「お花、誕生日おめでとう!」
「毎年毎年心底ウゼーなテメーは。つーかなんで全員集まってんだよ」
「嫌がらせに決まってんじゃん、盛大に祝おうと思って徴集したー」
打ち終わったクラッカーを片手にVサインを作る満面の笑みのべーちゃん。今日1/12はまこちゃんの誕生日だ。お昼休みの屋上にはいつものメンバーが揃っている。
「え? 聞いてないんですけど。誕プレとか無いよん?」
「俺も聞いてねぇわ。なんもねぇけど誕生日おめでとなー花宮!」
「俺も知らなかったな」
「同じく」
「まぁお花が言うワケ無いからね。じゃあアタシが『お花』っつったら、声を揃えて『おめでとう』で行くよ……はい、お花!」
「「お「おめ「おめでとう」う」」」
「清々しい程の不揃い」
四人のバラバラな祝辞にべーちゃんは滅茶苦茶笑っている。健ちゃんと康くんの反応は薄く、ザキちゃんは何か欲しい物はあるか、原ちゃんは「これいる?」と彼がいつも噛んでいるガムを一粒取り出して訊いている。だがまこちゃんは何も言わず、にこにこ優しく笑った。勿論薄ら寒い優男モードで。
「わぁ有難う嬉しいなぁ……なぁんて言うわけねぇだろ、バァカ!」
「知ってた」
「うはー! 今年もありがとうお花超笑える、本当に誕生日おめでとう!!! オラオラ食らえ!」
「いてっ……んなもん要るかよ! 止めろウッゼーお前マジで調子乗んな!」
節分の豆まきのようにプレゼントの金平糖を投げつけ爆笑するべーちゃんとぶち切れるまこちゃん。他の四人はそんな彼に素直じゃないなと呆れている。いや、素直じゃない訳では無い、寧ろ物凄く素直、これがまこちゃんの素直です。
「種田なんか用意してないの」
「ないよ」
「意外だな。豪勢に祝いそうだが」
「つーかユーキチャン『おめでとう』すら言わなかったよねん」
「お前変なとこ冷てぇよな」
「嫌いなんだよ」
「嫌い?」
「嫌がるから。ほんと、本 気 で」
「「「「あー……」」」」
四人は青筋を立て時折ついでのようにこちらを睨み付ける今日の主役を見て、やっと納得した。
捻くれ者は誕生日が嫌いなのだ。生まれてきた事が嫌なのか、女子達に貢ぎ物を渡されまくるのが面倒で嫌なのか、どちらかは解らないが彼は自分の誕生日を酷く嫌っている。だから私は祝辞もプレゼントも贈りはしない。べーちゃんは(主に嫌がらせで)サプライズ、まではしないがそれなりに祝う。プレゼントは彼の嫌いな食べ物、砂糖まみれのお菓子や甘いココアとかそんなだ。それらは必ず私の元に流れ着く。
「今年は何貰ったの?」
「知るかよ、金になりそうなもん以外は捨てる」
「寄付でもしたら良いのに」
「んな面倒臭ぇ事出来るかっつーの」
べーちゃん以外の女子からのプレゼントは大体が物だ。霧崎は学費が高く、元々おぼっちゃま学校な事もあってか通っている女子もお金持ちが多い。屋上への道すがら渡されたらしい二つの紙袋も、有名ブランドのロゴが入っている。まこちゃんの懐は確実に潤うだろう。もう商品券渡した方が早い、少なくとも彼からの好感度は確実に上がるよ。ザキちゃんは売る捨てるの話に若干引いているが、原ちゃんなんか良い物があったら横流ししてくれとねだっていた。なんとなく流石だと思う。気に入った物は使えばと言った事があるが、それが知られたら期待させたり面倒なのでしないらしい。家で使う物も「なんか嫌なんだよ」と処分する。勿体無い……まぁ気持ちは解るけど。
「すごいよね。まこちゃんがさ、どんな人か知らないのに。話した事ない人まで、ほんと、すごい」
「ふはっ、さも自分は俺を知り尽くしてる様な言い方だな」
「少なくとも彼女達より知ってるよ」
だから何も渡さないのだ。でも。
例えまこちゃんの嘘の顔を、猫被りを見破られていなくても。彼女達の好意は嘘なんかじゃない、本物だ。中学時代よりグレードアップしたプレゼントを見て思う。高価な物を贈れば気持ちが伝わる訳では無い。だけど……形にならないモノを金額と言うカタチで表したのなら。あの紙袋の中身は、込められた想いは、それなりに大きい。無下にして売り払い捨てる彼は酷いだろうか。
