「全員行き渡ったな……始め」
教員の声に周りは一斉にプリントを裏返し、シャーペンを走らせる。背景には窓を叩く雨音。
(最っ……悪)
眠くて堪らない。頭は思うように回らない癖に、ぐるぐるぐるぐる、暴走する列車の足みたいに無駄に空回ってはいる。昨日の夜、大きな雷を合図に降り始めた雨が拍車を掛けた。
未だシャーペンは待たず、耳を覆って目を閉じ自分に言い聞かせる。ちゃんと考えろ、落ち着いてスピードを下げて回せ。そうでなくとも一学期の期末考査は梅雨、中間は出来るだけ点を稼がなければならない。今は中間考査最終日、最終教科数学U。これで最後、これが終わったら女バスの試合に出て男バスの、初めてのまこちゃんが居る試合でのマネだ。近くで彼のバスケを見れる、その事だけ考えろ、それだけ考えて頑張れ。
ゆっくり深呼吸して集中し、余計な音と思考をシャットアウトする……大丈夫、行ける。静かな中、ペラリと一枚のプリントが裏返る音が響いた。
「お、終わったぁー!」
「ユーキ今回超苦戦してた? よね?」
「してた、ほんと、超してた」
「まぁ雨だしねぇ……」
ぐーんと伸びをして、力を抜いたと同時に机の上にへばる。あぁもう女バスの試合サボりたい。よく知んないけど私居なくても余裕だよ、たぶん。
「最初全然動かなかったのってやっぱユーキチャン? 寝てんのかと思った」
「んー……起きてたよー」
「ブハッ! なんかぐにゃんぐにゃんになってっし! なーんだ、数U爆睡で白紙だったらウケたのに」
「酷いな……」
「何をしていたんだ? 山勘が当たるよう祈ってた、なんてないだろ」
「集中」
「で? どーよ出来は。ボロボロ?」
「超集中状態の種田舐めるなー……って言いたいけど、省ける途中式は全部省いたから間違えてたらごりごり失点」
「なんて言いながらどうせ特待落ちねぇんだろお前」
「そりゃ落ちたくないし、見直しはきっちりしたよ」
ホームルームまで帰る用意をしながらダラダラ話す。考査期間中は出席番号順の座席、瀬戸田辺種田と続き、列を変えて健ちゃんの横にまこちゃん──花宮原古橋と列ぶ。ザキちゃんは原ちゃんの横だ。席順自由の時とあまり変わらない仲良し密集ぶりである。元八組トリオは一年の時も横並びで仲良くなったのかな。
担任が教室に入って来た。早く解散して欲しい、早くはやく。こんなに試合をさっさと終わらせたいのも、試合が楽しみなのも初めてだ。勿論前者は女バス、後者は男バスの話である。
だが無情にも担任はホームルームを始めず、黒板に何か書き始めた。それを見て皆あぁと頷き、のっそりいつもの席に戻っていく。私も思い出して席を立ち、そっと教室を抜けた。眠気は限界に達している、こんな状態であと五十分も持たない。酷い眠気でふらつく身体に鞭を打って動かし、一階を目指す。
「先生寝に来ましたー」
保健室に入り、言い終わるが早いかチャイムが鳴った。
「種田さんあなたねぇ、そんなに堂々とサボりに来ちゃ駄目でしょう? 雨とは言え残り一時限くらい頑張りなさいな。テストや授業も勿論だけど、クラスでの話し合いってとても大事よ?」
「べーちゃんが上手い事してくれるだろうし大丈夫です」
先程まで完全に忘れていたが、一学期中間考査最終日の最後はロングホームルームだ。クラスで話し合い、体育祭の出場種目を決める。
「大丈夫じゃありません。ほら早く教室に、」書類に向かい呆れた声で説教を紡いでいた保険医は、顔を上げマスク姿の私に首を傾げた。「あら、サボりじゃなくて風邪?」「男バスで二人風邪になったので。予防?」肩を竦めると、彼女はしばし私を注視して困った様に溜息を吐いた。気にせずソファーに座り、こてんと横になる。
「今日男女両方試合なんですけど死ぬ程眠いんです一時間程お願いしますおやすみなさい」
「……全く。そんなに眠いなら男子の方は欠席したら? 言っちゃなんだけど、マネージャーなんだから」
「……」
「出来ないならせめてベッドに行きなさい。ソファーじゃ休めないでしょう?」
「んー……」
「ちゃんと起こしてあげるから。じゃないと無理矢理早退させます」
「……はーい」
根を張りかけている身体をなんとか起こし、イートンジャケットを脱ぎ捨てベッドに滑り込む。一つ空けた隣にも誰かが休んでいるようだ。その人には悪いが、一応と携帯のアラームを授業終了十分前にセットし……ている間に、重力に身を任せるように深く眠りに落ちた。
∇ ∇ ∇
「あ? ユーキは……?」
