童子

 新しくレギュラーに上がった部員へのチームジャージや欠番分のユニフォーム、新入部員へのTシャツが届いた。今までユニはレギュラーや背番号が変更される度に買い直していたが、経費削減でサイズが合う限り交換及び譲渡する事に。背番号も主将以外はそこまで拘らなくて良いかとなったのだ。
 全員に渡し終えたが上のジャージが一つ余った。誰かの追加注文にしてはリストに名前が無い。

「主将、ジャージ一つ多いんですが……発注ミス?」
「あぁそれお前の。三年レギュラーで言い出したんだ、着てもらおうって」
「はい?」

 にこりと笑った主将は段ボールから余ったそれを取り出して、どうぞと私に差し出す。「待って下さい、私はレギュラーじゃない」「解ってるよ?」解ってない、しょーいち先輩にしたのと同じ文句で断る。桐皇と違い霧崎はTシャツ以外レギュラー分のみを部費で購入する、だから絶対に着れない。説明への部員達の反応は桐皇と同じで、揃って目を丸くしている。「結希……お前な」不機嫌且つ呆れ顔でまこちゃんに睨まれる。私は何も変な事を言ったつもりは無いんだけど。そもそも経費削減はどうした。

「ッ種田ちゃんやっぱ天使だった!」
「わっ、」

 お、重い。

「うわっなに押し倒してんだバカ!」
「ギャー種田ちゃんゴメン!!!」

 天使先輩が勢い良く抱きついて来たせいで二人して倒れた。尾てい骨を思い切り打った、蒙古斑復活しそう。原ちゃんの爆笑が響く中、のそりと起き上がる。天使先輩は主将とまこちゃんに強く叱られている。どっちが先輩なんだか。

「えー別に良くない? ユーキチャン念願のベンチ入りじゃん、その記念的なさ。んな気にする事じゃないっしょ」
「それは原ちゃんがレギュラーだから思うんじゃないかな」
「そうかもしんないけど。嬉しくない? オレらとオソロ」
「……レギュラー外の事考えて。さっきも言ったけど私は選手じゃない、それを着る努力をしてない」
「でも種田ちゃんも一緒にベンチ入るんだよ!?」
「はい」
「今まで試合中のマネ業はベンチの人間がやってただろ? 当然ジャージ云々ウェアは着てるわけ、だから種田が着てても何も問題ないよ」
「問題ないって言っても……」
「そもそもレギュラー以外が、ってか種田が着ちゃ駄目だって奴要んの?」

 主将が周りを見渡すと、大半が首を横に振ったり、別に良いんじゃないかと言っている。三年からは着て欲しいと声が上がった。

「……なんでそんな勧めるんですか?」
「ほら、一体感出て士気上がるし、いつも頑張ってくれてるマネが同じジャージ着てベンチに居てくれたらやっぱやる気出るだろ?」
「士気が上がる? やる気が出る? そういうもんですか?」
「うん、それで言い出したからね」
「俺が言い出したんだよー! だって絶ッ対良いじゃん、彼ジャー、」
「少し黙れ今良いとこなんだぞ台無しにすんなシバキ殺すぞ」
「ゴメン……」
「かれじゃ? 良いとこ?」
「気にしないで。まぁ言われてみりゃジャージはレギュラーの特権、解り易い象徴だわ。レギュラーに入れない部員には欲しくて堪らない代物だね。そんな部員の気持ちを考えられるのは良い事だと思うよ。でもそれ種田の持論でしょ?」
「……はい」
「俺はマネって選手と同じかそれ以上に重んじられるべき存在だと思うんだよ。特に、一人でも期待以上の働きをしてくれる種田はね。自分達でやってた頃より楽なのは勿論だけど、仕事も細やかで質が良いからとても助かってる。ドリンクの好み合わせたり、洗濯も実は柔軟剤の有無で分けてくれてるでしょ? 花宮が持ってる買い出しの支出表見たよ、テンプレ組んでエクセルで纏めてて見易かった。差し入れも旨いし、スコアとは別に気付いた注意点書いたメモとかさ。大変だろうにいつも色々と有難う」
「あ、ありがとうございます……」

 確かにレギュラーの特権だと、選手として努力をしていないマネに着る権利は無いと思うのは私の持論だ。そう言われると何も言えない。そして洗濯や支出表の話を出されて恥ずかしくなる。気付かれていないと思っていたし、支出表もまこちゃんと顧問しか見ていないと思っていたのに。

