春宮の好感度ゲージが見えるようになった柊迫
ある日何時も通り学校に向かう途中で臣さんと合流した時、変なモノが見えた。ハートの形をしたモノ。それが臣さんの頭上斜め上に浮かんでいる。何か喋ってる臣さんを無視しておれはそれを観察してみた。ハート自体はとてもシンプル。真ん中から下が黒くなっていて、なにこれ、とおれは首を傾げる。昨日までこんなものなかったけど。
「――おい、聞いてんのかよ?」
「聞いてない」
おい、とイラっとした様子で呟く臣さんを無視しておれはそれに触れてみる。けど、それはおれの手をすり抜けた。……触れられない、ってこと? 何回かそれに触ろうとしてみるけど、その度におれの指はただ空を切るだけだった。
「……侃、お前さっきから何してんだ」
「ねぇ臣さん。頭のそれ、なに?」
こうなったら本人に訊いてみよと臣さんに尋ねてみれば、臣さんは眉を顰め怪訝そうな顔を浮かべた。それって何の事だよと云われたので頭上のハートを指さすものの、何云ってんだこいつ、というような目で見られるだけだった。仕方ないのでおれはスマホを取り出して、カメラを起動させる。そうしてパシャリと一枚撮るも、画面に映るのは臣さんだけ。一応もう一度撮ってみるけど結果は同じだった。つまり、このハートはおれにしか見えないし、写真に写りもしない。なにこれどういう原理? おれ以外に見えようがないなら相談しても意味ないじゃん。
取り敢えず相変わらず怪訝そうにしてる臣さんを適当に誤魔化して、何時も通り学校へ向かうことにした。
***
「あ、柊迫ー! ちょっといいか?」
一先ず無視することにしたけど、やっぱり臣さんのそれが気になってちらちらと見ながら学校へ辿り着いた。下駄箱で靴を履き替えて教室に向かう途中、背後から声を掛けられる。なに、と振り返ると、そこにいたのはクラスメイトで一限の授業の先生に言付けを頼まれたと云った。授業に使う教材をHRが終わり次第教室まで持ってきておいて欲しいらしい。そういえば今日は日直だったことを思い出して憂鬱になった。解った、と答えれば、じゃ、伝えたからなとクラスメイトは何故か引き攣った笑みを浮かべながらそそくさと去っていく。……? 変な奴、と思いつつその背中を眺めていると、終わったかよ、と後ろから声がした。振り返らずとも誰かなんてすぐに解る。
「あれ、居たの臣さん。先に行ってると思ってたのに」
「別にどうでもいいだろ。おら、行くぞ」
先に教室に行ったと思っていた臣さんの姿を見て驚くおれに対し、臣さんは顔を顰めたまますたすたと歩き出す。そんなに待たされたのが不満なら先に行ってればよかったのに。ほんと、臣さんって偶によく解んないよね。不機嫌オーラを纏って歩く臣さんを追いかけながら、あれ、とおれは目を見張る。
ゲージが、上がってる?
ついさっきまでハートが黒くなっているのは丁度半分だったのに、今はもう半分以上になっていた。なんで? 臣さんが不機嫌だから? ……もしかして、これ、臣さんの不機嫌ゲージだったりする? それなら色が黒いのも納得かも。
でももしそうだとしたらこれ、最大までいったらどうなるんだろ。喧嘩とか吹っ掛けられたりするのかな。喧嘩自体は何回かした事あるし、今更だけど。どのタイミングで喧嘩になるか、目安になっていい……かもしれない? 取り敢えず暫く見てみるか、と今日一日は臣さんを観察する事にした。
***
あぁ、ほんと、面倒くさい。
授業が終わるたびに黒板を消すのがめんどくさい。直ぐに消すとまだノート書いてないのにって怒られるかもしれないからさっさと済ませる事も出来ないし。学級日誌も書くのが面倒。学科とか授業内容は兎も角、授業の様子とか今日の感想とか反省点とか書けって面倒くさいにも程があるでしょ。
「あれ、ふっきー?」
「え? あ……和さんに秀さん。和さん達も日直?」
放課後、おれがなんとか学級日誌を書き終えた頃には既に担任は居らず、職員室まで行かないといけなくなった。臣さんは先に部室に行ってて、と教室で別れ、職員室に着いた所で呼び止められた。顔を上げると、和さんと秀さんが居た。
「そそ、しゅーちゃんがね。僕はしゅーちゃんの付き添い!」
「勝手に付いてきただけだ」
ばっさりと切り捨てる秀さんに酷い! と和さんはわざとらしくしくしくと泣く。そんな和さんをおれと秀さんは当然スルーして職員室に入った。学年が違うから秀さんとはそこで別れ、おれは担任の席へと向かい日誌を提出する。やっと終わったと思いながら職員室を出れば廊下の壁に寄りかかって秀さんを待っている和さんがいた。折角だからふっきーも一緒に行かない? と云われておれがそれに答える前にあの、と背後から声を掛けられる。……なんか今日、やたら後ろから声を掛けられてる気がするんだけど。
「柊迫くん、ちょっと、いいかな……?」
「……和さん、部活遅れるって伝えといて」
振り向くと、知らない女子がいた。この手の呼び出しはもう慣れたもので、おれは溜め息交じりに答えると踵を返しそのまま歩き出す。おっけー、と後ろから聞こえる和さんの声を聞きながらおれは彼女に付いて行った。
