大晦

 陽泉は準々決勝で破れたそうだ。私はただお疲れ様と、そして来年のインターハイで会おうとだけ返した。

(今年のインハイは破れたけど、来年の夏は全国に行く……男子も女子も。陽泉は強いからまた会場で会えるよね)
「なにニヤニヤしてんだ」

 むすっとしたまこちゃんに炬燵の中で軽く蹴られた。
 毎年大晦日は必ずまこちゃんが泊まりに来る。しょーいち先輩は中三から実家が大阪に戻ったので帰省、べーちゃんは年末年始は海外で過ごすため居ない。花宮母の休日は世間のそれとズレていてこの時期忙しく、毎年泊まりで仕事らしい。まこちゃんも年末年始はいつも一人だからと二人で過ごすのだ。
 友達の事を考えていたと言うと、キモイとバッサリ切られた。「どんだけあいつら好きなんだよ」「? あぁ、霧崎の皆じゃないよ」するとまこちゃんはピタリと動きを止め、一呼吸置いて、何処のどいつだと身を乗り出して詰め寄ってきた。彼氏が出来た娘を持つ父親か何かか、お前は母親だぞ。

「秋田に居るすごく可愛い中国人」
「……他には」
「んー……淡々としてて楽。気が利く、たぶん。素直。背が高くてスッてしてるけど可愛い。嫌味が無い? あと黒目がちでさ、菖蒲色もなんだけど薄い桃色なんかもよく似合いそうな、」
「あぁもう良い」

 自分から訊いて来た癖にウザイと言って遮られた。なんなんだ。新しく出来た友達の話聞いて欲しかったな、少し。
 軽く不貞腐れて甘い物でも食べよう、と立ち上がってふと買い忘れに気付いた。駅前のスーパーへ出掛ける事にする。まこちゃんを誘ったが寒いと断られてしまったので仕方無く一人家を出る。まぁ彼は私以上の極度の寒がりだ、ほっそいからな。スーパーに入った頃メールが来た。LINEの通知──原ちゃんだ。もじもじする熊のスタンプ……なにこれ。《お手洗い行きたいの?》返すと電話が掛かって来た。爆笑している。

『態々トイレ行きたいなんて連絡するワケないじゃん! 寂しいって意味だったんですけど!』
「解んないよ」
『ユーキチャン今何してんの?』
「スーパーで買い出し」
『その後は?』
「家でお雑煮作ってまこちゃんと蕎麦打つ」
『へー、花宮と……花宮と!? つーか打つって何!?』
「そのまんま」

 一昨年から大晦日は蕎麦打ちだ。
 三年前初めて共に過ごした年越し、舌の越えたまこちゃんは乾燥麺に酷く文句を言った。「じゃぁ来年は自分で打てば?」適当に提案すると、良いぜならお前も打てとなってそれから手打ちだ。素人が作るそれは大して美味しく無い筈だが、私は勿論まこちゃんも気に入った。キャンプのカレーが美味しい理屈だろう。
 蕎麦打ちに興味を示した原ちゃんに、そんなに気になるのなら家に来るかと問う。『え、大丈夫なの?』「二人だし大丈夫だよ」「マジ? 行く」丁度最寄り駅に居るらしいので落ち合う。ザキちゃんも一緒だった。「男二人じゃ寂しいじゃん」「他の友達は?」「家族旅行とか?」「……俺は原に連れ出された」なるほど。原ちゃんは家族で過ごさなくて良いのだろうか。

「おせーぞ結希、コーヒー。つか寒ぃよ、さっさと閉め……」
「駅で拾った」
「結希、元あった場所に戻しておいで。それとも保健所に連絡しようか?」
「ブッハ! なにその格好!!!」
「お、炬燵出てるし。外クソ寒かったんだよな〜。おい花宮、脚、入れねぇ」

 綺麗に猫を被るまこちゃんだが、眼鏡を掛け前髪を上げ、極めつけにもこもこのはんてんを着ている。いつもの姿とはかけ離れた、花宮冬の種田家スタイルでは格好なんてつかない。原ちゃんに笑われ前髪のピンを取ったが少し跳ねている。舌打ちした彼は諦めたのかもう一度前髪を上げ、本の続きを読み始めた。前髪切れば良いのに。取り敢えずコーヒーと、二人にも飲み物を出す。

