一年二人と休憩に入った部員にボトルとタオルを渡す。少し増えたボトルの数、一年の分は試行錯誤しながら味の好みを見る。ビブスを渡した時、既に好きなドリンクがあれば聞いていたから、今年はあまり時間はかからないだろう。
ここ数日、練習不参加・在籍だけを希望する部員を二人ずつ引き連れ、説明しながら共にマネ業をしている。一気に全員となると練習の邪魔になるし、絶対に身の入っていない人間が出るからだ。
「マネ業ってこんなに細かくやるものなんですね……」
「な、中学ん時のマネとかもっと適当だったわ」
「細かいかな」
「全然細かいっすよ。ドリンクはレギュラー以外基本ウォータージャグ、氷嚢とかコーチに言われて初めて取りに走ったり。こんなちゃんとやるもん?」
「ドリンクは元々好みが別れてて備蓄の種類が豊富だったから。選手の不調は大体見てたら解る」
「はあ、でもそれで作り分けとか……よくやるわ。ま、好きなやつのが良いのは良いっすけどね」
「これいつも一人でやってるんですか? ですよね?」
「うん」
「……ボトルラック運ぶのも?」
「そりゃぁね」
「まじかよ」
驚く一年を置いて、健ちゃんと天使先輩へボトルとタオルを渡す。
「なんであの二人には後から渡したんですか?」
「健ちゃんはイメトレ中」
「健ちゃん? イメトレ?」
「背の高い方、瀬戸さん。彼は休憩に入ったらまず復習する。ミス、動き、ペース配分なんかを思い出して修正してる、たぶん。集中してるの邪魔したくない」
「はあ、それも見たら解んの?」
「ぶつぶつ言ってるのが聞こえただけ。天使先輩は吐くから」
「天使先輩? え、吐くんですか?」
「たまにね。休憩入った途端ドリンクがぶ飲みするんだけど胃が吃驚するみたい、人間ポンプ。だから呼吸だとか整った頃に渡す」
「本当良く見てる……よくそこまでしますね」
そんなに細かく、そこまで、という感覚は無い。ただ効率が良いからだ。体格・体調・メンタル等個々のポテンシャルは違う上に日々変化する。出来る限りそれに応えた方が、部員もスムーズ且つ快適に練習出来る。そしてそれは結果にも繋がると思っている。結果に繋がる──強くなり勝ち進むと言う事は即ち、まこちゃんの試合を見れる回数が増えると言う事。根本は自己中心的な考えだが、やるからにはちゃんとやりたい、その方が効率が……だめだ、考えがループしてる。
それに私が仲良くしている面子のためでもある。今まで四人しか居なかった私の世界は、高校に入って少しだけ広がった。私は優しくない。だがこの小さく狭い世界には優しくしたい、力になりたいのだ。皆にも、折角だからスタメンになって早く試合に出て欲しい。
ざっくりそんな事を(まこちゃんや皆の事を省いて)説明すれば、二人はマネとして完璧だと私を大げさに褒めた。
「まさか。私は主将や天使先輩が望むような、笑顔で『お疲れさまです☆』ってタオルを渡すのは無理、そういうの求められても出来無い」
「ちょ! 真顔で『お疲れさま☆』ってやめて下さいっす!」
「主将達夢見てますね……てか種田先輩、充分完璧ですよ……」
「完璧なら笑顔で『お疲れさまです☆』も出来る筈」
「ブッハ! こっち見てやんなよ!」
「今のは態と。まぁ私は出来る事を出来る限りやるだけ」
「それこそ今でも充分やってるじゃん。他になんかあるんすか?」
「居残り自主練のパス出しやボールの空気圧調整とか挙げたらキリが無いよ。自主練に付き合う時間は無いし、空気圧調整は下手で向上もしないからやらない。部員もそれを解ってくれてるから、頼まないし求めない」
「ふーん、俺には現時点でも無理そうだわ。今からでも練習参加の方に行きたいんすけど、無理っすか?」
