初詣

 ぱちっと目が覚めて時計を見ると十時半過ぎ。寝過ぎた、頭が重い。昨日は皆が来て泊まる事になって、お風呂の後に居間でゲームをして、康くんにゲームを教えて……そこから記憶が無いが、自室に居るからまこちゃんが運んでくれたのだろう。年初めの挨拶をまこちゃんにしなかったのは初めてだ。
 洗面を済ませて居間へ。ザキちゃんと原ちゃんが炬燵の中で寝ていた。俯せでフードを被って寝ている原ちゃんに彼らしいと笑いが漏れる。健ちゃんと康くんは客間かな。お湯を沸かしていると「コーヒー」と後ろから声が掛かった。

「おはよまこちゃん。明けましておめでと、今年も宜しく」
「あぁ」

 まこちゃんは毎年こうだ、決してお目出度うも宜しくも言わない。ただ私の言葉を肯定し、そっぽを向いて優しく頭を撫でてくれる。捻くれ者の解り辛い新年の挨拶だ。
 カフェオレを飲みようやく頭がすっきりしたところで、ふと思い立って屋根裏へ向かう。台所に六人分の食器類など無い。確か屋根裏には引き出物やおもてなし用の揃いの物が有ったような気がする。無事見付かったそれを洗っているとまこちゃんから細かいなと言われたが、こういうのは大切だと思う。せめてお椀と取り皿、おちょこくらいはね。
 完成一歩手前までお節の準備を終え、炬燵の上を片付けているとまこちゃんから声を掛けられる。

「お前着替えんのか?」
「うん。挨拶も行くし」
「……なら早くしろ」

 どうやら続きはまこちゃんがしてくれるらしい、追い立てられた。
 母の部屋へ行き起きて一番に出しておいた物に着替える。髪を纏め上げ、濃いめの化粧をする。学祭でしてもらった程上手くないが、去年よりマシだろう。まさか舞台化粧が参考になるとは。
 居間へ戻るともう皆起きていた。まこちゃんが出してくれたのか、私服に着替えた彼らはこちらを見てぽかんとしている。

「皆様、明けましてお目出度うございます。旧年中はお世話になりました、今年もどうぞ宜しくお願い致します」

 ゆっくりと下げた頭、上げるが挨拶は返って来ない。

「今年……なんか違ぇな」
「皆私服だから。小紋」
「小紋?」
「普段着? えと、去年のは訪問着で正装。だからそれより格が下がるけど、総柄でこれはこれで可愛いのです」
「ふーん」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「えと……」

 手に顎を置き、じーっと真顔でこちらを見るまこちゃん。元旦だし挨拶行くし訪問着着ろよって事かな、とはいえ初めての年──中一のお正月も小紋だったんだけど。なんだろう。「……別に。化粧マシになったじゃねーか」「はんはっは」漸く口を開いてほっとする。化粧も彼がマシと言うなら上々だろう、頑張った甲斐があった。でもなら何故頬をつねるのか。

「てか」
「えっ」
「「「「着物!?」」」」

 はっとした四人が大げさに声を上げビクつく。元旦だし普通じゃないかな。持っていた襷を掛けてエプロンをし、お餅の数を聞けばやっと気を取り直したらしい、それぞれ新年の挨拶と共に答えられた。お雑煮の準備をしている間に、まこちゃんが手伝ってくれて食事を運ぶ。
 席に着いておちょこを持つ。

「ただの料理酒、お屠蘇の代わり。口付けるだけでも良いから……明けましておめでと」

 随分しっかりやるんだなと言われたが、お正月とはこういうものだと思う。

「お節って感じはしないけどね」
「この三年でこれに落ち着いた」
「つか料理上手いんじゃねぇか。これで人並みっつったら俺のアネキが泣く」
「……落ち着いてレシピ通り作れば誰でも出来るよ」
「と、思うだろ……?」

 遠い目をするザキちゃんに、山崎姉の料理の腕が気になって仕方無い。
 和洋折衷な食事はお節料理が好きでは無いまこちゃんと私の好みだ。作るのが面倒な割りに大して美味しいと思えない、まぁ保存食だしね。列ぶのは筑前煮、ローストビーフ、海老と数の子のマリネ、栗と薩摩芋のサラダ、お雑煮だ。