「そんな自慢のマネがジャージを着るのを部員は反対してないし、俺ら三年レギュラーは寧ろ着て欲しいって注文した」
「……」
「断ったら部員のやる気削いじゃうかもよ? 少なくとも俺ら着て欲しい組は絶対萎えるな」
「そんな言い方、なんか…………狡い」

 やる気削ぐかも、萎える、なんて。しょーいち先輩程では無いが、主将もちょっとなんか狡い言い方をする、そんな言い方されたら敵わない。
 なんだか悔しくて主将をじとりと見上げると「そ、の上目遣いの方が狡い」と目を逸らされた。いや私150cmだから、どうやっても上目遣いになるよ。何が狡いのか。主将の長身の方が狡い。

「ほんとに、良いんですか?」
「「「「「良いよー」」」」」
「では……頂きます。ありがとうございます」
「ん、どうぞ?」
「主将ナイス! 神かお前は神だわ! 種田ちゃん早速着て! 早く!」
「し、試合の時だけ、着ます……皆さんサイズや番号違いなど、不備はありませんでしたか?」

 主に三年から元気に返ってきた声に、主将から差し出されたジャージを受け取る。天使先輩が煩いけど無視だ、恥ずかしいなもう。
 特に不備はなかったようで、空になった段ボールに書類と貰ったジャージを入れる。立ち上がった時、まこちゃんが不機嫌な顔でデコピンしてきた。赤くなるからやめて。

「さっさと受け取れよ、面倒くせーな」
「……だってどうかと思ったんだもん」
「ユーキチャン嬉しい? よね?」
「べつに」
「えー? オレらとオソロっつった時否定しなかったじゃん、嬉しいんだろ?」
「原ちゃん鬱陶しい」
「ブッハ! ちょっとこっち向いて」

 原ちゃんに顎を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。今絶対顔赤いからやだ。抗った手は片手で一纏めに拘束され、恥ずかしくて焦って上手く外せない。

「顔あっかい、照れてんの?」
「は、離して」
「あー良いわソソる。嬉しいっしょ?」
「なにが。べ、つに嬉しく……ないし」
「えー嬉しくないの? んな事言ったら先輩達泣いちゃうよん?」
「ぅー……原ちゃん離してってば」

 ほんとは嬉しいに決まってる。
 最後の全中、私はまこちゃんをもっと近くで見たいと、彼と同じコートに立ちたいと思った。だが男子と女子は同じコートに立てない。だからジャージだけでも同じなのは嬉しい。原ちゃん達友達と同じなのも勿論だ。主将が自慢のマネだとジャージを着る事を望み、そんな事でやる気が出ると言ってくれたのも、部員が頷いたのも。部の仲間、チームメイト……そんなもの信じられないが、悪い気はしなかった。

「なにバカな事してんだよ」
「良くない? 花宮も加虐心くすぐられるっしょ?」
「ふはっ、趣味悪ぃな」
「ユーキチャンが嬉しそうだと機嫌悪くなって、凹んだり泣きそうだと愉しそうにする花宮に言われたくないわー」
「人の不幸は蜜の味っつーだろ。それにコイツ機嫌良いとウゼーから、なっ」

 ベチンッ

「ッ、やめてよ」
「はは! 機嫌良くても雰囲気くらいしか変わんないじゃん!」
「まこちゃんは捻くれてるから、ねっ」
「ありゃ」

 グリッと両手を違う方向に思い切り開いて、原ちゃんの手から逃れる。
 まこちゃんは捻くれてるから仕方無い。嬉しくてほくほくしてるとウザイって切り捨てられるからね、にやにやしてるとキモイって蹴られるからね。人の不幸は蜜の味、そんな彼にとって人の幸福は辛酸って所だろうか。
 もう一度デコピンされた額を摩る。仕返ししようと伸ばした手は叩き落とされた。悔しい……あ、

「そうだまこちゃん、『桃色の女神様』と喋ったよ。どうよ?」
「はぁ? なんだそれ」
「元帝光の桃色の髪の可愛いって有名なマネ。桐皇に居た」
「帝光のマネ……あぁアレか。都外、つーか関東から出ていけよ。ウゼーな」
「あれ、羨ましくない?」
「視線がウゼーんだよあの女」
「花宮モテるからって自意識過剰?」
「媚とかそーゆーんじゃねーよ。あれは……観察、だな」
「観察? ふーん……つーかなにその『桃色の女神様』って!」

