「アイツまたサボりっすか?」
「ん〜? おらんっちゅう事はせやろ。午後からなら顔出すんちゃう?」
「今吉さんっ! そんなんで良いんですか? 絶対ナメられてますよ!? 甘過ぎっすよ!!!」
「うっさいなぁ……んな元気なら若松、外周一本追加で〜」
「ゲッ……」
「他のメニュー遅れたらアカンから、自分だけスピードアップで行けよ」
「うぇっ、り、了解っす……ど、どっせぇぇええい!!!」
煩そうて意味解らん掛け声でダッシュして、早くも視界から消えてった若松。体力ギリギリなメニューの筈やのにほんま元気な奴やで。
午前中女バスが他校との練習試合で体育館を全面使うため、ワシら男バスは外周や筋トレ等の基礎トレだ。入部たった一ヶ月弱の一年にしてエース、今この場に彼の姿は無い。絶対条件──最強である事を満たしてさえいれば彼は好きにして良いからだ。それが彼が桐皇に来た理由で、こちらが彼を受け入れた理由である。放し飼い、野放し。許されるのは、過言ではなく彼が最強だから。入部後一週間は来ていたが、改めて桐皇のレベルを見極めた結果興味が薄れたのだろう、既に頻繁にサボっている。
「なんかお前今日機嫌良いな」
「そぉかぁ?」
「自覚ある癖によく言うぜ。なんだよ、やっとマトモな彼女でも出来たか?」
「え〜別になんもないで、って『マトモ』てなんやねんマトモて」
「だってお前爛れた関係多い……つーか爛れた関係以外無いだろ?」
「人を遊び人みたく言いなや、ワシは寄って来てくれる子を優しゅう相手しとるだけやん。ちゅうかなんで女?」
「顔が緩んでるっつーか、いつも以上にいけ好かない笑みだからな」
「酷っ! 強いて言えば、若松の今後の基礎トレ追加考えとったかな〜」
「うわぁ……でも正解だわそれ。あいつバ、体力バカだもんな。もっと伸びるぜスタミナ」
荒い息を挟みながら諏佐と会話を交わす。高校に入ってからの付き合いだが、チームメイトとしても友人としても良い関係を築いている彼は、ワシの機嫌の良さに気付いていたらしい。温厚で人柄も頭も良く、しかもワシみたいな人間と馬の合う奴。今も若松の事ただのバカて言いかけたし、無害そうで何気にイイ性格しとるわ。
「でも本当、若松じゃないけど良いのか? いくらあいつが強くても、サボってばかりじゃ鈍ったり落ちるもんもあんだろ。それにサボりが公認で『キセキの世代』のエースだって知ってても、一年であれだけ暴君極めてたら他の部員に示しが付かなくないか?」
「己のコンディションくらいよう解っとるやろ。錆びる前に練習参加するなり、外で自主練するんちゃう? 桃井も付いとるし心配要らんわ」
そう、今体育館で試合をしている少女と同じように、最強であるための努力はするだろう。それが絶対条件であり、強者としてのプライドだからだ。その努力が果てしなく最低限であろう事と、バスケが好きな点は彼女と同じとは言えないが。それでも、
(あいつらはよう似とる……)
同世代男子最強の選手にして、バスケに対し乾ききった心を持ち、強敵と敗北を望み求める彼。同世代女子最強の選手にして、バスケに対し空っぽの心しか持てず、興味と好意を望み求める彼女。あぁ、練習に出んと一年からエースっちゅう点も一緒やな。
走る振動でズレた眼鏡を、口角とともにそっと上げる。むくりと頭をもたげた好奇心。丁度桃井がピリピリしていたし、そろそろ顔を出す頃合いと予想はついていた。だから昨日、どうせサボるなら女子の練習試合を観戦してはどうかと、面白いモノが見れるかもしれないぞと彼に連絡しておいた。《なんだそれ?》短い返事は少しでも興味を示した証。もし彼らが出会えば、互いをどう思うだろう。二人とも嗅覚は優れている、自分と何処か似た相手とすぐ気付く筈だ。それはどんな化学反応を起こすのか。
