発散

 見せしめ大作戦の女子生徒が転校したらしい。まこちゃん曰くカッターの刃入りチョコレートは彼女の仕業だったと。彼がどうやって突き止め、彼女が何故転校したのかは解らないが、知らぬが仏である。
 更に男子バスケットボール部監督が学校を辞めた。表向きは一身上の都合──親の介護となっているが、殆どの生徒は本当の理由を知っている。彼は数年に渡り部費を私用していたのだ……と言っても実は他の部でも似たような事はある。例えば引退式の花束代、例えば祝賀会の食費代、大会壮行会や春の新部員募集時の雑費、差し入れ代その他諸々。余裕があれば交際費として使ったりだとかそういう事。ただ監督はそれが他より多かった、多過ぎたのだ。派手好きか。
 こちらも突き止めたのはまこちゃんだ。彼は夏の合宿から会計の真似事のような事をしていて、監督が就任する前の過去の資料を整理している内に違和感を覚え、二組うちの担任に相談、発覚。急な人事異動に顧問はそのまま他の部を見ていないプーな担任に、監督はおいおい適任者を探す方向で保留された。練習メニュー等、実務的な決定は主将と副将兼一年代表のまこちゃん、マネも一応噛む事になった。夏からはまこちゃんが主将になる……一学期の働きによっては監督業も。

「こっわいなー、花宮監督(仮)」
「原ちゃん下手な事言わないで。それと休憩まだ」
「監督居ないんだし堅い事言わないでよん、ユーキチャンウザーイ」

 そして最近原ちゃんが荒れている。
 二月の中頃からだろうか。言動に棘が多く、練習にも身が入っていない。学年末考査があったのでそれ程目立ってないが、学校もちょこちょこ休んでいるし、友達の家等外泊が多いらしく朝練にあまり来ない。べーちゃん曰く女遊びも酷く、学校を休んで女子大生の家に行っているとかいないとか。

「まこちゃんに怒られても知らないよ」
「……じゃーもう今日は帰るわ。あんま体調良くないんだよねん」
「……そう」

 止めずにお疲れ様と言えば、ムスっとした原ちゃんは私を鼻で嗤って体育館を出て行った。止めて欲しかったのだろうか、でも確かに体調が悪そうだった。と言うか病は気からって感じで……あぁ、

(なら止めた方が良かったのかな)

 主将やまこちゃんが少し注意しているが、原ちゃんはのらりくらりとそれをかわしている。本人にやる気が無い以上強制出来無い、無理矢理引っ張る訳にはいかない。時にはそれも大切だけど。実力主義の霧崎で他人を顧みる人は少ないので部員も気にしていない、何より部員同士とは仲間でありレギュラーと言う限られた席を取り合うライバルだからだ。そういう事をするのは彼と特に仲が良く、人の良い心配性ザキちゃんくらいである。

「原どうしよう……」
「さぁ。どう仕様も無いよ」
「あぁ、どう仕様も無いな」

 部活終わり、マジバでザキちゃん康くんと作戦会議。ザキちゃんはいつものメンバーに声を掛けたが、まこちゃんと健ちゃんは「ガキじゃねーんだからほっとけ」「寝たい」と帰宅。康くんも帰ろうとしていたが、私と二人ではまた下手な噂が流れるかもと危惧したザキちゃんに引っ張られて来た。因に康くんのマジバ代はザキちゃんの財布から出ている。私と折半? する訳無いよ。

「お前ら心配じゃねぇのかよ!?」
「煩いぞ。本人にやる気が無いのにどう仕様も無いだろう」
「ポテトお待たせしましたー」
「あっ、ども、」
「んでなになにー、トビ三角関係? やんじゃーんこの裏切り者」
「まさか」
「だよねー」

 ポテトを持って来たのは店長だった。暇なのかそのままスルリと空いていたザキちゃんの横に座る。「だ、誰!?」ザキちゃんはかなりキョドり狼狽えている。店長美人だからかな。

「トビ……種田の師匠の店長でーす、当店の実質店長でーす。現在外大二回生年上の彼氏募集中、良い人紹介して?」
「店長必死だね」
「残念ながら俺は五つ以上年上の知り合いは居ませんよ」
「てっ……!? 店長って大学生でなれるもんなんすか!?」
「恐れ入りますがー、他のお客様のご迷惑になりますので店内での大きな声はお控え下さいますようお願い申し上げまーす」
「ッス、スミマセン!」
「この子弄られキャラでしょ」
「「正解」」
「なっ!?」

