賑やかな食卓

「楓は元気なのか?」

 銀時が何気なく聞いたこの一言で、またしても千郷の表情が暗くなった。銀時はその様子に気づき完全に話題を間違えたと思ったが、時既に遅しだった。

『楓兄さんは攘夷戦争が終わってからここ何年も連絡をくれなくて、行方がわからない状態で……』
「そっか……まァ、アイツは簡単に殺られるような奴じゃねェから、そんな気にするな」
『はい、私も楓兄さんは生きてどこかにいると信じてます』

 銀時の明るい言葉に千郷は少し微笑んで頷いて答えた。その表情は先程の暗さはもうなくなっていて、銀時は安心してほっと息を吐いた。

「ちなみに、さっきのメガネが志村新八だ」
『新八くんですね』

 話題を変えるためなのか、銀時がご飯の支度をしていて今この場にいない眼鏡の青年の紹介をした。教えられた名に、千郷は微笑んで頷いた。

 その時、奥の方からドスドスという足音のような音が聞こえた。

『! え…ワンちゃん……?』

 音がした方へ振り向くと、果たして犬と呼んでいいものかわからないが、とても大きな犬らしきものがいた。真っ白な身体で、大きくくりっとしたつぶらな瞳と勾玉の様な眉が愛らしさを引き立てている。

「千郷、その犬は定春ネ」
『定春?』
「ワン!」

 千郷が名前を呼ぶと、定春がまるで頷くように鳴き、千郷の傍へ寄ってきた。

『可愛いっ』

 千郷は動物が好きだ。傍に寄ってきた定春を撫でようと手を伸ばした時、定春がその大きな口を開けた。

「オイオイ、定春のヤツまさか…っ!! ちょっ、神楽止めろォォ!!」

 定春が口を開けたのを見て、嫌な予感を感じたのか銀時が慌てて止めようとしてるが、もう遅かった。定春は千郷にのしかかり、大きな口を開け千郷に噛み付いた──

「銀ちゃんそんな慌ててどうしたネ?」
「ワンワン!」
『わっ…!!』
「ちょっ、定春くぅぅん!? まじシャレになんねェって!! 千郷ちゃんだけはやめろォォ!!」
『ふふっ、ふふふふっ!! 擽ったいわ定春っ』
「そうだよな痛いよな今助けるからな!!……って、は? 擽ったい?」

のではなく、千郷の顔をぺろぺろと舐めていた。その様子を銀時は千郷から定春を引き剥がす事を忘れ、ぽかんとした顔で見ていた。

「銀ちゃんどうしたネ?」
「いやいや、どうしたってお前定春のヤツ初対面だろうが何だろうと、今まで誰かしらに噛み付いてたじゃねーか!! だから俺は千郷ちゃんも定春に噛まれるんじゃねェかって心配してだな…っ!」
「何言ってるネ、定春はそんな事しないアル」
「いやいやいやいや!! そんな事あるから言ってんだからね!?…はァっ…とりあえず千郷ちゃんが無事でよかったは」

 銀時は、未だに定春にべろべろと舐められてくすくす笑っている千郷を見て安心して溜息を吐き、ソファに座り直した。

「ご飯の用意が出来ましたよ」
「キャッホーイ!! ご飯ネ!!」
「…って、どういう状況ですかこれ?」

 ご飯の支度が出来たらしく新八がお盆に料理を乗せて現れた。ご飯が出来たと聞いて神楽が目を輝かせた。
 そして、新八は定春とじゃれて?いる千郷を見て、ぽかんとした顔で銀時に訊いた。

「どうしたもこうしたも、見ての通りだ」
「定春が千郷を気に入ったみたいネ」
「へえ、珍しい事もあるもんですね」
「お前もそう思うだろ? 俺らがどんだけアイツの被害にあったことか…」
「全くですね」
「それがどうよ、腹立つことに今はあんな嬉しそうに尻尾ぶんぶん振り回して千郷ちゃんの顔べろべろと舐めまわしてんだぞ…ったく、羨ましいこと山の如しだよコノヤロー」
「って、アンタ最後のが本音だろ!! 変態発言は控えて下さい」

 ご飯を机の上に並べながらも、器用にもツッコミを入れる新八。

「定春、ご飯ヨ。食べるヨロシ」
「わんっ」

 神楽がそう声を掛けると、今まで千郷の顔を舐めまわしていた定春がやっと離れ、ご飯が置かれた場所まで歩いて行く。それを見て、千郷はハンカチを取り出し、唾液まみれになっている顔をハンカチで拭った。

