見学

 翌日は簡単な入学実力考査をし、対面式ならびに部活動紹介。休憩を挟み写真撮影や身体測定等のオリエンテーション。最後のロングホームルームでは委員会を決めた。希望を聞き、無ければ教卓に近い順に担任がぽんぽんと任命。「皆物解りが良いから早く済んだな、解散」と締めくくり担任は颯爽と退室。まだチャイム鳴って無いよ。
 この後は部活動見学時間だ。だらだら支度をして席を立とうとした時、窓際最後尾の少年が私の隣、大口を開けたまま寝ている生徒を必死に起こそうとしているのが目に入った。堂々とアイマスクまでして寝る人間に、そんな、呼び掛けながら優しくとんとんしたくらいじゃ起きないと思うよ。なんだっけ。携帯を取り出してアドレス帳を見る……瀬戸健太郎さん。彼は昨日も入学式後のロングホームルームで爆睡していた。今と同じく窓際少年が呼び掛けても起きず、代わりに担任が適当に紹介していたっけ。

「瀬戸さん、瀬戸さん、瀬戸健太郎さん。けんたろーさん、けんけん、せとけん、仏さま、」

 大きく呼び肩を叩く私と中々起きない瀬戸さんに、後ろの少年はおろおろしている。気が弱そうだと思ったが、どうにも気になっていたほくろをぐいと押すと思いっきり吹き出した辺り、そうでもないのかもしれない。どうしたもんか。アイマスクを思いっきり引っ張ってみる。ピクリと反応したのを無視して、

「健ちゃん──……」

 ──起きて。

 と、手を離すとベチンと顔面に戻っていった。やっと起きた瀬戸さんにもう解散だと告げる。

「『健ちゃん』て俺?」
「うん」
「男にちゃん呼びって……てかサイズ感的に無理あるだろ」
「優しそうなオーラがあるから大丈夫、たぶん」

 流れで決定した健ちゃん呼びに何か言いたそうにこちらを見ていた彼だったが、反対を向いて組んだ腕に伏せまた寝てしまった。しょうがないねと、肩を竦めてお手上げのポーズを窓際少年に送る。眉を下げて変わらずおろおろしていたが、解散したと伝えたしもう構わないで良いだろう。
 廊下へ出て隣の一組、まこちゃんのクラスを覗く。他にも廊下から覗き込む生徒が居てざわざわしていたところ、教師が怒って窓を閉めてしまった。一年一組は厳しくて面倒な先生らしい、たかが委員決めに自主性が無いのはどうこうと言ってる。まだまだ終わりそうにない。
 八組、べーちゃんのクラスへ足を進める……なんだか酷く騒がしい。ノリの良い人が多いのか出身中学が同じ人が多いのか、入学二日目のテンションじゃない。勿論べーちゃんはノリの良い人。委員決め戦争は空中分解するように終わって、べーちゃんは教室を飛び出した勢いのまま私に抱きついた。

「文化委員になった……絶対学祭超めんどくせーわ。はー泣きたい泳ぎたい」
「このクラスならきっと大盛り上がりで大成功だろうし楽しいよ」
「え、このクラス結構静かそうだけど」
「……ノリの高さの基準がおかしい」
「ユーキは二組どうよ?」
「担任がユルくて楽そう」
「クラスメイトの印象無しか! あーあ超心配。ユーキが何月にクラスメイトと言葉交わすかお花とアイス賭けるか」

 仕方無いとは言え失礼な物言いに、若干ドヤ顔で昨日の写メを見せる。

「もう話したよ、この人。あとその後ろの少年」
「ええええ、いつの間にんなコミュ力上がった!? 高校デビューか!」
「この人が仏のように優しい人だからだよ、たぶん」
「そうでしょうね? このデコのスイッチ見る限りそうでしょうね!? つっても、えぇマジか!?」

 疑問と確認の雄叫びを上げるべーちゃんに答えていると、後ろからバックパックを緩く引っ張られた。

「お花!!!」
「……ナベ騒がしい、一組の教室まで聞こえて来たぜ? 皆驚いてるよ」

 薄ら寒い優男キャラは高校も貫くらしい、綺麗に苦笑するまこちゃんが背後に立っていた。あれ新入生代表の、花宮君だっけ、あの子達同中かな、良いなぁ。女子がひそひそ噂していて、騙されてるなと遠い目になる。「お花言うな。結希、さっさと部見学行くぞ」まこちゃんの小さな声を聞く。こんなに解り易いのに中学時代もほんの一部にしかバレてなかったし、どうやら高校でもそうらしい。他にもべーちゃんを賞賛する男子の声が聞こえた……胸デカイ、声もデケェけど、なんて賞賛かどうか微妙なのも混ざっていたのはさて置き。

