帝光の水色さんとひょんな出会いをして数日。何処の高校へ通うのかくらい訊いておけば良かったかな。マネとして帝光のレギュラーは要注意だろう。
人助けなんてしてみるものだ。貧血辛いよね、と仲間意識で愛想良く振る舞っていたらフラペチーノを奢ってもらえた。車は遠かったが、貧血でふらついて、更にあの少々鈍臭い様子、放っていたら轢かれていたかもしれない。そう思うとお礼など抜きに助けて良かった。
『キセキ』に負けたって、用済みで捨てられでもしたのかな。最初はレギュラーの席の奪い合いに負けたのかと思ったが、水色さんは試合で見た事がある、彼は『水色の歯車』さんだ。彼のパスはコース取りも相手選手の反応も独特で中々興味深かった。だがシュートを打たない彼は勝利の歯車であっても、鍵ではない。去年──彼らが中三の試合は見ていないが『キセキ』は一昨年より更に強くなっている筈だ。一昨年の時点でも帝光は圧倒的過ぎた。その彼ら相手にパスが必要だとは思えない……私が女バス入部戦で一人のプレイをしたように。
しかし凄いよね、流石常勝帝光レギュラー。視線誘導でパスを出すなんてまるで手品だ。白い鳩の『キセキ』が華やかに飛び出している隙に、水色さんは次のタネをせっせと仕込むのだろう。すごい。
(こっちもすごいけど)
二年対一年、目の前では第2Qまでの簡易試合が行われている。まこちゃんが少し試したい事があると健ちゃんを入れたそれは、後半第2Qが始まってから二年の点が動いていない。かなりの確率でスティールが決まっていて、オフェンスに移行しても得点まで繋がらないのだ。まこちゃんは確かにスティールが得意だ、だがここまでだっただろうか。考え込んでいると、健ちゃんが急に脚を止めて突っ立った。ちょ、
ピー
「瀬戸さん出て下さい、交代です! 花宮さん」
「……松本入れ」
コートから出て来た健ちゃんは、ふらふらとベンチに座り……もせず座面に手をついて肩で息をする。ボトルとタオルを近くに置くが、視線すら寄越さない彼の息は中々整わない。
「完全にヘバってるね」
「ぁ゙ー……」
後ろに流していた髪をぐしゃぐしゃと下ろす様子を見ながら考える。あまりに早過ぎないか。健ちゃんは元々細いからかスタミナは少ない方だが、練習中ここまで消耗したのは初めてだ。まこちゃんの少し試したい事とはそんなに大変だっただろうか。確かにコート内をそれなりに走り回っていたが、普段の走り込みなんかに比べるとマシだ。
落ち着いたらしい健ちゃんはスポドリを殆ど飲まずに「もう無理」と床に座り込みベンチに凭れた。練習着でも常備しているアイマスクを取り出したので、慌てて制止する。
「クールダウンちゃんとし「無理」
「軽いストレッチ、最悪腹式呼吸意識して体育館内歩くだけでも「無理」
「疲れが翌日に残る、今日の夜怠さと目眩で眠れないよ」
眠れない、が効いたのか渋々立ち上がる。すかさずジャージを渡すと、うんざりした様子で着てのろのろストレッチを始めた。しきりに出る欠伸に違和感を覚える。
「眠気以外は? 頭痛はあ「無い」
「視界が暗いとか点滅す「無い」
「空腹、手のしびれ「減ったけど要らない。解んない」
手を取って握る。振り払いはしないものの、健ちゃんは眉間に深く皺を刻み私を見下ろしている。握った手の異変に舌打ちが漏れそうになりながら、近くの部員に試合が終わったらボトルとタオルを渡すよう頼む。「クールダウンしっかりね」健ちゃんに釘を指し自販機に走った。ファンタグレープを買って戻ると、試合は終わっていたようで、まこちゃんが健ちゃんを見て考え込んでいた。
「これ飲「無理。今炭酸とかなんなの」
「全部じゃなくて良い少しでも飲んだら寝て良いから」
「……」
「お願い、ね?」