 原ちゃんに桃色さんの説明をする。「──んでべーちゃん並のマシュマロ」「田辺って胸あった? つーか女だっけ?」あるよFカップだよ女だよ、物によってはGだよ。彼の中でべーちゃんは「性別:田辺」との認識らしい。見た目は可愛い女の子だがサバサバしてて豪快だしね。「女神様脚はどうなの、脚は」「脚?」青いのの乳への拘りみたいなもんかな。なんだっけ……フェチ?
 話が聞こえていたらしい、近くに居た部員が「女神様って!」と笑いながら話し掛けて来た。女マネ恐怖症の後輩だ。隣にはセットでマネ業を教えた真面目君が居る。タイプが全然違うのに、仲が良いのかよく一緒に居るのを見る。

「種田ちゃん、それって桃井っすか?」
「あぁそう桃井さん。やっぱり有名だね」
「それもだけど前に俺の中学にスカウティング得意な凄腕マネが居たつったじゃん、それが桃井っす。観察ってのもそれでしょうね、花宮先輩は強いですし……色んな意味で要注意ですから、お疲れさまです」
「ふはっ、『色んな意味』な。スカウティングが得意ねぇ……どの程度だ」

 別に私に敬語は無くても良いが、何故まこちゃんにはちゃんと使えるんだ。ナメられてるのか……いや、私には気軽に接してくれていて、花宮恐怖政治の力だと信じよう。まこちゃんは一年には最初からほぼ素だ。部活中だけ厳しく怖い先輩だと認識されている。何故部活以外で猫を被ってる先輩にならないのか。
 後輩の口から語られる桃井さんは有能過ぎた。天は二物どころか三物も与えたらしい。容姿性格は可愛らしく、スカウティングの腕も上々。最早分析を越えて未来予知だ。天事情どうなってるの。

「そんだけの分析力持ってる奴が今吉サンと同じ桐皇か……面倒くせぇ……」
「桐皇は青峰も居ますよ」
「え、青峰って『キセキの世代』エース青峰大輝? 強豪校じゃないの!?」
「去年の様子を見る限り桐皇は強豪と見なして良いよ。インハイの予選ブロック、別だと良いね」
「そうっすねぇ……」

 現高校バスケ界最強と謳われる青峰に桃井さんの分析、更にしょーいち先輩が居る。腹芸は勿論、癖や行動から思考を読むのが得意な彼は、まこちゃんと親しかったし『悪童』のプレイスタイルを私に知らせた人だ。桐皇は未来予知的な超分析と妖怪サトリのアドバイスを踏まえてプレーするだろう。『悪童』はそのプレイスタイルを完封されるかもしれない。それでも……まこちゃんは、強い。

(青峰にはああ言ったけど、霧崎に負けて欲しい訳じゃない。頑張ってね)
「なんだよ」
「なにも。それより君、元帝光なんだ」
「先輩知らなかったんですか!? 入部届けに出身中学の記載ありましたよ!」
「興味ない」
「ユーキチャンばっさり! お前に興味ないってさ、やったじゃんドンマイ☆」
「ブッハ、思いっきり振られた気分! 『やったじゃん』って原先輩鬼!」
「? 君に、とかより出身中学に」
「でも帝光ですよ、常勝の超強豪校じゃないですか!」
「そうだね。でも関係ないよ」

 言いたい事は解らなくもない。強豪校と弱小校は違う。帝光のように毎年安定した老舗タイプの強豪校は、ハナから強力選手が入学するのは勿論だが、育成が上手いと言う事。設備や指導者の充実、他校との繋がり──練習環境の質が違う。だから名高い強豪校出身なら、それだけ質の高い選手が期待出来る……期待出来る、だけ。

「実力は入部時や普段、昇格試験で見れば良い」
「まぁ……そうですけど」
「原ちゃん中学のバスケ部弱かったって言ってたよね」
「そーそー。半分同好会的なもんよ、大体地区大会止まり?」
「でも今はレギュラー。いぇーい」
「イェーイ♪」

 原ちゃんとハイタッチを交わす。

「強豪出身じゃなくても強い人はいるし、逆も然り。だから気にするだけ無駄」
「無駄ですか……」
「無駄どころか、色眼鏡で判断して足を引っ張る危険性もある……主将もまこちゃんもそんな事しないけどね」
「それこそ実力見りゃ良い話だからな。前監督はそーゆーのイチイチ考慮する人間だったが」