「ナベは水泳部だよねプールは後ろの西階段から行くと近いよそれじゃあサヨウナラ。……結希行こうか、結希も体育館でしょ? ほら、早く」

 べーちゃんへ矢継ぎ早にさっさと水泳部に行けと言ったまこちゃんは、上機嫌で私を優しく促す。途端女子達の不躾な目が面白く無いと語る。女子達も、周りの反応を解っていてこう振る舞い遊ぶまこちゃんも、勘弁して欲しい。「頑張れー!」べーちゃんは手を振って叫んで西側階段へと消えていった。
 向かうは勿論男バス練習場、第一体育館。途中、まこちゃんが前を向いたままそっと口を開いた。

「お前マジでマネージャーやんのか?」
「うん」
「女バス推薦だろ」
「推薦の面談の時に話つけた」
「ふはっ、酔狂なこった」

 きっと私と女バス監督に対して言っているのだろう。でもこんなに何かを強く欲したのは初めてなのだ。まこちゃんのバスケを近くで見たい、本当は同じコートに立ちたいくらいに。でも女子の私には出来無いから、マネージャーになってベンチから見ようと思った。
 それにもう良いのだ。高校に上がったという事は環境──今まで通りの生活が変わる。環境が変わったなら、習慣の一つに過ぎない「放課後、部活動でバスケをする」は必要無いだろう。
 体育館に着いて監督の元へ直行し入部届けを貰う。マネージャーは彼が監督就任後初めてらしくかなり驚かれた。なんでも学力が高くスポーツ推薦入学者も居る実力主義の霧崎で、他人を支え裏方に徹するマネ志望の人間はどの部でも珍しいらしい。助かるけど本当に良いのかと何度も確認してくる監督に、その場で書いて届けを渡す。

「今年も強い選手が来てくれて頼もしいよ! 明日から宜しくな!」
「そのために入学しましたから。僕も心強い先輩方が居るようでこれから楽しみです、頑張ります」

 まこちゃんが有力選手だと知っていても悪評は知らないのか、その背中を叩きながら豪快に笑う監督。ただの社交辞令だが、爽やかに意気込む姿が気に入ったのか、スタメンやレギュラーの事、普段の練習メニュー、大会成績等を自慢げに話し始めた。全て自分の功績だと言いたげだが、明らかにレギュラー以外にそれより良い動きをする選手が居る辺り、有能な監督では無いようだ。
 監督の話が一区切りついたので体育館を後にする。数人良さそうな選手が居たとまこちゃんが機嫌良く笑うので、特徴を言って問えば肯定した。

「あの無能は学年でレギュラー決めてやがる。燻ってる奴はつつけば良い駒になるだろうな」

 今度は女バスの練習場所、少し小さい第二体育館へ行く。試合をするのだと話すと、まこちゃんは観ていくと着いて来た。やはり練習風景を見る事無く、監督の元へ直行する。

「来たか種田、待ちわびたぞ」
「遅くなり申し訳ございません」
「条件覚えてるな。お前とレギュラー外から四人のチーム対、現スタメンで第2Qまでのハーフゲーム。十分、二分インターバル、十分だ。アップは十五分やる。勝ったら練習も試合も好きにしろ。だが悪いな、勝たせてもらうぞ」
「こちらこそ」

 もう男バスに入部届け出したし。
 用意していたTシャツとバスパンに着替え、アームスリーブを着けてバッシュを履く。開けてくれているコートの半面で、軽く身体を解して全力疾走シャトルラン。味方選手とパス練習等簡単な顔合わせ。そして一人、頭を空っぽにして注意深くストレッチをする。立ち上がって深呼吸し、ぴょんぴょんと二回ジャンプ。もう良い、時間もぴったりだ。

「宜しくお願いします」



 ∇ ∇ ∇



「推薦、男バスのマネやりたいから断ったら試合だけ出れば良いからって。男バスの試合中ベンチに居なきゃ意味無いって言ったら、なら出れる試合だけでもってとにかくしつこくて。それじゃぁちゃんと練習してる部員が納得しないだろうから賭け試合を提案した。勝てたら男バスマネ、負けたら女バスで練習」