「なら主将と副将に言って。練習は毎日だし、そっちのがキツいけど良いの?」
「ま、そんだけしてくれんなら部員も悪くなくね? って。俺真面目じゃねぇから縁の下の力持ち的な役割は無理っす、体動かしてる方がマシ」
「君達は真面目な方」
「そ? 初めて言われたわ」
「他はここまで質問しなかったよ」
「だってスゲーしっかりやっててビビったんすもん」
「中学時代そんなに酷かったの?」
「酷いっつーか……スカウティング得意な凄腕マネ居たけど、普通の仕事は苦手でスタメン専用機って感じだったしなぁ。他のマネはカーストあってお局様が居て、でも仕事はもっと適当。レギュラーは強くて顔良いの多くて人気だったんで、男目当ての二、三軍ゴミ扱いな奴も居たし。部員は恋愛に興味無いのに一部マネだけ牽制しあってて、なんちゃって泥沼昼メロドラマ」
「わぉ」
「だからぶっちゃけ男子部の女マネってだけで最初種田ちゃん軽蔑してたし、マネ居んならやりたくねーなぁとか? でも一人でこんだけやるとか尊敬っすわ」
「種田ちゃん」
「そ、先輩達も呼んでたじゃないっすか。あと『無か、あー……花宮先輩とか主将の考えに共感ってか気になっちゃったり? だからやっぱバスケするわ」
ここにも類友発見である。
彼の中学時代のバスケ部はかなり大規模だったようだ。カーストがある程マネージャーの人数も多かったなら幅広く対応出来そうだが、どうやら彼女達はしなかったらしい。中学の話なら仕方無いか。そして泥沼昼メロドラマ……マネは何のためにマネをやっていたのだろう。私も他人を指摘出来る入部動機ではないが、それなりに頑張っているつもりだ。もし他にもマネが居たら牽制されていただろうか。バレンタインのチョコレートの数を思い出して考える。
というか、彼の中で完全に「女子マネ」がトラウマ的な何かになっている。私を軽蔑し、女子マネの有無で積極的な活動を検討する程、彼の中学時代のマネは酷かったのか。今は私を尊敬してくれているらしい。説明しただけで? ちょろくない? まぁ悪い気はしないか。
「ま、俺が無事部員になったら『お疲れさま☆』やってよね。んじゃ主将に言って来ますっす」
変な敬語の彼は、緩く手を挙げると主将の方にだらだら走って行った。いや、主将今練習中なんだけどね。
「あのっ質問ばっかりすみません!」
「気にしないで良いよ。理解出来無いと仕事し難いだろうし」
残ったもう一人が慌てて下げた頭を上げさせる。何故そうするか、どうして今これをしたか、自分で考えるべきなので態々説明はしない。そもそも対象が、やる気が無く避難所的にバスケ部に入部した者達だ。説明不要だろう。でも訊かれたら答えるくらいはするって。
「あの……『出来る事を出来る限り』って……選手でも言えますかね?」
「はい?」
「へっ、変な事訊いてすみません。忘れて下さい」
「いや何当たり前な事言うのかなって」
「う…………その……いえ……」
「言いたいなら言えば良いよ。私は気にしない」
「ぼ、僕!……その、僕、普通に部員志望だったんですけど、下手だし、ずっとやってもレギュラーなんてとても……てか一軍にも入れないと思うんです。監督も居ないから上手くなれないかなって、も、思ってて。だからマネって思ったんですけど、種田先輩見てると僕じゃ先輩程出来ると思えないし……」
「別に私と同じ事は求めない、最低限は説明した筈だよ」
「まぁ……あとやっぱりバスケやりたいとか、思ったりしたりしたりして……」
「したりしたりして?」
「お、思いました!」
「なら部員になれば良いよ。監督については副将見てたら解るでしょ、指導者として不足じゃない」
「でも……それで少しくらい上手くなっても、ペーペーの部員って結局のところ利用価値無くないですか?」
