後輩

 マネ業はそこそこに入部希望者や見学者の対応をする。現在監督空位のため私が担当する事になったのだ。顧問の担任はバスケはさっぱりで、普段の練習でも殆ど顔は出さず今日も不在である。
 強豪にも関わらず指導者が居ない現状に、過半数の見学者は難色を示した。前監督が辞めたのは二月中旬。学校側はバスケ推薦合格者には個別に説明し、後はホームページでの掲載で済ませたらしい。一般入学なら知らない者が多いだろう。推薦合格者の中には態々入学を取り下げた者も居たと言う……監督が居ないから楽そうだと零した不真面目な生徒と足して二で割れば良いと思う。
 主将が練習の終わりとクールダウンの開始を指示する。私は置きっ放しにしていた入部届けとパイプ椅子を片付けようと、体育館入り口に足を向けた。と、物凄い勢いで生徒が走り込んで来て私に抱きついた。

「種田先輩! お久しぶりです、会いたかったです〜!」

 間延びした語尾のアルト、高い背、容赦無く私の身体を絞める長い腕、スラックスに包まれた長い脚。顔を上げると、右、左、と頬を合わされ耳元でリップ音がした。こしょばい。約一年ぶりのビズは相変わらず慣れない。

小谷コタニ、久しぶり。入学おめでと」
「部紹介の時気付きましたよね? 気付いてくれましたよね!? 驚きました!? 頑張って勉強したんですよ〜」
「うん、ほんと驚いた。霧崎の制服もよく似合ってるよ」
「有難うございます! 黒に赤のネクタイって格好良いですよね〜、先輩のセーラーも早く見たいです!」

 自慢気に自分のネクタイをきゅっと上げる小谷。ほんと、よく頑張ったんだろうなと手を伸ばしその頭を撫でる。
 小谷は私なんかを尊敬し、とても好いてくれている後輩だ。中学の卒業式、必ず霧崎へ行くと言っていたが本当に来ると思わなかった。学力的に結構無理があったから。相当頑張っただろう、それはもう、死ぬ程。部活紹介で姿を見た時も思ったが、卒業……いや、まず進級出来るのか?
 「そう。なら早く片付けしなきゃだから離れようか」静まり返った部員の視線が突き刺さって痛い。「あのイケメン君……彼氏?」「キスした?」はっとしてこそこそ言う合う先輩達。彼氏でもちゅーでもないです、こいつは気にしないで良いからクールダウンして下さい。

「その前に……花宮先輩、どこですか〜?」
「……私に会いに来たんじゃないの?」
「勿論ですよ〜! でもすこーし、花宮先輩にも用事あるんで」

 後半、キンと冷えた表情で言う小谷に唸る。どうしよう、絶対良くない用件だ。考えていると様子に気付いたらしいまこちゃんがこちらに来た。

「やぁ小谷、久しぶりだね」
「花宮先輩お久しぶりです、相変わらずウザやかですね〜。取り敢えずそれやめてくれませんか〜?」
「ふはっ、態となんだからやめる訳無いでしょ。しかしよく合格出来たね、卒業出来るか心配だなぁ……まぁ俺には関係無いから正直言ってどーでも良いけど」
「……マジでムカつく。花宮先輩が男バスに引っ張ったんですよね〜?」
「引っ張った? 何の話?」
「種田先輩の話に決まってるじゃないですか」
「まさか。男バスの入部は結希が自分で決めたんだぜ?」
「も〜ふざけないで下さいよ〜。この人が花宮先輩と今吉先輩以外で動く訳無いじゃないですか」
「あはは、俺は何もしてないけど?」
「……だから言ってんですよ、マジなんなんですかあんた」
「おいおい乱暴だなぁ」

 まこちゃんの胸ぐらを掴む小谷に頭を抱える。変わらず私を慕ってくれる様子に、こういう話になる事は少し予想がついていた。まこちゃんも避けたり抵抗すれば良いのに、態とされるが儘で微笑んでいる。と言うか私はしょーいち先輩とまこちゃん以外で動かない、という訳では無い……訳でも無くも無い、たぶん。
 「修羅場?」「やっぱ花宮が引き込んだの?」「イマヨシって誰?」だからさ、先輩しっかりストレッチしてよ。