(そういやあのけったいな後輩が入った言うてたな……なら今頃本調子でウチの女バスボッコボコにしとるか)
「どうした?」
「いや。部内の格付けはもう済んどるからな、示しもクソも無いやろ」
「そうだけどよ……感情面は割り切れるもんじゃないだろ、」
「やとしても。公式戦デビューしたら嫌でも割り切れさせられるわ。なんたって最強はあいつ……青峰やからな」
∇ ∇ ∇
約一年半ぶりに人とバスケをした、そんな感覚。試合終了後、無事スタメン入りした小谷と、上下乾杯をするように三回軽く拳を叩き合わせる。彼女とチームを共にする事もだが、誰かとの連携が久しぶりだった。なんか変な感じ。
帰り際ちらりと見たステージの上、緩く手を上げる人に手を振り返す。監督に用事があるからここで別れると告げて部員へ帰りの挨拶をし、小谷に挨拶して行くか訊くと彼女は顔を引きつらせた。そういえば苦手なんだっけ。「私は大丈夫です、お疲れさまでした〜!」叫びながら小谷が駆けて行くのと、背後に気配を感じるのは同時だった。第4Q開始直後、体育館に入って来た数人の中にその人が居る事には気付いていた。春休みはお互い都合が合わなかったので会うのはホワイトデーぶりだ。後ろを振り返る。
「しょーいち先輩、こんにちは」
「おん、練習試合お疲れさん」
今日は桐皇で練習試合だったのである。決定した時点で連絡して、なら一緒にお昼ご飯を食べようと約束していた。が、しょーいち先輩が目指すのはステージの上。男バスに混じるのはと濁せば「大丈夫やって、去年も来たやん」と先輩は私の頭を撫でた。あれとこれでは全然違うしかなり時間も経っている、難色を示すが先輩に譲る気は無いようだ。笑顔で手を引かれ考えを放棄し付いて行く。
「んー……先輩ご飯は?」
「ワシもう食べたで?」
「なんですと」
先輩の膝の上に乗せられて、これじゃぁ食べ難いだろうと訊けばそう返って来た。一緒に食べるとは一体。ちらちら寄越される視線を気にしないように、ぽりぽり野菜スティックを攻略する。
「お前それで機嫌良かったのかよ、当たりじゃねぇか」「そうかぁ? いつもと同じやんな?」「同じ」しょーいち先輩はいつも通りだ、即座に同意すると先輩は後ろで小さく笑う。話し掛けて来た人が微妙な顔をした。当たり? 「あとその体勢どうにかならねぇのか、一部の目の毒だぞ。リア充爆発しろ」「え〜これもいつもと同じやで」これはいつもじゃないけど……まぁ良いか。話し掛けて来た人は更に微妙な顔で遠い目をした。爆発?
「あー……去年見学来てマネ業手伝ってくれた子だよな?」
「どうも種田です。今日は偵察ではなく、練習試合に来たただの他校生です」
「今吉と同期の諏佐佳典だ。種田は男バスのマネじゃなかったのか?」
「はい、普段は男バスのマネです。今日は練習試合なので参加しただけ」
「はぁ!!?」
ザキちゃんの色違いみたいな人の驚く大声にビクつく。「若松声でかいねん」「あ、すんません!!!」「スイマセン!」注意を受けても変わらない声の大きさに、去年見た元気が有り余るCだと気付く。関係無い人まで謝ったが、彼も心の中で叫んだのだろうか。「待ってくれ、なら練習出てなくてアレなのか?」しょーいち先輩がワカマツさんに呆れる様子を感じながら、諏佐さんの言葉に首を傾げる。アレ?
