遊戯

 まこちゃんと同じく、私は誕生日が好きでは無い。苦手、と言うべきか。
 誰だって自分の誕生、その瞬間が何月何日だったかなんて覚えていない。「今日は貴方が生まれた日なのよ」と信頼する誰かに毎年祝われ続けて初めて誕生日は自覚されるモノだ。だから記憶の有無と、誕生日を覚えているかどうかは関係ない筈。それでも、私の始まりはあの日の保健室で。書面で見せられた日に愛着など無くて。今日で四度目、もう割り切った、けど、

「ユーキチャン花宮にべったりじゃん」
「もしかして誕生日?」
「……健ちゃんほんと鋭いね」

 何故気付くのだろうか、まぁ三月のおしりと答え今の今まで反応が無かったら気付くか。
 割り切った、けど、思う所は有るのだ。まこちゃんがご飯を食べる背中に凭れて源氏パイをかじる。今日はあまり面倒を起こさない限りまこちゃんは叱ったり怒ったりしない。勿論、あまり、なのでべたべた引っ付き回ったりするなんかはキレるが、この程度なら鬱陶しいという顔すらせず受け流す。というか存在無視って感じが近い。ご飯が滅茶苦茶でも背中に凭れても何も言わない、反応しない。しないでくれる。きっと私は今透明人間になっているのだろう。ぴたりと触れ合う背中以外、透き通っているのだ。

「じゃあ今日帰りマジバ行こうぜ!」
「やだ」
「即答かよ、なんでだよ!?」
「ザキ無様に振られちったねん」
「今日は特別な事したくない」
「ふぅん?」
「花宮にべったりなのは特別な事じゃないのか?」
「これはただの仲良しのスキンシップ」
「キメェ」
「無様に振られちった。じゃぁこれは一方的な仲良しのスキンシップで」

 もそもそとお弁当を食べるまこちゃんの、ぼそりと呟いた悪態も投げやりだ。それに笑う。




 四月に入り春期休暇最後の土曜練習の終わり、原ちゃんに残るよう言われた。長期休暇の土曜練習は半日だ。マジバでお昼かな、そういえばザキちゃん課題終わったかな、なんて考えながら更衣スペースから出るとお馴染みの面子……からりと笑うザキちゃんに拘束された不機嫌なまこちゃんから目が離せない。

「ユーキチャンお誕生日会しよーぜ!」
「はい?」

 原ちゃんは言葉と共にいえーいとまこちゃんの左腕を上げる、右腕は康くんが。捕らえられた宇宙人・天才眉毛。
 どうも私が誕生日、当日は特別な事をしたくないと言ったので、当日では無く後日──今日するらしい。なるほど。「まぁなんだかんだツルんでるこのメンバーで遊びたいなって思っただけなんですけど」台無しな事を言われた気がするが、それは私も思ったので大賛成だ。

「健ちゃんと康くんよく参加した「お前は俺らをなんだと思ってんの」
「ざっくり言うと寝坊助と天然さん?」
「……俺は置いといて古橋をどう解釈したらそうなんの?」
「興味と優しさの方向性が斜め上」
「斜め上? 俺は嫌々引きずり回される花宮に大変興味があるだけだぞ」
「あぁゴメン、種田の正解かも」

 後方ではまこちゃんが、どうせゲーセンやカラオケに行くんだろう、嫌だと暴れている。「たまにはDKらしい事しようよん、青春セーシュン」「黙れ気持ち悪ぃ事言ってんじゃねぇ!」まだまだ学校近いのに、猫被らなくて良いのかな。あんな所煩いタバコ臭い、と文句言いまくりのまこちゃんが今一番煩い。し、若干面倒だ。観念してもらおう。

「んー……そういえば原ちゃん。太鼓のやつ難しかったね」
「あーだって調子乗って鬼選んだもん」
「全然出来無かったね、流石にまこちゃんでも無理じゃないかなー」
「あ゛? 何がだ」
「ゲーセンのゲームの話……でもしょーいち先輩なら出来そーかなー」
「ふはっ、じゃあ俺にもヨユーだろ!」

