宿探し

 ホテルに行こうと言う銀髪の男性と共に、千郷が階段を降りようとしたその時──


「ちょっと待てコラァァァ!!!」
──ドカッ!!!
「ぐふぉッ!!!?」
『ええっ!!?』

 今度は中から銀髪の男性や千郷より若そうな、眼鏡をかけたまだ10代だろう子が、銀髪の男性に怒号を浴びせながら、男性に飛び蹴りをお見舞いして出てきた。隣にいた男性は、当然蹴りを喰らって吹っ飛んだ。何だかデジャブだ。

「銀さんが中々戻って来ないからどうしたのかと思って来てみれば……。騙されないで下さい!! あの男は貴方が思ってる様な事以上をするつもりなんです!!」
『えっ』
「オイオイ、ぱっつァんよォ何してくれちゃってんだァァ!!!」

 眼鏡の青年が訴える様に言ってきた言葉の意味が理解出来なくて呆気に取られていると、吹っ飛ばされた銀髪の男性がその場からゆらりと立ち上がった。その表情は当然ながり怒りに染まっていて、額には青筋が浮かんでいる。

「アンタがこの人に何しようとしてくれちゃってんだァァ!!!」
「はあ!? そりゃお前ェ男女がホテルに行くってなったらヤる事は1つに決まってんじゃねェか!! 空気読め空気を!!」
「そんな空気読みたくもねェはァァ!!! 折角来た依頼を水に流す気かアンタは!!」
「あーあー、聞こえねェなァ」
「ふざけんなァァ!!!」

 2人の言い合いはヒートアップしていき、いつの間にか2人はお互いの胸倉を掴んで言い合っていた。その様子を千郷はただポカンとした顔で見詰めていた。いや、見詰めている事しか出来ないでいた。

「大体、この人見るからに純粋そうじゃないですか!! 絶対銀さんがしようとしてること理解出来てないですよ!!」
「確かに純粋そうだが、ホテルに行こうって言ったら頷いてくれたんだぜ。なァ? 天使ちゃん」
『え? あっ、はい』

 2人のやり取りをどうする事も出来ずに見ているだけだったが、急に話題を振られて戸惑った。だが、間違っていないのでとりあえずこくりと頷いた。

「貴方本当に意味わかってるんですか!!?」
『、え』

 意味も何も風呂に入ったり睡眠を取ったりと、一般的な寝泊まりをするだけじゃないのだろうか……。
 だが、この目の前の眼鏡の青年の必死で千郷に何かを訴えている様子を見ると、違うのだろうか……。
 何をそんなに必死になっているんだろうかと、千郷は意味もわからず困惑した。

「うるせェなァ、ぱっつァんはよォ。ホテルっつったらヤる事ァ1つだって誰でもわかんだろ。なァ? 天使ちゃん」
『え、えっと、あの…』
「ん? どうしたの天使ちゃん?」

 千郷は銀髪の男性の問いにさっきとは違い、頷く事は出来なかった。眼鏡の青年の何かを必死に訴えている様子を見て、もしかしたらお互い何か凄い誤解をしているのでは、と千郷は思ってしまったからだ。その為、今一度確認する必要があった。

『あの……ホテルではお風呂に入ったり寝たり、一般的な寝泊まりをしようとしてた…んですよね?』
「えっ、え"え"え"え"え"!!!? そっち!!?」
「ハア…ほらやっぱり」

 千郷が自信なさげに言うと銀髪の男性は絶叫し、眼鏡の青年は溜め息を1つ吐いて納得していた。その2人の様子を見て確信した。やはり千郷と銀髪の男性はお互い勘違いをしていたのだと。
 だが、千郷にはホテルで寝泊まりする以外の事が思いつかなかった。銀髪の男性は、一体何をするつもりでいたのだろうか…。とりあえず、千郷が勘違いしていたのだから謝らなくては。

『私何か勘違いしていたみたいですね…すみません…』
「いやいや、貴方が普通なんで気にしなくて大丈夫ですよ! むしろ謝るべきなのは、このどうしようもない勘違い天パ野郎なので!」
「悪ィな天使ちゃん…俺すっかりヤる事しか頭になかったは…」
「アンタ最低だな!!!」
「うるせェ!! 男と女でホテルつったらそれしか考えられなかったんだから仕方ねェだろーが!!」
『あの、先程から言ってるその"ヤる"って、一体何をしようとしてたんですか…?』
「「え"っ」」

 千郷が質問すると、2人は揃ってぎょっとした顔をした。何か不味いことでも聞いてしまったのだろうかと、少し心配になった。

「い、いやいやいやっ、この人どんだけ純粋なんだ!!」
『江戸の人の流行り言葉でしょうか…? だとしたらすみません、私今日田舎から江戸に来たばかりなのでまだまだその辺の事は勉強不足で……』
「あれ、銀さん今罪悪感が凄いんですけど!? 今どき珍しい位に純粋なんですけど…!! さすが天使ちゃんだは…!!」

「お前ら何やってるアル。私お腹空きすぎてそろそろ我慢の限界ネ」

 聞き慣れない可愛らしい声が聞こえ其方に振り向くと、玄関の引き戸があった場所にチャイナ服を着ている少女がいた。そんな少女は眼鏡の青年と銀髪の男性を冷たい目で見て、お腹を摩って空腹を訴えていた。

「ご、ごめん神楽ちゃん」
「あー…とりあえず中に入るか」
「そうですね」
「天使ちゃんも中に入って。依頼の話も聞きたいし」
『あ、はい、ありがとうございます。お邪魔します…』

 銀髪の男性に通され、千郷は素直に万事屋の中へ入った。


TO BE CONTINUED

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