──入っても僕じゃ意味無いなって。
そう呟き、二軍でへばっている新入部員を見る彼。
「あるよ。スタメン五人だけじゃ基礎トレしか出来無い、ゲーム練とか物理的に無理。故障したら即終了だし」
「でもそれって一軍居れば充分じゃないですか……」
「人数が多ければ色んな相手と練習が出来る、そういうの必要」
「その相手が力不足でも?」
「格下に対する低燃費な攻め方の練習になるんじゃないかな、大会によっては一日二試合あるし。スタミナ温存?」
「……それが二軍の限界ですか?」
「さぁ。二軍が後に一軍、レギュラー、最終スタメン入りする事もある。どこがその人の限界かなんて、誰にも、本人にさえ解んない」
「……ならやっぱり頑張っても無理な人って、意味も価値も無くないですか?」
そうかもね、と言いそうになって慌てて口を閉じる。
「えと、んー……中学時代の顧問がさ、『レギュラーはベンチに入れない者達の代表だ、あいつらの思いを背負って戦っていると自覚しろ! ベンチも声出せ! スタメンはお前らの声を、思いを糧に戦ってるんだ!』って馬鹿真面目に言っちゃう暑苦しい人だったんだけど。そんなの知んないよね……ふっ、『思い』とか言われましても。よく解んない」
「は、はあ?」
「『思い』とか不定形で不確定なモノじゃなくても、一緒に練習してるんだからレギュラー以外が糧になるのは当たり前。アホみたいだよ」
「……アホですか?」
「アホです。たかが柔軟一つ取っても、背中を押す人が居た方が良い。それは誰でも出来るけど、誰かが居ないと出来無い事。だからどんな部員でも君の言う利用価値とやらはある、少なくとも私はそう思う」
「……」
「君は結局どうしたい? よく解んない。マネが出来ると思えない、一軍に入れそうにない、バスケはしたい。二軍じゃだめ? それは悪い事?」
「悪いって言うか……」
「そもそも君がほんとにマネが出来無いかどうかも、何軍に入るかも解んないけどね」
「……種田先輩はどう思いますか?」
「さぁ。まだ説明しただけだし、君のプレーは見てないからなんとも」
「ですよね……」
「でも仕事は丁寧にしてくれそうだし、君が何軍でも私はマネとして支えるよ」
「ッ……も、もし二軍でも、笑顔でお疲れさまってタオル渡してくれますか?」
「言うね。出来る限りは、かな」
「はは、……僕も主将に話してきます。マネ業の説明有難うございました! 水曜とか忙しい時はいつでも手伝うんで言って下さい。では!」
ビシッと頭を下げると彼は主将へ向かってダッシュした。真面目。でもさ、だから主将今練習中なんだけど。
沢山話して疲れた。壁に凭れたままずるずると座り込む。適当に対応して切り捨てても良かった。だが水曜や女バスの練習試合の時、マネを肩代わりする人は欲しい。仕事が滞って皆に迷惑を掛けたく無いし、監督不在の今、新入部員が次々と辞めたら問題視され兼ねないと思った。だからそれなりの誠意を持って、質問には細かく本心を話した。どうやらその対応は正解だったようでまだ誰も辞めていない……のだが、練習参加に心変わりする者ばかりだ。それなら最初から練習に参加して欲しい。毎日同じ説明をするこちらの身にもなってくれ。
休憩中のザキちゃんと、何故か呆れ顔の健ちゃんがこちらにやって来た。
「またオトしたの?」
「種田スゲーな、何人目だよ」
「落とす? 何人って「マネ見習いを部員にした人数。今んとこ全員だな」
「何もしてない、彼らがマネ業を投げただけ「じゃないでしょ。二、三年はお前が説得したって思ってるぜ? 現にされてただろ」
「そうそう。お前優しいわ、ちゃんと親身になってよ」