人気のない階段下まで辿り着くと、彼女はくるりと振り返る。何を云われるか、おれは知っている。
「あの、春宮くんのことなんだけど。……春宮くんって、彼女いるのかな……?」
「いないんじゃない。少なくともおれは聞いてないし知らない」
「そ、そう!? え、えっとならこれ、春宮くんに渡して欲しいなって……!」
おれの返答に彼女は顔を明るくすると、手に持っていた可愛らしいレターを差し出してきた。うん、やっぱり。内心で溜め息を吐きつつそれを受け取った。有り難う! と小走りに去っていく彼女の背中を眺めながら、おれは再び溜め息を吐く。なんで毎回毎回、臣さんを好きな人達っておれを橋渡し役にするのかな。おれは臣さんの保護者じゃないんだけど。何度目か解らない溜め息を吐きながらゆっくりと部室へ向かった。
***
「侃くん、告白されたってほんと!?」
「は?」
扉を開けて中に入ると、何処かひりついた空気を感じた。おれが戸惑っていると出入口近くに居たほなさんと粋さんがこっちに気づいたようで、ほなさんがあたふたしながら近寄ってくる。何その誤解。和さんちゃんと伝えたの? と思っていると、ほなさんが不思議そうに話を続けた。
「え、違うの? 良和くんが侃くんは女子に呼び出されたから遅れるって云ってたよ」
「それは合ってる。けど告白とかじゃないから。おれは臣さんへメッセンジャーを頼まれただけ」
いい迷惑だよ、と愚痴る様に零す。なんだそっかぁ、とほなさんは納得したみたいでほっと息を吐いた。反対に粋さんは何故かちょっと残念そうにですよねぇ、と呟く。
「やっぱりすーさんに告白する勇者はいないようで」
「は、なに? 粋さん喧嘩売ってる?」
「いえいえ。気づいていないんでしたら、そのままで」
確かにおれみたいな陰キャに告白とか罰ゲームしかないだろうけど。意味わかんない、と顔を顰めると粋さんは何時もの胡散臭い笑みで誤魔化してきた。……ほんと意味わかんないんだけど?
それよりも、と粋さんはちらりと部室の奥の方を見遣る。その後、早くボスをなんとかしてくれません? と再びおれに視線を向けた。え? と二人の背後に目を向け、げ、とおれは思わず声を洩らしてしまった。
なにあれ、絶対誰か殺った顔じゃん。
朝とは比べ物にならない程の不機嫌オーラを纏った臣さんが居る。その近くで相手をしてるのは和さんだ。……あ、そう云えばと臣さんの頭上のハートを見てみる。けど直ぐに後悔した。ほぼマックスになったみたいで、ハートは真っ黒に染まってる。やっぱりこれ、不機嫌ゲージだ。
これどうやったら下げれるのかな、と悩んでいると、ほなさん達と同じく臣さん達を見守っていた秀さんもおれが来たことに気づいたらしい。柊迫、と秀さんが声を上げながらこちらにやって来る。
「悪いが、いい加減伊佐を助けてやってくれ。部活も始められないしな」
「そうだよ! お願い侃くん!」
おれが行ったところで機嫌が良くなるとは限らなくない? と口にすればそんな事ないですよぉ、と即座に粋さんに否定された。いやいやあるでしょ普通に考えて。これ声を掛ける科白間違えたら完全にハートマックスになるじゃん。責任重大過ぎ。付き合いが長いのはおれだからこう云われるのは解ってるけど。渋々重い腰を上げて二人の所へ向かう。臣さん、と名前を呼ぶと、不機嫌さを隠しもしない目が向けられた。おれに気づいた和さんはじゃあ僕はこれで〜、とそそくさと秀さんの元へ向かっていく。しゅーちゃぁん! と泣きつくような声が背後から聞こえた。実際泣いてるかは知らない。
「……侃、今日帰り、」
「――部活終わったらさ、帰りにコンビニ寄らない? おれからあげチャン食べたい。チーズ買うから臣さんはレギュラーね」
臣さんの言葉をわざと遮り、努めて何時も通りを装って提案する。臣さんは無言でじ、と何処か鈍い光を宿した目でおれを見ていたけど軈て大きく溜め息を吐いた。おう、と短い返事と共にひりついていた空気が緩む。ほっとおれが安堵するのと背後でおれ達を見ていた皆が小さく息を吐くのはほぼ同時だった。確認のためにちらりと臣さんの頭上を見てみれば、ゲージは半分に減っている。……まだ半分もあることに驚いた。臣さんって実は常にそこそこ不機嫌な状態で生活してるわけ?
まあいいか、と適当な机に鞄を置こうと臣さんに背を向けた所で再び臣さんに呼ばれた。なに、と振り返る。臣さんは獰猛な光を湛えた目を細め、口の端を吊り上げて薄く笑うと云った。
「――今回だけだからな」
「……?」
意味が解らず取り敢えず曖昧に頷くおれに、臣さんはそれ以上何も云うつもりも説明するつもりもないみたいで、おれも気にするのはやめる事にした。
***
次の日、学校に向かう途中で臣さんに逢うとあの不機嫌ゲージは見えなくなっていた。なんで急にあんなのが現れたのか解らないまま。どうせなら今日まで見えていたかったんだけど。どうやって昨日預かったまま渡すのを忘れていたラブレターを臣さんの機嫌を損ねずに渡すか。何か喋ってる臣さんを無視して、おれは頭を悩ませるのだった。