「あー……小谷、一先ずまこちゃんは関係無いから離そうか」
「無理ですよ〜、だって花宮先輩以外理由無いでしょ」
「……例えそうだとしても、理由は理由以上の意味は無いよ」
「でも理由にはなってる訳じゃないですか」
「だからそれだけ。そもそも彼は何も言ってない、誘ってすらないよ」
「俺が態々誘う必要性が無いからね」
「……どういう意味ですか」
「さぁ?」
「花宮先輩のそういう所マジで大っ嫌いです」
「ありがとう?」

 あぁ、もう。この二人ほんと相性悪い……というか、毎回小谷が噛み付いてまこちゃんが煽るんだけど。

「とにかく、マネ選んだのは私。普段女バスの練習に出ないのはそういう条件」
「さっき入部届け出した時に聞きました……去年入部時に平連れてスタメンと試合したんですよね」
「うん。なんなら小谷もする? 君に負けたら練習出ても良いよ」
「勝つの解っててそう言うの狡いです」
「そこは謝る、ごめん」
「うぅ……せんぱ〜い!」

 まこちゃんからやっと手を離し、私に後ろから抱きつき泣き真似をする小谷。無理矢理身を屈め私の首元に埋めている頭をぽんぽんと撫でる。

「ごめんね、まこちゃん」
「お前 は 何も謝るような事はしてねーだろ……なぁ小谷?」
「はいはい悪かったです花宮先輩すみませんでした〜」
「ねー、修羅場終わったー? 二人の中学の後輩で良いんだよねん?」
「修羅場でも俺の後輩でもねーよ」
「 種 田 先 輩 の 後輩です、中学が一緒だっただけで花宮先輩の後輩では無いですけど」
「それ後輩だろ……つか入部届けって女バスか? 男子で女子部のマネやる奴とか居んだな。お前種田目当てなら素直に男バス入れば良いじゃねぇか」
「ザキちゃん違う」
「あ?」
「小谷は選手」
「「「「「は……?」」」」」
「女の子、Girl」
「「「「「えっ!!?」」」」」
「そんなに驚かなくても」
「だって制服……それ男子の……」
「スカート大ッ嫌いなんでコレなだけですよ〜」

 驚き言葉を失う部員の気持ちは解らなくも無い。ハーフの小谷は中学時代既に170cmを越していた。その長身はにび色のショートヘアも相俟って性別が解り難い。長い睫毛と目鼻立ちのハッキリした顔は、中性的なイケメンといった印象を受ける。胸も私程ではないが小さいので、今も男子の制服を違和感なく着こなしている。「首とか肩幅とか、体型見れば解るっしょ」驚く部員をバカにする原ちゃんに、なんとなく流石だと思った。

「あ〜私も男バスで練習したい、男バス入りたい」
「小谷推薦でしょ」
「はい、でも先輩と一緒が良いんですもん……」

 シュンと見えない犬耳を垂れる小谷は優しい良い子で……可哀想な子だ。私なんかを好いて、ましてや尊敬してくれている。それは中学時代の話なので、今の私には失望すると思っていた。だが彼女は失望しなかったどころか理由でしかないまこちゃんに怒り食って掛かった。私に、では無く。そして知らず、彼女が失望しなかった事に安堵している自分が居ると気付く。「また一緒だと思ったのに……」消え入りそうな声を聞きながら、出来る限り小谷には優しくしようと思った。何度もしょぼくれたその頭を撫でてやる。

「毎週水曜のゲーム練習、他校との練習試合には出るよ」
「なら来週の水曜楽しみにしてます! 味方と敵で一試合ずつやりましょうね〜」
「良いよ」
「私レギュラー入れますかね〜!?」
「余裕。小谷ならすぐスタメン」
「…………去年のインハイ予選見ました」
「うん?」
「プレースタイル……変わりましたね。あの時からずっとああなんですか?」
「うん」
「……私なら付いて行けますかね?」
「じゃなきゃ困る」
「へ?」

 あの時とは、きっとあの全中第4Qの事だろう。私はあれからずっと独りでバスケをしている。主将を除いた他のチームメイトが私に付いて行けない、正直足手まといの時もある、と言うのもあるけど……パスを出す気になれない。「部の仲間」「チームメイト」ってやつを信用し、信頼出来無いのだ。
 私の最後の全中、小谷は準決勝から肘の故障により欠場していた。ベンチにも入れず観戦席に居た彼女は、後にインターバルでのチームメイトの言葉を伝え聞いたらしい。ぶち切れて暴れた事は今でもよく覚えている。そして自分が故障していなければ、一緒にコートに立っていれば、私は独りにならなかったとお門違いに自分を責めていた事も。ほんと、私をよく慕ってくれてる。
 小谷は中学時代の女バスの後輩だが、その前に私を慕ってくれるただの仲の良い後輩だ……感覚的にそんな感じ。だから、小谷なら──……