 まこちゃんちょろい。
 思う事は一緒だったようで、皆笑いを堪えている。ご飯は後だと、打って変わってやる気満々なまこちゃんを先頭にゲーセンに行く。
 まこちゃんはしょーいち先輩に変な対抗心がある。成績は学年が違うので比べようが無いが、他はどうも負けたく無いらしい。割りとしょーもない事で躍起になり、彼のプライドと面目に配慮した先輩が負ける──折れてやる事が度々あった。つまり大人の余裕で花宮真の惨敗である。「しゃーないなぁ、ワシのが先輩やから譲ったるわ〜」そして先輩は腹黒かった。ドヤ顔の所を落とされ悶える後輩は気付かない。先輩に易々と掌で転がされ、時折こっそり私にまで足元を掬われているのが、その変な対抗心のせいだと。おめでとう、子供っぽさでは花宮真圧勝です。
 ザキちゃんは健ちゃんを格ゲーに誘って店の奥に行った。私と原ちゃんは入り口にある太鼓でリベンジマッチ。参考にするつもりなのだろう、まこちゃんは真剣な表情で私達を見守っている。康くんはゲームがあまり得意では無い(し、きっとまこちゃんの様子が見たい)から静かに観戦中だ。前回と同じく鬼で遊ぶドン♪した結果、あまり変わらない成績になったが……、

「ちょっと待ってなんでだよ意味ワカンナイんですけどー」
「ふはっ、当然だろ」
「凄いな」
「バチ持ってドヤ顔されても」

 完全クリアでは無かったがまこちゃんは上出来。ほんと、意味解んないんですけど。若干の悔しさを滲ませつつ格ゲー組を探しに店の奥へ行くと、ザキちゃんが意気消沈していた。最初は初心者健ちゃんをぼこぼこにしたらしい。そして第二ラウンド、操作性やコンボを覚えた健ちゃんが辛くも勝利。最後ラウンドでは最初と逆に健ちゃんがザキちゃんをぼこぼこにしたと。もう一回、とザキちゃんが頼み込んだゲームは健ちゃんのストレート勝ち。流石健ちゃん。

「初心者相手に図に乗って返り討ちか、無様だな」
「ウルセー……古橋やろうぜ……」
「確実に負けると解っているのに金を払う訳が無いだろ」
「だよな……」

 ならレースゲームはどうか、と試したが康くんはひたすら壁に追突していた。「ハンドル振り切り過ぎだって!」「む?」「それは少し過ぎっしょ」「なんでずっとアクセル全快なの」だめ、康くん面白過ぎる。どうもレースゲームだと100か0かになってしまうらしい、画面が左右に振られっぱなしで見ていて酔いそうだ。それならガンシューティングは、とゾンビ駆逐に乗り出す。すると、

「え、ずっとヘッドショット!」
「古橋怖ぇわ」
「これは簡単だな」
「おいなんでヘッドショットが出来て他はからっきしなんだよ、そのボスは手ぇ狙うんじゃねーのか?」
「手より頭の方が確実に殺せる「いやいやマーク出てるし、そこから狙わなきゃ勝てないでしょ」
「難しいな」
「AIMの凄さは頭限定なんだね」
「……古橋マジ怖ぇわ」

 康くんは難無くヘッドショットを連発、敵を一発撃破し続けた。冷静に淡々と頭を撃ち抜き、パニクる事無くきっちりリロードする姿は最早職人だ。だが頭以外を狙うと途端に照準が狂い、ボスには敵わずゲームオーバー。「古橋殺し屋にでもなんの?」「なんでそうなるんだ……だが新しい才能を発見したようだ」「頭打ち抜く才能ってなんだよ」彼の希望進路は知らないが、今日確実に常人では有り得ない新たな選択肢が増えた。