「毎年着物を着ているのか?」
「うん。そういうものじゃないの?」
「オレん家はそんなちゃんとやんないわー……つーか稀っしょ」

 原ちゃんの言葉にまこちゃん以外の全員が頷くのを見て、先程の驚きようを納得した。そう言えば初めの年も驚かれたっけ。家庭によって違うか。

「おらよ」
「……だから貰えないよ」
「毎年言うな、ウゼェ」
「花宮本当に母親やってんだね」
「違ぇよ!」

 投げられたのはぽち袋、花宮母からだ。度々泊まりに行くから、手の掛かる息子の相手をしてくれるから、そう言って一昨年からお年玉をくれるようになった。まこちゃんが泊まりに来る時の夕食代は彼が持つし、相手をしてもらっているのは私の方なのに。申し訳無い気持ちと、くすぐったい気持ちになる。
 多めに作ったつもりのお節は一瞬で無くなった。デザートの黒豆プリンを出しながら足りなかっただろうかと訊く。初詣の出店で何か食べるから大丈夫だと言われるが……、

「いつも行く所、出店は一つも無いよ」
「えーマジ? どんだけこじんまりした神社?」
「正月早々人の多いとこなんざ行ってられっかよ」
「それに少し遠いし寄る所があるから、皆は別の大きい神社行きなよ」

 片付けは後でするから良いと言ったが、まこちゃんと康くんが洗い物をしてくれた。更にザキちゃんが食器類を屋根裏に仕舞ってくれる。有り難い。
 家を出て駅に到着。まこちゃんと切符を買っていると、皆して何処まで行くかと訊いてくる。

「ほんとに、というか皆行くの?」
「「「「うん」」」」
「少し遠いし寄「さっきも聞いた」

 じゃぁ良いのかな。
 電車を待っていると原ちゃんに髪飾りを触られる。やめて崩れる。彼は前後左右、様々な角度から私を眺めた。

「うーん」
「えと」
「ちょっとじっとしててー」

 するりと髪飾りを取り、まとめていた髪も一部をほどく。「え、ちょ」「こーで……うん、こっち」ささっと私のヘアスタイルを整え直し、髪飾りを耳元に着け変えた。

「小物とか足元もブーツで全体的になんつーの? レトロモダンって感じだし、頭だけぴっちりまとめんのよりこっちのが良いよん」
「お、おぉ……! ありがと」

 流石お洒落さん。今日の私服も一番無難からは遠いのにまとまっていて、なんて言うかお洒落だ。普段の練習着もそこはかとなくセンス光ってるんだよね。私はこういうのが苦手なので有り難い。満足そうに頷いた原ちゃんは「そういやさー、」と昨日の事は覚えているかと訊いてきた。「勿論。なんで?」首を傾げると、まこちゃん以外が微妙な顔をする。

「花宮に何言ったかも?」
「うん」
「古橋が何言ったかも?」
「康くん酷いよね……ゲームの腕も」

 悪い冗談だった。結構堪えたんだぞ、と康くんを睨むが大して効果は無い。よく笑っていたと言われるが、私はいつも通りだったと思う。原ちゃんが昨日の康くんのように質問してくる。

「花宮の事好き?」
「うん」
「あれ、今日は大スッ、ぎゃぁ!!!」

 原ちゃんが何か言おうとするのと、まこちゃんが彼を蹴るのは同時だった。
 電車に揺られバスへ乗り継いで少し歩く。そして目的地に着いた。例年通り皆もマンションの前で待っていてもらおうと思ったらまこちゃんに止められた。

「図体デケー男ばっかで待ってたらあっちも驚くだろ」
「そっか。でもまこちゃんは居ないと」
「解ってる」
「化粧崩れてない?」
「問題ねぇよ。ほら、さっさと行け」
「ん。五分程で戻るから、皆ごめんね」

 ぎゅーっとまこちゃんの服の裾を掴んでいたが、背中を押されたので深呼吸してマンションへ入り、エントランスで部屋番号を押して開けてもらう。
 毎年元旦は祖父母の家へ年始回りをする。とはいえ私が彼らに馴染めないと互いに知っているので、上がる事はせずほんとにただ挨拶をするだけ。心細いからとまこちゃんに付き添いを頼んで、折角だからとそのまま初詣に行くのだ。
 初めて挨拶に行った時、祖母は私をバス停まで送るとついて来てくれた。そこで待っていたまこちゃんに会い、倒れていた私を助けてくれた友達だと紹介した。祖母は優男(仮)のまこちゃんをとても気に入り、女一人で過ごす私の心強い味方だと信頼している。花宮猫かぶり政治。それから毎年祖母はまこちゃんに挨拶するようになった。もう初めからまこちゃんも一緒にと思った事もあるが、何故友達の祖父母に年始の挨拶に行くのか、と考えてやめた。両方変に気を使うだろうし。