 色眼鏡なんて邪魔だ。弱小出身でも、強豪で底辺だったとしても、本人には実力が眠っているかも知れない。見過ごせば芽を摘む事になる。年功序列、出身校で贔屓する前監督は、一体どれだけの芽を摘み取り可能性を枯らしたのだろう。

「……種田ちゃん、俺帝光だったけど結局二軍止まりだったんすよ」
「そう」
「誰とは言わねぇけど、同じ一年に『帝光の癖に弱ぇな』って言われたんす」
「ふぅん?」
「主将も花宮先輩も色眼鏡で見ないっつってたけど、種田ちゃんも見ねぇ?」
「言ったでしょ、興味も関係もない」
「マジで?」
「まじで。帝光のマネは酷かったんだっけ? えと……『キセキ』贔屓?」
「うん」
「私も気持ちの上では贔屓する相手は居るよ、人間なんで」
「……」
「でもそれを仕事に反映させる程愚鈍なつもりは無いよ。今日からバスケを始めた初心者でも、『キセキ』の一人でも、大切な人でも、大嫌いな人でも、私がマネ業をする上ではなんの意味も持たない。部員同士は『帝光の癖に』って無闇な対抗心や敵意持たれるのも仕方無いよ、レギュラーの座を奪い合うライバルと言う側面もあるから」
「そう、っすね」
「でも私はマネージャーで、ここは霧崎第一だ。彼にも言ったけど、君がどんな人間でも私はマネとして支える。だから気にしないで良い。何も心配せず安心してドリンク渡されてろ、って話」
「…………種田ちゃんって男前な」
「お前今頃気付いたのー? 遅過ぎっしょ」

 女マネ恐怖症君は力無く笑った。男前かな? 帝光の話を聞く限り仕方無いかも知れないが、君が少々女々しいだけだと思う。考え過ぎ。原ちゃんは同意してるけど。

「でもこれからは出身中学もちゃんと見るべきかも……?」
「え!? 種田先輩言ってる事めちゃくちゃですよ!」
「情報源として、だよ。桃井さんの件みたく、強豪なら要注意人物の情報や効率の良い練習メニュー知ってるかもだし。何かあったら言って。ほらマネ業の改善点とか」
「「これ以上マネ業の改善点は無いですから!」」
「そうかな?」
「あ、『お疲れ☆』が笑顔じゃないわ! 真顔でされるから噴くんすけど!」
「あっ確かにそれは……ちょっと……」
「ええぇぇ……無理なのに君達がやってって言ったんじゃん」

 なんて酷い事言うの。私は出来る限りやるって言った筈だ。適材適所、出来無い事を求めないで欲しい。

「はは! ……ま、俺も種田ちゃんみたく男前に考えて頑張るわ。だから種田ちゃんも笑顔で宜しく!」
「だからそれは、」
「『出来る限りは』、ですか?」
「うん」

 一年元マネ二人組は笑いあいながら練習の準備に向かった。
 そろそろ開始時間だ。ジャージやユニを広げておめめキラキラしていたザキちゃんと松本さんもいい加減片付け始めている。私も準備に取り掛かるべく足を踏み出すと、襟をぐいっと後ろから引かれた。

「なに?」
「結希……お前な、さっきもだがそうやってほいほい釣り上げんな」
「釣る?」
「花宮嫉妬? 所有欲全開? ウケる」
「違ぇよ、泥沼化が嫌なんだっつーの」
「まー良いんじゃない? 良い飴になるっしょ。花宮手厳しいしバランス取れてんじゃん」
「飴?」
「ねーユーキチャン、『私はマネとして支えます☆』ってマジ? 支えてくれんの?」
「健ちゃんも同じ事言ったけど、部員を支えるのがマネの仕事でしょ?」
「はは! そーだねん、そうだわそーそー。はっ、ウケる!」
「……違うの?」
「いや? それで良いよん」

 原ちゃんは笑いながら、隅でうとうとしている健ちゃんのもとへ行った。あの時健ちゃんも笑ったが、マネとはそういう仕事の筈だ。間違ってないなら何故笑うのか。

「つーかお前、ジャージ嬉しかったのかよ」
「え、うん……まぁ」
「………………なんで」
「?」
「女バスのジャージは『なんかやだ』っつって必要に迫られねー限り着ねーだろ。なんでだよ、そーゆーの……嫌になったんじゃなかったのか」