「あ、今日空いてんじゃん。ちょっとこれやって良い?」
「ドラム? のゲームなんてあるのか」
「お前またそれかよ、普通にカッケーからなんかムカつくんだよなぁ」
「なんかさ、イメージ「通りだよね」
「ふはっ、お前太鼓のやつド下手クソだったじゃねーか」
「それとこれとは別っしょ」

 そうして始まったドラムのシミュレーションゲーム、原ちゃんはめちゃくちゃ上手かった。なんでこんなに早く両腕が、脚が動くんだろう。画面ではコンボを表した数字が次々増える、少し間が開くとくるくる器用にスティックを回す。見とれているとクリアの文字が出た。映ったスコア画面、ミスは無い。

「原ちゃん凄い」
「格好良かったー?」
「まぁ」
「感想雑過ぎっしょ!」
「普通のドラムと違うんじゃねーのか? 色々足りねーだろこれじゃ」
「そこはゲームだからねん。叩いた感触も全然違うし、練習にはなんないけどこれはこれって感じ」
「原はドラムをやっているのか?」
「まぁねー。バンド組んだりしてみたいんだけど、部活忙しいし周りに楽器やってる人も居ないし? 誰かやってない? 古橋ピアノ弾けるんだっけ」
「それなりには」
「俺はやってねーな」
「まこちゃん歌えば良いじゃん」
「花宮歌上手いの? ザキも何もやってないし……瀬戸とユーキチャンは?」
「ピアノとヴィオラ。少々齧っただけ」
「お嬢様っぽいな……俺はウクレレ」

 ウ ク レ レ !?
 ウクレレ発言に場の空気が止まる。なんだか堪らなくなって健ちゃんにタックルした。

「ぐっ……お前身長差考えてよ、頭、そこ鳩尾だからね」
「健ちゃんやばい、二組女子の気持ちが解った気がする。癒しってこれか、やばい健ちゃんやばい!」
「なんのツボに入ったの、俺は鳩尾は入ったんだけど。聞いてる?」
「ちょっと待って! ウクレレってなに! スゲーウケる! ウクレレ!!!」
「その図体でウクレレ!? ギターじゃねぇのかよ!? ウクレレ!?」
「ウクレレって、お前は一体何を目指しているん「お前らなんなの、別にウクレレ奏者とか目指して無いから」
「まずどーゆー経緯でウクレレに手ぇ出すんだ?」

 まこちゃんの疑問に健ちゃんが答える。曰く海外土産でウクレレを貰って、ちょっと弾いてみて、試しにCM曲や流行のJ-POPを真似てみたら上手くなったと。耳コピってやつ? 高性能かよ、流石健ちゃん。お腹から離れ、彼の手を取って無理矢理掌を広げる。こんな大きな手であんな小さな楽器を奏でられるものなのだろうか? ぺちぺちその手を叩いて考えていると頭を鷲掴みにされた。

「なに「こっちの台詞。なんか……うん、なに?」
「弦一本ずつ押さえられるのか「余裕だから。お前ヴィオラ出来るなら解んだろ、同じ位でしょサイズ」
「まぁ……健ちゃんはコントラバスって感じだけどね。あ、でも逆にヴァイオリンも捨てがたい」
「なにそれイメージ?」
「イメージ」

 ヴィオラとコントラバスが解らないザキちゃんに説明する、と言ってもサイズと音域の違いだけだけど。「あーデカいヴァイオリンか。似合いそうだな」「ね」その横で原ちゃんは健ちゃんをギターに誘っていた。気が向いたら、との返す辺り健ちゃんは弦楽器に興味があるのだろう。無ければ「そんな暇あるなら寝たい」って切って捨てそうだ。

「ザキちゃんベース始めなよ」
「は!?」
「良いじゃん。オレドラムでしょー、瀬戸ギター「気が向いたらね」古橋キーボード「俺もか」花宮ボーカル「はぁ?」ユーキチャンヴィオラで」
「言われてみりゃ丁度良いけどよ」
「それヴィオラ要らないし齧っただけだってば」
「だって仲間ハズレじゃん」
「ふふ……じゃぁマイクテストする」
「それこそ要らないっしょ!」