「君が居なきゃ安心してシュート打てない」
「はっ? えっと……」
「赤点取ったら試合出場危ういから、勉強もちゃんとする事」
「ちょ、あの、種田先輩〜?」
「今年は全国行きたいの。手伝って……って言うのも変だけど。行こうよ」
「そ、れは部の方針としてですか?」
「個人的に」
「ッ! わ、私が付いて行けないと困りますか!?」
「うん」
「私が居ないと!?」
「小谷が居ないと困る」
「もっ……もう一回言って下さ〜い! 録音しますんで〜!」
「……もう言わない」
「もう一回、大きな声でハッキリと!」
「やだ。言わない。煩い」
「なんならムービー回すんでこっち向いて、もう一回最初からお願いします〜! デレ種田Come one! Please say one more! For God’s sake! I beg you!(もう一回! ねぇ神様! お願い!)」
「小谷面倒くさい。鬱陶しい。邪魔。私片付けあるから」
「え〜先輩! 他の三人と違って私にだけツンデレ発動するのはそれはそれで後輩特権っぽくて美味しいんですけどもうちょっとデレが欲しいって言うか〜」

 元気を取り戻し過ぎたらしい、調子に乗る小谷が面倒臭い。し、ちょっと恥ずかしくなって来た。へばりつく彼女を引き剥がし「皆さんお騒がせしました。ちゃんとストレッチして下さいね」手を止めこちらを見る部員に頭を下げてタオルとビブスを集める。乾燥機は放り込めばそのまま帰れるが、その前に洗濯機にかけなければいけない。さっさと洗濯しようと集めたそれらをカゴに入れ部室へ逃げる。顔が熱い。も、最悪。
 小谷と私は中学時代、部内でダブルエースと言われていた。私的には相棒? 彼女なら少々荒っぽいパスを出してしまっても難無く取れるし、本能的に動きがちな私をPG以上に上手く使う。長身でリバウンドに強いから無茶なシュートだって安心して打てた。霧崎の女バススタメンもまぁまぁやる、だが彼女が居るのと居ないのでは全然違う、全国も彼女が居れば安定だ。だからって素直に言い過ぎた。小谷は素直に言うと面倒だから。
 先程の驚きようを思い出す……やっぱり気付いてたんだ。円陣での掛け声等を除き、私が自ら全国大会出場を願った事は、そもそも勝利を口にした事は無い。内心目指した事も無い。それを彼女は気付いていたのだ。よく見てる。小谷だもんなぁ。