 それで何を話していたのかと訊かれて、友達が荒れていて練習に来無いから相談されていると答えれば「なーんだそつち系の青春か、放っておきなよー」とさっさと仕事に戻って行った。暇なのか忙しいのか。味方の一切居ないザキちゃんは眉を下げるが、どう仕様も無いのだ。

「あんまり強制するとウザがられるよ」
「だな、山崎ウザイぞ」
「ちょ! て、マジかよ……」
「あぁいや、ザキちゃんはそのままで良いと思う。引っ張る人も大事」
「そう、か? はぁ……あいつ試合出たくねぇのかな。上手ぇのに」
「監督は居ないが……このままサボっていたら不味いだろうな」

 机に沈んだザキちゃんの頭を手持ち無沙汰にぐしゃぐしゃ掻き混ぜながら考える。確かに原ちゃんは一軍の一年でも上手い方だが、このまま行けばレギュラー入りは難しいかもしれない、印象も悪いし最悪降格もありえる。今後レギュラーやスタメンの選考は主将とまこちゃん、私の三人でするだろうが、仲が良くてもまこちゃんは贔屓なんてしないし、私も勿論だ。
 んー……部員を助けるのはマネージャーの仕事かな。なにより原ちゃんは友達だ、私は彼にスタメンになって欲しい。

 金曜の練習終わり、今日はきちんと練習に参加した原ちゃんにモップをかけながら言う。

「明日練習休みだけど暇?」
「なになにユーキチャン、デートのお誘い?」
「そうそう原ちゃん、デートのお誘い」
「マジ?」
「まじ。最近女遊び酷いんでしょ? 私とも遊んでよ。相手、して?」
「「は……?」」

 首を傾げて言うと何故かザキちゃんと近くに居た主将がぽかんとしてこちらを見た。原ちゃんは爆笑、健ちゃんは溜息、康くんはいつも通り、そしてまこちゃんには思いっきり頭を殴られた。なんで。じと目で見ると、その誘い方は絶対にするなと強く約束された。「また変な噂立つぞ」そうなのか。原ちゃんに謝るとひぃひぃ笑いを引き摺って了承してくれた。
 と言う訳で、土曜は原ちゃんとデートです。






 半日授業を終え、午後から制服のまま駅に向かう。噂を警戒してザキちゃんも行くと言い出したが原ちゃんと二人で追い払った。取り合えず何処へ行こうか。「原ちゃんていつも女の子と、大学生と何して遊ぶの?」「何ってナニしてー?」「?」「まぁお家でイロイロ?」色々って結局なんだろう。外なら服を見たりカフェに行くと言われるが、服は興味無いし……あ、

「服、服選んで欲しい、一通り買う」
「やだユーキチャン大胆! 良いよん」

 そう、もっと女の子らしいお洒落をしなきゃなのだ。忘れてた。
 ならば楽だと大型ショッピングモールへ行き、玲央ねぇに選んでもらったお店で夏服はここで見繕ったと説明し、他のお店も色々回りながらああでもないこうでもないと試着を繰り返す。原ちゃんは玲央ねぇより大人っぽい感じらしい、ちょっと格好良いコーデだ。「ユーキチャン小さいっしょ、可愛い系だとモロ小学生だから」理由が聞き捨てならないが。量が多くなったのでサービスカウンターで宅配を頼む。今日はまだまだ遊ぶのだ、持っているのは面倒臭い。
 疲れたので原ちゃんおすすめのパンケーキ屋さんに入る。ハワイアンなんとか。甘ったるい生クリームとジャムがもりもりで凄く美味しい。量が多いのでカシスミントサイダーだけ頼んだ原ちゃんに手伝ってもらいながら二人で一皿を攻略する。原ちゃんは途中から「キムチとか塩辛とか恋しいわ。口内中和したい」と言い出して、流石にねと二人で笑いあった。

「んなに気にしなくて良いのに」
「なんで?」
「普通男が奢って当然っしょ」

 お店を出てお会計の話をするとそう言われた。格好付く云々どころか当然とは。なら最近女の子と遊んでばかりの原ちゃんは破産しちゃうのかな。考えている事が解ったのか、家で会う事が多く「金はほら、ゴムくらい?」「?」つまりあまり使わないのだと笑われた。
 さて、服は見たしお茶もした。ぶらぶら雑貨屋でも見るかと言われたが、残念ながら大して興味はない。