「バスケの実力の事な。寧ろ結希今日流しとったやろ? 点差あんだけなんて」
「小谷とちゃんと試合するの久しぶりだったんで、流しというか……肩ならし走行?」
「マジか。ウチは女バスもそこそこやる筈なんだけどなぁ……」
「はい、そこそこでしたよ」
そこそこ止まりなだけで。
今までは格上だったそうだが、今年の桐皇は選手に恵まれなかったのか言う程では無かったし、逆に今年ウチには小谷も居る。もう負ける事は無いだろう。小谷退屈そうだったな。試合前は緊張で不安になるのに、始まると彼女は好戦的だ。同等どころか勝てないような相手を好み望む。
一パック目の野菜スティックを食べ終え、二パック目の攻略に取りかかる。「自分な、野菜ばっかやのうてもっとバランス良う食べ」「大丈夫です、タンパク質に鉄分」ソイジョイとピスタチオを見せると、態とらしく溜息を吐かれた。
「まぁええわ……せや、結希ちょいこれ着てくれへん?」
「だから持って来たのか。お前……気持ち悪いな」
「今日諏佐めっちゃ酷ない?」
ほらこれ、と広げられたのは桐皇男バスのチームジャージだった。黒に深紅のラインが走るそれ。「あ、」思わず自分の足を見る。今履いているバッシュは前にしょーいち先輩と会った時に買った物。なんで気付かなかったんだろ。モデルは自分で選んだが、
「色……」
「おん、せやからそれ選んでん」
深紅のアクセントが栄える真っ黒──この色は先輩が選んでくれた。しょーいち先輩とお揃い、にやけそうな顔が恥ずかしくて口元を手の甲で隠す。「おー嬉しいか」お腹に回った先輩の腕がぎゅっと絞まった。「そういう話は部屋で二人きりでやれ」「やって男子寮に女子入れれんやん?」「けど言わずにはいられねぇよ」またまた諏佐さんが遠い目をした。何故二人きりじゃなきゃだめなのか。
「よく解んないけど。ジャージは着ませんよ」
「え〜なんで? ええやん、脱ぐんとちやうし減るもんでも無いやろ? ちょっと着るだけやって〜、」
「チームジャージはレギュラーの特権」
「うん?」
「私はここのレギュラーどころか部員でもマネですらもない、完全なる部外者です。そんな人間が簡単に袖を通すのは酷だ。特に、主将の貴方が、他の部員の前でそれをさせるのは非道……って思うので」
私は所属する女バスに思い入れなど無い。たまたま一番上手かっただけだ。レギュラーにしてスタメンにしてエースのこの席にも、特権のユニフォームやチームジャージにも思い入れなど全く無い。だが血反吐を吐いて努力してそれを喉から手が出る程欲しても、引退する最後まで手に入れられない人間が居る事は解る。
しょーいち先輩はお揃いに桐皇の色を選ぶくらい、このチームに思い入れがある。レギュラー入りを果たしたと電話して来た時の弾んだ声色を思い出す。きっとユニとジャージを受け取って喜んだだろう。だからこそ尚更、私が着てしまうのは、彼が部外者に着せてしまうのは嫌だ。思い入れがあるのなら、先輩にはチームを大切にして欲しい。
ぼーっとそんな事を考えていると、妙に場が静かになっていた。不思議に思い眺めていたジャージから顔を上げると、食事の手を止めた部員達が目を丸くしてこちらを見ている。なんだろうと首を傾げた時、先輩が私の頭を撫でた。
「結希には敵わんなぁ……そういうとこはずーっと変わらんで欲しいわ」
とても柔らかい口調で、優しく、囁くように言われて。なんだか鎖骨がそわそわとこしょばい。
「そういうとこ?」
「おん。ほんま、優し過ぎんで自分。ウチの部員をどないする気ぃや」
「? 何もしませんよ? というか、私は別段優しくない」
何故そんな話になったのか。私は優しくない。しょーいち先輩とまこちゃん、べーちゃん他数人の友達と唯一の後輩の小谷……限られた彼ら以外には優しくない。優しく出来ないし、しなくて良いと思っている。その思考を読んだ先輩が「それでもエエ、充分や」と嬉しそうに笑った。