「おい、」
もしまこちゃんの本性を知ってそれを受け入れる人が現れて、彼に、恋人が、出来たら。その人からのプレゼントは「なんか嫌」にならず、売りも捨てもせず、どんな物でも例え石ころ一つでも大切にするだろうか。そしてその時は私と年末年始なんかに一緒に過ごす事も無くなって、二人で出掛けるのも、「まこちゃん」と呼ぶのもだめになってしまうかもしれない。嫉妬深い恋人なら話す事さえ難しいだろう。あぁそれはちょっと──……
(──なんか、なぁ)
「おいブス、お前今何考えてる」
「んー…………よく解んない」
「チッ! おら、これ食ってろ」
べーちゃんは気が済んだらしい。投げ終わった残りの金平糖、半分程減った袋を渡される。やったーと早速一つ口に放り込んだがあまり甘くなかった。「そう言えば皆誕生日いつ?」気を紛らわせるため話題を振れば、なんと全員去年済んでいたようで。
「べーちゃんが一番年上でまこちゃん一番年下とかまじかよ」
「お前のが下だろ。つーか数ヶ月くれー変わんねーよ」
「お花その発言矛盾スゲーかんね?」
「ユーキチャンいつ?」
「三月のおしり」
「雑!」
笑われるが、携帯を確認しなければあっているか自信が無い。記憶喪失とは不思議なもので、自分の誕生日すら忘れてしまったのだ。笑う原ちゃんはさして興味が無いのか追求はしてこなかった。
部活が終わり着替えも済んで、早く出て部室の鍵を返却しなければならないのに、疲れたとクッションに倒れ込んだら起き上がれなくなった。身体に根っこが生えてるんだ。クッションのビーズの間を、私から生えた幾万もの細い根が隙間なく埋めていく様子を想像する。小さ過ぎる鉢植えで無理矢理育った植物。
「お前まだ着替えてんのか?」
「……終わってる」
まこちゃんが更衣スペースの扉をノックする。「ならさっさとしろ」でも立てない、なんだか今日は妙に疲れた。お昼休みから色々考えているからだろう。鞄に手を伸ばして金平糖を出す、二つ程口に入れると少しだけ体力が回復した気がした。考え事で無駄に脳みそ使ったかな、疲れた時には甘い物。やはり、あまり甘いと感じなかったけれど。
「お前人待たせて何やってんだよ」
「立てない。鍵開いてるよ」
「はぁ……中居る時は鍵掛けろっつっただろ、バァカ」
扉を開きこちらを見下ろすまこちゃんは、意外にも不機嫌では無かった。片方の眉を上げ不可解といった表情をしている。「おい、」投げ出した脚を軽く蹴られてぼけーっと彼を見上げ続ける。
「どうした」
「さぁ……」
「さぁ、じゃねーよ帰んぞ。ったく、結希チャンは世話が焼けんな。ほら」
手を出される。珍しいなと目を瞬かせるとまこちゃんは「なんだよ」と不思議そうにした。珍しいのに、当たり前みたいな顔。少し嬉しくなってその手を取る、我ながら単純だ。
校門には原ザキコンビが居た。誕生日のまこちゃんにマジバを奢ると二人で決めたらしい。だが主役は断って二人を追い払う、今日は用事があるのだ。まこちゃんがいつもと反対方向に帰る、私はいつも入る分かれ道を通り過ぎる。
「種田今日こっちなんだな」
「うん、スーパー行く」
「花宮はあっちに帰ってったね?」
「そうだね」
「もしかしてユーキチャン家?」
「それなら一緒に帰んだろ」
途中で二人と別れてスーパーで買い物をして帰る。リビングに入ると既にお風呂に入ったらしい、眼鏡姿のまこちゃんが髪を乾かしていた。
「一哉に絡まれただろ」
「うん」
誕生日も毎年まこちゃんは泊まりに来る……というか私が招く。花宮母が泊まりの仕事だったらと条件付きのそれ、いつも条件を満たしてしまうのか、なんだかんだ毎年過ごしている。夕食の準備をしながら、こういうのも彼に恋人が出来たら無くなってしまうのかと考えた。
