山姥切長義は××したい





そうだ、死のう。
そう思い至った理由などない。ただ漠然と浮かんだだけ。曖昧に抱いていた筈のそれは、けれど焼き付いて離れないのだ。だから持っていた茶碗を置いて、右手の箸で喉を貫いた。赤く染まる視界に、飛び散る血。聞こえてきた悲鳴。果たしてどれが先だったのだろう。
――だが、死ねなかった。どうやら肉体うつわが損傷しても本体である刀が無事なら死にはしないらしい。なんて面倒な仕組みなんだ。絶望する俺を、目を真っ赤に腫らした審神者がどうしてこんな事をしたのと責め立てる。どうしてかだって?そんなの、死にたかったからに決まっている。でなければあんな事はしない。誰だって進んで苦痛を受けたくはないだろう?俺にとって苦痛は、今この瞬間だ、生きていること。だから俺は死にたいんだよ、俺という存在を消し去りたい。
……あぁ、だが、どうして。俺は死にたいと思うのだろうか。解らない。だが、俺は、
「山姥切、刀装はどうした」
「……嗚呼忘れていたよ」
だと思った、と偽物くんは顔を顰めるとそら、と何かを渡してきた。刀装だ、わざと部屋に置いてきた刀装。渋々受け取ると偽物くんは満足そうに笑って行くぞと腕を掴んで歩きだした。一人で歩けると振り解こうとしても駄目だと無理矢理手を繋いでくる。忌々しい。何故俺の邪魔をするのかな。
一度死のうとしたあの日以来、偽物くんは四六時中構ってくる。監視でもしているのかと思うぐらいに。そうやって、俺が死のうとするのを邪魔してくるのだ。
「……お前は何時も、俺の邪魔をする」
死のうと思い至ったあの時。その時しか俺は俺を殺せていない。刀装やお守りを忘れたフリをして出陣しようとしても。今日みたいにわざと置いていったそれらを偽物くんが持ってくる。もういい、止めろ。止めてくれ。俺は死にたいんだ。なのに今日も、生きている。


























『――審神者様へ
先日ご報告頂きました件ですが、恐らく『××病』だと思われます。××病とは最近流行りだした刀剣男士のみ罹る病です。感染すると希死念慮の症状が現れ、放置するのは大変危険です。現在感染経路等は何一つ解っておらず只今調査中ですので、これ以上この病に関するご質問はお答えできません。大変恐縮ですがご理解の程、よろしくお願い致します。
尚、二次感染の心配はありませんので感染した男士を隔離する必要ありません。
治療薬についてですが、大変申し上げにくいのですが未だ見つかっておりません。現状、刀解か刀剣破壊のどちらかで強制的に治すしか御座いません。
貴方様が折りたくないと思われるのでしたら鋭利なものがない安全な場所へ隔離することをお勧めします。以上。』