口論

「ユーキチャン今日やけに機嫌良いじゃん」
「花飛んでる、までは行かないけど……なんかふわふわしてんね」
「そうかな。にやにやして「ないよ」
「空気が死ぬ程ウゼェ」
「お花……あー昨日会ったんだっけ? 昼一緒に食べるっつってたもんね」
「うん、食べた」

 原ちゃんと健ちゃんにそんな事を言われた。機嫌良いかな……良いかも。顔には出ていないが、どうやら雰囲気でバレバレらしい。なんだか恥ずかくなって、下を向いてお昼ご飯を口に詰め込む。

「お前らなんで解んだ「なんとなく」
「普通に解るっしょ」
「明らかにウゼェだろーが」
「お花は勿論、瀬戸は去年隣で一番付き合い長いし、原はチャラ男スキルっしょ。にしてもマジでユーキ超機嫌良いじゃん。これは相当甘やかされて来た?」
「んー……逆?」
「はあ?」
「お花キレんなよ、心狭、」
「キレてねーよ腐れクソ女!」
「……ガチギレじゃん」

 逆なのは帰りの話だけだけど。
 昨日なんとなく、しょーいち先輩が疲れているように感じた。もしかしたら主将として青いの関係で大変なのかも知れない。実力主義、最強であればサボりは良いと言っても、不平不満は出るものだ……私に寄付金の噂が流れたように。きっと先輩の事だから、にこにこ微笑んで反発する部員を宥め代わりに謝っているだろう。「勝てば官軍、負ければ賊軍」勝負事においてそれが口癖の先輩だって、思う所はある筈なのに。
 微睡みの中で聞こえた話に格好付けたかったのもあったが、疲れている様子に甘やかしたいと思ったのだ。“──頑張っとるよ”ぽつぽつ零すしょーいち先輩はとても小さく幼く感じた。労りたくて出来るだけ優しく頭を撫でて。効果があったか解らないが、寮までの帰り道、見えた先輩の素顔は疲れの色を濃く乗せていた。やはり無理をしていたのかと思うと同時に、せめて私の前だけでも取り払う事が出来て嬉しかった。ハラワタは汚いかもしれないぞと言っていたが、笑う私へ返す素顔は、冷たく鋭い三白眼と柔らかな表情の対比が綺麗だった。

「ふふ。うん、逆。甘やかして来た」
「ユーキがそう言うって相当じゃん。どしたよ?」
「結構、かなり疲れてそうだったから」
「もしかしてテンション高くて発言キモくてスキンシップ過多?」
「んー…………そうかも? 友達さんにキモイきもい言われてた」
「……」
「あの人またオカシクなってんの?」
「うん? おかしく? また?」

 どういう事だとべーちゃんを見ると呆れ顔、何か解るかとまこちゃんを見ると複雑な表情をしていた。「ほら、中二後半」その頃は主将も板について多忙ながら楽しそうだった筈、特筆するような状態では無かったと首を傾げると「同一視やめろ、悪ぃクセだぞ。お前が中二ん時だ」とまこちゃんに怒られた。あぁ、しょーいち先輩が中三の頃の話か。

「どの道おかしく無かったと思うけど」
「嘘ユーキマジで言ってんの? アンタに超べったりだったじゃん、精神的にも物理的にもさ。アタシもうこれヤンデレバッドエンドフラグ建ってんじゃねって思ってたからね、恋愛に発展してたら絶対監禁ルートだったからね!?」
「ちょ! なにそれ田辺二次元混同し過ぎ、キモい!」
「監禁ルートって「古橋ここぞとばかりにそこだけ食いつくんだな」
「種田……お前大丈夫なのかよ……」
「大丈夫も何も、少し距離が近かっただけだよ」
「少し!? 超だよ超! 端から見たアタシでそう思ったんだから、お花とか衝撃的だったっしょ。どうなのお花」
「……別に。まぁ少しでは無かったな」
「は……? それだけ!?」
「色々あったんじゃね。結希の梅雨みてーなもんだろ」
「そうだよ色々あったけどさ! でもそれであんだけ、だって完全に、」
「ストップ。今ここでする話じゃない、せめてまこちゃんと二人でしてよ」

