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4 悪魔の友人 そのA

 プロシュートの体は、まるでサンドイッチからはみ出す具のように頭と左腕と左足だけを外に出し、残りの右半身は冷蔵庫と食品棚の間に挟まれていた。押し潰された衝撃で肋骨と腕の骨が折れたらしく、身をよじって抜け出そうとすると激痛が走った。

「これなら、まあまあの拘束力なんじゃねぇかな。さっきあんたが言ったみたいに、簡単には動かせねぇ」

 そう言いながら、少女はスタンドで自分の体に触れた。たちまち足の傷が治り、何事もなく立ち上がると、プロシュートが取り落としたリボルバーと散らばった弾丸を拾い上げた。

「組織の人間が身内を狙うとなると粛清か裏切りってことになるわけだが……あんた、どっちの用で来たんだ?」
「……お前の、能力……」

 少女とは反対に、プロシュートは痛みに耐えながら彼女のスタンドについて思考を巡らせていた。
 傷を治せる、というのは前から聞いていた。傷ついた人間や生き物を治したのをこの目で見たことがある、と言っていたのはチームのリーダーであるリゾットで、その点についてはここ数日観察していた結論としても正しかった。
 少女は、日頃からスタンドを使うことが多かった。転んで怪我をした子供や老人、喧嘩なんかで怪我した人間にも能力を使って治していた。絆創膏や包帯を使って手当をして、傷口が見えなくなってからスタンドを使うのだ。スタンド使いでもない限り、その場で治したなんてまず気づかれない。
 プロシュートは、その甘さが気に食わなかった。
 だから、というわけでもないが、「少女を連れてこい」という命令に対して多少荒っぽい方法を取った。どうせ怪我をしても治せるだろう、というのが頭にあった。

 とはいえ、能力は怪我を治すこと、という事前情報は逆に仇になった。少女の能力はどうもそうではない。
 プロシュートを押しつぶしているこの家具たちは、壊れていたのを直したのではない。床に散らばっていたダクトテープは直したものだが、家具はさっきまで変わらずそこにあったのだ。それが、スタンドに殴られると中央に動いた。
 プロシュートは、今朝方イルーゾォから入っていた情報を記憶の底から引っ張り出していた。

「触れたものを昨日の状態に戻すってところか。だから傷も治るし、こうして物も動く……考えてみれば、昨日、引っ越しでもするみてぇに、やたら大げさに家具を動かしてやがるって、報告があったっけな」
「……質問はこっちがしてるんだぜ、おにーさん。あんたの質問に答えてやったろ。おれは、あんたがおれを襲う理由を聞いてるんだ」

 少女は手慣れた手つきで減った二発分の弾丸を銃に込め直した。

「拷問に切り替えたっていいんだぜ。組織の人間がどうしておれを狙う。これでも組織に忠実にやってきたつもりだ。裏切るような真似をした覚えもないし、組織に大きな損害を与えるような致命的なミスを犯した覚えもない。……まあ、今あの女を取り逃がしたことと言われればそうかもしれないが……それは取り戻せる。逆に、組織を裏切って勝手にやってるってことなら、ここで色々聞かせてもらう必要があるよな? ……最近、どっかのチームで裏切り者が出たって聞いたしな。こういうのは連鎖する」

 少女の目がすっと細められた。お返しだ、と言わんばかりに銃口がプロシュートの左の太ももを狙う。
 その引き金が引かれる前に、プロシュートは動き出していた。正確には、プロシュートのスタンドが。

「グレイトフル・デッド!」
「……ッ!」
 
 銃を持つ手から急速に水分が抜け、筋肉が萎縮し、骨と皮だけになる。足の筋肉が衰え、少女は崩れ落ちるように再び床に伏した。
 直触りの早さとまではいかないが、相手は子供だ。大人よりも老化の進行は十分早い。

「俺にスタンドまで使わせたのは褒めてやるぜ。ここまで手の内バラすつもりはなかったからな……正直、ガキだからって舐めてたところがあったんだ……そういう認識は改めるよ、悪かったな……お前は、ただのガキじゃあねぇ……だが、組織の人間に対してスタンドの警戒をしないってのは危機管理がなってなさすぎるんじゃあねぇか?」

 スタンドで無力化したのだ、彼女のスタンドの『昨日の状態に戻す』という能力は使えない。プロシュートはできた時間で自らを老化させ、家具の山から脱出しようと身を動かした、その顔のすぐ横にフォークが突き刺さった。

「何ッ……!?