 なんて適当言いながら。きっとそんな暇無いだろうが、面白そうだなと笑う。
 そろそろ行きますか、という時、クレーンゲームの中の黄色い謎物体が目に入った。なにこれ。

「どしたのユーキチャン……あぁ、ミニオンズじゃん」
「ウクレレ持ってる」
「だね」
「目が一つ」
「うん」
「可愛い」
「えぇ……ボブ、ええとこっちは?」
「べつに。こいつが可愛い、目が一つ」
「……欲しい?」
「要らない」
「んじゃ取ってあ、えっ要らないの?」
「うん」

 ボブが可愛くないと言ったら何故か遠い目になった(雰囲気的に)原ちゃん。だって目が一つで可愛いんだもん、しかもタイムリーな事にウクレレ持ってるし。でも要らない。「本当に? あれくらいのぬいぐるみなら取れんぜ?」「ほんとに要らない」そのままゲーセンを出る。しつこい様子にうんざりしていると、まこちゃんが原ちゃんを制した。

「こいつ物欲ねーからな」
「なくはないよ」
「てか種田ってキャラクター物とか興味あったんだね」
「ないよ。さっきのは少し気になっただけ、ウクレレ持ってたし」
「そういやお前キャラもの持ってねぇよな、家にも無かったし」
「女子はああいうの好きだが」
「だって大して思い入れとか無いじゃん、キャラクターグッズ」
「思い入れって……なんかカワイーなって好きになるもんじゃん?」
「でも流行り廃りあってシーン選ぶ物だし。何よりずっと好きとは限らない、そしたら処分が面倒。キャラクターグッズとか風の前の塵に同じ」
「諸行無常だな」

 私は記憶を失って趣味趣向も変化したらしい。病院から帰って自分の部屋を見ても違和感しか無かった。他人の部屋みたいで、手始めにキャラクターグッズやキラキラした小物、ぬいぐるみを捨てた。そして結局、ピンクのカーテンも、繊細な装飾が施されたお姫様みたいなベッドも、フリルのついたシーツも、控えめなロココ調で統一された白い家具達も全て捨てた。他の思い出の品と共に。唯一残したのは、無いと困るかと考えた小学校の卒アル。そうなったら徹底的にやりたくなって、お上品な花柄の壁紙も変えた。ほんと大変だった。
 だから私の部屋には、大きなソファベッドとサイドテーブル、本くらいしかない。勉強なんかは居間でやれば良いから、机も椅子も要らなかった。今はまこちゃん達に貰ったものが少しあるけど。

「えー。じゃー誕プレどうしよ、丁度良いと思ったんだけど」
「良いよそんなの。オタンジョービカイで充分」
「ゲーセンに行っただけだがな」
「それで充分」
「ふはっ、やっすい女だな全く」

 まだ帰らないが既に充分楽しい。クスクス笑っていると康くんにぐりぐり頭を撫でられる。やめて首取れる。しかし話を振って来た原ちゃんは「こーゆーのはちゃんとしたいんだけど」と悩んでいる。チャラ男の秘訣かな。私は彼の誕生日に何もしてないのだけど。

「取り敢えずご飯行かない?」
「賛成、俺腹減って死にそう」
「じゃーメシ食いながら作戦会議っつー事で!」






 マジバよりマシ、とまこちゃんから許可が出たので目についたファミリーレストランへ入る。「やっと飯だな」「誰かさんがゲーセン行きたがったからね」「煩ぇよ」図星だからって叩かないで欲しい。昼時を過ぎた店内は客が少ない。店員に通される前に適当な席へ向かう皆に慣れてるなと着いて行き、三人ずつ矢鱈と固いソファーへ座る。一緒に選ぼうと広げられたメニューを覗き込んで……軽く絶句した。

