毒を孕む、




貴方の為に作ったのよ、と紅く染められた唇を弧に歪ませて審神者が笑った。何時もと同じ出迎え、何時もと同じ様に皿に盛られた洋菓子クッキー。1つ摘むと、お返しに不敵に笑ってやる。
「――頂こうかな」
毒入りのクッキー。それを山姥切長義は躊躇うことなく口に入れた。長義にとって既に慣れ切った行動だが、審神者は毎回忌々しそうに顔を歪ませる。毒が入っていると気づいてからも顔色を変えず躊躇いもしないのがどうやらご不満らしい。だが、長義には関係ない。だから今も不愉快そうにこちらを睨みつける審神者に、長義は笑ってみせた。それに対して更に苛立ちを募らせているだろう審神者を見てもどうでも良かった。
あぁ、そうだ。もうどうでもいいのだ。この本丸の審神者は己を扱う力量がないと気づいたあの日から。
だから長義はそれを拒絶する事なく受け入れた。そうやって蓄積された毒が、ゆっくりと躯を蝕んでいる。そうして審神者は待っているのだ。じわじわと炙るように、長義の肉体の死を。
「もう帰っていいわよ」
長義が食べ終わると、審神者はさっさと出てってと言いたげに追い出す。長義としても特に彼女と話すこともないので居座るつもりはない。
そもそも、顔も見たくない程嫌っているのなら単騎出陣でもさせてさっさと始末すればいいのだ。それが手っ取り早いだろうに何故審神者はそれをしないのか、長義が唯一彼女に問いたい疑問だった。
「山姥切、」
「――っ!」
襖を開けて廊下に出れば間近に写し――山姥切国広が立っていた。黙ってこちらを見つめる国広に何なんだとたじろいだが、山姥切?と襖越しから聞こえた審神者の声に我に返った。さっさと部屋に戻ろう、写しの事なんか知ったことか。この本丸はもう、山姥切とは国広の事になっているのだ。写しを偏愛する主によって。
邪魔だ、と国広の横を通り過ぎようとした。が、それは残念ながら腕を掴まれた所為で叶わなかった。勿論、素直に大人しくする長義ではない。放せと腕を振り払おうとするが、練度差は残酷である。主のお気に入りである国広に、この本丸に配属されたその日から一度も出陣させてもらえず、離れへ押し込められた長義が敵う筈もない。そのまま腕を引かれながら、国広と共に再び審神者の部屋へ入ることになった。
「山姥切!嗚呼、どうしたの?何でそんな奴といるの」
苛立たしそうに審神者に睨まれる。好きでいるわけではない!と思わず口にしそうになるのを何とか堪えた。諦めたからと云って、長義の国広に対する感情は変わっていない。己の名前を奪った刀。その認識は変わらないのだ。色々と感情を押し殺して偽物くん、と抗議の声を上げるが、国広の視線はとある一点に集中していてこちらを見向きもしなかった。
「主」
ただ、一言だけ。国広はそう呟いた。なぁに?と長義には向けたことのない甘ったるい声で審神者が返事をする。だが国広の視線の先に気づいた様で、あっ、と小さく声を洩らした。
「あ、あのね、それは……っ」
審神者は何とか言葉を紡ごうとするものの、国広はそれを無視して皿に残ったクッキーを手に取った。途端に彼女はサッと顔を青褪めさせ、悲鳴に似た声を上げる。
「駄目よ、駄目、それは長義のよ。長義の分なの。欲しいならまた別に作ってあげる!だから駄目よっ!」
審神者が慌てて国広から取り上げようとするものの、彼女が止める前に国広は洋菓子を口にした。残っていた菓子を全て食べ終えて満足そうに笑みを浮かべる国広を、長義はただ見ているしか出来なかった。お前、と思わず長義が呟くのと審神者がどうしてどうして、とうわごとの様に呟いたのは、ほぼ同時だった。
「……偽物くん、お前、自分が何をしたのか解っているのか」
「お前だって、そうだろう」
「……何?」
「あれが有害だって、知っているんだろう。知ってて食べ続けている」
何でそれを知っているんだ、とか、なら何でお前も食べたんだ、など色々言いたい事があった。けれど、その何処か陰りを含む目を見てしまって。結局長義は口を閉ざした。


「置いていくなんて、許さない。お前が朽ち果てるなら、俺も共に朽ち果てるだけだ」


――嗚呼、何て莫迦なんだろう。
審神者が泣き崩れる。どうして、どうしてそいつを選ぶの、私じゃないのと子供の様に泣き出した。だがそんな主など目に入らない様子で、国広は、長義だけを見つめていた。
「……愚かだな、偽物くん」
お前は、お前はこんなに主に愛されているのに。それを捨てるのか、