早々に体育委員に投げた担任と入れ替わり、チャイムと同時に教卓の前に立った田辺が俺の隣を見て顔を顰めた。席は空だ。
「そう言えば戻らないな」
「古橋んなきょとんとしてもなんも可愛くねーから」
「便所じゃねぇの? すぐ戻って来んだろ」
「と、思ったけど。鞄無いよん?」
「……席移動に紛れてフケたなアイツ」
ガリガリとポニーテールを崩さないよう頭を掻き、溜息を吐く田辺。表情豊かな可愛らしい顔と、大きな胸のメリハリある身体──男ウケしそうな容姿にも関わらず、彼女の言動はガサツで乱暴だ。
「何でも良いだろうしこっちで好きに決めるか……よし。お前ら! 学食一週間無料券は、期末テスト対策解説プリントは欲しいか!?」
だが不快感は抱かせない。快活で豪快な印象を与える姿は求心力があり、今も担任の適当さに戸惑い、テストで疲れ投げやりなクラスメイト達を煽り(半ば無理矢理)まとめあげている。こんなんでよく花宮の近くにいれるね。種田が緩衝剤になるとしてもリーダー気質同士かなりぶつかりそうだ。事実彼女を抜いて二人がツルむ姿はあまり見た事がないし、想像し難い……バレンタインの件では二人して悪い顔で暗躍していたが、あれも結局は種田絡みだ。
「花宮気付いてた? ユーキチャンどっか行ったの」
「いや……気付いたら止めてる、かな」
種田の事と言えば花宮田辺と言うイメージがあるが、苦笑する花宮も気付いていなかったようだ。「山崎は当然気付いていないとして「おい」お前は?」「全っ然」首を傾げ問う古橋に、図星で言葉の続かない山崎、ケラケラ笑いながら空いた種田の席に移動する原。俺もだ。誰も気付かなかった。
「ユーキチャンってフラッと消えるよねー……大人しいけど、陰キャとか影薄いって感じしないのに」
「居ない事には気付けるからな」
「去年からこんなだぜ。居ねぇと思ったらしれっと次の時間席に着いてる」
「それお前が寝てるから気付かねぇだけ「起きててもだって」
求心力のある花宮と田辺の周りは常に沢山の人間が集まる。そんな華やかで活気溢れる集団の中心である彼らが一際近くに置くのが、現在行方不明の種田だ。
去年の秋の一騒動、主に花宮関連で言われていた種田への悪口に「田辺も何故あんな子と仲が良いのか、仲良くしてあげるのか」といった言葉を聞いた。同性の交流でさえそう言われるのは、彼らに近付き群れたがる人間にとって彼女が単純な嫉妬の対象である以上に、理解出来ないからだろう。協調性が無い訳ではないが、交友関係が狭く集団に属さず、独りを厭わない種田。だからと言って集団から溢れている訳ではなく、寧ろ好んでそうしている節がある。
人間は自分と違うモノを理解出来ない。そして理解出来ないモノに恐怖し、恐怖するモノは拒絶する……頭が悪く、理解力の足りない奴なんかは特に。
「結希、気配消すのが上手いって言うか……変な話だけど」
「種田は忍者かなんかかよ」
「去年も合宿で誰も気付かなかったな」
「あー……でも逆に『お前いつからいたの!?』ってはなんないよねん」
「サボり魔だからフケんのだけ上手いんじゃない?」
「どうかな。中学の学祭でお化け屋敷やってさ、出口でそっと近づいて『またのお越しを』って言うだけの役で一番驚かせてたよ。腰抜かした客もいたっけ」
猫を被りクスクス笑う花宮。彼に憧れる女子ではないが、俺も時折思う。何故二人は花宮が素を見せ、種田が傾倒する程親しいのか。リーダー気質と受け身な人間は上手く噛み合うだろう。優等生として一匹狼っぽい彼女を、噂で言われていたように気に掛けてやるのも正解だ。輪に馴染めるよう頼む教師だって居たかもしれない。だが猫を被る花宮に種田が懐くと思えないし、花宮は初対面、特に女子に素を見せない。
「お前と種田って中学から仲良いんだっけ。そん時からずっと一緒なの?」
「はは、結希とずっと同じクラスだったのはナベだよ。俺は二、三年の二年間……まぁ仲は悪くないつもりだけど」
クラスの話なんてとぼける花宮が「ずっと一緒」の単語に一瞬不服そうな空気を漂わせた。完全に言葉のチョイスミスったな。その上猫を被っていても仲が良いとは言えないようだ。普通に仲良いしよくツルんでんじゃん、お前ほんと捻くれてるね。苦笑を必死で隠す。
にしても中二からか。種田と親しくなったのは田辺が先だろう。そして田辺は前に、種田を通じて花宮と知り合ったような事を言っていた。種田に過保護な彼女が花宮を警戒しない訳がない。「花宮の印象は?」窺う姿が安易に想像出来た。なら花宮が種田を気に入り、最初から二人に素を見せたのだろうか?