気分的にはプレゼントの代わり、まこちゃんのリクエストに添った少し豪華な夕食を取る。食事中はお互い大した言葉を交わさないので食卓はとても静かだ。そんな中でも音も無くお箸を置いたまこちゃんが、頬杖をついてこちらをじっと見る。大食漢だが品良く食べる彼にしては、珍しく行儀が悪い。
「お前今日ブスだな」
「んー…………考え事」
「またくだんねー事考えてんだろ、無い頭で」
「酷いな。まこちゃんから見たら皆脳みそ足りないよ」
「それで? 結希チャンはない頭で何考えてんだ?」
よく解んない、と答えたがよく考えろと言われて悩む。
「変な事言うけど怒……は違うか、笑わない? って言うのも違うし……」
「良いから話せよ」
急かされてもたもたと話す。副菜のグラタンを軽くつつき回しながら出た話に、まこちゃんは鼻で笑った。
「いつも大して頭使わねー癖に、たまに頭使ったと思ったらマジでくだんねー事ばっかだなお前」
「そうかな」
「もしもを考えて人様の楽しいたのしいオタンジョービにブスな面拝ませてんじゃねーよ」
「楽しいお誕生日なんてよく言うよ」
「それで?」
すっと目を細めるまこちゃんは、口角を上げるだけの薄っぺらい笑みを浮かべる。
「『なんかなぁって思って』? それで……なんだよ?」
一つも笑っていない目はのっぺりと、感情が見えず何を考えているかよく解らない。透き通っているようで濁っても見える灰汁色に、少し怖くなる。間違えてはいけないと直感する。きっと答えを間違えちゃ、だめだ。
とは言え私の答えは決まっている。それでって言われても、
「……それだけ?」
「あっそ」
答えの無い答えは正解だったらしい、酷く満足そうにまこちゃんは笑った。助けてくれたお礼を言いに行った日の、差し伸べられた手を取った時の笑みに似ている。幼さの残る無邪気な、それでいて妖しい笑顔。
そしてとんでもない事を訊く。
「『恋人なんて作らないで! 私を彼女にして!』って縋らねーのか?」
「…………なにそれ。縋って欲しい?」
「ふはっ、んなのあの日で充分だ」
それは私が今正に思い出していた日の事だろうか。そうだろう、確かに縋った。愛の告白なんてものでは無かったが私は確かに縋った、泣いて縋った。あの日言った事はあまり覚えていないが「友達になって下さい」が近いだろう。
あぁ変なの。よくもまぁあんな風に泣いて縋った私に、しょーいち先輩もまこちゃんも手を差し伸べてくれたなと思う。自分ならドン引きだ、たぶん。捻くれ者と妖怪は感性がおかしいのだろう。倒れていた私を見付けてくれたのがこの二人で良かった。
「ふふ」
「なんだよ」
「なんかアホみたいだなって。まこちゃんに恋人が出来たら考えよ」
「……そうしろ」
「ふっ、それか私が恋人になったら?」
「ふはっ、言ってろバァカ」
まだ当分親離れは出来そうにない……する気もない。
夕食を済ませて、まこちゃんが洗い物をしてくれている間にお風呂に入る。湯船に浸かってアヒルの玩具がぐるぐると回るのを見ながら、親が離婚して再婚する時って今日のような気分なのかもと思った。子供が親を取られると危惧する感覚に似ている、かもしれない。解んないけど、たぶん。
取り敢えず今の、こうやってたまにお泊まり会をして、罵倒されて、酷いなと肩を竦めて、ひっついて、離れろウザイと怒られて、戯言を言いあって、鼻で笑って……そんな日々が壊れてしまうのは嫌だ。だからと言ってそれを阻止するつもりは無い。する権限も無いのだから。ならいつか、それが壊されるまでは。この穏やかな日々を謳歌しよう。いつか私が、今日彼に贈られたプレゼントのように捨てられてしまうまで。その時私は泣いて縋るのだろうか?
「まこちゃん、誕生日、生まれて来てくれてありがと。おやすみ」
「あぁ……おやすみ」
新年の挨拶と一緒。私の言葉を肯定して頭を撫でるだけのそれに満足して、自分の部屋へ向かう。
彼は誕生日を、祝われる事を嫌っている。それを祝うのは違うだろう。だから私は誕生日に感謝する。彼の誕生に感謝する。生まれて来て、私を見付けて、手を差し伸べてくれて有難う。