「ユーキチャン家結構デカくない? 金持ち?」
「俺も思ってた」
「さぁ……それなりじゃないかな」
「つーか花宮寛ぎ過ぎっしょ!」
「二人も、誰も居ないから気にしないで寛いでよ」
「うわ、種田こんなんやんのかよ!」

 出しっ放しになっていた洋ゲーを見てザキちゃんが声を上げる。「べーちゃんの影響。やって良いよ」嬉々として始めたガンアクションの銃撃音に、掛かっていた音楽を止める。
 さて、私はお雑煮作りだ。具を切って、一部は飾り切り。作業を続けていると原ちゃんが来た。「器用だねん」「そうかな」記憶には無いがお雑煮はこういうもので、そして作り方も知っている。幼い頃母の手伝いをしていたのか、母が亡くなってから私の仕事だったのか。
 家庭用の蕎麦打ちセットを出して固く絞った布巾で拭き、まこちゃんを呼んで二人で黙々と蕎麦を打つ。三回目のそれはだいぶ手慣れたものだ。まこちゃんとかもうお店開けそう、器用とはこういう事。原ちゃんは笑いを堪えながらムービーを回し、ザキちゃんもゲームを止めたのかじっと私達の手元を見ていた。

「本格的過ぎんだろ……道具とか高くねぇの?」
「そんなにはしない、家庭用の簡易セットだし」
「……あん時は値段なんて見ずに、完全にノリでポチッたけどな」
「一セットで良いじゃん。なんで二つ! 黙って列んで打ってるのシュール過ぎ!」

 堪えきれずひーひー笑う原ちゃんに毎年こうなのかと聞かれ、恒例行事だと返すと更に笑われてしまった。ザキちゃんもやりたいと言い出したがもう蕎麦粉は無い。ごめんと謝り、全神経を注いで注意深くとんとんと切って完成。ふぅと息をつくと、隣のまこちゃんは一足先に終えていた。見比べた蕎麦の出来映えはどう見ても私の負けで少し悔しい。
 蕎麦打ちセットを片付け原ザキコンビと三人でゲームをしていると、インターホンが鳴った。大晦日の夕方、誰だろうかと首を傾げながらカメラを見ると、

「はい?」

 携帯を見ている康くんと、欠伸をする健ちゃん。「どうした」一人本を読んでいたまこちゃんがこちらを見る。これは原ちゃんか……見るとニヤニヤと笑ってVサインを出していた。外に出て二人を招き入れる。

「花宮ははんてんすら着こなすのか」

 康くんこれ着こなすっていうのかな。

「呼んだのは一哉か……お前ら暇かよ」
「寝てたんだけどね、あんなムービー見たら気になっちゃうじゃん」
「察しの通り暇だったしな」

 原ちゃんは私達が蕎麦を打っているムービーと種田家の住所を二人に送ったらしい。寝汚い健ちゃんを態々来させる程の破壊力があったのか……確かに私も、まこちゃんと、例えばしょーいち先輩が二人で黙々と蕎麦を打っているムービーが届いたら行く。「もう終わったよ」「みたいだね」そして健ちゃんは炬燵に入って船を漕ぎ始めた。こいつ何しに来たんだ。

「うーん……晩ご飯、年越し蕎麦食べて行く? っても乾燥麺になるけど。足りるかな」
「「「「食う」」」」

 揃った声に溜息をついて本を閉じたまこちゃんに山葵を擂ってもらう。「うちはザル蕎麦派だから」良いよと元気な返事を聞きながら蕎麦を湯がく。まこちゃんと私は蕎麦打ちセットの付属の蒸籠で自作のものを、他の四人には大きな竹の笊でどどんと出す。蕎麦だけじゃ足りないのでそうめんも出した。私の保存食が一気に消えた。

「ふはっ、結希の切れてんじゃねーか」
「二人のも少しくれ」
「種田は料理が上手いな」
「切っただけの薬味見て言われても。人並みじゃないかな」
「もしかして飯っていつもお前が作んの?」
「うん」
「生のワサビヤバい、スゲー鼻痛いんですけど。あ゛ー……ディッジュどっで」

 わいわい騒がしい様子が楽しい。例年のまこちゃんとの静かな年越しも良いけど、こういうのも良いな。炬燵テーブル大きくて良かった。






 いつもお風呂はシャワーで済ますが、寒がりのまこちゃんのためにお湯を貼る。湯沸かし器の合図にまこちゃんをお風呂に勧めれば、ぐりんとこちらを見る四人。

「え、花宮泊まってくの? 今日家の人は?」
「誰も居ないよ」
「うわあその間に二人っきりでお泊まりとか、ヤラシイ、」
「取り敢えず一哉は今すぐ帰れ」
「お前の親忙しいな。前来た時も居なかったし」