 ∇ ∇ ∇



「花宮先輩録音してたりしません〜?」
「してるわけねぇだろ、バァカ」
「てか聞きました〜? 私居ないと困るらしいですよ〜。あと全国行きたいって。聞いてました?」
「ウゼーな、聞いてたっつーの。さっき言ってただろーが」
「あはは、はぐらかさないで下さいよ〜。『前から』って意味なんですけど。知らなかったかな〜その様子じゃ」
「…………つーかお前俺がマネに引き込んだんじゃねーのも全部知ってんだろ。何しに来たんだよ」
「だから〜種田先輩に会いにと、マネやってんの見に来たんです。あと花宮先輩に喧嘩売りに? マジで何もしなかったとか……止めるでしょ普通……」
「に、しては随分遅い登場じゃねーか」
「そりゃ練習の邪魔したら先輩に嫌われちゃうんで!」
「んで? あいつ追い払って今度は何企んでんだよ?」
「べっつに〜? もう一回デレて欲しかったのはマジです、ただ軽く釘刺しとこうと思って〜」
「はあ?」
「だって先輩がマネやってるって事はアレですよ? 先輩にドリンク作ってもらってボトル渡してもらったりタオル渡されて時には拭いてもらったり氷嚢あててもらったりヘバったり負傷したら看病してもらってテーピングしてもらったり試合ではスコア付けるために見つめてもらったり褒めてもらえるんですよ? 男バス全員去勢されろよマジで」
「「「「「ブフッ!」」」」」
「絶対ド定番な蜂蜜レモン差し入れに頼んだ童貞居るだろうし絶対練習中先輩の事視姦してる奴居るでしょ……心配じゃないですか〜」
「「「「「ブフッ!」」」」」
「……キメェ事言ってんじゃねーよ」
「取り敢えず今吹き出した人は図星だろうし、シめて良いですか〜?」
「謹慎食らってあいつにキレられたいんなら好きにしろ……そもそもウチは部内恋愛禁止だ」
「「「「「え、そんなんねぇぞ!!!」」」」」
「前から考えてましたが今の先輩達の反応見てハッキリ決めました。マネに手ぇ出して部内泥沼化とか心底面倒臭いんでやめて下さい……普通に解んだろ」
「いやでもほら完ッ全に決めなくても、今までだって何も無かったんだから大丈夫だって! こっちからは無くても向こうがって可能性は残してよ! 夢見たいじゃん、女子マネとキャッキャウフフ! 自分が種田ちゃんと仲良いからって狡くない!? おかしくない!!?」
「マジそれな、花宮無いわ」
「「「「「な!」」」」」
「小谷、今喋ったのと主将、それに頷いた奴らはシメて良いぜ。今回限り事後処理は俺がしてやる、特別だ」
「花宮それ牽制? んな回りクドイ言い方しないで『俺の結希に手ぇ出すな』くらい言ってよねん、笑うから!」
「yuck……先に種田先輩が花宮先輩のとかふざけた事言ってる、あのクソチャラい前髪から行って良いですか〜?」
「あぁ行け、手加減すんな」
「うわこっち来た怖い目がマジ過ぎて怖い! ちょ、違う、ザキ! ザキが言ったから! オレは伝えただけ!」
「は!? 言ってねぇよ押すな!!!」
「古橋助けてやれば? お前ああいう強気なのへし折るの好きそうじゃん」
「……花宮に突っ掛かって喧嘩を売る程の奴は面倒だ。それに見ている方が面白いだろ」
「それもそうか……しっかし種田の周りってほんとクセ強ぇ人間しか居ないね」



 ∇ ∇ ∇



「なにこれ」
「種田先輩お帰りなさ〜い! アバラ割り、です!」
「Death?」
「ユーキチャン助けて! 死ぬ!」

 体育館に帰って来ると、小谷が原ちゃんにコブラツイストを決めていた。まこちゃんも他の部員も誰も止めていない辺り、原ちゃんが余計な事を言って小谷がキレたのだろう。一部青ざめている先輩が居るから、もしかしたらもう何かされた後かもしれない。

「ちょ、ユーキチャン助けてよ! なに悠長に眺めてんの!?」
「故障に繋がりそうな関節技じゃないし、小谷が本気出したら喋れないくらいキツいから大丈夫かなって」
「えっ? ぁ、ッ〜〜!?!!?!」
「小谷、めっ! 今のはフリじゃない」
「なぁんだ〜」

 なんだじゃない。ぐいっと力を入れタップされても緩めない小谷に心配を覚える。
 話を聞くとやはり原ちゃんの失言が原因だったようだ。内容は教えてくれなかったけど。一応言葉に暴力で返すのはだめだと叱ったが、まこちゃんからゴーサインが出たと聞いて叱るのをやめる。「なら仕方ないね」「えっ」「でしょ〜?」きっとコブラツイストを掛けるに値するものだったのだろう。
 突然来て場を乱した、という理由で小谷にもモップ掛けやらを手伝わせて片付けをする。結局時間が押してしまった。着替えの間待っていてもらって、久しぶりに一緒に帰る。

「そういえば先輩ピアス開けたんですね〜。誰の影響ですか、あのクソチャラい前髪ですか〜?」
「原ちゃん、原先輩ね。なんで?」
「だって種田先輩が興味持つと思えないんですもん」
「持ったから開けたんだよ」
「じゃあ花宮先輩の仕業か〜」
「違うよ」
「え〜だってこれエメラルドでしょ?」

 私の腕にしがみつくように腕を絡める小谷にそっと耳を撫でられ、こしょばくて肩がビクつく。

「なんでも良かったから選んでもらったんだ。流石でしょ?」
「べっつに〜? 私でもそれ選びましたし〜?」
「ふふ、ありがと」

 小谷も私の誕生日を5/31という呈で祝ってくれる一人だ。エメラルドが五月の誕生石だと気付いてこう言ってくれる事にとても嬉しく思う。
 分かれ道、駅に向かう小谷とはここでお別れだ。「そうだ、」良い事を思いついたと彼女の腕から自分の腕を取り返し、両手を上げる。