遮られないよう捲し立てれば、やはり渋々缶を受け取ってくれた。ただ少し飲めば喉は乾いていたようで、なんだかんだ三分の二程飲んだ。唸りながら座り込んだ健ちゃんはすぐうとうとしだす。
まこちゃんに何を試したのか訊けば、健ちゃんを使ってパスコースを減らしていたと。つまり彼はまこちゃんの読みに着いて行って頑張った。頑張り過ぎて、集中力と気力使い過ぎてヘバったって事? なにそれ、
「頭空っぽな方が動けない? 考え過ぎとか謎」
「皆が皆お前みてーな単細胞プレイヤーじゃねぇんだよ、バァカ」
「つーかユーキチャンの方が謎なんだけど。何してんの?」
「?」
「瀬戸が寝るのはいつもの事だろう。何故ジュースを飲ませたんだ?」
「スポドリで良いじゃん。態々買いに、しかも炭酸っしょ?」
うんうんと休憩中の部員や、いつのまにか練習を止めていた他の部員が首を縦に振る。健ちゃんは眠いと言っていた割りに眠れないのか、相変わらずうとうとしている。
「ブドウ糖補給。スポドリさえ拒んだから、効率考えて出来るだけ糖度高いの選ぶとこうなる。低血糖かも」
「貧血の可能性は」
「解んないけど……頭痛、視界の暗転は無し。眠気、空腹感、軽い手の震え。あと不機嫌?」
「そんだけ揃えば低血糖か」
「保健医連れて来る?」
「様子見で大丈夫だろ」
もしかして健ちゃんがいつも眠いのも低血糖だからかな。まぁ今まで大事に至ってないから軽度も軽度、心配無いだろう。ただの寝坊助じゃなかったみたいだ。取り敢えず、生活習慣、食生活なんかを聞いておくべきか。まこちゃんも同じような事を考えているのか、顎に手を置いて真剣に健ちゃんを見ている。
「花宮も種田も詳しいな」
「医者かよ」
「私はもの凄ーく稀になるから」
「マラソン大会の時も手際? 良かったよねん」
「あれはただの貧血……いや正確に言うと脳貧血? 運動後低血圧起こしただけだよ」
「お前は体が強いのか弱いのか解らないな……」
「ご飯ちゃんと食べれば良い筈なんだけど、中々どうして面倒なんだよね」
「結希?」
おっと口が滑った。
まこちゃんが部活では久しくなった優男モードで微笑む。うん、すごい足踏んでるし、すごいアイアンクロー掛けてくるね君。
「食べる、食べた、ちゃんと食べてるから」
「へぇ? なら結希チャンは昨日の夜何食ったんだ? 言ってみろ」
「んー……それより健ちゃんの食生活が気になるよね。はぁい、休憩終わりー」
「おい」
「「「花宮が母親してる」」」
「煩ぇよ」
昨日は疲れて寝落ちしたから食べて無い……タイミングが悪い。
素人目の判断と応急処置だったが功をそうしたのか、その後健ちゃんの症状が悪化する事は無かった。良かった。相変わらずうとうとしている彼の頭、癖っ毛はワックスのせいか彼自身と同じく元気が無い。労るような気分でぽんぽんとその頭を撫でる。「ねぇ」アイマスクをずらした隙間から無言で見上げられる。「ごめん、鬱陶しいね」手を下ろす。
「いや…………練習、しないで良いなら寝て良い?」
「うん。落ち着いたら今日は先に帰って、お家でゆっくり休むと良いよ」
いつもは暇さえあれば問答無用で寝るのに、今日は何故かそんな事を訊く。眠れないからかな。「……ここで良い」答えてアイマスクを戻すとまたうとうとする。ベンチに頭を預けず、ゆらゆら遊ばせているのも珍しい。時折ガクンと揺れては唸るを繰り返す。上を向くのが辛いのだろうか。
「私に凭れて良いよ」
「ん…………うー、ん……」
「ほら」
「……ぁー……いや、いい……うん」
膝を抱え腕に頭を預ける健ちゃんは、いつもと違ってコンパクトだ。なんだか少し可愛く思い、また頭をそっと撫でる。暫くすると寝息が聞こえた。
(うん?)