「まさか。質問に本音で返しただけ。説得するなら、優しければ『練習すればきっと一軍に入れるよ! バスケ楽しいよ、スタメンになろうね一緒に頑張ろう! 応援してるよ!』にこー、みたいな事言うでしょ。私には言えない」
「んな言葉、その場凌ぎで優しくもなんともねぇよ」
「猫被って建前言うのも時には必要。そう捉えるザキちゃんの方が優しいよ」
「あーもー……! それがアレだ、アレなんだよ!」
「それな、俺も最近お前は悪女なんじゃないかって思い始めてるぜ。んで? 本音って、あいつが何軍でも支えるってのも本音?」
「悪女? うん、マネは部員を支えるのが仕事」
「クッ! そりゃそうだ」
「アイツ絶対そう言う意味で受け取ってねぇだろうけどな……」
「? 他に意味なんてあるの?」
「いや……うーん、その……な?」
「慈悲深くて健気で献身的なマネージャー様ねぇ……クッ、はは」
「それアホみたいだからやめて」
未だ消えていないらしい、見せしめ大作戦後の私の印象(?)の話をされて溜息が出る。あれは事実を言っただけだし、健気も献身的もマネの仕事柄だろう。
霧崎には男バス以外マネはおらず、他の部はレギュラー外の人間がその仕事を分担しているらしい。だから男バス以外から見ると、所謂雑用係のマネに自ら就いている私は、ボランティア精神溢れる健気で献身的な人間に映る……公務員や医師、教師が皆誠実に見えるのと同じだ。誰が言い出したのかは知らないが、まこちゃんファンにも「部活、健気に頑張ってるらしいじゃん。その調子で花宮君を支えてよね……悔しいけど!」なんて褒め言葉か捨て台詞だかを言われたのでその辺りの人間だろう。ほんと、猫被りに騙されるアホ女共はアホだ。
そう愚痴るが健ちゃんは喉で笑うだけだし、ザキちゃんは微笑ましそうな優しい(けどなんだか釈然としないいらっと来る感じの)笑顔で私の頭を撫でた。なんなのこいつら。もう一度大きく溜息を吐いて、主将とまこちゃんに話をつけて来た一年が、部員になったと元気に報告して来たのに対応する。
「じゃぁ今は仕事も無いし、部室行ってロッカー決めよっか」
「種田ちゃん改めて宜しくっす!」
「宜しくお願いします!」
「ん。宜しく」
∇ ∇ ∇
「あれ部員も言ってんだけどね、主に三年。てか健気も献身的もあの騒ぎの前から部内で言われてたよね」
「んでもって一年のマネ見習いの件で、慈悲深いがより確実になって来てんのにな。やる気ねぇ奴見捨てずに部員にしたーっつって……つかお前イメトレとかしてんだな」
「……ボーッと考えてるだけでしてるつもりは無い。してるかね、してるか? ボトル貰うタイミングとか他と一緒だろ、一緒だよね?」
「知らねぇよ」
「自分でも気付いてない事気付かれてるとか癪だわ。なんか悔しい」
「先輩吐いてたっけ「解んない。入部したての頃に吐いてる奴が居たのは覚えてるけど先輩かは覚えてねぇな、どうでも良いし」
「だよな。アイツそんな部員観察してる様子ねぇのによく解んよな、んでよく合わせられんよな。そこが献身的って言われてんのに自覚ねぇんだもんなぁ」
「マゾ故の無意識の奉仕心ってやつ?」
「ブフッ、お前な……先輩達『強かな大和撫子だよな』『三歩後ろでそっとされる気遣いが良い!』とかっつってたのに……オブラートに包めよ」
「先輩達は変なフィルター掛かかってるからな。俺『ツンデレ系』『クーデレ系』って言ってるの聞いた」
「ツンもクールもクソも、愛想ねぇだけじゃねぇか」
「マネ見習いの一年も掛かりそう、てかもう掛かってるか」
「今日のは確実だろ。昨日もそこそこ、一昨日……もう考えんの面倒クセーわ」
「種田ってよく『花宮猫被り統治』『花宮恐怖政治』とか言うけどさぁ……」
「あいつも大概手綱握ってるっつーか」
「流石、」
「「花宮の娘」」