臍曲

 予鈴ギリギリに登校すると、なんだか教室内がきらびやかだった。眩しい。輝く元凶がとびっきりの笑顔でこちらを向く。眩しくて目ぇ焦げそう。

「おはよう結希!」
「……オハヨウマコチャン、風邪ハモウ大丈夫?」
「うん、すっかり良くなったよ。ノート見せてくれないか?」

 すっごいキラキラしてるし無駄に爽やか。でも瞳孔開いてる、「殺ス」って瞳に書いてるよ、こわい。ニヤニヤしているバスケ部御一行に、どうやら既に女王様ネタで弄られたのだと察する。
 差し出される手に今日持っているノートを一式渡すと、現文は既に見せてもらっていたようで返却された。「ほんと結希のノートって綺麗に纏められてて見易いよ。特に理数系と英語 は 」「アリガト」そうだね、本は好きだけど文系は得意じゃないからね。そっちは見る価値無しって事ですね、ごめんなさい。

「よー女王様、風邪大丈夫か?」
「おいおいそのオカシナ呼び方やめてくれって、お前もかよー!」
「はは、既に呼ばれた後だったか」
「珍しく一哉が早くに登校してると思ったら、挨拶も無しに、だぜ?」
「原ってば他人弄るのにどんだけ力入れてんだよ!」
「だって面白過ぎんじゃん、弄らない手は無いっしょ。ねーユーキチャン?」
「……ソウカモネ」
「てか花宮普段種田にどう接してんだよ、気になんだけど!」
「普通だって、お前らと変わんねーよ! 全く、結希ってば言葉選びが独特だから参っちゃうぜ」
「……ウン、ゴメンネ」
「お母さん教育間違えてんじゃね?」
「あはは、勘弁してくれよ! ははは」

 そこの元二組男子よ、ほんと勘弁してくれ。まこちゃんのキラキラ増したの見えないの? 「花宮君すっかり元気だね」「良かったー」猫被りに騙されてる女子達よ、全然良くない。乾ききった笑い声聞こえないの?
 ノートは朝のショートホームルームでさっと見終えたらしい、すぐ返って来た。一限が始まり化学のノートを開くと、化学式を訂正する付箋が一枚。助かる、有り難い、のだけど。

《後で覚えとけよ》

 訂正とは少し離れた一文。小さくてカクカクしてて、所々癖のあるハネの神経質そうな字が恐ろしい事を伝える……覚えません忘れます。心に誓い顔を上げると、軽く振り返って微笑むまこちゃんと目があった。知らないよ、忘れるもん。私は何も見てない。






「それで? 一体どういう意味かな?」

 屋上に着いた途端、まこちゃんに壁へ追い詰められる。若干心配そうにこちらを見ていたザキちゃんは、薄ら寒い優男の微笑みにサッと目を逸らした。うん、その方が良いと思う。

「まこちゃんなんで猫被って、」
「質問してるのはこっちなんだけどなぁ……結希ってそんなにバカだっけ?」

 屋上にはバスケ部しか居ないのに無駄に猫を被っている。優男モードで怒られるのが苦手だといつバレたんだろう。やばいこわい、しかも説教長い。
 因みにべーちゃんは体育委員の集まりで居ない。まこちゃんが今日登校したのは私をスムーズに怒るためかも、なんて見当違いな考えが浮かぶ。

「──やだなぁ結希、そんなに怯えてどうしたんだ?」
「酷く怒ってるまこちゃんが怖、」
「俺はただ、誤解を招くような事を言って、結希にまた下手な噂が上がらないか心配でさ」
「……どっちかって言うとまこちゃんに誤解が上がるかも、」
「解ってんじゃねーか、テメーマジでふざけんなよ解ってて言ったのか? あ? 意味解んねー上になにクソ面倒くせー事言ってんだよ、バカか?」
「待って髪、髪踏んでる、抜け、」
「ん? 何? 今の話より重要な事?」
「……なんでもないです」
「『ないです』?」
「なんでもありません」

 壁を背に座り込む私の顔の横、まこちゃんは髪を巻き添えに踏みにじっている。そこそこの痛さに頭皮が禿げると悲鳴を上げるが、今は言いなりになるしかないようだ。確かに列記とした男であり王子様キャラで通っている優等生花宮クンに対して、女王様は無いだろう……どんなに素が女王様にぴったりだとしても。私が悪う御座いました。

