、侮辱していると理解した上で仰っているのでしょうか?』
『私が言ってるんじゃない!』
『そうでした……では貴女が害をなそうとしている相手が、学校側が優秀な生徒を確保し輩出するための特別特待生だという自覚は?』
『ッ煩い!!!』
カシャン
『きゃっ!』
『ここ踊り場ですよ……避けられたら落ちるかもとか考えないかな』
『離して! 触らないで!!!』
『ッ……おっきい声出さないで。ならちゃんと自分で立って下さい。こっち、そこ落ちそうで怖いです。ほら、』
『なによ! バカにしないで、このっ』
『わっ、』
『結希! ……んの、バカがっ』
『────ッ?』
『ッおい』
『…………まこちゃ、ん?』
『しっかりしろ』
『ん、ありがと……ッじゃなくて何してんの今週試合だよ! 怪我は? どうしよう、腕と肩、筋とか、』
『落ち着け、これくらい平気だ』
『ま、』
『問題……無いよ。結希が無事で、間に合って良かった』
『…………なんで場所解ったの?』
『何処にも居ないから心配で。手紙を貰ってたって聞いて、呼び出しかと思って探し回ったんだ……それで、どういう事か説明してくれますか?』
『はな、花宮君、』
『俺にはあなたが結希を突き落としたようにしか見えなかったんですが』
『ぁ……ち、違うの、少し言い合いになって揉み合いに、その、それで勝手に…………そう、勝手に落ちたの、種田さんが詰め寄って来て勝手に落ちたの!』
『……』
『えと、取り敢えず下りる。ありがと、ごめん』
『ねぇ、そうよね、あなたが勝手に落ちたじゃない! 私のせいにするって自分から落ちたの!』
『はぁ。結希、下ろすよ』
『ッ!』
『お前右足……』
『あー……はは、いや、うーん……そこそこ逝った、かも』ブツッ
『はーい、結希ちゃんのお母さんイケメンでしたねえ、いやあ美しきかな親子愛! さっきからすっげえドア叩かれてるし、放送室出た瞬間説教食らうから言うけど、一年の田辺も噛んでるから先生呼び出すならあいつも宜しく。以上お昼の特別放送でした!』
「いやアタシ音量調節とファイル形式変換しかしてねぇし! 名前出すなよ!」
この声は体育祭の借り物競走の放送部員だろうか、楽しんでる上に強かだ。バンとテーブルを叩いて立ち上がり、スピーカーに向かって叫ぶべーちゃんに小さく謝る。
「ユーキチャン最高! と、途中のピー音と関西弁ズル過ぎっしょ、ウケる!」
「お前ちょっとドジっただけっつってただろ! 落とされたなら言えよ!」
食堂に来ていたらしい原ザキコンビが近くにやってきた。原ちゃんは爆笑、ザキちゃんはぶち切れ。よくこれだけ静まり返った中堂々と騒げるな、と思わなくもない。
「あれは思わず腕が出ただけで彼女は故意じゃない。過失だよ、たぶん」
「一緒だろう。花宮は抱きとめたのか、流石だな」
「ぽろっと出たお花の名前は最っ高のタイミングだよね! 親子愛とか超草生えるわ」
「田辺の真似ねぇ……えげつねぇなお前、相手もだけど。種田は自分で落ちたどころか、相手が落ちるの助けた上に落とされたんだ?」
「だから過失だって」
「アタシは翌日即行流したけどね、ユーキ遅過ぎ! まぁその分バカみたいに調子乗ってくれたみたいだけど?」
未だ静まり返ったままの食堂内、私たちの会話はよく響いた。
因にピー音は、まこちゃん以外名出しの許可を取っていないのでべーちゃんに消して貰った。携帯のボイスレコーダーだが良く録れていて助かった。
「結希、あまり無茶はしないで欲しいな。あの時も、呼び出しの事言ってくれれば良かったのに」
「んー…………迷惑かなって?」
「まさか。もし迷惑な事があったらその時にちゃんと言ってる」
態と大きめに話すまこちゃんは、放送での女子生徒の言葉を否定した。
そうこうしていると職員室へと呼び出されたので皆に断ってべーちゃんと席を立つ。食堂内は気まずさと戸惑いのざわめきで満たされている。テーブルの間を縫ってカウンター前の開けた場所に出た時、憎しみを剥き出しにした、えげつない形相の件の女子生徒に掴み掛かられた。良いのかな、こんな衆人環視の中で。隣のべーちゃんは勿論止めない。
「あんた嵌めたわね!? 風紀に録音してるなんて言ってなかったじゃない!」
