story.5

あァ、最悪だ。あいつのさっきの言い振りからするに、たまたま入ったこの"人間屋"はドフラミンゴの店なのか。

麦わらの一味が激闘を繰り広げる中、その光景を横目にシルヴィアがカツカツとヒールを鳴らしてこちらに近付いてくるのが見え、その様子を警戒しながら見つめた。そんなローを見て、ペポやペンギンも警戒したのがわかった。


そして、ついにシルヴィアがローの直ぐ近くに来たところで、足を止めてローの方を真っ直ぐ見つめてきた。

『ロー、また会ったわね』
「……ここはあいつの店なのか」
『ええ、そうよ。何だか騒がしかったから様子見も兼ねて来たら、案の定って感じだったわ。まさかローがいるとは思わなかったけれど』
「偶然だ。あいつの店だと知ってたら入らなかった」

ローの質問に肯定したシルヴィアの可笑しそうに見てくる視線と言葉に、嫌悪感を隠すつもりもなく晒し出した。そんなローを見て益々可笑しそうするので、嫌悪感や苛立ちからローの顔が歪んでいるのがわかる。

『あらあら、あの人も随分と嫌われたものね…。それだけの事をしたから仕方がないのかもしれないけれど…』
「当然だ!!あいつはあの人を殺したんだからな!!」

そうだ、ドフラミンゴは絶対に許されないことをしたんだ。それをわかっていながら、未だにドフラミンゴの側から離れずローの元へ来ようとしないシルヴィアに心底苛立つ。そんな事を思い、結局はシルヴィアへの想いを断ち切れていない己自身にも。

『ローはあの子にとても懐いていたものね…。わたしにも少しは懐いてくれていたと思っていたのだけれど…』
「フンっ…!!少しどころか昔はあの人よりあんたが大好きで仕方なかったさ。」
『!!嬉しいわ、ローっ!!わたしもあなたが「だがそれも過去の話だ!!今はあんたが邪魔だ!!」っ…!?そ、そうよね…っ!!』

シルヴィアが何を言い出すのか予想が出来てしまったローは、最後まで言い切る前に遮って拒絶した。その先だけは言わせたくなかったのだ。
その言葉を聞いてしまったら最後、ドフラミンゴを倒すという計画を捨てシルヴィアを攫ってどこか遠くへ行ってしまいそうになるからだ。
そうなればドフラミンゴが黙って見過ごす訳ないし、どこまでも自分達を追い掛けて来て取り戻そうとするドフラミンゴとの衝突は逃れられないだろう。衝突するにはまだ早いのだ。

それに、今までなんの為に生きて来たのかわからなくなるし、ローの計画を知って着いてきてくれている仲間にも示しがつかなくなる。それだけは絶対に避けなくてはならないのだ。

ローに邪魔だと言われ、シルヴィアのローを抱き締めようとして伸ばされていた腕は不自然に止まり、ゆっくり腕を下ろした。
彼女の表情は先程まで満面の笑顔を浮かべていたが、今は涙を目に浮べて、今にも大粒の涙がながれだしそうな顔に変わっていた。

そんな顔をされ、再びローの心を乱す。
幼き頃に全てを失ってこの世界への憎しみで壊すことだけを考え、誰も信用せずに生きると決めたローの心にいとも簡単に入り込み、当時は散々乱されたというのに離れてから何十年も立ち、再び出会ってローの心を掻き乱すシルヴィアはまるで抜け出せない嵐の様だ。

その大きな雫が、哀しげに歪められた薄い紫色のまるで宝石の様な輝きを放つ瞳からポロリと落ちた。




「くおらァァァ!!!!てんめェェ!!!!」
「「「「『!!!』」」」」
「誰だか知らねェがなァ、こんな女神の様な絶世の美女を泣かすなんてどうゆうことだァァァァ!!!おれは許さねェぞゴラァッ!!!」
「……誰だお前は!?」

ローは泣きそうなシルヴィアを思わず抱き締めかけたが、そんなロー達の間に凄まじい勢いで誰かが乱入して来て、ローは考えるより早く身体が動いてその場から素早く距離を取った。今まで黙って見ていたベポ達も。

ローは乱入して来た人物を見て思い出す。確か麦わら屋一味の黒足屋だったはずだ。名前は確かサンジと言ったか。手配書の写真とは随分違うが。

天竜人との戦いを終えたのか、普段なら突然乱入してきて何なんだとローは言ってやりたいところだが、今の自分にはある意味助かった。あと少し遅かったら、先程まで考えていたシルヴィアを攫う事を実行に移し、取り返しがつかない事になるところだったのだ。そう考え、ローは内心で溜息を吐いた。

突然の事にシルヴィアとローの仲間達はぽかんとした表情でサンジを見ていた。だが、当の本人のサンジは間近で見ると益々美しさが増すシルヴィアに見惚れているのか、これ以上にない程に顔を赤く染めて、ロー達には目もくれずにシルヴィアを見つめていた。そんな彼にローは盛大な舌打ちをした。
すると、ぽかんとサンジを見ていたシルヴィアとローの仲間達と、今までシルヴィアに見惚れていたサンジはハッと我に返ったようだった。