「毎週水曜は小谷の日!」
「なんですか〜それ」
「私が女バスに出る日だから。水曜はお昼一緒に食べよ?」
「ッ! はい喜んで〜!!!」

 居酒屋の店員みたいな返しをして私に抱きつく小谷。喜んでくれたようでなにより。「じゃぁ水曜にね」帰りの挨拶をするが、彼女は私を離さなかった。

「先輩! 久しぶりにアレやって欲しいです〜」
「試合前じゃないのに?」
「試合前じゃないけど!」
「んー……良いよ」

 上げたままだった手を降ろして彼女の両手を握り、伏し目がちに顔を少し上げる。すっと頭を下げた彼女の額と自分の額が合わさる。試合前の小谷への、大事なだいじなおまじない。

I pray for your happiness

 ほんの数秒そのままで、小さく囁かれた祈りを聞く。私から小谷へのおまじないなのに、彼女は私に祈るのだ。
 小谷は試合が怖いから、不安だからと、静穏を求めて私に祈る。もしかしたら勝利を求めていない事だけでは無く、バスケへの感情すら無いと気付いているのかもしれない。何も感じない私の心は試合前でも凪いでいる。緊張も、闘争心さえ無い。このおまじないは嫌いじゃない。まるで、それでも良いと肯定し、求められている気がするから。
 そして彼女は顔を上げて微笑むと、私の掌に小さく口付けを落とすのだ。

「……ほんと、掌はどうかと思うけど」
「おまじないですって〜」
「手汗が気になる、ばっちいよ」
「先輩あんまり汗かかないじゃないですか〜」

 なんて言って。

「また水曜にね」
「は〜い、それでは! 明日からの仮入部頑張ります──……」

 ──先輩に、付いて行くために。

 呟く決心を背に別れた。
 来週の水曜試合をすると約束したが、入ったばかりの一年がゲーム練習に参加出来るかは解らない。でも監督にお願いしよう。私は好きに練習する権利を持っている、後輩の起用に使っても構わない筈。それに小谷も推薦入学だ。監督は彼女の実力を知っているだろうし、知らなくても活躍を見れば嫌でも参加させる事となるだろう。



 ∇ ∇ ∇



「なにあれ牽制? レズ? には見え難いけど」
「パッと見砂吐きそうな光景だな……でも細ぇな、やっぱ女だわ」
「つーかザキ、小谷サンが来た時も思ったけど意外に取り乱さないねん」
「別に……あいつ女だろ? 言われて解ったけど、最初から違和感あったし」
「いつもは見ていられない程醜態を晒すのにな」
「っるせぇよ!」
「それであれは何をしていたんだ?」
「俺に訊くんじゃねーよ……試合前にいつもしてやってんだと。オマジナイだかオイノリだか言ってたぜ? くっだんねぇ」
「結局答えてくれるんだな、ツンデレまこちゃ、ッ! 痛いぞ花宮」
「てか掌ねぇ……?」
「「「「?」」」」
「なんか意味あるワケ?」
「小谷はハーフで帰国子女だからな、キスの一つや二つ大した意味なんざねーだろ。いつも結希にベタベタしてんぞ」
「それであの長身と挨拶──チークキスか」
「外国人みてぇ……でも手っつったら普通掌じゃなくて甲にしそうだけどな」
「へぇ? 山崎はそう思うんだ? 種田の手の甲にキスしたい、と」
「は!? だって映画とかでそういうシーンあるじゃねぇか! こう……ほら、あんだろ!」
「意外にロマンチストなザキ(笑)」
「声デカ過ぎ、小谷こっち見て嗤ってんぜ。じゃあ何処にしたいわけ?」
「あ? んだよそれ? 何処とか別にねぇだろ」
「ふぅん……もしかして口とか、」
「手、手で良い、手の甲手の甲」
「「「「ブフッ!」」」」
「ザキどんだけユーキチャンの手にキスしたいの! キモ過ぎっしょ!」
「ヤマ、うちの子に手を出すとか部内泥沼化するからやめてくれないかな?」
「突然のママ宮やめろ」
「ママ宮ウケる!」
「つか瀬戸のせいだろ、お前どうなんだよ!」
「俺? 思いつかねーな」
「思いつけよ! 強いて! 強いて言えば何処なん「手の甲で良いんじゃない? お 前 と 同 じ 」
「な! んか、スゲームカつく! 他にしろや! 手の甲は俺が使ったからもうねぇんだよ、他ァ!」
「ッ使うって言い方やめ、ナニしたのザキもうやめてキモい腹筋死ぬ!」
「種田の手の甲(山崎使用済み)、か」
「……」
「選択肢としてだっつーの花宮も『ドン引きです』みたいな顔やめろ!!!」
「あー確かに山崎が使った後は「選択肢としてな!」嫌だからデコだな、無難に。無 難 に 」
「なんの強調だよ「それこそ洋画なんかでそういうシーンあるでしょ」
「あー確かに?」
「俺は鼻に齧り付きたい」
「「「「ブフォ」」」」
「ふ、る橋、おま! ブハッ!」
「……歪みねーな」
「花宮が今度こそ引いてんぞおい」
「別に咬みちぎる訳じゃないから安心しろ、カニバリズムの趣味は無いさ。ただ俺なら鼻だと思っただけだ」
「あると思ってないしあったらビビるってば! つーか齧り付きたいはどっから来たの、ダメお腹痛い! クッソ!」