「ね、ねぇ……まこちゃん」
「ウゼェ引っ張んな。なんだよ」
「えと、安過ぎて怖いんだけど。すごいお皿ちっちゃいの? これくらい?」
「え、ユーキチャンもしかファミレス初めて!?」
「うん」
「……ナベや今吉サンと来た事無かったのかよ」
「ないよ」

 雰囲気的に安価だとは思っていたが、予想を遥かに上回る衝撃的な価格だ。これならサービスや簡素な内装にも納得出来る。レストランと言うより、洋風大衆食堂といった感じだろうか、ただ訳しただけと言われそうだけどあくまでイメージ的な意味で。
 店内を見回して視線を戻すと、原ザキコンビと健ちゃんが驚いた顔でこちらを見ていた。最早軽く引いてる。私はファミレスに衝撃を受けていたが、三人は初ファミレスに衝撃を受けていたらしい。と、康くんが口を開く。

「レストランと付くが、多分種田が想像するソレとは完全に別物だと思って良いぞ」
「みたいだね。入る前からなんかおかしいなとは思ってたよ」
「因みに、ファミレスはなんと24時間営業の店舗も存在する」
「なんですと」
「俺も最初は驚いたよ。まぁ自販機と喫茶店の違いみたいなものだ」
「あー」
「え、それで解んの!? いや言いたい事はなんとなく解るけどよ! 違うだろ、違うぞ!」
「種田は勿論、古橋も所々育ちの良さってか金持ち感出てるよね」
「そうか?」

 康くんと顔を見合せ首を傾げる。
 量は普通だと説明されて悩んだ末に、シーザーサラダと「激辛」と燃えた唐辛子マークが三つ描かれたチョリソー、パフェ、ドリンクバーを頼んだ。注文が済んでから原ザキコンビとドリンクを入れに行く。

「ファミレス初めてってのもビビったけど、お前の変な単品注文にもビビったわ」
「パフェ食べたいんだもん。私はドリンク単品よりドリンクバー付けた方が安い事にびっくりしてるよ」
「セット割引ってやつだよん。マジバでもあんだろ?」
「なるほど。あとこの自分で注ぐのも」
「セルフサービスな」
「んでセルフっつったらやんなきゃいけない事があるワケ。見ててみ?」

 原ちゃんがコーラとコーヒーを三分の一入れて氷とよく掻き混ぜ、ある程度炭酸が抜けた後に烏龍茶を注いだ。きつい、ぱっと見解り辛い上姑息な手だ。こういう楽しみ方があるのか、ファミレス楽しいかもしれない。
 「凄いね人件費削減。でも氷のスコップの衛生管理どうなってるの?」「やめろ」「考えると飲めなくなるじゃん」席に戻り何気ない会話を繰り広げながら、烏龍茶(仮)をまこちゃんと健ちゃんへ渡す。妖怪の娘としてポーカーフェイスには自信が有ります。原ザキコンビは笑いを堪えるため顔を背けてスマホを弄り始める。喉が乾いていたらしいまこちゃんが、ストローも使わずグラスに口を付けて勢い良く烏龍茶(仮)を傾けた。

「ゴフッ!!!」
「「ブッハ! 花宮絶対気付くと思ったのに!」」
「……俺これ要んない」
「俺のは大丈夫みたいだな」

 爆発は小規模で済んだらしい、グラスの中で事は収まっている。ファミレス楽しい。康くんのは色的に何も混ぜられなかったので無事だ。まこちゃんと同じく烏龍茶を頼んだ健ちゃんは疲れた顔でグラスを押し出し、まこちゃんは口回りをナプキンで拭いて私に強く肘打ちした。あっ肋骨は洒落にならないです。