 未だ私の服から手を離さないまこちゃんの目は揺れていて。殆ど無表情の顔は、少しの困惑を浮かべている。
 まこちゃんはたまにこういう目を、表情をする時がある。彼は捻くれ者だ。捻くれ過ぎて、縺れて絡まって、こんがらがっている。懐に入れた人間には比較的甘い癖に、仲間とか信頼とか絆とか、そういうモノを嫌悪する。その感覚に共感する人間は少ない。だからきっと何処か寂しいのだ。本人は絶対、口が裂けても言わないし、自覚すら無いだろうけど。私はこういう時の彼は寂しいんだと思っている。なんかそんな雰囲気。
 だから今は、そーゆーの嫌になった──同じような感覚になった筈の私が、実は違うかも知れないと思って寂しい。たぶん、だけど。

「うん、きらい」
「ならなんでだよ」

 チームジャージは制服的な意味もある。練習試合等他校へ出向く時や壮行会等は、正装としてジャージを着用するのが礼儀だ。だが普段の練習や、大会でも開会式や表彰式を除けばその限りでは無い。
 私はまこちゃんが言った通り、必要に迫られなければ大体パーカーを着ている。集中するために周りを遮るフードが欲しく、そして単にチームジャージが嫌だからだ。部の仲間、チームメイト、それらを信じられず嫌いになった私は、チームの証である揃いのウェアも好きになれない。神経質だと言われようと、同じ物を着て仲良しこよしするのは御免だ。

「男バスではマネだから。チームとか仲間とか、そういう関係とは別でしょ。マネも部員ではあるけど共にコートに立たない、実力どうこうで弾糾して掌を返される心配はない」
「……後からお前の持論持ち出して『レギュラーでもねーのにジャージ着やがって』っつー奴が現れるかもしれねーぜ?」
「その可能性は考えなかったな……でもチームメイト云々以前に、君達オトモダチとお揃いはやっぱり嬉しいから」

 するとまこちゃんはウゲと顔を歪めた。「キメェ……」呟く様子に笑う。

「なにより、私はまこちゃんと同じコートには立ちたくても立てない」
「あ?」
「だからジャージだけでも君と同じなのは嬉しいよ」
「……矛盾してんな」
「まぁね。でも元はと言えば、それでマネ初めたんだし」
「…………俺が掌返したらどーすんだよ」
「まこちゃんもほら、チームメイト云々以前の話じゃん?」
「そのチームメイト云々以前の話で俺が掌返したらどーすんだよ」
「さぁ……どうなるんだろうね」

 どうなるんだろう、いつかのように泣いて縋るのかな。だがまこちゃんが掌を返す様子が想像つかなかった。そもそも掌を返すって? 絶交的な?

「それって具体的にどういう状況? 誕生日に話したみたいな、恋人が居ないけどそういう対応って事?」
「あ? あー……そうじゃねーの」
「ふふ」
「何笑ってんだよ」
「だって『もしもを考えて』どうこうって、『くだんねー』って言ってた。そんなもしもはくだらない事でしょ?」
「なっ」
「ふふ、その時考えよって言ったら『そうしろ』って言ったのに」
「……黙れ、言ってねーよ」
「ふ、はは、言ったよ、まこちゃんくだらない事考えさせてる、墓穴!」
「ウゼーな、マジで黙れ」
「あはは! 墓穴、格好悪い!」
「黙れっつーの! テメー調子乗ってんじゃねーぞ、バァカ!」

 胸ぐらを掴まれ凄まれるが笑いが止まらない。だって墓穴だ。まこちゃんに恋人が出来て穏やかな日々が壊れたらなんかなぁって思う、そう伝えたら彼は、くだらない事ばかり考えているなと鼻で嗤った。なのに今彼はそれと殆ど同じ事を考えさせようとしたのだから。

「ふ、はは……まこちゃんは、」
「ぁあ゙?」
「まこちゃんは、君が掌を返した時、私にどうして欲しい?」
「はぁ?」
「何を考えさせたかったの?」
「ッ……知るかよ」
「ふふ、変なの」

 ほんと、変なの。
 決まり悪そうに視線を外すまこちゃんの表情は、困惑と拗ねたようなもので。知らないと言ったのははぐらかしただけか、彼自身よく解らなかったのかもしれない。私だって「なんかなぁ」と思うだけで自分でもよく解らなかったし。