 ∇ ∇ ∇



「お前らそっちの角で待ってろっつっただろーが……」
「えーだって気になんじゃん。誰に会いに行ったの? しかも元旦から」
「ただの結希の祖父母だ。俺はいつもついでに挨拶してる」

 一哉は本当に好奇心旺盛過ぎて面倒だ。思わず溜息をついてシッシッと手を振ったが、四人とも散って行かない。俺が挨拶する様子を見たいらしい。ウゼェ。お前らは自分のサイズと身形を考えろ……まぁこれでも霧崎第一の生徒だから大丈夫か。昔は今以上の、かなりの金持ち学校だったらしい霧崎第一は、年配になる程無駄な信頼を抱く。それならキチンとしろと服装を整えさせ健太郎と一哉の髪をどうするかと考えていると、結希と彼女の祖母が出て来た。

「あら、今年は多いのねぇ……大きな男の子ばかり」
「えぇ。高校でバスケットボール部のお手伝いをしていると言ったでしょう? そのお友達です」
「あぁそれで大きいのねぇ! 貴方は見た事があるわ」
「入学式の写真のね。隣の席ですぐに仲良くなって、彼は次席でとても頭が良いのでよく勉強を教えて下さるの。皆、私の祖母の──……」

 結希が互いを紹介する。妙に畏まって愛想笑いする彼女に驚く面々に、頭を下げろと睨みつける。一人ひとり簡単な挨拶をしていけば、流石は霧崎第一と結希の祖母はにこりとした。それでも一哉には警戒しているが。外見は不良然としていても一番マトモなヤマを気に入った辺り、人を見る目はあるのだろう。俺の猫被りには騙されているが。

「花宮君、明けましてお目出度うございます。毎年有難うね、花宮君も霧崎第一に通っているから本当に安心だわ。今年も結希ちゃんの事、お願いしても良いかしら?」
「明けましてお目出度うございます。そんな、買い被り過ぎですよ。こちらこそ結希さんには──……」

 マネの働きぶりを始め部活でどれだけ結希に助けられているか等、当たり障りの無い話をする。四人は俺の猫被りに笑いを堪えている。おいやめろ、ふざけんな。どうも学祭を見に来ていたようで、役が良く似合っていたと褒められた。おいやめろ、ふざけんな。「そう言えば! 貴方も一緒にお芝居に出ていたわね、結希ちゃんの旦那さんの役で」健太郎への言葉に一哉が耐えきれず吹き出した。旦那さん役っておい。「他のお友達も心強そうで何よりだわ、結希ちゃんと仲良くしてあげてね」最後、自分達を頼らない孫への切なさを交え微笑む。彼らが危害を加えるとは考え無いのだろうか。まぁないのだが。
 神社へ向かい祖母が見えなくなると、結希は愛想笑いを消し去った。人を薄ら寒い優男だなんだと言うが、先程までの彼女は似たようなものだ。「疲れた」俺の袖を握る。ニヤァと笑う一哉の視線に振りほどこうと思ったが、案の定表情が死滅しているので舌打ちで留めた。「袖持つなブス、皺になる……ほら」致し方なく乱暴に手を掴んでやると他の四人は驚いていた。死ぬ程ウザいが仕方無い、毎年こうなのだ。

「つーかユーキチャン他人行儀過ぎっしょ!」
「……絶縁状態だったって言ったでしょ。今更どう接すれば良いか解んない」

 元々結希の父親と祖父母は絶縁状態だったらしく、記憶を失う前から一度も会った事は無かったそうだ。結希は彼らを受け入れられなかった。「父の──息子の顔を思い出すのかも」時折彼女を見て複雑な顔をするらしい。それが本当に縁を切った息子を思い出してなのか、記憶も無ければ存在すら知らなかった孫に対しての表情なのかは解らない。