ふと考える。血糖値の変化で眠くなる、だからよく居眠りをする? それとも夜眠れない、だから昼眠くなる? 低血糖症の人は不眠症を併発していたりする。大丈夫かな、夜、きちんと眠れてるのかな。んー……。
「瀬戸のスタミナは大きな課題だな」
「十五分でヘバるとかヤバくない?」
「健太郎が動き始めたのは第1Qの終わり……だから実際は七分弱ってとこだ。最初は様子見って感じだったからな」
「おい瀬戸全然ダメじゃねぇか」
「充分、では無いけど良いでしょ。あと原ザキコンビは人の事言えないよ」
「ッはぁ!? 俺はスタミナあるっつーの!」
「スタミナは、うん」
「なんで目ぇ剃らすんだよ!」
「ヤマはシュートとパスワークがな」
「ぐっ……」
「山崎はただの体力バカだもんな」
「……」
「オレもなんかあるの? つーか古橋は?」
「原ちゃんは集中力」
「そうだ、そこはマジでどーにかしろよお前。康次郎に関しては特出したもんがねーな。器用貧乏っつーか、微妙。全体的にもっと磨け」
「器用貧乏……微妙……」
「これ褒めてるから大丈夫。『康次郎はバランスが良いからこのまま頑張ろうぜ』だってさ」
「んな事言ってねーよ!」
「言ってるいってる」
「種田、もう一度言ってみてくれ」
「? 康くんはバランスが良いね?」
「すまない意味が解らない、何故そうなるんだ?」
「「古橋ドンマイ」」
練習が終わりモップ掛けや片付けをしつつ、健ちゃんへ先に着替える事と居残りを命じる。終わって更衣スペースを開くと、クッションですやすや眠る大男が居た。ちゃっかりしてるなと思うと同時に、こんなの誰かに見られたらお前停学だぞと心配になる。起こすのは可哀想な気がして、年度末の職員大掃除で出たのだろう廃棄場に捨てられていた一人用ソファー二つ、更衣スペースを出た所に置いたそれを向かい合わせにして寝転ぶ。着替えを済ませ入ってきたまこちゃんは状況をすぐ察したらしい、大きく溜息をついて健ちゃんを起こし連れ出した。
「お前低血糖症か?」
「知んない。まぁ親父はそういうのあるって言ってたような気もするかもね」
「……遺伝か。今までぶっ倒れた事「無いない。てかこんだけ体動かして頭も回したの初めてだし。マジ疲れたわ」
着替えながら二人の会話を聞く。ような、気もする、かもね。不明瞭な言葉を三つも重ねる理由はなんだろう、まぁ良いけど。というかまこちゃん医者かよ、診察か。あ、これザキちゃん言ってたな。
今後は応急処置にブドウ糖の飴でも常備しておこう。まだまだ未完成で形になってから数分しか保たなかったが、健ちゃんのあの活躍は良い武器だ。陽泉のような絶対的防御もやり難いが、あの高い鉄壁は逆に解り易い、目に見える高さと言うアドバンテージがある以上それ以外の突破口を考える隙がありそうに思える。実際観戦した時、相手校は速攻で仕掛けていた。しかしそれなりに攻める事は出来ても、何度もスティールで阻まるのは、攻めきれないのは相当なストレスになる。突破しようにも全てが緻密な計算の上で、焦れば焦る程捕まる。ジリ貧、精神的に来るやり方。ほんと、『悪童』の名に相応しいいやらしい戦法だ。今の所、これと言った強みや特出したスタイルの無い霧崎にとって、今後健ちゃんの力は必須になるだろう。あと二週間程だが来年度彼はスタミナ強化……は、夏からの全員の課題で現在も取り組んでいるんだった。ほんと皆細いよ。
「つってももっとハードな練習で平気だっただろ。お前今どんな生活してんだ、飯食ってんのか?」
「いやぁ面倒臭ぇんだよね、夜とか最近帰って爆睡。長期休暇って一日中練習でしょ、授業無いから寝れないじゃん」
「夏はヘバって無かっただろーが」
「冬と春は駄目だね、眠い。夏は食わないとマジで命の危機感じるし」
「健ちゃん冬眠「起きてる、今起きてるから。俺変温動物じゃないから」
「あのなぁ……天才だろーが秀才だろーが身体壊れりゃ意味はねーんだよ。ただのガラクタ、凡才以下だ。体調管理くらいしろ、取り敢えずお前きちんと飯食え」
「説得力やばい」
「ガラクタ作ってる本人だもんな」
「はぁ……つーか慢性的なもんなら炭水化物を減らすとか、普段の糖質落とさせた方が良いのか……? つってもそこまで大事には至ってねーし……ブドウ糖減らしてタンパク質増やして……急変しない吸収の緩やかな糖とか……」
一応夜は眠れているようで安心する。そしてぶつぶつ言っているまこちゃん。もう医者とかじゃなくて、これは、
「お母さんだ、まこちゃんがお母さんしてる」
「煩ぇよ、お前もだぞ結希。筋肉付けてーとか一丁前な事言うなら、プロテインの前に三食バランス取れたモン食え」
「花宮母親してんね」
「テメーらマジでウゼーな!」
「「ごめんねお母さん」」