「大丈夫だよ」
「……何がだよ」
「よく解んない。けど、大丈夫」

 笑って手を伸ばしまこちゃんの頭を撫でる。ぴたりと動きを止めた彼は刹那、顔をぐっとしかめた。あぁ思わず撫でたけど怒るよなぁ、と手を下ろそうとし、

「おま、」
「「「「「花宮っ! お前部内恋愛禁止っつっただろ!!!」」」」」
「ッ!」
「わっ、」

 あ、完全に体育館に居るの忘れてた。
 まこちゃんが荒げる声に被せるように、先輩達の叫ぶ声が響き渡った。同じく部員の存在を忘れていたらしいまこちゃんが驚き我に帰って、掴んでいた胸ぐらを突き飛ばすように放し、私はバランスを崩す。受け身を取るにも勢いが強過ぎるので、ぐるりと後転し、着いた手で床を押し勢い良く跳ね起きる。後ろに何も無くて助かった。やってて良かった護身術!

「よっ……と。危ないよ」
「ブッハ! ユーキチャン超冷静! なに今のワンランク上のマット運動!」

 なにその上質そうな言い方。
 ぴ、と両腕をY字に開いて原ちゃんを見る。「得点は?」「10点満点!」「芸術点が高いな、10点」「10点……計30点で満点な」ケラケラ笑う彼と隣で見えない点数札を掲げる康くんと健ちゃんへ若干のドヤ顔を送っていると、先程の一年が駆け戻って来た。

「ちょ、種田先輩大丈夫ですか? 何してるんですか!?」
「受け身」
「じゃなかったじゃん今の、一回転したよね?」
「勢い殺せそうになかったから」
「花宮先輩も! 何してるんですか、突き飛ばすなんて危ないです!」
「どうどう、私も悪かったから」
「……なんでそうなんの?」

 まこちゃんに喧嘩売るなんて、真面目君意外に肝座ってる。そして大げさだ。
 主将に問い詰められるまこちゃんは「先輩達の声に驚いて少し力みました」とうんざり返す。それきっと半分しか正解してない。実際は頭を撫でられた腹いせだろうと予想を立てる。
 「大丈夫か?」ザキちゃんが呆れと心配をない交ぜにした顔でこちらに来た。「余裕よゆう」「お前の余裕は信用なんねぇ」あぁ、痛覚鈍いの知ってるから。信用が無いのに心配された事を少し嬉しく思う、不純だ。「綺麗に受け身取れたから大丈夫、ありがと」「確かに鮮やかだったわ、10点」そうだろう、ドヤ顔をすると溜息を吐いて頭にぽんと手を置く。

「つか種田ちゃん笑ったの初めて見た」
「笑えたでんすね……」
「普通に笑うよ」
「いや俺らも二年目にして初めて爆笑するとこ見たから! んで呆気に取られてたら花宮めッちゃキレるし、したら急に静かになって頭撫でられてるし。なんなの花宮ありえない! 最悪!」
「なんで俺が悪い前提なんですか。頭云々ふざけた事したのは結希でしょ」
「『ふざけた事』!? 信じらんない!」
「花宮ないわ。部内恋愛禁止は何処行ったんだよ、お前が言い出したんだろ。なにイチャついてんの? やっぱ実は付き合ってんの? 意味不明なんだけど?」
「はあ? キモい事言わないで下さい『やっぱ』ってなんですか、意味不明はこっちの台詞です」
「無理むりもう花宮は信じらんない! 種田ちゃんどうなの!?」

 真剣な表情でこちらを見る主将と泣きそうな天使先輩。一年の二人ははらはらと様子を窺っている。なんだこれ。うんざりしているまこちゃんと目があった。うん、だよね、

「意味不明」
「でも頭撫でてたじゃん!」
「? 普通です」
「空気がこう……普通じゃなかった!」
「空気?」
「種田はいっつもあんなんだよな、頭撫でんのも割りかしよくあるっつーか」
「「「「「はぁ!?」」」」」
「ヤマお前俺がいつも撫でられてるみてーなふざけた言い方してんじゃねーよ」
「あぁ悪ぃ、そういや花宮にしてんのは初めて見たわ」
「ご覧の通りまこちゃん怒るからね」
「んでお前らなんの話してたんだ?」
「んー…、」
「なんも話してねーよ」
「いやいや種田爆笑してたじゃ……花宮睨むな今スゲー顔怖ぇぞ」
「ふ、ふふ……だってまこちゃん墓穴掘ったから」