「ま、桐皇は入部したら全員買うからそない気にせんで大丈夫やで」
「おぉ桐皇リッチ学園」
「個人購入やしな。勿論ユニフォームはレギュラーだけやけど」
「……オレ、ユニ受け取った日に家でドヤ顔で見せて、弟が着てみたいっつったから……渡したっす」
「おいおい、って言いたいけど俺もそんな風に考えた事無かったな」
「スイマセン! 僕中学の時レギュラー限定でしたけど、その、目から鱗って言うか……スイマセン!」
「謝らなくても。私はそう思うってだけです」
「ス、スイマセン!」
諏佐さん達の声が伝染するように、動きを止めていた他の部員もざわざわ言い合う。「んな考え方もあんだな」「俺中学の時レギュラー入れなかったから響いたわ」「そうか?」「俺は解る、なんか……良いな……」「な、良い!」「バッカ今吉さんに聞こえるぞ!」よく解んないけど、絶対しょーいち先輩に聞こえてるし、聞こえてなくてもサトるから手遅れだよ。
全員購入なら気にしなくて良いか。霧崎女バスのジャージを脱ごうとファスナーを下ろす。すると先輩から待ったが掛かった。
「やっぱし今は着て貰うんやめるわ」
「今は」
「今は。なんや……自分のジャージやて妄想する不埒なんおりそうやし?」
「?」
途端、先程「良い」と言っていた部員が短い悲鳴を上げ、しょーいち先輩に全力で謝る。不思議に思い振り向いても、先輩はいつもの柔和な笑みを深めるだけだった。これは「気にするだけ無駄やで」の無言の圧力スマイルだ。なら良いや。ソイジョイを食べ終わったので、前を向きピスタチオに取り掛かる。殻は面倒だけど美味しいよねピスタチオ。
「今吉さん、青峰君ってば何処にも居な……はっ!? な、なんか可愛い!」
「桃井解っとるやん、ええやろ」
「り、リス! 小動物が居る! ナッツ食べてる!!!」
「ちょい落ち着き。あと結希はリスやのうてトビネズミや、バルチスタンコミミトビネズミ」
「げっ歯類で行くならせめてカピバラ」
「世界最大やな」
しょーいち先輩まこちゃんと同じ事言わないで、世界最小じゃない。というか、べーちゃんがトビネズミと言って『死篭』を否定してくれたのは嬉しかったけど、よくよく考えるとトビネズミも酷い。速くてジャンプ力あるならカンガルーとかでも良い筈、トビネズミ小さ過ぎ。
私をリスと表したモモイさんは気落ちしていた様子だったのに、今は元気にキラキラした目でこちらを見ている。私可愛くないよ。先程から謝ってばかりの部員の方がプレーリードッグみたいで可愛いし、更に君の方が何百倍も可愛い。
「今吉さん彼女ですか! 今日居るって事は女バス!? 一年生だよね何組!? あれジャージが、って霧崎第一!? なんだ他校かぁ……」
「桃井落ち着け、結希びっくりしとる」
「結希ちゃんって言うんですか? 良いですね名前呼び! 私もテツ君に桃井さんじゃなくて『さつきさん』って呼ばれたいなぁ。いやそれは付き合ってから……はわわ、いつか私も……」
「桃井……トリップ、してるな……」
「え、桃井って青峰と付き合ってるんじゃねぇのかよ。帝光から一緒で追い掛けてマネだろ?」
「ただの幼なじみで、桐皇に来たのは青峰さんが心配だっただけらしいですよ……でも、実際どうなんでしょうね……ってスイマセン! 僕の感想はどうでも良いですよね付き合ってないそうですスイマセン!」
勢い良く話していたモモイさんは、今度は「はう〜!」と顔を赤らめる。これは……そういうの解んないけど流石に解るぞ、『テツ君』が好きなのかもしれない。うん、絶対そう。恋する乙女ってきっと今の彼女の事だ。女の子おんなのこしている、可愛らしい。頬に両手を当てもじもじする度、長い髪がキラキラと光って揺れる。綺麗な桃色の髪……うん? 桃色? 帝光から一緒のマネ? いつか見た男バスの試合を思い出す。インターバルにベンチに並ぶ鮮やかな帝光の選手、紫赤緑黒青水黄桃……桃色。