「実行犯は一哉とヤマかな?」
「初めて来た種田がやる訳無いもんね……お前らは碌に烏龍茶も注げないの?」

 まこちゃんのダイヤモンドダスト輝く無駄に爽やか過ぎる笑みと、健ちゃんの慈悲深くそれでいて絶対零度の微笑みを見て原ザキコンビが凍る。サッと目を逸らして丁寧に謝ったザキちゃんは走って烏龍茶を注ぎに行った。即座に動かなかった原ちゃんを健ちゃんが優しくぼろくそに畳み掛けているのを見て、誰よりも怒らせたらいけないのは彼だと察する。まこちゃんは「バァカ!」と軽く手が出る程度で済むから楽だが、健ちゃんは口が恐ろしく回る上にクドいらしい。しかも今は全然関係無い話も飛び出している。でも全部正論、原ちゃんには耳が痛そうな話ばかりだ。気をつけよう。仏の顔は三度までって誰が言ったの、一度すら通用してないよ。
 健ちゃんのお説教は料理が到着しストップした。チョリソーは大して辛くない上に油がしつこ過ぎるが、価格と楽しさを考えるととんとんである。

「ねーユーキチャンなんか欲しいもんとか無いの?」
「んー……浮かばない」
「あ、服は?」
「前選んでくれたじゃ、」
「はあ?」

 グリンピースを私のお皿にせっせと移す原ちゃんに訊かれるが侭答えていると、まこちゃんに説明を求められた。「お前男が女に服選ぶってどーゆー意味か解ってんのか?」「なんか意味あるの?」唸った彼は黙した。よく解らないが、唯一の女友達べーちゃんに頼むときっと露出過多な上に派手だ。タイミングが合わなかったのもあるけどあれは避けたい。そう言うと一応納得してくれたが、他にも居るだろうと唸られる。

「一哉の趣味とか絶対チャラいだろ、ありえねぇ……ナベじゃなくてもどっち道クッソ派手だろーが」
「花宮酷くなーい? ちゃんとユーキチャンに似合うの選んだよん。あ、解っちった。自分で選びたかったんだ、」
「違ぇよ黙れクソチャラ男」
「別に派手じゃないよ。あとまこちゃんはない」
「ぁあ゛?」
「だってまこちゃんシックでしょ。『女の子なんだからもっと可愛らしい格好しなさい?』って」
「あ? おいそれ誰に言われた」
「玲央ねぇ。そうだ、『真に宜しくね』だってさ。夏にも冬にも言われたのにすっかり忘れてた」
「誰だよそい……レオってもしかして実渕か? お前アレと仲良いのかよ……」
「え、誰だれ? 女の子? 花宮とどういう関係?」

 ウゲ、と顔を歪めるまこちゃんは玲央ねぇが苦手だ。理由は至極簡単、顔が好みだと言われたから。「眉毛がちょっと特徴的過ぎるけどね?」こっそり私に溢した話を彼は知らないだろうけど。玲央ねぇが『無冠の五将・夜叉』実渕玲央だと気付いたザキちゃんは少し興奮している、どうやら少々ミーハーらしい。ザキちゃんの説明と私の話を聞いて、他の三人はキャラが濃いと遠い目をしていた。
 「とにかく、服はもう良いよ」そう言って他を考える。何か欲しいもの、何か欲しいもの。雑貨はさして興味が無い、本は前に買った物を読んでいる途中、ゲームは高いから頼みたくない。

「じゃぁここのご飯代で」
「えーそれツマンナイじゃん。んー……アクセとか興味ないっしょ?」
「邪魔だよね」
「やっぱそう来るかー」
「初詣で髪飾りを着けていたが」
「あれは母の。色々あるし、そもそも普段は着けないから必要無い」
「つか誕プレでアクセって重くね?」
「んな値段張る物贈るワケないじゃん、バカじゃないの?」

 重い? 学生が贈る物だから高価なジュエリーな訳が無いし重量なんてさして無いだろう。うんうん悩む原ちゃんを見る。こうやって悩んでくれるだけで嬉しい。

「ピアスは? 邪魔になんないし」
「一哉止めろ、他にあんだろ」
「穴開いてない」
「開ければ良いじゃん。イヤリングとかユーキチャン失くしそうだし」
「原どんだけなの」
「がっつり重いな」
「引くわ」
「えー? だって丁度良いじゃん、ユーキチャンあんま──……」

