わんぱく長義と国広





「にせものくん!!」
「写しは偽物とは……、……?や、山姥切……なのか?」
万屋にあるとある茶屋で頼んだ団子を食しつつ町並みをぼんやりと眺めていた山姥切国広は、ぐい、とズボンの裾を引っ張られ遠くにやっていた意識を戻した。聞き覚えのある声だが、普段よりは甲高い。それになんだか随分と低い場所から聞こえたような。訝しげに思いつつ声のする方向へと目を向け、視界に映ったその姿に目を見開いた。
その姿は、まぎれもなく己の本科である山姥切長義だった。だが随分と小さい。いや、小さいを通り越している。短刀ぐらいの身長ではなく、ちょっと大きいぬいぐるみぐらいのサイズではなかろうか。花を髪に付けたその姿はとても愛らしい、が。これはどういう個体なんだか。
目の前の長義を観察していると、その小さな長義が自分の手元をじっと見ている事に気づいた。ん?と思いつつ視線を辿ると食いかけの団子が目につき、国広は納得した。
「……食べるか?」
「!にせものくんがどうしてもというならたべてあげよう!」
何か引っかかる物言いであったが、わーい!と目を輝かせている長義は矢張り団子を食べたかったらしい。そのまま足元からよじよじと登ってきて、無事に膝まで辿り着くとそのまま膝に乗り、小さい口を開けた。……食べさせろ、という事だろうか。串から一つだけ引き抜くと、団子を彼の口元に近づけた。美味しそうに頬張る小さい長義を見て、国広は口元を緩ませる。子供――と云っていいか解らないが――の個体とは云え、絶対に見せてくれないだろう表情が見れるのは気を許してくれたようで嬉しい。
「……所で、お前何処の本丸の山姥切なんだ?迷子か?」
「ききずてならないな、にせものくん。まいごはおれじゃない、にせものくんのほうだ!」
「そ、そうか……」
桜を舞わせていた長義がむ、と不愉快そうに顔を顰めた。怒っているのが解るが、愛らしい見た目故に寧ろ可愛く見える。多分、長義は気づいていない。それに長義のそれは迷子になった奴が云う科白なのだが、国広は黙っておいた。
「このだんごはゆうだね」
「もういいのか?」
団子は後一つ残っている。乞われて渡せるように長義が食べている間に串から抜いておいたのだが、小さい長義は1個で満足したらしい。にせものくんにあげる!と云われたので、国広は手にした団子を口に入れた。……まぁ、この団子を買ったのは俺なんだが。
「にせものくん、にせものくん!だんごのおれいにおれをだっこしてもかまわないよ!」
「は?い、いや……」
確かに頬を突いたら柔らかそうだなとは思ったが。戸惑う国広を気にもせずに小さい長義は立ち上がると、両手を差し出して来た。う、と悩んだのは数分だった。恐る恐る、国広は手を伸ばす。持ち上げた躯の柔らかさに、国広は目を瞬かせた。
「おれはできるほんかだからね、とうぜんかな!」
何がどう出来るんだろうと思ったが、小さい長義が自信満々に云うので矢張り国広は黙っておいた。代わりに膝に下ろすと、今度は頬を突いてみる。こちらも予想通り、柔らかい。癖になりそうな柔らかさだ。思わず夢中になって突いていると、くすぐったい!ときゃっきゃっと長義が声を上げた。
「――山姥切!わんぱくの山姥切、何処だっ!?」
「あっにせものくんだ!」
暫くして遠くから声が聞こえてきた。その声に反応したのは長義だ。くるっとこちらに背を向け、国広も釣られて聞こえてきた声の方へと顔を向ける。きょろきょろと同位体が辺りを見回していた。きっとあの同位体がはぐれた『にせものくん』なのだろう。ぴょんと膝から飛び降りた小さい長義は、同位体の元へ突撃しに行った。暫くやり取りを眺めているとあの同位体がこちらにやって来て、申し訳なさそうに口を開く。
「済まない、うちの山姥切が迷惑をかけた。団子をせがんだそうだが……」
咎める様に同位体がちらりと小さい長義を見遣る。当の本刃は何故怒られたのか解らない様で、大人しく抱っこされつつも不満そうに足をぶらぶらさせていた。お代を、と財布を取り出そうとする同位体を見て、国広は慌てて止める。
「いや、気にしないでくれ。俺があげたくてあげたという事でいい」
「だが……、……いや、あんたがそういうなら。……迷惑をかけたな。もしまた逢う事があれば、その時はまた仲良くしてやって欲しい」
「ばいばい、よそのにせものくん!」
手を振る長義にこちらも振り返して、2振は去っていった。
結局、あの個体は何なんだったのかよく解らなかったが無事に合流出来て何よりだ。自分もそろそろ帰ろう、今なら向き合える気がする。縁台から立ち上がると、国広は帰路についた。