「アリ? 中二から? てっきり幼馴染みかなんかだと思ってた」
「まさか。帰る方向違うだろ」
「だって去年の時点で、二年の付き合いにしては年季入ってたじゃん?」
「ふはっ、年季、ねぇ……? 知り合ったのは中学の始めだから、それでかもな」
横向きに座って背もたれに頬杖をつき、今は原が陣取る種田の席を眺める花宮は、その表情を自覚しているのだろうか。うっすら乗せられた笑みは悪巧みが上手く嵌った時のような、教室で見せるには少し仄暗いもの。思わず原と顔を見合わせる。
「……お前らってなんでツルむようになったの?」
「なんでって……随分薮から棒だなぁ」
「去年散々言われてただろ。『花宮君は仲良くしてやってる、優しいから断らないだけ』、そうじゃないのは解ってるけどお前ら正反対じゃん。種田も真面目なとこはあるけど一人フラフラしてるマイペース自由人、ってかもろサボり魔だし」
「あぁ、正反対って結構言われるんだよなぁ。そうでもないと思うぜ? お互い騒ぐのが得意なタイプではないしね……ナベみたいな」
「はい学年競技出たい奴ー! あ、ザキ古橋市川は既に決定な!」
「はぁ!?」
「当たりの強さと性格考えたら当然っしょ、アンタらんな足早くないからリレー向きじゃないし」
「おい50m七秒切ったら充分だろ」
「田辺横暴ー」
「貴様ら! 期末テスト対策解説プリントは欲しくないのか!?」
「「「欲しい、やる」」」
「宜しい!」
田辺煩過ぎんだけど。何そのテンション、ウザイわ。
まぁ正反対なのは、あくまで皆に優しい主席・花宮真君としてだからな。「趣味も合うしね」あぁ女王様とドM? 「本なんかの」いやお前はイイ子ちゃん外交用にドラマ原作やら感動長編やら恋愛物やら、話題のベストセラーばっか読んでんだろ。種田この前純文学読んでたぞ。あと古書とか専門書。
「単に気が合う、そんなもんだろ?」
「そういう話じゃないんだけどね……」
「なんだよ?」
「ファーストコンタクトが微塵も想像出来ない。どうしたら真面目なお前に種田が懐いて、あいつ曰く女王様と召使いになんのかって言う」
「あー解る。だってそれなら斉藤クンにも懐きそうじゃん?」
暗に、猫を被った花宮に種田が懐くわけがないだろうと、何がどうして素を見せるようになったのかを訊くと、花宮は不思議そうに首を傾げてから「あぁ、」と何かに納得して笑った。女ならころっと騙されそうな、男の俺から見てもそれはそれは綺麗な笑み。
「なに、気になる?」
かと思えばこちらを覗き込み、今度はニヤリと悪戯に笑う。一連の仕草が完璧過ぎていて、だが妙に芝居がかっていて、俺は間違えた事に気付いた。
「あー……いやいい、やっぱいいわ」
「健太郎、『君の好奇心……知識欲は否定しないけど』さ、」
「うわぁ(笑)」
が、後の祭りだ。
「そんなに結希の中学時代が気になるなら「ゴメン花宮俺が悪かったからそういう面倒臭い事言わないでしかもこのタイミングで」
「俺じゃなくて結希本人に直接訊けば良いと思「マジで勘弁して石野の笑顔ヤベェからなんか紙谷机に頭打ち付け続けてるし切原のサムズアップ見えないの花宮ゴメンってば」
「ブッハ! 瀬戸爆死、公開処刑!」
「瀬戸君! 借り物競走「出ないからほらこうなるじゃん俺いいって言ったじゃんマジどうしてくれんの」
「ナベ、健太郎が借り物出たいって「いやいやだからあんな怠いの出たくないってば田辺俺絶対出ないからね」
「瀬戸……今年の借り物はなんと障害物もあるからデカ仏なお前はちょっと……あー、ドンマイな。折角青春したいってのに「田辺もノんないで良いからってか変な当て字やめろ」
「俺は友達として健太郎を応援したいけど……男バスは部内恋愛禁止「態とらしく憂い帯びないでなぁ田辺花宮止めて変なスイッチ入ってんだけど」
「やだ花宮くんノリノリじゃん。親御さんの許可も下りたことだし瀬戸くんもノリノリに「なんないから」