 私はあの頃のしょーいち先輩の様子を問題視などしていない。まこちゃんの言った通り、私の梅雨の憂鬱と同じようなものだっただろう。ちょっとした、一過性の、何か。確かに距離が近く自棄に過保護な様子は不思議だったが、嫌ではなかったし取るに足らない事だ。
 あの頃、しょーいち先輩の家族が大阪に戻り、桐皇へ進学を決めていた先輩はご近所に居候していた。それ以上を知らない私はホームシックかと思っていたけど。べーちゃんの言い方を聞く限り、居候の背景か距離の近い背景か、どうやら「色々あった」ようだ。だが何も知らない私と、先輩の知り合いでもない四人の前でする話ではない。たまたま名前は出ていないが私の交遊関係は狭い。

「あー……悪いゴメン。こいつらの存在忘れてたわ」
「いや。まぁ必要だったんでしょ、君曰く精神的に物理的に超べったりなのが。でも私はただ距離が近かったとしか認識してないから不都合はない、おかしいとも思ってない。それに昨日もただ疲れてただけ……あの人、器用過ぎるから」

 しょーいち先輩は器用だ。私にああぽつぽつ零す程疲れ果てるまで器用にこなせる、こなせてしまう。だからって無理してしなくて良いのに。

「取り敢えずあの時期の感じとは違ったよ。過保護でも無かったし」
「……ユーキがそう言うんなら大丈夫なんだろうけどさぁ」
「ふはっ、お前心配してんなら連絡でもしてやれよ」
「してねぇよ、ユーキの心配してんの。一応週末連絡するかな、昨日の今日じゃデレてそうでウザイ」
「べーちゃんツンデレってやつ」
「はぁ……ユーキ、寛容さは堕落を助長し兼ねないんだよ。容認して甘受し続けると共倒れすんだからね」
「私寛容じゃない、嫌な事は断るよ」
「身内にはベッタベタに超甘いっしょ、優し過ぎんのは長所であり短所だかんね。ほぼ全部許しちゃうじゃん、特にお花と今吉さん。もうそこは仕方無いかもしんないけど、そこ二人の時点である種の爆弾抱えてるようなもんなんだからさ。少しは自覚してよね」
「なに爆弾扱いしてくれてんだ、適当言ってんじゃねーよ」
「爆弾じゃん。お花は完全にユーキの事、所有物として見てんだからさ」
「腿か胸元って回答したもんな」
「「「あぁあれな」」」
「チッ! 結希! テメーが掌底しねーからこーなったんだぞクソが!」
「「「「ブフッ!」」」」
「んな答え無くても端から見てりゃ超解るから。お花バカァ?」

 何故そこで掌底話に繋がるのか。
 まこちゃんから見ると私は彼の所有物らしい。まぁ拾い主とも言えるしな。拾い主まこちゃんはべーちゃんのツッコミに苦虫を噛み潰した顔をしていた。図星かな、たぶん。なんだかちょっと嬉しくなったが、喜ぶとべーちゃんに怒られる気がするので別の事を考える。
 寛容、容認、甘受……要は受け身って事? 確かに主体性というか積極性に欠けるとは自覚しているけど。

「今吉さんってそんな危ない人なの?」

 考えていると健ちゃんが疑問を投げて来た。あぁもう、鋭いな。

「……なんで?」
「昨日会ったの今吉さんでしょ」
「なんで?」
「お前がそんだけ機嫌良くて、お前ら三人の知り合いなんだし」
「同中なんだから共通の知り合いなんて他にも幾らでも「だからお前がそんだけ機嫌良いからだって。話の流れで年上とも解るし。そもそもお前が否定しない時点で確定だろ」
「はぁ、察してよ……しょーいち先輩は危なくないよ、優しくて器用な人」
「中学の時なんかあったの」

 突っ込んでくるな。だから、

「何も「無くは無いでしょ。田辺が取り乱してお前の心配するくらいには、おかしかったんでしょ?」
「……したり顔で他人、しかもここに居ない人間について詮索するのは感心しないな。流石に健ちゃん相手でも怒るよ」
「瀬戸やめてよー……元はと言えばアタシが悪いんだけどさー……ユーキそういうの嫌いなんだからさー……」
「クッ! 種田が嫌なのはここに居ない人間、じゃなく、今吉さんについてじゃないの? なんでそこは仕方無いのか、爆弾扱いなのか気になっちゃうじゃん。お前がキレるとか珍しいしね」
「健太郎やめとけ、知らねーぞ」
「健ちゃん妙に不躾だね。君の好奇心……知識欲は否定しないけど、ほんと不愉快だよ。怒っても良いかな」
「あらら、ご機嫌斜め? 図星?」