「あははは! も、もうまんまじゃん! 花宮解ってる? 体勢とか発言とか完全に女王様なんですけど!」
「テメーもあんま調子に乗ってんじゃねーよ、ぶち殺されてーのか」
「……あー……うん、ゴメンゴメン」

 白雪姫よりアリスのハートの女王が合うかも。試しに「ぶち殺すぞ」じゃなくて「首刎ねんぞ」って言ってみて欲しい、きっと違和感皆無だよ。
 考え事がバレたのか、こちらへ視線を戻した女王様はにっこり笑い足をじりっと動かした。あっ、今これ最高に痛い、流石の私でも痛い。

「クラスはまだマシにしても、あいつらが死ぬ程ウザイんだけど、どうしてくれるのかなぁ?」
「……ごめんなさい」
「結希チャンは碌にキチンと謝りも出来ねーのか?」
「大変申し訳御座いませんでした」

 ふんっ、と鼻を鳴らし四人の輪へ入るまこちゃんに、命拾いしたとほっとする。彼にかかれば学校なんて小さな世界では簡単に死ねるからね、社会的に。ぱさぱさ髪をはたいて立ち上がる。と、扉が開いた。べーちゃんかな。

「あの……種田さん居ますか……?」
「ここ」
「うわっ!?」

 扉の裏に居た私は死角だったらしい、覗き込むと盛大に驚かれた。ゴールデンウィークの恐喝被害者さんだ。「なに?」「あ、これ」何故か女バスの連絡用紙……と、探るような視線を寄越された。そして彼はちらりとまこちゃんを見る。視線を不快に思いながら受け取ると、これまた何故か女バスの名簿にサインを促された。この受け取りのサイン、仰々しくて面倒だよね。

「なんで君?」
「クラスの女バスの子がどうしようって言ってて……特別教室棟の屋上、女子が来ると……ほら、その……」
「?」
「ええっと……男バスって、人気で」
「あぁ他の女子のやっかみ? 凄いね」
「あと、暗黙の了解……的な……」
「ふぅん」

 女バス部員が、彼がこの前屋上へ来た事を知っていて頼んで来たらしい。つまりパシリである。力無く笑う彼なら押し付けられそうだ。
 他の部員は部活中済ませたのか名簿は私以外全て埋まっている。二組は私以外部員はおらず、八組には半分マネみたいな事をしている部員が居るから託されたのだろう。因にその子の実力は一番低く、私への嫌悪感は一番高い。ほんとは暗黙の了解なんてなくて、単に会いたくなかったのかも。
 胸ポケットから万年筆を取り出しサインする。黒が列ぶ中、月夜──紺鉄こんてつ色のインクはよく目立った。

「種田さん万年筆使ってるんだ? 珍しいね」
「ふふ。うん、良いでしょ」
「ッろ、六角形で格好良いけど少し可愛いデザインだよね、スポーツシリーズ」
「解る? これはクラシックスポーツだよ、ふへへ、可愛いよね」
「うん、か、可愛い……あっいや万年筆が! 種田さんっぽい感じって言うか色とかも似合ってるって言うかイメージ的に、あぁああもう意味不明……とっとにかく良いデザインだよね!!!」
「ほんと? やったー!」

 顔が緩みきっている自信がある。万年筆を褒められ、更に私らしい似合ってると言われて、先程踏みにじられた髪のキューティクルが回復する程気分が急上昇した。いや絶対してる、寧ろ踏まれる前よりつやつやになってるよ。
 「態々お使い悪かったね、ありがと」サインし終わって、名簿を回収しようとする彼へ自分で持って行くと告げる。

「あの、俺丁度職員室に用事あるんだ。だからついでに渡しておくよ」
「いやいい……なら一緒に行こうか」
「う、うん!」

 妙に元気良く返事をした彼と共に、屋上を後にしようと足を踏み出す。パシられた部外者にそこまで頼めないし、まこちゃんの機嫌が最高に悪くなっているのを肌で感じるので退散する事にしたのだ。逃げるが勝、

「結希、先に昼食食べてから行きなよ」
「……はーい」

 に げ ら れ な い !
 ワンテンポ遅れつつ返事をして目の前の彼へ別れを告げる。最後、まこちゃんと私を交互に見てから、またしても探るような視線を寄越した彼に首を傾げる。何かしたかな……もしかして女王様発言が八組まで達しているのか。男バスが部内恋愛禁止だと知らなかった彼が、知っている程達しているか。ごめんまこちゃん、私の発言意外と影響力あったみたい……いや、花宮クンの話題だからかな?