 女バスで試合をすると言う結希にどういう事かと問えばそう返ってきた。律儀なようで、既に男バスに入部届けを出している奴が何をと思う。女バスのスタメン連中も哀れなもんだ。いくら天才と言えど無条件に投入されれば文句や反論の余地がある。だが絶対的な実力差を知らしめられれば、精神的逃げ道は、無い。
 更にそれらを承諾する契約書類まで書かせたそうだ。「記憶は無くてもそういう書類はちゃんと取らなきゃって知ってる、変なの」自嘲する結希は『悪童』と呼ばれる自分が言えた事では無いがタチが悪い。あの全中までの彼女なら絶対に練習を取っただろうに、人は変わるもんだなと思う。

(まぁぬるま湯で飼い殺されて、実力出し切らずにイイ子ちゃんする姿は癪だったが)

 中学最後の全中、3位決定戦を勝ち抜いた俺に結希は「格好良かったよ」とニコニコ笑った。目と耳を疑い、何があったと呆気に取られる俺を気にせず「打ち上げある?」と訊く。なんとかあると伝えれば、彼女は今吉の手を引いてさっさと帰っていった。振り向いて謝る今吉から電話が来たのはその夜だった。

“なんや、自分のプレースタイルと熱意に惚れたみたいでなぁ”

 女バス3位決定戦と観戦中の様子、その時溢した言葉を一気に説明されまたしても呆気に取られた。疑問とツッコミは尽きないが一番は、俺にバスケへの熱意なんざねーだろ、である。しばしの沈黙の後、観せない方が良かったかと訊かれたがそれにはすぐ否定した。
 そもそも来るなと言っていたのは、心なしか楽しそうに部活に取り組む様子に、俺のスタイルを観せて水を差す事が憚られたからだ。あの日、結希が観戦しているのには気付いた。気付いても俺は自分のスタイルを曲げも隠しもしなかった。あの時点で結希の進路はまだ決まってなかったが、中学では最後だからもう良いかと思った……少しだけ、反応が気になったのも。彼女の部に対する淡い感情が裏切られ、塗り潰されてからなら尚更問題は無い。何より、何事にも興味の薄い彼女が愉しめたのなら悪い気はしない。更に進路を今吉の居る桐皇と迷っていた彼女が「まこちゃんも行くなら文句無し」と霧崎第一に決めたのも、「絶対男バスマネやる」と言いだしたのも。今吉が悔しいと溢したのなんて、最高に気分が良かった。
 二階ギャラリーからアップが終わったらしい結希が監督の元へ歩むのを見る。意識改革がなされたこいつは、一体どんなだろうか?






「では、好きにさせて頂きます」

 けろりと言って更衣室へ向かう結希と残された死屍累々。試合は予定していたより早く終わった。
 最初は遊んでいたのか、中学でのスタイルと変わらなかった。味方にパスを出してはそいつが敵にボールを奪われる、シュートを外す、リバウンドで負ける。使え無い味方との無駄なチームプレー。スタメンチームの強さもそれなり。身体能力の差から女子の試合は男子と比べてどうしても見劣りする事もあり、早々に飽きてしまった。
 その後開始五分きっかり、結希は敵も味方も寄せ付けない強さで圧倒した。完全な独壇場。高い技術はミスが無く、小さな身体のハンデを補う速さに誰も追いつけない。第1Q終了時の得点34-13。「まだやりますか?」息も上がっていない結希に、監督も選手も皆力無く首を横に振った。

「好きに、という事で推薦のお話を頂いた当初に申し上げた通り、練習には出ません。ただ週に一度、ワンゲーム……つまり試合形式の練習を組んで頂きたい、それには参加します。出来れば金土以外で宜しくお願いします」

 バイトのシフト希望かよ。
 早口で言ってさっさと体育館を去る結希は、出口で待っていた俺のもとに駆け寄った。

「前半遊んでやがっただろ」
「違う。一人で良いって言ったのに人揃えてくれたからチームプレイしてた」

 それが味方四人と、開始早々に言う程じゃないと余裕を浮かべていたスタメンを上げて落としたと解っているのだろうか……解っていないだろうな。こういったこいつの変な律儀さを今吉は優しいと表現するが、俺はその逆──冷たいと思っている。誠実であろうとすればする程、冷酷になるのだ。

「もう少し申し訳なさそうに振る舞えよ。無駄に敵増えんぞ」
「まこちゃんみたいな薄ら寒い優男風?」
「酷いなぁ……結希は俺の事、そんな風に思っていたんだ?」
「どう繕っても練習出ないんだから一緒だよ」
「おい無視かテメェ」

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