「元々幼い容姿の種田の中学時代が気になるって、完全にロリコ「もうテスト前数学見てやんないから覚悟しろ古橋」
「瀬戸! えーっと…「取り敢えずのノリで何も考えずに口開くなよバカ崎」
「「バカ崎(笑)」」
「おい! 原と田辺はなんでそこだけ拾ってんだよ!」
「真実はこの際さて置き萌えの神様が私に全裸待機を囁いてるようだそろそろ暖かくなってまいりましたね(瀬戸君応援してる「切原本音と建前逆だから」
「瀬戸センセーツッコミスキル半端ない! スゲー必死、クッソウケる!!!」
「当然でしょこれ三年と小谷の耳に入ってみ? 聞く耳持たずに勘違いしたままクソ面倒臭いことになんでしょ俺はお前と違って女にコブラツイスト掛けられる趣味ねぇの」
「オレもないし!」
「こーゆーデリケートな話題を茶化すのは少し意地悪だったか「トドメ刺さないでよなにそれマジっぽいじゃん」
「はは、少し悪ふざけが過ぎたか?」
「あぁうん…………俺疲れた」
「ふはっ、悪かったって怒るなよ」
「……怒ってないよ」
柔らかく笑う花宮だが、目が完全に「ザマァみろ」と嘲笑っている。確かに少々質問が多くウザかったかもしれないが……こんなだから女王様なんて言われんでしょ。“──社会的に殺されそう”水曜日屋上へ向かう時の種田の呟きを思い出した。好きな娘の過去が気になって遠回しに探りを入れた、なんて面倒な勘違い、高校生にとって社会的死に近い。小谷の耳に入ったら物理的にも死に兼ねない。
(だって全然想像つかないしお前ら自分の話殆どしねぇし、それこそ単純な好奇心、退屈はしないけど気になんじゃん。花宮は敵わないからさて置き種田は、なぁ……予想外なとこあるけど基本解り易いのに何気に読めねぇ、ってか読ませねぇとこ普通に悔しいんだよね。しかも無自覚でってのがまた。腹立つわ)
「なんだよ黙りこんで。そんなに堪えた「小谷の耳に入ったらあの娘どんだけウザいんだろって」
「改めて釘刺す程度だろ、結希に害がない限り何もないと思うぜ?」
(害がない限りって……あれば小谷より先にお前と田辺に殺されるでしょ)
「でもさー実際どうなの? 幼なじみなら納得なんだけどねん。想像つかないわ、二人の馴れ初め☆ ってヤツ」
「ん? 一哉、借り物出たいって?」
「オレ? 花宮は良いワケ? オレ『好きな子』引いたらユーキチャン連れてくけど? 普通に好きだし面白そうだし。でも小谷サン怖いしなー……」
ニヤァと花宮を見る原。お前攻めるね……田辺が爆弾扱いしてたの忘れたの? 爆弾改め花宮がニコリと笑う。「なんで俺にそんな事、」訊くんだ、と言おうとしたのだろう。しかし言い終わる前に、別の声が飛んだ。
「原君チャッ……ラい! ダメ!」
「去年の種田ちゃんのアレコレは主に原君のせいだってのにやっぱ駄目だわチャラ男は。チャラ男は掘られてなんぼ、受けなんだよ。女の子と絡んでも相手が泣く未来しか見えない却下」
「え〜〜? アレはちょっと失敗しちって? つーかエグい事言うなって。あとオレそんなチャラくないよん」
「『チャラくないよん』が既にチャラい。『普通に好きだし』もチャラい。もう原一哉改めチャラ一哉で良いよ、チャラくん」
「チャラクン! ヤベーバカ崎どうしよ、オレチャラクンだって!」
「バカ崎を定着させんなチャラ!」
話題が流れ、最後まで否定の言葉を紡げなかった花宮がそっと冷たい溜息を吐いた。原は女子が噛み付いてなあなあになると解っていたのか。俺以上に好奇心が強い……下衆な好奇心の塊な割りに世渡り上手なだけある。ヘラヘラ適当してそうで花宮の逆鱗に触れた事も、種田の地雷を踏んだ事もないもんな。
「あーお前ら流石に煩い、」田辺が煙たがるように手を振る。黒板を見ると、決まっていないのはリレー種目が一つと借り物競争、数合わせの徒競走だ。
「んで? 却下されたチャラはさて置き、また何か踏み抜いた瀬戸は本気で借り物出たい「全然。出ても良いけど紙引く前に即リタイアするよ」