「まこちゃん万年筆褒められた!」
「……良いからさっさと来い」

 まこちゃんは酷く不機嫌だが、万年筆を褒められた喜びは継続中なので報告すると、更に不機嫌になってしまった。怖いが行かない方が怖いのでじりじり近づく。とは言え表情筋はまだゆるっゆるなので、にやにやしながら及び腰という気持ち悪い状態が出来上がった。私今すっごいアホみたいなんだろうな。アホみたいな私に苛つくのか、まこちゃんの機嫌は悪化する一方だ。

「ッ!? まこちゃ、えと、なにっ?」

 横に座った途端、無言の侭べちべちと何度もデコピンされる。

「花宮所有欲ってか独占欲強過ぎっしょ! ウケる!」
「違ぇよ」
「何をどう考えても違わなくねぇだろ……お前、やっぱそうだったんだな」
「煩ぇよヤマ、その悟り切った顔やめろキメェ事考えてんじゃねーよ! ムカつくんだよ、だらしねー顔晒しやがってウザってー、なっ」
「ッも、やめてよ!」
「うーんこの」
「花宮って結構面倒臭いよね」

 絶対赤くなる、なんなんだ。そりゃぁまこちゃんにとって、他人の幸福は辛酸かもしれないけど。良いじゃん、この万年筆なんだし。褒められた事を喜ぶくらい許して欲しい。

「瀬戸センセーこれはアレ? 小学生男子が不器用拗らせ過ぎて的なアレで良いワケ「俺もそうにしか見えない」
「俺も……つーかそれしかねぇだろ」
「だから違ぇっつってんだろーが! 面倒くせー勘違いキメてんじゃねーぞ気持ち悪ぃ、鳥肌立つだろ!」
「いや女王様が自分以外に尻尾を振る犬に苛立ってる的なアレじゃ「あぁ確かにそういう見方も……待って古橋それ結局あんま変わんないよね?」
「……テメーらいい加減にしろ、レギュラーから引きずり落とすぞ」
「「「「横暴過ぎです女王様」」」」
「煩ぇよ!!!」

 まこちゃんが一番煩いよ。「ねーユーキチャン、万年筆ちょっと見せて?」呆れていると、ケタケタ笑う原ちゃんが手を出して来た。はい、と白のそれを差し出す。

「ちっちゃ、ッ!? うわ軽っ! ビビったー……」
「落としたらその前髪、生え際で切り落とすから」
「オン眉とか勘弁してよー、冗談でも笑えないって。つーか万年筆って高いんじゃないの? 親父がモンブラン? っての持ってるけど六桁は行かないって」
「えっ……つまり九万前後かよ!?」
MONTBLANCモンブランは格が違ぇよ。結希のそれなんざ、ただの玩具だっつーの」
「ブハッ! 花宮機嫌悪過ぎっしょ! んー……KAWECOカヴェコ……? ふーん」
「万年筆ってなんかガリガリして書き辛くねぇ?」
「最初はね」
「お前授業中も基本それ使ってるよね」
「うん」
「え、ノートも万年筆で取ってんのか? 間違えても消せねぇじゃねぇ「間違えなきゃ良いでしょ」
「……」
「訂正線でも良いし、どうしても気になるなら後から修正テープだな」
「花宮と瀬戸も「俺はボールペン」
「俺もボールペンだな、家じゃ万年筆だが」

 健ちゃんもインク派仲間である。シャーペンは鉛や消しゴムのカスが出るし、芯が折れたりノックも面倒だ。「えー消せないの嫌じゃない?」「残る方が間違う傾向が解るよ」中学の頃は、間違えないよう書くために集中力が付く、なんて言う教員がいたっけ。べーちゃんはそちらへ気を取られて勉強に身が入らないとシャーペン派だ。