「えと、モモイさん?」
「あ、桐皇学園男バスマネージャーの桃井さつきです! 宜しくね?」
「どうも種田です。桃井さんってもしかして元帝光?」
「そうだよ、私の事知ってるの?」
「中学時代男子の試合で見た気がして」
「そっか! 中学でもマネで、二年からはベンチに入って仕事してたからね」
「珍しいやん、よう覚えとったな」
「今思い出しました。帝光は上手いし彼女はほら、可愛らしい子だから」
「ふふ、ありがとう」
そう、桃井さんは帝光の『桃色の女神様』だ。可愛らしく優しげな美貌、光を纏ったような輝く桃色の髪、べーちゃん並の胸のスタイルの良い身体。そんな子が常勝の帝光、『キセキ』が揃うベンチで微笑んでいるのだ。勝利の女神様だ、既に優勝が約束されてるじゃん、そう思った事がある。観戦中「あんな可愛いマネ欲しいよなぁ」なんて会話を何度も耳にした。解るよ、可愛いよね。明日まこちゃんに女神様と喋ったって自慢しよう。
「ちゅうか桃井テンション高過ぎやろ、どないしてん。青峰見付かってないんやろ?」
「そう、ですけど……なんだか結希ちゃん、テツ君と雰囲気が似てて思わず!」
「ん〜? テツクン? ……あぁ自分試合見とらんもんなぁ」
「? 何より今吉さんの彼女ですよ? なんか感慨深いじゃないですかぁ」
「解るぜ。爆発しろとは思いまくってるけど安心してるわ……感慨深いよな」
「何がやねん」
「ふふ、私の特技忘れたんですか〜? 結希ちゃん喧嘩した時は言ってね、今吉さんの弱点もバッチリ知ってるから! あ、でも彼女ならちゃんと解ってるかな」
「こいつ苦手なもんだらけだしな。桃井じゃなくても知ってるって」
「えと……」
一先ず、先輩が苦手な物なんて微々たるものだからその弱点情報達は絶対ブラフだと思う。態と掴まされてるよ、たぶん。
じゃなくて、
「私、彼女じゃないよ」
「へ?」
「悪い種田、もう一度言ってくれるか。目と耳どちらを疑えば良いか解らねぇ……お前今吉の彼女だよな?」
「? じゃないです」
「そうか…………えっ」
「「「「「えぇぇえええ!!!」」」」」
「あははは! も〜結希なんで言うてまうん! あいつやないんやから気にせんで大丈夫やん」
「ッい、一応と思って」
「勘違いさせたまんまで良かったのに、知られたら虫付きそうやん。しょーいち先輩心配やわぁ」
「ありえ、ッない」
諏佐さんがぽかんとして、話が聞こえていたらしい部員達が驚きの声を上げる。諏佐さんも桃井さんも、部員さん達も、どうしてお付き合いしているように見えたのだろう。別に目の前でちゅーとかしてな……付き合っていても人前でちゅーなんかしないか。
心配、と言いながらむぎゅーっとひっつく先輩が後ろで爆笑するから、振動が伝わってこしょばい。それを見た桃井さんが黄色い悲鳴を上げる。女神様は暴走少女だったらしい。
「スイマセン意味解りません!」
「は!? だって、え!!?」
「その体勢だよ!?」
「?」
「仲良かったら普通やんな〜?」
「ん」
「いや……違うと思うぞ」
「え、違うんですか? ……だめ?」
「え〜ちゃうくないやろ、諏佐なに言うてん。信じられへんわ」
「………………お前らがそれで良いなら俺は触れないでおくわ」
諏佐さんが遠い目をする。この人こんな表情ばっかだ、苦労人っぽい……先輩と仲良さそうだし苦労はしてるか。他の部員達は小声で話しながら今まで以上に多く視線を寄越す。こそこそ、ちらちら。なんだろうほんと。謎が一杯桐皇学園。やはり何か違うのか、それともお邪魔したか。今更ながら帰ると言おうとすると「気にせんでええ、大丈夫や、な?」と先輩はお腹に回した手をぽんぽんと叩いた。先輩が言うなら良いや、大丈夫だろう。安心あんしん。