「ザキちゃんと遊んだりする?」
「よく帰りにゲーセン行ってるよん」
「わ! ゲーセン行きたい!」
「……プリクラ?」
「興味無い!」

 ばっと両手を上げて言うと驚かれてしまった。原ちゃんと遊ぶ女の子はゲーセンにはプリクラ以外一切興味が無いらしい。私はゲーセンに行った事が無いから気になる。べーちゃんは家に沢山ゲームが有るからと行かないし、しょーいち先輩もあまり興味が無い、まこちゃんは煩い煙たいと嫌っている。
 原ちゃんとザキちゃんは最寄り駅が一緒らしく、二人で良く行くと言うゲーセンへ向かう。レーシングゲームや格ゲーを対戦したり、原ちゃんがリズムに会わせてパネルを叩くゲームをするのを見る。何故そんなに早く指が動くのか、指は十本なのに十六マスってふざけてる。彼は音ゲーが好みらしいが私には無理そうだ。そこで比較的簡単だという太鼓を叩くゲームで対戦する事になった。

「ユーキチャン曲選んで良いよん」
「うー……これ」
「バリッバリのクラブミュージック! えー意外なんですけど!」

 入っていて一曲丸々知っている曲となるとそれしかなかった。家で普段聞くのはクラシックやジャズが多く、べーちゃん達の趣味で知っている曲は洋楽やアニソンやマイナーな物ばかり。クラブミュージックと言われたそれはパキラ達の趣味、フリースタイルバスケで使う彼らが良く流している曲だ。「鬼で遊ぶドン♪」と始まったゲーム、比較的簡単だと言っていたのにめちゃくちゃ難しい。「だめむり!」「鬼はマジ調子乗った!」出来無い出来無いとギャーギャー騒ぎながらバチを振る。やばい、ゲーセン楽しい。
 存分に楽しんで夕方、夕食時だしそろそろ帰るかと言うと、案の定原ちゃんはまだ早いとごねた。それなら行きたい所があると着いて来てもらう。

「学校……? あ、ユーキチャン家?」
「そう、家」
「…………マジ?」
「まじ。因に原ちゃん格闘技とか喧嘩の経験は?」
「え、は? 授業で柔道やったくらい、喧嘩は絡まれてーって感じ? そんな無いっしょ」
「んーそっか」

 家に着いて原ちゃんを居間に残し、私は練習着に着替えボールの入ったバックパックを背負う。準備を終え居間へ入ると原ちゃんは訝しげにこちらを見た。「……なに?」「ストリートコート行く」すると、最近サボりがちだからか、オレは制服だ、もう行く、と嫌がって逃げるので服を引っ張り無理矢理止める。

「ちょっとだから」
「練習相手なら他の人に頼んで、つーかいつも一人で練習してるんだろ?」
「原ちゃんの練習も兼ねてる」
「ねー今日もう疲れ、」
「そして今、彼は居ない」
「彼? 花宮?」
「ザキちゃん」
「ならザキ誘えば良いじゃん」
「それは違うよ、だって練習付き合ってって言ったのは君」
「はぁ? んなん言って無いけど」
「言ったよ……笛を鳴らさない、練習」

 私を引き摺って玄関へ向かっていた原ちゃんはぴたりと足を止めた。笛が鳴ればただの反則ファールだ。だから、鳴らさないための──ラフプレーの練習。彼がスニーカーで良かった。「ユーキチャンってほんと物好きだねん」彼は振り返り、ニヤァと口を歪めて嗤った。






「──で、ボール掴んだ腕引く時に肘入れる」
「なんでユーキチャンそんな詳しいの? やっぱ花宮の影響?」
「違う。女子は割りと多いの、たぶん」
「女は怖いってヤツ?」
「怖いって言うか……感情で生きてるから、思わず手や足が出ちゃうんじゃないかな」
「あーね、なんか説得力あるわ」

 NBAのダーティプレーを好む原ちゃんは、簡単な、足を踏んだりは知っていた。まこちゃんとも色々話したらしい。だから私は他のを少し教えた。
 私がラフプレーに詳しいのはまこちゃんの影響では無い。高校ではまだ当たっていないが、中学時代は荒いプレーを通り越した、やり口の褒められない選手は結構居た。特に有力選手と警戒された私だ。ファール覚悟で止めるのはザラ、最悪故障させてコートから追い出そうとする人も居た。説明すれば原ちゃんはニヤニヤ嗤った。ほんと『類は友を呼ぶ』、こんな話を面白がったのはまこちゃんくらいだ。まぁ当時の部員とまこちゃん達にしか話した事無いけど。