 ──痛くないんだしさ。

 ニヤァと笑い原ちゃんはそこだけ声を潜めた。なるほど、確かに他の人より手軽に勧められるかも。重いってこういう事か。「耳に穴開けてくれ」ってなんかアレだもんね、何がアレか上手く言えないけど。とは言えそう簡単に開けられはしないだろう。するとピアッサーと言う存在を教えられた。雑貨店でも手に入る市販の機具で、ホッチキスのようにガチャンと針で耳を挟むそうだ。ピアスか……耳に、穴を、開ける。

「つまり貫通だよね、針で」
「ッおい!」
「そりゃーね。やっぱ怖い?」
「いや。どれくらい痛いのかなって」

 家庭科の裁縫の授業を思い出す。針で指を突いたって気付かない、血が流れる程深く刺してしまってやっと痛みが走り気付く。なら貫通すればどうだ。痛いだろう、どれくらい痛い? 皆みたいに思わず声を上げるくらい? 患部を手で押さえるくらい? 思わず指を銜えるくらい? 耳だから無理だけど……疑問と興味は尽きない。
 考え込んでいると大きな溜息が降ってきた。それではたと皆が静かだと気付く。無意識に下がっていた視線を上げると、康くんはいつも通りの無表情だが、他は形容しがたい表情をしていた。「だから止めたんだよ」まこちゃんがもう一度溜息をついた。彼には前に痛いと安心する話をしたからだろう、今は別に安心したい訳じゃないんだけど。

「違う、単純な疑問と興味だよ」
「同じようなもんだろ」
「何が違うのか気になるけど。それはそれでどうなの」
「ピアス開ける理由なんてそんなもんじゃないの?」
「いやファッションだろ……イヤリングより種類が多いからとかじゃね? アネキはそれで開けたし」

 どうしようかな。
 勧めて来たご本人原ちゃんを見ると、彼は再びニヤァと悪い笑みを浮かべた。

「ユーキチャンやっぱ面白いねん」
「そうかな。原ちゃんも鈍ければ気になると思うよ」
「なら開ければ良いんじゃないか?」
「古橋待って、お前何が言いたい訳」
「なんなら俺「別に本当に言わないで良いから」
「まぁ高校生でピアスって別に珍しくはねぇけど……ウチ校則緩いから開けてる奴他にも居るし……」

 背中を押す人が増えて好奇心が膨れ上がる。最終決定権はまこちゃんかな、そう彼を窺えばしかめっ面でこちらを見ていた。でも不機嫌じゃなくて困惑とかそういう表情だ。だめかな、首を傾げるとまたまた大きく溜息をつく。

「別に……俺が決める事じゃねーだろ、お前の好きにしろ」
「やったー開けるー」
「ブッハ! ユーキチャンマジ?」
「まじ」
「ただし。ピアッサーなんて市販品はやめろ、開けるならセルフじゃなく店か病院でだ」
「だってさ古橋」
「そうか……」

 何故かしょんぼりしている康くん。ピアッサーに興味があったのだろうか。

「じゃぁ早速ググる」
「種田ノリノリだな。お前やっぱさぁ…………いや良い、俺は触れない」
「俺が触れようか「やめてよ」
「あ? 瀬戸どうしたんだよ?」
「そりゃーユーキチャンがドエ、」
「一哉やめろ。つーかお前が言い出したんだからお前金払えよ」
「えぇー、ちゃんとしたとこで開けんなら結構かかんじゃん」
「? 良いよお金は」
「つか今から開けんのか?」
「うん」
「「「「「……」」」」」
「え……だめ?」
「「「「「……」」」」」
「何故黙るのか」

 到着したパフェをもごもご食べながら、沈黙した皆を無視して早速お店と病院をググろうと携帯を取り出す。だって気になるんだもん、ノリノリにもなるよ。

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