 ザキちゃんの言葉に今度は彼へ皆の首がぐりんと向く。二度程内緒話で呼んだと言えば、主に原ちゃんがニヤニヤとザキちゃんを弄り倒していた。

「もしかして種田って父子家庭?」
「? なんで?」

 健ちゃんに問いに首を傾げる。何故そうなるんだろうか。すると家事に慣れてる様子、そしてまこちゃんが『母親』な理由に家庭の事情と答えていただろうと。なるほど。そういえば見せしめ大作戦、そんな言葉をぽろっと溢したのを思い出した。よく覚えてるな。

「だから誰も居ないって」
「ん?」
「最初から言ってるけど。誰も居ない」
「……出張、か?」
「それならそう言ってる。種田家は、私一人」
「「「「は?」」」」
「両親他界済み、一人っ子」

 目を丸くする四人に首を傾げる。やはり珍しいのだろうか……珍しいか。
 「お前良いのかよ」「うん」まこちゃんの確認は家庭環境に対してでは無い。あの中学に通っていて両親が他界している少女、そこから何かの切っ掛けで私が記憶喪失だと知られるかもしれない、それでも良いのかと言う事だ。私は別に良いと思った。この面子なら引いたり、同情したり、形ばかりの心配で包んだ好奇心を押し付けたりしないと思う。それに高校からの付き合いなのだ、それまでの私の記憶の有無なんて関係無い……と思いたい。

「まぁそれ程珍しくねーだろ。うちも母子家庭で母親と二人だしな」
「ありがと?」
「ワリィ……その……」
「気にしなくて良い、健ちゃんもね。別に隠してないし私が勝手に話しただけ」
「あー……ゴメン」

 まこちゃんが解り辛いフォローのような何かを入れてくれる。話の切っ掛けになってしまったザキちゃんと健ちゃんが少ししんみりしている。うぅん、気を使わせて申し訳無い。

「だからさ、推薦一度蹴ったとか特別特待とかその辺抜きにしても、寄付金積むって一番有り得無いんだよね。あの噂考えた人はほんとアホ」
「噂とは真逆だな」
「お菓子やゲーム買ったり、ノリで蕎麦打ちセット買う位生活に心配は無いけど。節約出来る部分があるならするに越した事は無いし、監督もしつこかったからね。勿体無い精神?」
「じゃーユーキチャン一人暮らし?」
「うん。母は幼い頃、父は中学に亡くなったからそれから一人。親戚は父方の祖父母が居るけど、元々絶縁状態だったからほぼ交流は無い。悠々自適、気ままな一人暮らしってやつ」
「義務教育からって大丈夫なのかよ?」
「……転校も、施設も嫌だったから。お金とかの管理は後見人がしてるし、たまに顔会わせるから平気へいき。まぁ公言はしないで欲しいかな、防犯上。と言う訳で、種田はお買い得だよ健ちゃん」
「あ、あぁ? 俺? 何が?」
「夏にクラスの女子が言ってたじゃん、親にご挨拶。私の場合要らないから楽ちん……あぁでもまこちゃんしょーいち先輩、と、べーちゃんには必要かな」
「……俺突っ込まないよ」
「ブッハ! なにそれ!?」
「合宿の予算案、まこちゃんと健ちゃんとクラスで決めてて──……」

 取り敢えず和んだっぽい空気に安心する。

「じゃー毎年花宮とは、蕎麦打ちから泊まるまでが恒例行事ってワケ?」
「初詣行くまでかな」

 原ちゃんの言葉に頷けば、またしても皆まこちゃんを注視して沈黙する。なんだろう。今のはしんみりする話じゃない筈だ。考えていると原ちゃんが自分も泊まると言い出し、なら俺もと皆が声を上げる。帰るのが面倒らしい。