 思い出したら笑えて来た。これ以上笑うとまこちゃんがキレ過ぎてやばいので、ザキちゃんの後ろに隠れる。

「笑ってんじゃねーよ」
「気のせい……ふふ、ザキちゃんあれだ、『くだんねー事』話してたよ」
「マジで調子乗んな!」
「ッあはは! まこちゃんが墓穴掘ったのに、怒るとか格好悪いよ!」
「テメーマジ面貸せ! ヤマどけよ!」
「落ち着けって。あとよく解んねぇけど種田も堪えろ、花宮がヤベー」
「ふ、はは……ふふふ」
「ちょ、背中へばりついて笑うなってのくすぐってぇ! つか皆驚いてんぞ!」

 うん?
 ザキちゃんの背中から顔を上げると驚いた顔が幾つもあって、こちらも驚いて笑いが引っ込んだ。

「山崎……お前まで裏切るのか」
「は!? なんで俺!?」
「信じらんない、俺はお前をバ可愛い後輩だと思ってたのに!」
「バカワイイ……バカ……」
「種田ちゃんこっちおいで!」
「なんで?」
「『なんで』ってなんで!!?!?」
「ねぇ、花宮先輩って……意外と子供っぽいとこあるんだね……いつも冷静で格好良いのに」
「な、からかわれてブチ切れってさぁ。しかも墓穴らしいぜ?」

 おいおい、こそこそ言う一年よ、それはちょっとマズいんじゃないかな。

「……お前ら外周」
「「へっ?」」
「今日一日ずっと外周走ってろ」
「「えっ!?」」
「ぁあ゙? 文句あんのか?」
「「ヒェッ、ないです! ありません! すぐ行ってきます!」」

 バタバタと駆けて行く二人に、ザキちゃんが憐れみの視線を送る。だがまこちゃんに『子供っぽい』はいけない。逆鱗に触れるよ……もう触れたんだけど。

「おい流石に可哀想だろ花み、」
「先輩方」
「「えっ、はい」」
「俺と結希は付き合ってなんかいません。こいつがふざけた事やったのに俺にキレてんじゃねーよウザってーな……んだよクソが……面倒くせぇ」
「「すみませんでした」」
「解れば良いんだよ、解れば……さて、さっさと練習始めましょう、時間押してますよ?」

 その声を合図に部員が無言でせかせか動き出す。そう、これが花宮恐怖政治である。体育館内の空気が随分冷えた。少し笑い過ぎたかな。

「チッ! ……悪……た…」
「はい?」
「だから。突き飛ばして悪かったな……なんて言うわけねぇだろバァカ!!!」
「お、おぉ」
「お前な……」
「なんだよ。そもそもこいつがバカな事やったからだ、自業自得だっつーの!」
「まぁ思わず。ごめん?」

 ふんっと鼻を鳴らすまこちゃん。「ヤマもさっさと準備行け」「それお前も、」「あ゙?」「なんでもねぇ」顔を引きつらせてザキちゃんは離れていった。
 手を出せと言われて、首を傾げながら両手を出す。「危なっかしい受け身取りやがって。お前も来月試合だろーが」指や手首を診ながら言われるが、突き飛ばした本人の台詞ではない。不服だ。指示に従いぐっぱしたり、手や首を回す。違和感は無いし、まこちゃんから見ても問題無いようだ。もう良いと言われ、早くドリンク作らなきゃとジャージや書類が入った段ボールを抱える。

「まこちゃん」

 なんとなく気になって、準備に向かう背中へ声を掛けた。

「あ?」
「大丈夫だよ」
「………………さっさと行け」
「うん」

 やはり何が大丈夫かは解らないが、もう一度言いたかった。こちらを振り返ったまこちゃんは拗ねたような顔をして。でも前を向く寸前、満足そうにほんの少し口角を上げているのが見えた。
 ほんと、捻くれていて素直じゃない。こんがらがった天の邪鬼。寂しくて服を引いて、覚えている癖に言ってないとムキになって、墓穴を掘って逆切れして、頭を撫でられるなんて子供扱いみたいで嫌で、満足な顔を見られたくなくて。

(ふふ、子供っぽい)

 小さく溢れた笑みがバレないように、急いで部室に走った。

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