「訊かれ無かったので。でも私はちゃんと確認しましたよ」
「はぁ!!?」
「風紀委員室でも、先程も。例え、何 が あ っ て も 、その証言に後悔は無いかと」
「なっ、」
「結希もナベも、早く職員室に行った方が良いんじゃないかな?」
その場で立ち上がったまこちゃんがナチュラルに女子生徒を完全スルーして、私達に声を掛ける。サッと女子生徒の顔が青ざめた。
「それとも結希は俺が連れて行こうか、その足じゃキツいでしょ?」
「優しいね花宮さん、松葉杖は明日卒業だし大丈夫だよ」
「友人が怪我をしていて心配しない訳ないだろ。それよりその呼び方やめない? 放送で流れたしね、出鱈目な噂が面倒だから仕方無いとは言え寂しいなぁ」
「ふっ、そうだねまこちゃん。私も大事な友達を他人行儀に呼ぶのは嫌だったんだ」
「ユーキそこは過保護な『お母さん』じゃなくて? 近いんだから大丈夫でしょ。ほらアンタ置いて行くよ──……」
──つーか、アンタの処分決めに行くんだけど。
ぼそっと付け足されたべーちゃんの言葉に、顔を俯かせていた女子生徒はビクリと震えた。ぶつぶつ何か呟いていたかと思うと、がばりと頭を上げる。彼女の目から涙が散った。
「全部っあんたのせいよ!!!」
振り上げられた手ときらきら舞う雫を見て考える。
何が私のせいなのか。呼び出しには懇切丁寧に対応し、人柱にするつもりだから本当に良いのかと伺いを立て、一週間の猶予も期末考査前と言う事で二週間に伸ばした。それなのに自分の嘘がバレないと思って調子に乗って、最後はぶち切れて我を忘れて平手打ちか。この人はとことんアホだな。でもこの人がとことんアホなお陰で、怪我以外怖い程美しく事が転がったのかもしれない。そう思えば感謝すべきだろうか。
誰かの小さな悲鳴と、息を飲む音が聞こえる。感謝半分、演出半分。小気味の良い音をあげて頬を叩かれ、振り抜いた女子生徒の腕を掴んで軽く捻り上げる。大げさに痛がる様子に溜息を吐く。
「マネが怪我を負えば男バスに迷惑が掛かると申しましたよね」
「う、煩いっ! 煩いうるさい全部あんたが、」
「既に捻挫で支障を来しているんです。勿論女バスの試合は欠場」
「そ、れは……」
「それは過失だと思ってるので、貴女を責めるつもりはありません。嘘の証言はさて置き」
「……」
「ただ、今のははっきりとした攻撃の意思を伴う行為だ……間接的にでも、皆に迷惑かけたらぶっ潰すって言ったの、忘れたのかなぁ……?」
「ッ!」
「噂も。私の事はいくらでも好きに言って構わないけど、皆をネタにされるのはあまりに不快で吐き気さえしてくる。随分浅慮な人間が多いね。誰かの中傷のために名前を挙げられるのは、名誉な事では無い。汚辱だ──……」
女子生徒の腕を掴んだまま、室内へと視線を滑らせ言う。あぁ苛々する。更に言葉を続けようと口を開いた。
「──、」
『先程放送の掛かった三人、早く職員室に来なさい! 一年二組種田結希、八組田辺つかさ、二年六組──……』
再度かかった放送にはっとして女子生徒の腕を離す。少し力を入れ過ぎたかもしれない。「悪かったですね、行きましょうか?」肩を竦めて彼女に声を掛けるが、座り込んで泣き出してしまった。うぅん面倒くさい。「アンタなに被害者面してんの? さっさと立てよ」べーちゃんが無理矢理腕を引いて立たせようとするが、やはり無理そうだ。うぅん面倒くさい。
「結希は少しは自分の心配もして欲しいな……頬、血が出てる」
「わ、ごめん」
結局こちらに来たまこちゃんがハンカチで私の頬を優しく(見せているだけで割りと強引に)拭ってくれた。爪が擦って切れたのだろう。松葉杖を取り上げたまこちゃんは、べーちゃんにそれを渡すとさっと私を横抱きにした。顔が引きつる。「お、降ろして、歩ける」しかし彼は言葉を返さず綺麗に微笑む。眩し過ぎる笑顔が怖くてさぶいぼが立った。怒ってらっしゃる。「手貸して、松葉杖返して」べーちゃんに助けを求めるが彼女も黙って微笑むだけだ。可愛い。だが怒ってらっしゃる。
「お花、コレ超動かないんだけど。どうしよう?」
「さぁ……俺は友人に怪我させた人間を顧みる程優しくは無いからな」
「お花おこなの? 激おこ?」