 うん、流石に苛々する。

「これで最後、怒って良い「もなにも、もうキレてんでしょ」
「良いなら良いけど……そうだね、先に謝っとく。ごめんね」
「なに、」
「健太郎クンは夜眠れてるの?」
「は? なん、」
「どうも君は低血糖気味なようだけど、低血糖症は血糖値が急激に変化した時、つまり朝練終わりの一限や体育の後、昼食後に眠気等その症状が出易い。でも君は授業中殆どの時間を寝て過ごしている。なら夜は眠れてるのかな? 次席を保つ勉強は、課題はいつしている? 低血糖が夜間不眠を引き起こす事もあるけど君の場合は? 不眠? もし夜も眠れているなら過眠になるかな? それとも全く別のなんらかの理由で眠りが浅いとか?」
「……さぁ、そんなの知んないし」
「そう言えば君は頭の回転が速過ぎて、少々他人との思考速度に、会話に齟齬が生じるね。それは相当なストレスだろう。ストレスは睡眠障害の最もたるトリガーだ。それともいつも寝ているのは、鈍重な他人との噛み合ない会話を回避するための狸寝入りかな? さて、どうなんだろう」
「…………何が言いたい訳」
「『あらら、ご機嫌斜め? 図星?』」
「お前ね……」
「何が言いたいか? 不躾に詮索される不愉快さを説明したつもりなんだけど。如何かなぁ健太郎クン?」
「あぁ解った、不愉快、不愉快だよ。悪かったな、ごめん」
「……こっちもごめんなさい」

 ぐしゃぐしゃと健ちゃんが髪を掻き回して溜息を吐く。こちらも悪いとは思うが、一応伺いは立てたし許して欲しい。捲し立てて疲れた。

「種田怖ぇな……やっぱ流石花宮の娘だわ」
「おい。お前な、最近結希がなんかやらかす度にそれ付けてんじゃねーよ」
「ユーキチャン面白過ぎでしょ! 瀬戸の事そんな風に思って見てたの?」
「別に。ただ寝坊助な事に、無理矢理憶測を立てて適当吐いたに過ぎない」
「あれだけ言っておいて寝坊助で済ますのか」
「だから。無理矢理憶測を立てたに過ぎないってば。その正否も、実際の理由の有無も関係無いでしょ。健ちゃんはただの寝坊助さん、以上」

 もうこの話題やだ。言いたくない事を言ったし、私の憶測が下手な疑念を生む可能性もある。やはり言わなければ良かった。反省しているとべーちゃんに両手で顔を挟まれ揉まれる。

「全く……だからアンタは優し過ぎんだよ、ほーらうりうり。昨日の事でも考えて花飛ばしてなー」
「ぅー…………う、そうだ。昨日とは全然関係ないけど、コレあげる」

 財布から紙切れを取り出してべーちゃんに渡す。「チケット?」「うん」ゴールデンウィークにあるイベントのチケットだ。野外ステージで行われるそれ、遠くで見る分には必要無いが、ステージ側の席に座るにはチケットが必須。因みに渡したチケットは最前列。その日は全部活がオフでべーちゃんも他に予定は無いらしい。

「なんかモデルさん来るんだって」
「え、オレ気になんだけど。美人モデル近くで見たいからチョーダイ」
「男の子だよ? 女子中高生に人気」
「うっわつまんなーい。堀内マコ並の美脚出せよなー」
「おーおー男の子って事は若手のメンズモデルな。目の保養に良いじゃん。誰?」
「んー……なんか小谷を男の子にして、金色に塗った感じ」
「小谷を金色……キセリョか!? 行く超行く。あれ良いリバだよね、滾るわ」
「リバ?」
「なんでもない。ユーキ行かないの?」
「私はスタッフ。一日バイト? それで一枚貰った、友達呼びなって」