「着替えも寝間着も無いじゃん」
「一日くらい大丈夫だ」
「明日家族で初詣行かないの?」
「ナイナイ。どーせなら皆で行く?」

 原ちゃんの提案にまこちゃんを見上げると、好きにしろとお風呂へ行った。他は明日の気分次第との事。
 じゃぁ明日のお雑煮のお餅が確実に足りない、そう呟けば原ちゃんがザキちゃんと(強制)買いに行くと言い出した。それなら他の食材もお願いとメモを渡す。二人を送り出して健ちゃんと康くんにお風呂を勧め、私はお雑煮の嵩ましを謀った。

「…………遅い」

 スーパーの閉店時間は過ぎ、先にお風呂へ入ろうかと考えていた頃、やっと二人が帰って来た。隣駅のドンキまで行ったらしく、妙に荷物が多い。少々呆れながら食材を受け取り下拵えする。

「じゃーん! パジャマ買ったんだ、六着あるから着替えてねん」
「はぁ? 俺はあんぞ」
「いやいやちゃんとそれぞれ選んだんだから、花宮も着てくんない?」
「前思ったよ、それ原ちゃんに似てる」

 お風呂から上がった原ちゃんが着ていたのはキャラクターのつなぎパジャマ、紫の縞模様の猫は彼にほんとよく似合っていた。健ちゃんも康くんも乗り気では無かったが、原ちゃんがごり押し、私が私服を洗濯しようかと問えばしぶしぶ着替えた。
 健ちゃんは黒に細い白のストライプの骸骨、大きめに作られているのにぴったりだ。康くんは三つ目の緑のエイリアン、可愛い。フードを被るよう頼む。五つ目康くん、うん可愛い。「全部目ぇ死んでんじゃん、ウケる」「む」原ちゃんは着替えた二人を見て笑っている。やばい、テンション上がって来た。学祭テンションならぬ、晦日テンションだ。原ちゃんに続いてお風呂に入っていたザキちゃんは黄色い犬で、自棄に似合っていて更にテンションが上がった。その勢いでまこちゃんにも着替えるよう頼んだが、彼は頑なに着替えない。しつこそうな原ちゃんは意外にもすんなり身を引いていた。
 途中だった台所の片付けをしていると原ちゃんがこちらに来た。「はいコレ」「カフェオレ?」コップを渡され首を傾げる。コンビニの期間限定品らしい、ずっと下拵えをしていた私を労って買ってくれたのだと言う。丁度喉が乾いていた、お礼を言ってぐいっと飲み干し……かけて、ぴたりと止まる。「これお酒? 犯罪だよ」「お酒じゃないよん、アイリッシュコーヒー風味。不味かった?」つまりブランデーを入れずにブランデーの風味は付けているのか、意味不明。不味くはないが鼻にアルコールの香りが抜けて眉を寄せる。だがカラメルのような甘さは美味しい。
 片付けを終え、渡されたパジャマを持ってお風呂へ行く。なんだか少し熱い、暖房効き過ぎじゃないかな。まこちゃんが険しい顔でこちらを見ているので、エアコンを下げはしないけど。



 ∇ ∇ ∇



「テメー何飲ませてんだよ」
「てへ☆ ……イタタタ、カルーアミルクだって、ちょ、痛い痛い痛い!」

 濯いだ缶を潰して証拠隠滅を謀っていると花宮に怒られた。当然っちゃ当然、つーか流石に気付かれたか。男五人で女に酒飲ますなんてシャレにならないと言われるが、誰も襲うとは思えない。ザキは風呂場の方向を心配そうに見ている。市販のそれはアルコール度数が低く、あれだけ勢い良く飲むと思わなかったが、余程酒に弱くない限り大丈夫だろう。

「今から風呂入んだぞ、回んだろーが」
「え、もしかめちゃくちゃ弱い? 無いっしょ? 料理ん時も普通だったし」

 肉を漬け込むのに料理酒を入れていたが、その下味を確かめる時も表情は変わらなかった。苦手だったり弱ければ、酒を入れる前に味見しそうだ。カルーアミルク飲んだ時も噎せ無かったし。
 「そもそも着替えない花宮が悪いんじゃん」「……」無言で思いっきり蹴られた。良いじゃん少しくらい、ノリ悪過ぎっしょ。ユーキチャンがどれくらい酔うか解らないが、少し酒を入れて花宮に可愛くオネダリしてもらう作戦である。我ながら雑で安直だが有効な手段だ、花宮はなんだかんだ彼女に甘い。

「そこまで弱くはねぇ……」
「でしょー、さっすがオレ! つーか飲んだ事あんだ?」
「料理酒と水間違えて思いっきり煽った事あんだよ……コップ一杯一気だ」
「花宮がそこまで言うって、面倒臭い酔い方でもすんの?」

