※転生ネタ



仏壇の前に座る私を、親戚おとな達がひそひそと見ている。あからさまな悪意を孕んだ声色と不躾なその視線に、私はちらりと背後を見遣った。途端にびくりと躯を震わせさっと目を逸らす彼らを嘲笑する。あぁ、なんて下らない。最初から見下すのなら最後までその態度を貫き通せばいいのに。唖然とする彼らを尻目に、私は再び仏壇へと顔を向けた。視線が合わなくなって直ぐ様大人達は自分たちの態度を棚に上げてなんて無礼な子、なんて今度は私にも聞こえる大きさで云うけれど。もう私は彼らに興味はなかった。
両親が死んだ。事故だったらしい。私は風邪で寝込んでいたから助かったけれど、代わりに天涯孤独になった。駆落ち同然の結婚をした両親に、彼らの子供である私を引き取ろうとする親戚達などいない。だが、私は引き取りたくないけれど、両親が残した財産は欲しい、と大人達は何時までも悩んでいる。だから下らないのよ、私は一人だって生きていける。私が生活できるほどの金銭さえ手元に残っていればそれでいい。
「――こんばんは」
「え?」
早く話がまとまらないかしらとぼんやり仏壇に飾られた遺影を眺めていると、背後で声がした。私に向けられた言葉だ。声からしてまだ若い、けれど私より年上だろう男の声。話がまとまったとして遠巻きに一方的に告げられるだけだと思っていた私は、驚いて背後を振り返った。
そこには両親よりずっと若い男が立っていた。銀色の髪の、優美な男。驚いた、こんな綺麗な顔を私は見たことがない。両親の知り合い……でもないだろう。それなら印象が強くて、私も覚えている筈。目の前の銀色の男は座っている私に合わせて膝をつく。彼の蒼い瞳が私を見つめている。暫く黙って私を見ていた彼は、ふっ、と一瞬だけ落胆するような顔を浮かべた。
「……矢張り覚えていないか。……まあいい、今日から俺が君の世話をしよう。確か親代わり、と云ったかな」
「……本気?」
あれらが黙っていないと思うけれど、と不審がる私を、男は問題ないと答えた。……まぁ、これだけ顔がいいなら親戚の女達は喜んで金銭を分け合いそうだ。男達は不満だろうけれど。
「何か勘違いしてないかな、俺は金銭には興味ない。それなりに蓄えはある、君一人養うのは容易い。彼らは君のご両親が残した財産が目当てだろう?遺産は要らないと云えば喜んで君を差し出した」
「そう……、」
物好きな人、と呟いた私に、男は何も答えなかった。
親戚達はこれで憂いがなくなっただろう。私という余計なものがなくなった。後は遺産の分配だけ。それはそれで新たな問題が発生しそうだけれど、これ以上私には関係ない。
一人でも、生きていけるとは思っているけれど。でも、
「――お父さん、と呼んだ方がいいかしら?」
差し出されたその手を、私は手に取った。


***


私を引き取った男――山姥切長義と名乗った彼の元で生活し始めてから幾許かの月日が経ち、私は高校に通うぐらいの年齢になった。私一人養うのは容易い、と云っていた様に、私は何不自由なく生きている。
そう、だから、多少の不自然は目をつぶろうと思う。
例えば、彼は出逢ったあの時から全く変わらなくて、最近だと並んで歩いたり店へ買い物に行くと兄妹に間違われたりするとか、2人きりの時、私の事を主と呼ぶ事や、何の仕事をしているのか訊いてもはぐらかされるけれど。敬称は付けずに名前で呼んで欲しい、と云われた時も疑問には思った。けれど私がこうして生きているのは、彼のお陰なのだから。
「――ただいま、山姥切」
授業が終わって帰宅すると、家の中は食欲を誘う匂いが漂っていた。夕食を作っている最中なのだろう、私はスリッパに履き替え廊下とリビングを繋ぐ扉を開け、リビングを通って台所へと顔を出した。山姥切はフライパンで何か炒めていた。どうやら気づいていないらしい。私は彼の元へ向かうと、中を覗き込んだ。
「肉ね、もしかして生姜焼きかしら」
「……主、驚かせないでくれないか」
近くにあった大皿に盛られた千切りキャベツを見つけて、私はぽつりと呟いた。その呟きに漸く、山姥切は私に気づいたらしい。驚いた様子で振り向いた山姥切は、菜箸を動かしながら呆れた表情を浮かべた。
「あら、ちゃんとただいまって云ったわ。山姥切が気付かなかっただけよ」
「それは済まなかったね。もう直ぐで出来るから着替えてくるといい」
クッキングヒーターを止め、千切りキャベツの上に先程まで焼いていた肉を盛り付ける山姥切にええ、と私は頷いて台所を離れ、二階の自室へと向かった。制服を脱ぎ、ハンガーに掛ける。
……良かった、気づかれてないわね。
露わになった右腕に、私はそっと触れる。途端に襲ってくる痛みに顔を顰めた。
痛みを発するそこは、今日クラスメイトの女子に強く掴まれた所為だ。逆恨みも甚だしい。私の好きな人を取った、だとかそんな下らない理由だった気がする。それか山姥切を紹介してと云われて断ったことだったか。どっちだったっけ。まぁ、どうでもいいか。ただ、山姥切には気づかれないようにしないと。
着替え終わって台所へと戻ると、丁度山姥切がご飯を茶碗によそっている所だった。出来たよ、と告げる山姥切からご飯を受け取って私はテーブルに着く。テーブルには生姜焼きとブリの照り焼き、それから副菜としてトマトサラダが並べられている。山姥切が席に着いたのを確認し、私は生姜焼きの皿から菜箸を手に取って取り皿へと移した。取り皿に盛った生姜焼きを、箸で一口食べる。うん、とても美味しい。相変わらず山姥切は料理が上手いし、私好みの味付けだ。はっきり云うと、母より上手だった。と云っても母の料理の味なんて余り記憶に残っていないけれど。思えばもう、両親の顔も曖昧だ。
「――所で、主」
何?と顔を上げた私は後悔した。にこりと山姥切は涼やかに笑みを浮かべているけれど、これは、
「腕の調子が悪そうだが、どうかしたのかな」
「……何でも、」
「なくはないだろう?普段と比べて今日は帰りが遅い。そこから考えれば何かあったと思うのが普通だと思うが?」
「……向こうが勝手に突っかかってきたのよ、私は悪くないわ」
一応、誤魔化そうとするが無駄だった。仕方がないので私は正直に答える。同時によく気づいたなと思わず感心してしまった。痣に触れない限り痛みはないというのに、どうして解ったのだろうか。
「……ねぇ山姥切。貴方恋人は作らないの」
箸でブリの身と骨を別けながらそう訊くと、何?と山姥切の声が返って来る。魚に視線を落としたまま、私は答えた。
「ただふと思っただけよ。貴方なら選り取り見取りでしょ」
「……必要だと思ったことはないからね。俺の事よりも、主はどうなのかな」
「私?私は……、」
思わず顔を上げた私を、じ、と山姥切が見ている。『あの時』と同じだ。……だから、私は、
「……要らないわ、」
だって、私には山姥切がいるもの。
そう告げた私に、山姥切は驚いた様子で目を見開く。けれども直ぐに何時もの笑みを浮かべ、窘める様に云うのだ。
「……そんなこと云うべきではない」
「ええ、そうね」
ふふ、と笑って、私は再び箸を動かした。……だからね、山姥切。
――もう、私を殺さないで頂戴?