「消しゴム使う時に思考中断させられちゃうでしょ」
「持ち変えんのも手間だからな」
「消しゴム一つに……なんつーか嫌になるんですけどー」
「これが主席次席の考えか」
「なによりノート見易いからお勧め」
「そして特待生の後押し……俺もペン使えば成績上がる、のか……?」

 ザキちゃんが唸って考えこむ。私は上がるかも知れないと思ったが、主席と次席は鼻で嗤うだけだ。

「万年筆って手に馴染むって言うけど、どんだけ掛かるもんなの」
「んー……品質や使用頻度による」
「一ヶ月で大体は、しっかり馴染むのに二、三ヶ月ってとこか? 元々ペン先が自分に合ったやつなら、早くて一週間くれーか」
「幅あり過ぎ。メンテ面倒そうだしボールペンで良いわ」
「ユーキチャンそれ一年の時からいつも胸ポケットに挿してるけどさ、どれくらい使ってんの?」
「丸三年?」
「「「「マジか」」」」

 中二の5/31に貰った物だからもうすぐ四年目だ。皆は驚くが、万年筆にしてはそこまで長期では無い。「だっていつも持ってる割りにキレイじゃん?」「ふふ、大切に使ってるから」傷が着かないよう、汚れないよう注意ははらっている。白って汚れ易いし目立つからね。綺麗だと褒められてまたしても顔が緩む。

「お気に入りの一本ってやつ?」
「うん。可愛かろー、ふへへ」
「うんうん、両方とも可愛いカワイイ。ねー花宮?」
「はぁ? 知るかウッゼー顔晒しやがって。んなゴ丁寧に扱う代物じゃねーっつーの。お前金に困ってねーだろ、んな玩具よりもっと良いヤツ買えよ」
「充分品質良いし……それに私は、コ レ が 良 い の 」

 むーっとまこちゃんを見ると、苦虫を噛潰したような顔で強く頬を抓られた。「い、いひゃい」やめてとぺちぺち肩を叩くと鼻で嗤われる。

「マコチャンってばキレ過ぎじゃね?」
「自棄に種田の万年筆蔑むね、なんかあんの?」
「別に。ただコイツがヘラヘラしやがってウゼーだけだ」
「お前やっぱさ……その、ドンマイ」
「だからキメェ想像すんな、やめろ」
「「「「そっか……」」」」
「その悟り切った顔もやめろつっただろーがウゼェ!」
「そっか……」
「意味解ってねー癖にノってんじゃねーよ結希! ぶっ殺すぞ!!!」

 いやここはノらなきゃと思ったんだよ、よく解んないなりに頑張ったんだよ。悟り切った顔もよく解んないけど、仏みたく優しい感じを必死に醸し出してるんだよ。つまり健ちゃんみたいな感じ。

「というか玩具おもちゃ言うけど、まこちゃんのアルスターとそんな変わんないし……良いじゃんこれなんだし…………まこちゃん流石に捻くれ過ぎ……」
「あ゙?」

 まこちゃんも万年筆を持っている。LAMYラミーのアルスターだ。書き心地の感じ方なんて人それぞれだし、価格もアルスターの方が少々高い程度なので品質も同じくらいだろう……そうじゃなくてもクラシックスポーツは比較的安価だが、しっかりした、歴史ある良い万年筆だ。なのにここまで矢鱈と私の大切な、この万年筆を蔑むまこちゃんは捻くれ過ぎている。
 そんな考えで事実を言ったに過ぎないのに、後半、ぼそぼそ話していると、隣からぶつりと何かが切れる音が聞こえた。避ける前に手が伸びて来て、またしても頬を、今度はちぎるつもりなのかと思うくらい強く抓られる。ちょっと、も、やっ、

「減らず口はコレかな? このオクチかなぁ結希チャン?」
「ち、ちが、いひゃい! ちぎえう!」
「何が違うの? 俺が休みの間意味の解らない面倒な事言ったでしょ? 本当に結希には参るなぁ」
「そえとこえとはちがう!」
「何言ってるの? 両方結希が言ったんだから同じでしょ?」
(アリ? もしか山内じゃなくてユーキチャンの万年筆に拘ってんの?)
(女王様がお怒りだな)
(花宮って……やっぱ…………つかスゲー面倒クセー奴だな、おい)
(あー……今吉にでも貰ったのかね、あの万年筆)
「テメーら何考えてやがる」
「「「「なにも」」」」
「いひゃい!」

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