ばいばい、元気でね。


※転生ネタ


公園のベンチでぼんやりとしていると、背後から掛けられた声に我に返った。びくりと躯を震わせて背後を振り返る。
「……はぁ」
にこやかに笑みを浮かべている青年に見覚えはない。曖昧に返答すると、青年はありゃ?と首を傾げさせた。それに合わせて淡黄色の髪が揺れ、一瞬既視感を覚えたのだが、矢張りこんなコスプレみたいな服装をした人物に心当たりはない。
「うーん、そっか。いい天気だね」
「そうだな、だが夕方から雨が降るらしいと……あ、いや。降るみたいですよ」
何か納得したのだろうかうんうんと頷くとそのまま話を続けてきた。急な話題変更に驚きつつ会話に応じるが、途中でタメ口になっていたのに気づいて慌てて訂正した。見知らぬというのに何故か警戒心も沸き起こらない事が不思議だ。
己の言葉に、青年は一瞬だけ驚いた様な表情を浮かべた。
「……敬語じゃなくていいよ。慣れないからね」
「?はぁ……なら、お言葉に甘えて」
「そんな事より、ここで何してるの?」
背もたれの縁に頬杖をついて青年が問い掛けてくる。嗚呼、と傘の柄を握りしめて視線を落とした。
「兄を待っているのだ」
「……ふぅん?」
「近くの会社で働いているのだが、傘を忘れて行ってしまってな。それでは帰り際に濡れてしまうと思い、届けようと此処で待ち合わせている」
「そっか。お前は偉いね」
よしよしと子供の様に撫でられてしまった。まるで幼い弟を褒める様な、そんな感じがした。当然、見ず知らずの男にそんな扱いをされる覚えはなどなく止めてくれと手を払って抗議をしたが。はて。何処か懐かしく思えたのは何故だろう。
何か思いだしそうな、そんな時だった。視界に兄の姿を捉えた。ハッと我に返り、慌てて立ち上がると兄に向かって声を上げる。
「済まない、兄が来た。俺はこれで、」
兄の許へ向かおうとしてぐい、と腕を引っ張られた。何を、と困惑して青年の顔を見遣れば、彼は悲しそうな表情を浮かべて御免ね、と直ぐ様掴んでいた手を離した。


「――お前は僕以外のヒトを兄と呼ぶんだね」


兄の所へ行かねばならないのに、その哀しげな顔と声に動けなかった。何か云わなければと焦燥感に口を開こうとするも、突然の突風に思わず顔を逸らしてしまう。風が収まった頃、再び顔を上げれば、既にそこにその人は居なかった。
「あに……、じゃ?」
咄嗟に出てきた言葉に覚えはない。なのに無性に悲しくなって、気がつけばぽろりと涙が溢れ出ていた。
もうきっと、あの人と逢えないだろう。それが何故か、とても悲しいのだ。
誰かも知らないのにどうしてこんなにも虚しさを覚えるのだろうか。兄がこちらにやって来ても、当初の目的など忘れてただひたすら泣いていた。