「飯の前も思ったけどマナーっつーの? 言葉遣いとかしっかりしてんな」
「授業でマナー講習あるじゃん」
「年に数回のアレであんなしっかり出来るかよ……元々の出来が違ぇって感じ。婆ちゃんも気品ある感じだったしよ」
「所謂『お嬢様』と言うやつか?」
「さぁ……なんであれ今は関係無いよ、親も死んだし」
「お前らも霧崎第一に通うくれーなんだから、ある程度金持ってるだろ」
「まぁねん」
「元旦に正装する程格式は無いがな」
「着物だからって正装じゃないと思うけど……馴染みが無いだけで」

 結希は覚えていない事もあり濁すような言い方をするが、彼女はそれなりに良いとこのお嬢様だろう。中学は受験して態々私立校、家の様子等からも解る。教養はしっかりしており言葉遣いやマナーが身についている。いつもは無表情で適当に話すが、やろうと思えば愛想笑いも丁寧な話し方も出来るのだ。今も、疲れている様子だがその背筋はピンと伸びいつもより小股に歩いていて、自分で着付けした着物に着慣れている事がよく解る。華道や茶道等も一通り経験があるようだと言っていた。護身術も俺と今吉で教えたが、ある程度の動きの基礎は出来ていたから何かしら武道は習っていただろう。

「お嬢様であんだけマナー出来るなら、パーティとか行ってそう」
「なんだそれ」
「なんつーの? シャコーカイ? ジョーリューカイキュー? ホテルの大広間貸し切ってさー、立食でドレス着て挨拶してそうじゃん」
「ダンス踊ったりってか? ドラマの見過ぎだろ」

 バカな会話に、ピタ、と結希が足を止めた。握り絞められた手、少し驚いた顔をしている。記憶に引っかかる言葉だったのだろうか。名前を呼ぶとはっとして歩き出し、苦い顔でごくりと生唾を飲み込む。「種田? どうした?」「なんでも」随分と雑な誤摩化しを目敏い健太郎が許さない。

「行った事あんの」
「んー……なんかまこちゃんの方が似合いそうだなって」
「ふぅん?」
「あー解る。どっかの社長のご令嬢紹介されたり、おばさんエスコートして内心『香水臭ぇんだよババア』みたいな」
「そうそう」

 そこから俺の話に移ったので、取り敢えず一哉と結希を睨みつけて話に乗る。健太郎はそれ以上首を突っ込む気は無いのか大きく欠伸をしていた。






 小さな神社は俺達以外参拝客は誰も居ない。結希が持って来た破魔矢を渡し、新しい物を買う。サクッと参拝し終わり帰ろうとした時、一哉が全員でお神籤を引こうと言い出した。くだらないと一蹴りしたが一哉は結希にへばりつく。「じゃー別の神社で引くー?」自動的に俺も連れ回される危険性感じた……まぁこれくらいは良いか。「せーので開こうぜ!」ヤマの声を無視して一足先に開くと、

「チッ! 神頼みなんざ興味ねーが、だからこそムカつくな」
「もしかして凶?」

 覗き込もうとする結希に紙切れを渡す。凶だ。「日頃の行い」結希の言葉に皆ケタケタ笑っていたが、俺を抜いた五人、ヤマの掛け声で開くと笑いを止めた。

「お前ら何だったんだよ」
「「「「「……凶」」」」」
「ふはっ、日頃の行いだな」
「すまない意味が解らない、日頃の行いなら俺が凶な訳無いだろ」
「古橋バカ真面目に何言ってんだ?」
「この神社凶しか無いんだよきっと」
「確率ヤバ過ぎっしょ!」
「残りのお神籤全部で何枚あんのか計算したいね、凄い確率なんじゃない?」

 気が合う馬が合うとよくツルむ面子だが、こんな所まで同じだと流石に笑える。「でも凶って最低だからこっから上がるんじゃん?」一哉が爆笑しながら謎のポジティブさを見せるが、お神籤売り場の看板、説明書きが目に入った。

「ここの神社は大凶まであるらしいぜ? まだ落ちるっつーこった、どーしよーもねーな!」
「マジかよ!?」
「上がってる途中って考えないの「花宮らしいよね」
「だな。俺は上がっている途中だと信じる、信じるも何も上がっている最中だ」
「ブッハ! マジスゴ過ぎ! 記念に持って帰ろーぜ、全員凶とかウケる! お前ら広げて広げて、写真撮るわ!」

 固く手を握りしめた康次郎が木に括りつけようとするのを一哉が止める。気にせず捨てようとも思ったが、結希が嬉しそうに財布へ仕舞うのを見て、捨てるのは家に帰ってからでも良いかと適当に財布に突っ込んだ。

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