「ハッ!!キャ、キャプテン大丈夫ですか!!?」
「あァ、問題ないが何だコイツは」
「びっくりしたあ!!」

『だ、誰かしら…?』
「ハッ!これは失礼しました!!おれとしたことが挨拶もなしに、あなたの美しくも可愛らしいお顔に見惚れていました!!{emj_ip_0834}
おれは麦わらの一味のあなたの騎士のサンジと言いまあぁすっ!!{emj_ip_0834}{emj_ip_0834} 男サンジ、この命に替えてもあなたの命と笑顔を守りますシルヴィアちゅわああんっ!!!{emj_ip_0834}{emj_ip_0834}」
『は、はあ…ど、どうもありがとう?』
「チッ!!」

我に返った途端、サンジはまさに一瞬でシルヴィアの元に行き跪いて手を取り、その彼女の手に口付けをして口説いていた。シルヴィアはそんなサンジに困惑している様子だ。

─黒足屋に対して舌打ちをしたおれは悪くねェはずだ。どうもこいつは気に食わねェ。

ローは眉間に皺を寄せ、心底気に食わないという表情で黒足屋を見ている事だろう。
幼い頃にシルヴィアと甘い雰囲気によくなっていたドフラミンゴに対して、ローは散々この覚えのあるドス黒い感情を感じていたものが、再び数十年という年月が経った今再び渦巻いて来たのを感じた。ローはこの感情の名前を言って認めてしまえば何かが崩れる気がして、認めたくはなかった。
もう一度、内心で盛大な舌打ちをしてシルヴィアとサンジから視線を外し、ローはこれ以上見ていられなくなり仲間を引き連れて扉の方へと歩みを進めた。



「ち、ちょっとサンジくんっ!!今はそんなことしてる場合じゃないでしょう!?状況考えなさい!!!」
「いつも通りの状況ね」
「ヨホホホッ、あんなに可愛らしいお嬢さんですからね〜!!サンジさんの気持ちもわかります!!」
「にしししっ!!」
「おい、このエロコック!!海軍が来るってのに緊張感なさすぎなんだよてめェッ!!!アホかコラァ!!!」
「あ"あぁ!!?やんのかこのクソマリモヘッド!!」
「「上等だコラァァ!!」」

扉に向かって歩き出した時に、麦わらの一味がシルヴィアに構っているサンジを咎める言葉が聞こえた。ローは実にその通りだと思った。麦わらの一味の中には笑っている者もいたが。

シルヴィアはそんな奴らを相変わらず困惑した様子で見た後、歩き出したローの方に振り向いた事により二人の視線が合わさった。
ローはシルヴィアの表情を確認する前に、ナミが米神をピクピクさせ、「やめんかい二人とも!!二人とも状況考えなさい!!」と言って鉄拳をお見舞し黙らせたことで、先程までのやり取りは終了していた。シルヴィアとローの合わさっていた視線はいつの間にか逸れていた。

─何だったんだ今までのやり取りは。コントか?

ローは思わずそう思った。無理もない。


「なんだありゃ、噂通りのイカれた野郎共だな!!」
「違いない。」

___ぷるぷるぷるぷるっ

麦わらの一味のやり取りを、キッド達が入口の扉のすぐ側の壁に凭れ、呆れながら見ていた。イカれていると言った言葉にはローは同感した。彼等は間違いなく普通ではないと思ったのだ。

その時、突然鳴った電伝虫の音に全員の視線がそちらに向く。そこにはシルヴィアが服の中に手を突っ込み子電伝虫を取り出すのが見えた。

その子電伝虫はピンク色のモフモフのコート、目にはサングラスをつけている。見覚えのある物に、ローは自然と殺気が出てきた。今の自分は眉間に皺を寄せ、目を鋭く細めてさぞ酷い顔でそれを見ているだろう。
シルヴィアがそんなローに苦笑いをした後、子電伝虫の横のボタンを押した。

___ガチャ

『どうしたの?』
《フッフッフッ、おれの可愛いシルヴィアチャン今どこにいる?》

ローは子電伝虫から聞こえてきた声に、益々苛立ちが強くなる。今直ぐにでもその子電伝虫をかち割ってやりたい気持ちになるが、なんとか抑えた。
周りは、声の主がわからないものは頭上に?を浮かばせ、わかった者は驚愕していたり様々な反応を見せていた。

そんなロー達を横目に、シルヴィアと声の主のドフラミンゴとの会話は続いて行く。

『うふふっ、今はまだシャボンディ諸島よ』
《フッフッフッ、そうかそいつァよかった!!シルヴィア、用が終わったらそのまま海軍本部へ来い!!例の件でシルヴィアの力も貸して欲しいと頼まれちまってなァ!!》
『あらそうなの?直ぐに向かうわ』
《あァ。──愛してるぜおれの可愛いシルヴィアチャン》
『うふふっ、わたしも愛してるわドフィ。それじゃまた後でね』

ローは最早、海軍本部がどうのこうのとかどうでも良かった。ドフラミンゴの愛してるという言葉を聞いて、嬉しそうに満面の笑顔を浮べ、頬を染めてシルヴィアが言った事の方が重要だったのだ。ローはドス黒い感情が湧き上がるのが抑えられなかった。

ドフラミンゴのどこが良いと言うんだ…。
少なくとも、おれの方がアイツより良いとこはあるはずだ!おれを見ろよ…。
おれだってずっとあんたをドフラミンゴにも負けないくらい想ってるのに…。なんでだよ…。