 カチ カチ カチ

「真顔でこっち向いて歯鳴らさないでよ! 呪いの人形みたいで怖過ぎて鳥肌立つんですけど!」
「鼻ね、鼻。あーくそ、面白れぇ」
「? 場所によって何か違うのか?」
「さぁ? ちょっと二人も答えてよ」
「えーなにその試す感じ……」
「花宮ググんなよ! 狡ぃぞ! 古橋お前原の方頼む!」
「おい! スマホ返せヤマ、テメェ!」
「ちょ、あーもーやめてよ古橋」
「ほらお前らも答えろよ、道連れだ!」
「はぁ、ユーキチャンでしょ「うん」
「……状況によるわ、つーか顔とか絶対避けっしょ。んー……お腹で良いんじゃん? 腹筋綺麗だし」
「おま、いつ見たんだよ……」
「へぇ? そう? ふぅん?」
「うわ瀬戸その顔超キモイんですけど。なんなのマジ……花宮もさっさと答えてよ」
「はあ? なんで俺が「答えられないって事はつまり? って話になる訳だけど」
「ウッザ……」
「え? 花宮図星? 口なの? オクチですか? ウケる」
「そうだったのか花宮」
「お前……でも種田って花宮の事母親として見てんだよな。その、ドンマ、」
「お前ら取り敢えず二、三回殺させろ。つーかキメェ予想してんじゃねーよ、違ぇに決まってんだろ、バァカ!」
「「「「なら答えろよ」」」」
「チッ……あー…………意味解んねーなんだよこれくだんねーバカかクソが」
「「「「はやく」」」」
「解ったっつーの。それこそ顔近くは下手したら掌底食らうだろ……」
「「「「はやく」」」」
「………………あし」
「花宮本当? 足? 足の甲?」
「んなわけねぇだろ。誰がすっかよ、ぜってーやだ」
「実は膝の裏フェチだったのか」
「ブハッ! なんでそこに跳んだの! 古橋マニアック!」
「脚って何処だよ、腿? 脛?」
「腿だろそりゃ」
「……なんか生々しいな」
「あ? んじゃ胸元とかで良いんじゃね? 無難だろ。もう良いだろ、満足かよ健太郎」
「クッ! 腿か胸元ねぇ? 満足まんぞく、小谷じゃないけど録音でもしときゃ良かったわ。花宮も大概歪みないと思うぜ?」
「マジウゼーな……ヤマ、スマホ」
「オレもー。古橋さっさと返して、ググる」
「てか花宮と原が知らなかったの意外だったわ。あぁお前ら、家帰ってから一人で調べた方が良いよ。んじゃ、おつかれさん」
「「「「……」」」」
「『んじゃ』も何も、電車古橋と同じ方向じゃんアイツ」
「逃げたな」
「なんなのマジ。ザキのせいでしょ、発端」
「見事に踊らされていたからな」
「康次郎も答えてんじゃねーよ、巻き込みやがってクソが」

 カチ カチ カチ

「「やめろ怖い」」
「うっ…………わぁ……」
「あ、ザキ調べた? どれ見せ……ザキ?」
「お前ら絶対家帰ってから調べろよ。多分、花宮、キレて、叫ぶ」
「はあ?」
「じゃ」
「え、ちょ、じゃっ二人ともまたねん。ザキー待ってよー」
「「……」」
「じゃあな花み……、お前そのままバスに乗ったらバスジャックだと思われるから眉間の皺伸ばせよ。じゃあな」
「…………チッ」





キスをする場所の意味
掌:懇願、手の甲:敬愛、額:友情、鼻:愛玩、腹:回帰、腿:支配、胸:所有

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