「アンタ期末対策プリント欲しく「要らない。あってもどうせ成績変わんないし」
「チッ、超ムカつく次席落ちろ。なら学食一週間無料券は「魅力的だけど秤にかけたら軽ぃかな、プリンはどうでも良い」
「ッ……だーもー、超ウッザいわー!」
「落ち着けって。じゃあ他ー、田辺も言ったけど今年の借り物競走は障害物もあるんだ。で、誰かに告りたい奴居る? 瀬戸以外で「お前もノんのかよ」
「「「「「……」」」」」
「誰も居ないじゃん、超干涸びてんなーこのクラス」
そうだろうか。去年も女子は種田が推薦されたから早く決まったものの、男子は押し付け合いが酷かった。まぁ去年は入学二ヶ月だしな。
「マジで出たい奴居ないの? ならとりま女子はユーキね」
権力を振りかざす田辺の声に、花宮の眉がピクリと動いた。俺と同じく気付いたらしい原と、またしても顔を見合わせる。これは去年のように自分が巻き込まれることを危惧してなのか、「好きな人」だとかそういった紙を引いた種田の姿を想像してなのか、果たして。
山崎は花宮が種田に恋愛感情を抱いていると思っているが、正直俺は判断出来ない。そんな淡く可愛らしい物事と花宮は対極に存在して見えるからだ。事実その手の話で弄られれば彼は鳥肌を立て本気で嫌がる。だが彼女に対する所有欲は人一倍。先程の仄暗い笑みと、瞼へのキスが憧憬だと知った時の表情を思い出す……やっぱ恋愛感情皆無でしょ。恋情を向けた相手へ所有欲や独占欲を抱く気持ちは解らなくもないが、それにしては黒過ぎる笑みだった。
「そこ決定なんだ。張本人の種田さん居ないけど大丈夫か?」
「居ない本人が悪い、し、総合的に見てユーキが超適任。今年は障害物ある分得点高いから、最初から出たい奴居ないならユーキで考えてたし」
「良いのか花宮」
ボソリと訊いた古橋の声はよく通った。「康次郎……なんでお前も俺に訊くんだよ」問いと、野次馬根性丸だしで様子を伺うクラスメイトに花宮が苦笑する。
「あいつなら何を引いてもお前の所へ来るんじゃないか? 実質、お前と種田の二人が走者だろ」
「はは、まさか」
「古橋ナイスキラーパス! まぁ大丈夫だって、プリン掛かってんのにユーキはお題無視なんてしないから」
「そうか……?」
「つーわけで女子の借り物はユーキで。良いよね、お花?」
「ナベまで……」
「だってお花もお母さんポジだし?」
「あーね。本人不在でも保護者の許可あれば──……」
軽く弄られる花宮が苦笑の下で苛立っているのを感じる。ほら見ろ。所有欲は人一倍な癖に、関連付けられたり親密だと言われると本気で嫌がる。確かに花宮は捻くれてるけど、これはどうも素直になれないとかとは違うような……所有欲に一切の自覚がないのか? キスを何処にするかの一件でも、自分の回答に意味付けられたそれらに有り得ないと引いていたか。なんだかんだ種田には面倒見が良いを通り越して世話焼きで過保護一歩手前、田辺じゃないが端で見ていて彼の所有欲はすぐ解るのに。本当に自覚ないの? 花宮なのに? ……まさかね。
(女王様のお考えはさっぱり解んねぇな)
現在行方不明の、花宮の娘でありペットであり召使いの種田なら、彼の考えも解っているのだろうか?
雨はまだ降り続いている。周囲に興味を示さず、独りひっそり人の群れを泳ぐようにするりと抜ける種田。気付けば何食わぬ顔で戻って来て、静かにそこに居る。飼い主には従順過ぎる犬だが、気儘な姿はどことなく猫っぽいかも知れない。そんな彼女は今、一体何処に居て何をしているのだろうか。
(そういや去年の一学期期末も最終日雨だったな……)
ふと足元に意識が行った。今年は花宮が同じクラスだから雨宿りとして出番はなさそうだ……全く、飼われてる癖に都合良く擦り寄って来る所も猫だ。
(勝手な奴)
「……」
「なんだよ花宮」
「……お前まだ怒ってんの?」
「え、怒ってないってば。なに」
「ふーん?」