 瀬戸の質問に花宮が舌打ちする。マジか、やっちった。しかめっ面のままの花宮は後ろ頭を乱暴に掻くと「お前ら下手な事すんなよ」と釘を指した。下手な事? 理性でも試されるのだろうか。キス魔になるとか? なにそれウケる。

「それにしても両親の話は流石に驚いたな」
「あー……失敗した。逆に気ぃ使われたし、最悪」
「別に良いだろ。結希は親が死んでる事も、それを知られた事もマジでなんも思ってねーから気にするだけ無駄だ。あいつも言ってたが最初から隠してねーしお前らには隠す気もねぇ、勝手にあいつが言い出しただけだ」

 花宮の言った通りユーキチャンは本当にけろっとしていた。ザキと瀬戸には気を使ったのか饒舌だったけど、変に強がったりしている様子でも無かった。父親の方は中学に亡くしたと言っていた。中一の時だとしてもまだ三年しか経っていない筈だが、彼女の中では完全に気持ちの整理が付いているのだろうか。
 「いや居ねぇって、普通に仕事だと思ったわ」「嘘じゃねーだろ」ザキの言葉に花宮が嗤う。確かに嘘では無いけどさ。オレも出張だと思ったし。

「種田ってそういうとこあるよね。確かに嘘は言って無いんだよ、屁理屈レベルだけど。親が忙しいかどうかも否定も肯定もして無い、答えて無い」
「そう言えばそうだな。躱し方が上手いと言うか……いや上手くは無いか」
「あいつ嘘つくのド下手クソだからな。つかなくて良い返し方してんだろ」
「へー。種田って意外と色々考えて話してんだな、あぁ見えて」
「いやありゃ無自覚だわ、自然にやってる。下手に嘘言うよりタチ悪いね。流石花宮の娘ってとこ?「おい」っても父子家庭かって聞いて両親の話した辺り、かなり気ぃ許してくれてんだろうけど」

 言われてみればそうだ。「まぁ母は幼い頃に亡くなってるね」で終わらせる様子が簡単に想像付いた。
 単純そうで掴み所が無いなと思う。ユーキチャンは滅多に拒まない、拒まないが掴めない。するりとこちらの手から抜け出す、零れ落ちる。そしてこちらの事情にも踏み入らない、深い所には触れない。そのくせ気付かない間に易々と手の内を見せるのだ。それは家庭事情がそうさせるのだろうか。少々抜けている、というか幼い、純粋な部分があるのもそれが理由だろう。あとは交友関係の狭さ故か。

「まぁそんな気にしてないけど。あいつに気を使われたってのと気付かなかったのがかなり悔しいだけで」
「酷ぇなおい、そこかよ」

 そんなザキだってユーキチャン一人だと聞いて、気兼ね無く帰宅を放棄した辺り同じ穴の狢だ。普通もっと気まずくなりそうだが皆平然と居座っている……オレも人の事言えないけどねん。






 風呂から上がったユーキチャンはシマリスコンビの片割れのつなぎを着ている。しっかりとフードが被られたそれは、髪色と似たような色だからか似合っている。意外にノリノリじゃん。

「原ちゃん、これのお金払う」
「それはオレの奢り。それより花宮にコレ着るよう頼んでくんない? ユーキちゃんとお揃いだよん」

 シマリスコンビの色の濃い方のつなぎを広げて見せる。するとぱぁああと音が聞こえそうな程笑ったユーキチャンはつなぎを取って勢い良く頷き、ダイニングテーブルで一人本を読む花宮の元へ走った。つなぎダボダボだから転けそ…………ん? 笑って?

「まこちゃん着て。一緒、お揃い!」

 花宮の服を持っているつなぎごと掴み引っ張るユーキチャンの声は弾んでいる。酔うと感情表現が豊かになるのか。良いじゃん、可愛いじゃん。だが花宮はこれでもかと言う程しかめっ面だ。人を殺せそうな……寧ろ人を殺して来た帰りか。ニヤニヤ見ていると、それに気付いた彼は大きく舌打ちした。

「嫌?」
「 絶 対 や だ 」
「お揃いだよ。嫌?」
「ふはっ、揃いだろーがなんだろーがんなもん着ねぇよ、バァカ」
「…………お揃いきらい? 私と一緒なの、きらい?」