「原ちゃん、1on1しよう」
「えーユーキチャンに勝てる気とかしないんですけどー」
「今から十本先取。何しても良いよ」
「……それってさっきのも踏まえて?」
「踏まえて。審判居ないからあんまり練習にはならないけど」

 故障したら困るが、筋や関節を痛めるようなラフプレーは出来ないだろう。
 始まっても原ちゃんは大してラフプレーをしなかった、そもそもやる気が無いご様子。がんがん挑発してみるが、基本のらりくらりな彼にはあまり効果が無いようだ。

「ねぇ一哉クン、必死こいてよ」
「はっ! ヤダよ。怠ぃし、」
「『必死こいてもなんも、意味も無い』から?」
「……覚えてんのっつーか寝てなかったワケ? 盗み聞きとか趣味悪いなーユーキチャン」
「君が勝手に話したんだよ。で? 一哉クンは必死こいて何が欲しいの?」
「べっつにー。たかがマラソン大会、賞品なんか無いのにバカじゃないのって思っただけだし?」
「そうかな、そういう感じだとは思わなかったけどなぁ……」

 ドリブルをやめた原ちゃんが私にボールを投げ寄越す。ぷくーっとガムを膨らませながらスマホを取り出すと、首を傾げて画面を見せてきた。

「ユーキチャン遅いしそろそろ帰れば? 送るわ」
「まだ大丈夫、条例に反する時間でも無い……原ちゃんが帰るなら帰るよ」
「じゃー帰るー」
「へぇ? 何処に? 一哉クンは帰りたくないんじゃなかったの?」
「……ユーキチャン流石にウザイんですけど。いい加減キレんよ」

 あからさまに機嫌が悪くなった原ちゃんを鼻で嗤ってみる。友達や女子大生の家を泊まり歩いたり、夕方もまだ早いとごねたし、先程も 帰る では無く、もう 行く と言った。年末年始も家族で過ごさないと言って、一番に泊まりたいと手を挙げた。自分の家が嫌いなのだろう、それが荒れ始めた二月中旬から拍車が掛かったのか。
 ボールを投げ返して嗤う。目の前の彼がよくするように、ニヤァと。口角を上げて、三日月に歪ませて。

「原ちゃん、1on1しよう」
「……」
「今から……そうだね、五本先取。何しても良いよ、なぁんでも」
「……審判居ないから練習になんないじゃん」
「だから何も気にせず思いっきり出来るよ、全部ぶつければ良い……どーせお前じゃ勝てねぇから必死こいて死ぬ気で来てみろ、ばーか」

 べーっと舌を出すと、舌打ちした原ちゃんは即座にジャンプシュートで決めた。彼の口元に一切笑みは無い。私のオフェンス、踏み込んだ彼が容赦なく足を踏んでくる。流石に少し痛い。「それじゃ審判にモロバレ」「っるさい!」無理矢理引き抜いてジャブステップ。切り返す時、服を引っ張られる。「もっと早く離さないと」「解ってる!」これくらいはよくある、サッカーと同じだ。それから互いに点を決めて4-4、リバウンド勝負に勝った原ちゃんが思いっきり腕を振った。あぁ、これはちょっと……

(避けられない、な)

 どん、と弾かれた先にゴールの柱、さして痛く無いが背中を打って咳き込む。

「あー……ゴメン……」

 少し頭が冷えたのか、原ちゃんは謝ってこちらへ手を貸してくれる。その手を取って、流れでボールを奪いシュート。5-4、いぇす、あいあむうぃなー。

「ちょっ!」
「私の勝ち。勝った方は負けた方の言う事を聞く事」
「今のはナシっしょ!」
「『何しても良い』って最初言った」
「そうだけど! ……つーか賭けなんて言ってなかったじゃん。なに? ちゃんと練習出ろとか? はぁ」
「それはザキちゃんが言ってるから必要無いかな」
「じゃー家に帰れ?」
「違う。今日は種田家に泊まる事」
「は……?」

 ぽかんとする原ちゃんを置いて片付けをする。けほけほともう一度軽く咳き込む。うん、大丈夫。

「置いてくよ?」
「……行く」

 素直でなによりだ。

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