「それよか結希、青峰大輝て分かるか? 桃井と同じ元帝光中『キセキの世代』エースで、現在同世代最強、DF不可能の点取り屋とか言われとる。ポジションはPF、青髪で色黒の選手」
「帝光の青髪のPF……シャムゴットやロール多用する、ストバス色がかなり濃い『青い闘牛』さん?」
「と、闘牛って……」
引き攣った笑みを浮かべる桃井さん。だって、
「DF不可能なんでしょ? 我ながらぴったりだったね。止まんないし止められないし……止めないんだから」
戦意喪失──青い彼を止めようとしない、マークすらしない人は結構居た。きっとそれを目の前で見続けていただろう桃井さんなら解る筈だ。しかし彼女は私の返答に目を見開き、そして伏せ、眉を下げ、諦めたように結局何も言わなかった。
「おん、それ。自分どう思う?」
「どうって……あれだけストバス取り入れてて、よくダブドリやトラベリングにならないなって?」
中学時代は自主練で、引退後は習慣だからと、今は推薦で入った以上はと、毎日練習している場所はストリートコートだ。パキラ達やその場その時出会った人とゲームをする内、私のストバステクニックは増え、日々磨かれていった。最初は度々笛を吹かれたっけ。そして青い彼を初めて見た時思った。よく笛を鳴らさずに出来ているな、と。
青い彼の思い切ったフェイクを混ぜたチェンジオブペースのクロスオーバーは、なんだか変で少し面白そうで何度か練習したものだ。今日は彼が桐皇に入学したと思い出して久しぶりにやってみた。桐皇の女バスは余裕で抜けたが、自分用に改変したそれ、彼程キレ良く上手くは出来ない。私の完成度ならどれくらいの相手まで抜けるだろう。今度みや……みやみやに試してみよう、あの人速いし。
「それだけか〜? 『あんな強いなんて憧れるし、格好良いです。先輩には全然敵いませんけど』とか言わんの?」
「さぁ……憧れとか。嫌味ですね先輩」
「スマンてただの冗談やん。ちゅうか後半のボケにツッコム気ぃゼロか!」
「どんなに彼が色黒でも、お腹の黒さはしょーいち先輩に敵いませんよ」
「酷っ! ワシ全然腹黒うないで〜。なんやったら見る? 魅惑のシックスパック。脱ごか?」
「間違えました、お腹じゃなくて腑。お腹裂いても良いなら脱いで?」
「ほんなら『脱いで?』だけもう一回こっち向いて言うてくれん?」
「今吉やめろ、すっ……げぇ気持ち悪いわ」
「はは! ほんま今日諏佐酷いなぁ!」
「てか、は、ハラワタって! スイマセン怖いです!」
アホみたいな掛け合いをしていたらプレーリードッグさんが恐怖に震えた。本気じゃないのにな。
憧れなんて感情、これまで抱いた事が無い。もしかしたら、まこちゃんには近しい感情を向けているかもしれないけど。帝光の試合を見て、青い彼を見て抱いたのは……少しの共感だ。退屈そうにコートに立つ彼へ、共感を抱いた。
「その青いのん今はウチのエースやねん。でも負けたいとでも思っとるんかなぁ……まぁそんな筈無いやろうけど、練習サボってばっかで殆ど参加せぇへん。ウチは実力主義、勝てるんやったら好きにせぇ言うとるけど、流石に全然来んのはしょーいち先輩ちと心配でな。あれで信頼出来るし、可愛いとこある後輩やし?」
「そう」
「なんやどっかの誰かさんとよう似とる思えへん?」
「何処の誰でしょうね」
「どうや、ちょい気にならんか?」
負けたいとでも思ってる? それはしょーいち先輩の憶測か、事実青い彼が思っているのか。どちらにしろ勝ちに貪欲では無いのだろう。状況やそういうのが自分に似ていると、ほんの少しだけ彼に興味が湧いた。先輩が、心配し信頼し可愛いがってるっぽい後輩、という点にも。ちょっと、なんて言うか……あれだ、まこちゃんに恋人が出来たらって考えた時と同じような気分。