 問う声は震えていた、顔は見えないが泣いているかもしれない。ヤバい面白い。周りを見ると興味深そうな二人とオロオロするザキ。「ぅ、」ユーキチャンから声が絞り出された瞬間「あぁあああもうウッゼー貸せ! 着るから泣くな! 一哉殺す!」ダンッと本をテーブルに叩き付けて閉じた花宮が立ち上がる。ユーキチャンナイス、と言おうとした時「やったー!」と叫んだ彼女はジャンプして花宮に抱きついた。抱きついたっつーか、コアラがしがみつく感じ……所謂だいしゅきホールド、下手したら駅弁スタイルとも言うがエロさは圧倒的に足りない。倒れるのをグッと花宮が堪える。スゲーこっち睨んでる、めちゃくちゃ怖いんですけど。

「まこちゃんだいすき」
「煩ぇ殺すぞ! ベタベタすんな下りろ黙れ離れろ!」
「……きらい?」
「違ぇから泣くな黙れ離れろ!」
「「「ブフッ!!!」」」
「やったー! 離れる。ちゃんと着てね、お揃い!」

 ダメ、面白過ぎ。多分違うって言わなきゃユーキチャン泣いたんだろーけど、花宮ツンデレ過ぎてウケる。二人の熱い抱擁シーン()にザキは顔を赤らめているが、オレらは笑い過ぎて死にそうだ。ドアに八つ当たりして部屋の外へ着替えに行った花宮はそれはもう恐ろしい顔でこっちを睨んでいたが、今のオレらにはそれすら笑いに変わる。

「原ちゃん、まこちゃん着るって」
「良かったねん。嬉しい?」
「うん」

 本当に感情表現が豊かだ、ニコニコ笑っている。レア過ぎ。上手く花宮につなぎを着せる事が出来て求めて来たハイタッチに応じると、そのままオレの両手を取り、腕を下ろしてブンブン左右に振る。

「なにこの小動物!」
「原ちゃんはにゃんこ、生け簀かないにゃんこ」

 そう笑ったユーキチャンはオレの頭をわしゃわしゃと撫でフードを被せた。さっと身を引いたが逃れられなかった両手は、前髪を乱しはしなかった。こういう所だ、と思う。彼女は抜けているが、妙な所で察しが良く無神経では無い。下手な事も訊いて来ない。こういう所はかなり楽だ。

「幼い頃の妹を思い出すな」
「そう言われると冷静になんな……親戚のガキもこんなんだ「へぇ、山崎冷静じゃなかったんだ?」
「ッ煩ぇよ!」

 古橋って妹が居るんだ。妹チャンの目も死んでいるのだろうかと考えながらユーキチャンの成すが侭に腕を振られ続ける。
 着替えの済んだ花宮が戻って来た。どんなに睨んでもその格好じゃ何一つ怖くない、ウケる。「似合ってんじゃん」「テメーマジでちょっと表出ろ」こっちにずかずかとやってきたが、立ち上がったユーキチャンが割って入る。「原ちゃん写真撮って、お揃い。まこちゃん怖い顔だめ」スマホを向けると彼は仏頂面でカメラから視線を外した。拒んだらユーキチャンが泣くのだろう、この表情はギリギリ妥協出来るものなのか彼女はご満悦だ。「ありがと。原ちゃん頂戴、しょーいち先輩に送る」「それだけはやめろ、なんでもしてやるからやめろ殺す気か」肩を掴んでガクガク揺さぶる花宮に、少し考え髪を乾かして欲しいと言ったユーキチャンは彼に胡座をかかせてそこに座った。超笑顔。
 花宮とユーキチャンの距離はピッタリと近いが、冷静状態なザキ(笑)は顔を赤らめる事無く生暖かい視線を二人へ向けている。

「リスの親子が見える……良かったな種田」
「「「解る」」」
「解んなクソが」

 オレらを睨みながらもドライヤーを動かす手を止めない花宮は、どうやら余程イマヨシサンに弱いらしい。イマヨシサン最強かよ。
 髪を乾かされ終わったユーキチャンを古橋が手招きして呼んだ。「康次郎なんもすんな」「大丈夫だ、手は出さない」手は、ってなんなの。ユーキチャンは小走りで古橋の横へ行きペタンと座り込む。酔うと感情表現が豊かで基本小走り、と。