 スタンドさえ出せないほど老化させたはずだ。それなのに、少女のスタンドはゆらりと体から出て、無機質な顔をプロシュートの方に向けていた。その手元にナイフやフォークが数本落ちていた。食器棚が動いた拍子に彼女の手元に転がったらしかった。

「ここさ……真下に昔使ってたらしい下水道が通ってるんだ。そんで、前に住んでた人間もギャングだったからさ……なんかあった時のためにって、穴掘って繋げて逃走経路にしてたのよ。おかげで、床の隙間から風が吹いてるんだ……地下で冷やされた冷たい風が」

 少女の声は乾燥してしゃがれ、顔には無数のシワが刻まれていたが、目は未だに闘争心を失わずに鋭く輝いている。

「普通に生活してる時は部屋に隙間風が入って寒いし、こんな抜け穴なんて作りやがってなんて思ってたが、考えを改めなきゃあな……あんたの能力の進行が落ちてるの、これがなんか鍵になってんだろ。身体が冷えれば老化が多少マシになる。これくらいなら、落ちてるフォークやナイフを叩くくらいはわけないことだ。昨日あんたの背後の壁に刺しといたカトラリーを叩くくらいはな」

 その準備の良さに思わず舌を巻く。彼女のスタンドがナイフを殴れば、銃の威力とまではいかないにしても、プロシュートの身体に刺さるくらいの攻撃力は十分にある。当たりどころが悪ければ死ぬかもしれない。

「いいところにナイフが転がってくれるなんて、おれってツイてるよな……さて、あんたの能力で老化するより、おれがナイフを殴るほうが早いが、どうする」
「……いいや、本当にツイてるのは俺の方だ」
  
 プロシュートはニヤリと笑った。余裕に満ちた勝利の笑みと言っていい。反対に、少女は老化で刻まれた眉間のシワにさらにシワを寄せた。

「さっきも言ったろ。拘束してる時に、近くにものを置くんじゃあねぇ」
「……?」

 プロシュートが視線を下に落としたので、少女もつられてそこを見た。
 先ほど挟まれた衝撃で落としたタバコの火が、落ちていた紙に引火してチリチリと小さく燃えていた。

「しまっ……」
「利用されて、逆に武器にされるってな!」

 グレイトフルデッドが咆哮を上げ、プロシュートを潰している食品棚を殴った。中のビンがいくつか割れ、油のビンが小さな火種の周りにぶちまけられる。おまけとばかりにガス栓も引っこ抜き、ほとんど爆発の勢いで火が燃え広がり、炎となって、部屋の中は熱気と煙で一杯になった。少女の老化は急速に進行し始めたが、それでなくても、このままでは二人とも一酸化炭素中毒で死ぬか焼けて死ぬかのどちらかだ。

「あ、んた……正気か、よ……くそッ……エン、ドルフィン」

 少女は、しぼむように衰えていきながらも自身の真下の床をスタンドで殴り、床下に消えた。
 先住者が用意していたと言っていた逃走経路を利用したらしい。床を殴り抜けるほどの精神エネルギーが残っているように見えなかったので、これも前日に床板に穴を開けておいたのだろう。プロシュートが追ってこれないよう、床板は抜かりなく元に戻されていた。

 プロシュートは今度こそ老化して家具山から抜け出すと、床に転がっていた自分のものと、窓脇に置いてあったパッショーネのバッヂを拾い上げてから家を出た。怪我と火傷を負いながらも燃え盛る家から平然と出てきたプロシュートに、様子を伺いにきた近所の住人が驚いて騒ぎ立てていたが、それを無視して懐から携帯電話を取り出した。
 
「……ああ、俺だ。……なんでもねぇ、家が燃えてるだけだ。それより標的はそっちに行ったぞ。……多分な。ああ、しっかりやれ」