どう思うか、か。先輩は明らかに、興味を示すよう促している。
「……先輩なに企んでるの?」
「は!?」
「えっ」
「はは、自分も大概察し良いで? いやぁ今日は珍しく登校しとるみたいやからな、捜して来てってだけや。桃井、ここの二階ギャラリー見たか?」
「へっ、ぁ、え? もしかしてって最後に見ましたけど居ませんでしたよ? 青峰君なら私が、」
「桃井には別の用事があるねん」
「ドリンクなら先輩達が、」
「ちゃうちゃう、内容は後で言うわ。居場所、大体の目星は付いとるんやろ?」
「はい、屋上ですかね。入れ違いになったのかも……」
「ちゅう訳で結希、散歩がてらちょい頼むわ」
「んなっ、今吉さん!? 桃井でも厳しいのに、連れて来れるワケないっすよ!」
「……散歩がてら、捜す。それだけ?」
「そ、捜して。そんだけ」
「桃井さんには、今ここでは言えない、何よりも優先すべき用件がある」
「おん、やから結希に頼んでんねん」
「お前他校生に頼むなよ……」
こちらを覗き込む様子に首を軽く反らすと、悪戯に笑う先輩の薄く開い炯眼と視線がぶつかった。
捜すだけ。捜し出して、連れて来いとは頼まれていない。幼なじみで中学から一緒、心配して高校も合わせた桃井さんは、きっと普段青い彼を捜す役目をしている。屋上だと目星が付いているのは大体そこで彼を見付けるから。お昼休み返上で捜していたし、彼女の最優先事項の筈だが別の用件がある。今──私の前では言えない別の。つまり、
「良いですよ、会ったげる」
「「「えっ!?」」」
「あー……そう言う……今吉お前なぁ」
「少しは興味持って頂いたようでなによりですわ〜……交渉成立やな」
「ふっ、そう仕向けといて良く言う、先輩がストレートに言ってくれれば私は二つ返事なのに」
「それじゃおもろないやん? なぁんも嘘は吐いとらんから安心しぃ」
「まさか。疑ってませんよ」
笑う先輩。疑う訳ない、これはただのゲームだ。しょーいち先輩もまこちゃんと同じくゲームを好む。彼の場合は心理戦、こんな駆け引きみたいな話やポーカーだ。好みより癖と言った方が正しいか。
体育館の入り口まで先輩は付いて来た。校内は自由に歩いて大丈夫だと言われる。上履きは無いがバッシュを履いているので大丈夫だろう。先輩のチームジャージを渡される。
「これ着とき。校内は人少ないから大丈夫やろうけど、まぁ桐皇の生徒って思われるやろ」
「そんなんで誤摩化されないし……」
「他の生徒が? 結希が?」
「……」
「なん、拗ねてん?」
「べつに……拗ねてません」
「あはは! 可愛いなぁもう……ワシがあいつを信頼しとるんはその強さや。まだ会って一ヶ月せん奴と自分、比べるまでも無いやろ? ちゅうかそもそも、後輩と娘やねんから全然ちゃうわ」
「……うん」
ちくしょう、なんだよもう。しょーいち先輩は度々私には敵わないと言う、私はいつも敵わないのに。なんだか悔しくて、でも嬉しくて先輩にタックルする。ぽんぽんと頭を撫でられた。
「鞄預かっとくわ」「お願いします」霧崎女バスのジャージを脱いでバックパックに入れ先輩に渡す。練習の邪魔をしたくないので荷物は持って行くつもりだったが、どの道ジャージを返さなきゃいけない。タイミングが悪ければ静かに見学しよう。
着た先輩のジャージはぶかぶかだ。袖を三回くらい折らなければ手は出ないだろう。誤化されないって言ったけど先輩とお揃いで嬉しい。「先輩、おそろ」やったーと両手を挙げると抱きしめられた。「なんでワシ今日ユニフォーム着てこんかったんや……」うん、それだと完全にお揃いになるけど男子は通常練習の筈だ。そんなに深刻にならなくて良いと思う。
「では、行ってきます」
「おん、また後でな」
説明された屋上へ向かって、足を進めた。