「千郷さんも良かったらどうぞ」
『え!? 私の分まで出してもらっちゃってすみません新八くん…!』

 まさか自分の分のご飯まで用意されてるとは思わなく、千郷は眉を下げて申し訳なさそうに謝罪した。彼が千郷の名前を知っていたのは、きっとキッチンの方にいる時に話し声が聞こえたからだろう。

「銀さん達から聞いたと思いますが、僕は志村新八です。よろしくお願いしますね、千郷さん」
『白百合千郷です。新八くん、よろしくお願いしますね。ご飯も用意してくれてありがとうございます』
「いやいや、僕が好きでやった事なんで気にしないでください! 敬語も使わなくていいです」
『ふふっ、わかったわ』

 新八の言葉に千郷が笑顔を浮かべて頷くと、新八の顔がほんのり赤くなった。

「オイオイ、ぱっつァん何千郷ちゃんの笑顔見て顔赤くしてんの? ダメだぞ〜、千郷ちゃんは俺のだから」
「ぼ、僕は別にそんなつもりじゃ…っ!! って、千郷さんがいつアンタのモンになったんだァァ!!」
「そりゃ俺と千郷ちゃんが出会った瞬間に決まってた事だ」
「ぶばびぐべごどばべごびぶだ(銀ちゃん寝言は寝て言うネ)!!」
「神楽ちゃん口に食べ物含んだまま喋っちゃダメだよ! しかも何言ってるかわかんないし!」
『………。』

 皆でご飯を食べながらでも、この人達は賑やかだった。器用にも、神楽以外の新八と銀時の2人は、食べ物を含んだら噛んで飲み込んだ後に喋るを繰り返している。その3人のやり取りを千郷は箸を持ったまま呆気に取られていた。

『ふ…ふふっ、ふふふふふっ』

 面白くて口から笑い声が漏れると、騒いでいた銀時達の動きがピタリと止まり、笑いだした千郷をきょとんとした顔で見てきた。

「千郷ちゃん…?」
『あっ、ごめんなさい!…ふふっ、こんな賑やかな食卓は初めてだから、なんだかおかしくなってしまって…』
「騒がしくてごめんなさい」
『いえいえ、とっても楽しいので気にしないでください』
「俺もこんな天使の様に可愛い千郷ちゃんと食事できて、とっても楽しいです!!」
『え…? ふふっ、銀さん冗談がお上手ですね』

 キリッとした顔で言った銀時の言葉を、千郷は冗談だと思いくすくすとおかしそうに笑って答えた。

「銀ちゃん、千郷の事は諦めるヨロシ。銀ちゃんには無理ネ」
「ちょっ、神楽ちゃぁぁん!? 何でそういうこと言うのかなァ!? 流石に銀さん傷ついたぞ!!」
「銀さん、僕も神楽ちゃんと同意見です。千郷さんはハードルが高すぎます。諦めて他の女性にしましょ」
「新八まで!? 俺は諦めねェかんな!! 千郷ちゃん以外は認めねェ!!」
『??』

 千郷は目の前で繰り広げられる会話の意味がわからなく、頭上に疑問符がいくつもついていた。

「千郷ちゃん! ぶっちゃけ俺のことどう思う!?」
『えっ?』
「千郷、正直に言っていいアルヨ」
「そうですよ」

 ずいっと身を乗り出して聞いてきた銀時に続き、神楽と新八もずいっと身を乗り出して聞いてきた。

『えっと、まだお会いしてから少ししか経ってませんが…素敵な男性だと、思い…ますよ?』
「いよっしゃァァァ!!!」

 突然の事に千郷が戸惑いながらも素直に思った事を言うと、銀時は歓喜のあまり立ち上がってガッツポーズした。だが、神楽と新八はそうじゃなかった。

「千郷にはもっといい男がいるネ! 銀ちゃんはやめた方がいいアル!」
「そうですよ! こんな男なんてやめた方がいいですって!」
『、え』
「オイオイ、お前らまじ酷くね!? 俺のどこがダメなんだよ!?」

 神楽と新八のあまりにも酷い言いように千郷は更に戸惑い、銀時はツッコんだ。そんな銀時のツッコミに、神楽と新八は声を揃えて「全てだ」と答えた。


TO BE CONTINUED

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