わんぱく国広と長義





まるでカルガモの親子みたい、とは誰が呟いたのだろうか。ふと前に聞いた言葉を思い出して、自室に戻る為廊下を歩いていた山姥切長義はちらりと背後を見遣った。
「……!」
「……」
目が合うとそれ――長義の写しである山姥切国広をちいさくした、ぬいぐるみぐらいのサイズの写しはぎゅっ、と布に手を掛けて顔を隠した。数秒後、ちらりと顔を上げたかと思えばまだ長義が見ている事に気づくと再び布に手を掛けて顔を隠す。……やり難い。はぁ、と溜め息吐き、長義は足を進めた。
このぬいぐるみの様な小さい国広は、遠征部隊の誰かが見つけてきたらしい。報告を受け取った審神者は長義を呼び出し、世話を宜しくね、と言ってのけた。つまり、長義は審神者にこの小さい国広を押し付けられたのだ。当然、長義の抗議は無視された。
それ以来、この国広と一応行動を共にしているが仲がいいとは言えない。目を合わせると直ぐ様布を握りしめて顔を隠す上に、喋らないのだ。そもそも喋れるのだろうか。出逢ってから一度も声を聞いた事がないため、長義は喋れないのだろうと判断した。その内兄弟刀の所へ行く、と思っていたのだが。何時まで経っても、小さい国広は後ろからとてとてとついて来た。以前、国広に気づかず自室の障子を閉めた事があったのだが、ずっと部屋の前でぽつんと動かず座っていたらしい。偶然見つけた乱藤四郎が驚いた声を上げていた。可愛い物好きらしい彼はこの小さい国広も可愛い判定だそうだ。乱以外にも藤四郎を中心とした短刀達に人気がある様で、よく餌付けをされていたり構われたりしている。世話好きの脇差達にも人気があるらしく、小さい国広も堀川国広には懐いているようだ。
「……、」
自室に辿り着く目前で、長義は足を止めた。再び背後の国広を振り向く。驚いた小さい国広が不思議そうな顔をした後、矢張り布で顔を隠したが、それを気にすることなく長義はじっと彼を見つめる。長義の脳裏に、数日前耳にした言葉が蘇った。

『――あのコね、すっごく柔らかいんだよ!』

話の内容は無論、この国広の事だ。癒される!と目を輝かせて語っていた刀曰く、ぬいぐるみっぽいこの個体はぬいぐるみ同様躯が相当柔らかいらしい。へえ、と彼の話を聞いていた刀達とは反対に大して興味がなかったのだが、こうしてよくよく見てみると確かに柔らかそうだ。……つまりは、だ。認めたくはないが、彼を構う刀達全員が似たような言葉を吐く現状に、いい加減、長義も気になってきたのだ。
「……!?これは……、」
周囲に誰も居ないことを念入りに確認すると、長義は戸惑う国広を無視して抱き上げてみる。持ち上げた躯の柔らかさに、思わず声が零れた。成程、確かにこれは柔らかい。思わず頬擦りしたくなるような、納得のしなやかさ。夢中になるのも理解できる。
「ほ、ほんか、くるしい……」
「!お前、喋れるのか……!?」
聞こえてきた声に、長義は慌てて胸元に視線を落とす。抱きしめていた国広をそっと床に下ろし、何故云わなかったんだと困惑する長義に小さい国広は小さく呟いた。
「……だってほんかが、おれのこときらってるみたいだったから……にせものくんって……」
「それは……」
通常個体の山姥切国広が思い起こされる。姿は違うが同位体なのは変わりないと思ったからこそ、この個体の国広と最初に逢ったあの時、長義は本丸にいる国広と同じように呼んだ。流石に子供――と云っていいか解らないが――相手にきつく当たるのは躊躇したので、邪険にしたつもりはなかったのだが。
「……まぁ、でも。お前のことは嫌いではない、かな」
幼子相手にムキになる程長義は子供ではない。安心させるように膝をついて、小さい国広と視線を合わせる。すると国広がぱっと顔を輝かせた。
「ほんとうか?ならおれをなでてくれるのか?ほんもよんでほしい!」
「あぁ、そうして欲しいなら叶えてあげよう」
おいで、と手を伸ばすと、顔を綻ばせた国広が桜を舞わせながら飛び込んできたので抱き上げる。あぁ、矢張り柔らかいな、と長義は口元を緩ませた。


***


「山姥切!!何故そいつにだけ優しいんだ!?」
「は?何故お前に優しくしないといけない」
朝餉を取っていると、遠征から帰ってきた通常個体の国広がやって来た。膝に乗っている小さい己の同位体を見て、驚いた様子で目を見開かせる。一体何があったんだ、とか、俺にも優しくしてくれなどと呟く国広を聞き流して、長義は箸を小さい国広の口元へ持っていくのだった。