「あはは、そりゃそうだろ。最近の結希への出鱈目な噂も嫌がらせもとても不愉快だし、これでもかなり──……」
──怒ってるよ。
すっと表情を消して座り込む女子生徒を見下ろす彼の目は、酷く冷えて鋭利だった。喉が凍りついて息が出来ない。こんな目は初めて見た。灰汁色がいつもより暗く思えてなんだか、怖い。無意識に手元にある彼のブレザーを握る。
刹那、まこちゃんはにこりと笑って「ちゃんと掴まってろ」と歩き出した。流石に彼自身がここまで言っているので風当たりが強くなる事は無いだろうが、先程までの緊迫から一転、花宮クン格好良い空気に染まった食堂内と、原ちゃんの笑い声に遠い目になる。生徒達は気付いていないのか、気付かないフリをしているのか、気付きたくないのか。一体どれなんだろう。「お優しい花宮クン」はこの騒動に一切動じていない、つまり、見せしめを許容している。本当に優しいならやり過ぎだと咎める筈だ。ほんと、何を見ているのだろう。
「そりゃそうか」べーちゃんはぽいと女子生徒の腕を捨てさっさと歩き出す。疲れたな。まさか女子生徒が我を忘れて突っ掛かって来るとは思わなかった。苛々して言うつもりの無い事まで言ってしまった……まぁ良いか。
「バカ正直にビンタされてんじゃねーよ、避けれただろお前」
「お花激おこぷんぷん麻呂?」
「黙れ腐れクソ女」
「まぁアタシもキレてんだけどね。ユーキ態と避けなかったでしょ?」
「あれは優秀な人柱への感謝だよ……あとは演出?」
「あぁまさかあそこまでのバカだとは思わなかったよね、笑い堪えるの必死だったわ。引っ掻き傷作ってくれやがったのは超ムカつくけど……これで他も静かになるねぇ」
「なるかな」
「ふはっ、心配ねーだろ」
「それより降ろして」
「また放送かけられてーのか?」
「知ってっけど素直じゃないねお花、心配してるって言ってやりゃ良いのに」
「ぁあ゛?」
「お、おぉ……ありがとまこちゃん」
「下手な勘違いキメてんじゃねーよ!」
件の女子生徒は残り二学期全て停学処分、自宅謹慎となった。一応私は、彼女は私を振り解こうとしただけだっただろうと言ったが、嘘の証言を貫いた事で情状酌量の余地は無いと処分が決まった。べーちゃんと放送部員は軽くその場で怒られただけ。私も心配してくれていた風紀委員の担当教員に、すぐにはっきり証言しなかったことを怒られたが、
“んなの他の嫌がらせが止まんないからに決まってんじゃん。教師側は対処する気あったの? 無いっしょ? しても逆効果だしねぇ”
とべーちゃんが零しお咎め無しとなった。そもそも被害者だしね。
見せしめ大作戦は功を奏し、噂も嫌がらせもピタリと止んだ。特別特待だと知れ渡ったのも大きいだろう、霧崎の実力主義はこういったところでも力を発揮する。食堂での過失発言は女子生徒を庇ったと見なされ、更に噂に対する発言により、種田結希は慈悲深く、自身は二の次に男バスを思う健気で献身的なマネとして見られ始めているそうだ。見事な掌返しである。本当に慈悲深かったら女子生徒を人柱にしていないし、本当に健気で献身的ならもっと愛想良く仕事しているだろう。
またこっそり結成されていたらしい、花宮ファンクラブ的なものの代表が謝りに来た。曰く、醜い嫉妬をしていて申し訳なかったと。花宮クンがあれだけ言うのなら、彼の友達ならと私は認められた。やはり見事な掌返しである。録音のいつもより砕けたまこちゃんの口調に「穏やかで優しい花宮クンが取り乱す程の相手」と解釈したらしい。都合の良い解釈だ。ほんとに取り乱したらもっと口悪いし手も足も出るよ。私の事は気にしないで良いと謝罪を撥ね除け、代わりにまこちゃんの好物を教えておいた。今後彼への貢ぎ物はカカオ100%チョコ一色になるだろう。カカオ100%なら下手に手作り出来ないから混入物や食中毒を警戒する必要は無いし、まこちゃんのチョコ代が浮く。良い仕事をした。
「そういえばピー音って誰だったの」
「天使先輩とか」
「あの人もモテんのか」
男バスは強いのもあり結構モテるらしい。同じく強いゴルフ部もモテるしな。実は原ちゃんと、健ちゃんの名前も上がったけどなんとなく内緒にしてみた。
こうして事態は終息した。