 パキラ達に渡されたこれ、チケットには書いていないがバスケ関係のイベントだ。主催企業の新作バスケ用アパレルの宣伝が主で、メインはそのモデルさん、パキラ達も新作を着てフリースタイルバスケをやるらしい。私もトリックが上達したから一緒に出ようと誘われた。店長がDJ、パキラとサチマがパフォーマンス──イベントや動画サイトに投稿するいつものスタイルだが、尺が長く二人だと心許ないと。主催企業側も、ウィメンズを着る店長がDJなので女性のパフォーマーが欲しいらしい。後は弟子をお披露目したいとかなんとか。
 注目を浴びるのも人前に出るのも避けたいし、なんだか凄そうなイベントなので断った。だが、バイト代が出る、衣装はそのまま貰える、顔出しはお面を着けるから大丈夫と言い包められた。三人はイベントや動画では動物のお面を付けるらしい。「トビも着ければ大丈夫だよー」「トリックに集中すりゃ周り気になんねーだろ!」「私達はモデルの前座ですしお客さんも少ないですよ」そう笑顔で詰め寄られれば、頷くしかなかった。

「どういう伝手よ」
「店長の伝手」
「あーマジバの……いや結局どういう伝手だよ」

 伝手も何も店長出演するからね。
 お昼休みの終わりが近づいて、いそいそとご飯の残骸を片付ける。「私本借りたいから先行く」「おー」さっさと一人屋上を後にして図書室に向かう。自己嫌悪を戒めるような、苦行みたいな、何か堅苦しい専門書でも借りて読もう。さぁ今日は何処でサボろうか。



 ∇ ∇ ∇



「あーあ、アレ戻って来ないよ次絶対サボり。アタシ全財産賭けても良いわ」
「結果解りきってんだから賭けになんねーだろーが」
「瀬戸何やってんの? めちゃくちゃ論破されてるし。ウケる」
「……論破じゃないでしょ」
「正確には言い負かされていたな」
「ふはっ、だからやめとけっつったんだよ、バァカ」
「種田ってキレると怖ぇな、マジで。冷気出てたしスゲー口回るし。お前後でまた謝っとけ「解ってるって」
「ユーキはもうキレてないから。瀬戸は既に謝ったんだし必要無いっしょ」
「は? スゲー不機嫌だっただろ、それくらいなら俺でも解るわ」
「いや解ってねぇわ、あれは凹んでんの。言い過ぎたっつかユーキの言葉借りるなら『無理矢理な憶測で不躾に詮索し過ぎた』ってね。だからあの子も謝ったワケ。煩い先輩の事適当言わないで詮索すんな死ね! って言っちゃえば良いのに、変なとこ律儀っつーか」
「それで凹むんだからざまぁねーよあのバカ。放っときゃ直る、気にするだけ無駄だ」
「はぁ、そりゃお優し過ぎるって訳ね。てか今吉さんは爆弾じゃなくて種田の地雷だろ」
「否定しないわ、踏み抜かない限り大丈夫でしょ。瀬戸も充分気に入られてるって、あれだけで済んだんだし」
「種田は怒るとそんなに厄介なのか?」
「言おうと思えばもっとボロクソに言えるだろうし、最悪関係切られるっしょ」
「そこまでか」
「そりゃ母親が攻撃されて黙ってる子供なんて居ないって。まー、だからお花と今吉さんは爆弾で地雷だわ」
「だから爆弾扱いしてんじゃねーよ、ウッゼーな」
「しっかし瀬戸がいつも寝てんのと一回ヘバっただけで、よくあんだけ考えられんな」
「それなりに気遣ってんだろ。無理矢理憶測立てたっつったが、少しくらい考慮してねーと浮かばねーよ」
「その上で寝坊助で済ますのか?」
「だからさー、ユーキには関係無いんだって。言ってたじゃん」
「矛盾してね?」
「してない。別に瀬戸は今の状況でも問題無いじゃん。例えば……成績が急降下したり、何も出来ない程爆睡しだしたら心配して動くんじゃない? 自分がマネやってるとこのレギュラーで、何よりオトモダチなんだし」
「あー……解るかも。気分転換に連れ出したりとか、フォロー入れそう」
「何なに、原ってば救われたクチ? 経験者は語る?」
「救わ……なにそれ。別にただのイメージだって、イメージ」
「ほーん?」
「『ただ距離が近かったとしか認識してないから不都合は無い』、ね」
「そ。アンタは今んとこ『ただの寝坊助さん』、それで不都合は無いっしょ。んで? 瀬戸いつ勉強してんの? 他はどーでも良いけど、そこは割りとガチで気になんだよね」
「田辺不躾だね。不愉快だぜ?」
「ブッハ! その笑顔ウッザいわー!」

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