「花宮が好きか?」
「だいすき」
「康次郎までくだらねー事訊いてんじゃねーよ!」
「俺は?」
「すき」
「そうか」
「うん」
「俺は嫌いだ」
「…………きらい?」
「俺は、お前が、嫌いだ」

 ド直球。ギョッとしてザキが古橋を見る。瀬戸は溜息を吐き、花宮は軽く頭を抱え、オレは爆笑……は空気的に出来ないので必死に堪える。ユーキチャンは目を丸くしていたが、すぐに意味を理解したようだ。ゆるゆる眉がハの字に下がってギュッと唇を噛む。暫く視線を泳がせて白くなった唇をぎこちなく解くと、蚊の鳴くような声でもう一度「きらい?」と訊いた。古橋は勿論肯定する。彼女の目には今にも溢れそうな程涙が溜まっていた。

「……ごめん、なさい」

 まさかの謝罪。吹き出すのを堪えて変な声が出た。そこは何故かとか、何処がとかじゃないんだ。花宮の時はすぐにでも泣きそうだったが、古橋相手だと我慢するらしくギリッギリ泣いてはいない。付き合いの長さ故か。「良いな」古橋は満足したのか少しだけ口角を上げた。

「嘘だ」
「?」
「嘘、別に嫌いじゃない」
「…………ほんと?」
「あぁ」
「……良かった」

 ふにゃっと笑ったユーキチャンは、目元を拭う古橋の手を取り頬擦りする。チョロ過ぎでしょ。花宮が大きく溜息を吐いた。

「俺の心臓を潰す気か」
「え、花宮ユーキチャンの泣き顔に弱いの? マジ? なにそれウケる」
「ふはっ、んなんどうでも良いんだよ。それ、あー…………泣いたらスゲー煩ぇぞ」
「ギャン泣きとか丸っ切りガキじゃねぇか……」
「そうそう、ナベのバカデケェ声より煩ぇんだぜ? お前らマジで下手な事言うなよ」

 田辺より煩いってよっぽどじゃん。
 そんなお子サマなユーキチャンは古橋に少し下がるよう言って、その膝に座っていそいそゲームを始めている。スキンシップも増えるようだ。何もするなってこの事だろうか。それとも泣かすなって事? にしてもマジ小動物。

「誰か他にやらない?」
「俺やる! やっぱ大乱は初代だよな、俺ファルコン……種田プリンかよ、弱くねぇ?」
「軽いけどやる時はやる子」
「あ? ヤマ変な略し方だな。おい一哉やれ、ボッコボコにしてやる」
「んじゃネス。オレ強いよん、簡単にはボコられないんでー」
「まこちゃんヨッシーじゃメテオ祭じゃん、緑の悪魔」

 ユーキチャンの言う通り、可愛らしい筈の緑の怪獣はめちゃくちゃ強かった。しかもずっとオレ狙い。古橋はやった事が無いらしく、負ける度に色々なキャラに変え五人で代わる代わるゲームを続ける。格闘ゲーム好きのザキも強く、ユーキちゃんも中々の腕前、瀬戸はアイテムを容赦無く駆使しまくったいやらしい戦法でかかる。軽くリアルファイトに発展しかけたので、古橋に教えながら一人プレイを眺めるが……、

「ちょ! これベリーイージーなんですけど!?」
「ファーストステージでコンテニューとか初めて見たわ! CPU動かねぇのに何が起きたんだよ!」
「康次郎カービィにしろ。ルイージのファイヤーパンチなんてお前一生当てれねぇだろ」
「復帰が簡単だしねん」
「これか。む? 青くなったぞ」
「△で色変わるの」
「見ろ種田、黄色い……カレーまん食べたくなって「こない。黄色はピザまんでしょ……え、ピザまんだよね?」
「赤がトマトみたいで可愛いよ」
「もうこの会話が可愛いんですけど! なんなのお前ら!」
「上に行きたいのに勝手に飛んで勝手に落ちるんだが……」
「そりゃ永遠には飛べないからね」
「ジャンプは↑でしろよ」
「……ッだから↑Bで縁に掴まんだよ、バァカ!」
「爆速で自殺! 腹痛い!」
「康くんそれ↓Bだよ、敵に当てる」

 古橋は死ぬ程ゲームが下手だった。割となんでもそつなくこなすのに意外だ。何度もコンテニューを繰り返しているうちに年は明け、夜が更けて行った。

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