虎視眈々





「あぁ、あの小さかった坊ちゃまがこんなに大きく……」
「フリンズさん、呑み過ぎですよ!僕たちそんな幼い頃には出逢ってませんし、記憶捏造しないで下さい。もう帰りましょう?」
感慨深げに呟くフリンズさんからグラスを取り上げると溜め息を吐く。
意外にも、フリンズさんはお酒に弱いらしい。偶に一緒呑んだりするとその度に先程の様な戯言で絡んでくる。大体フリンズさんと呑んでるファルカさんからはフリンズさんが酔った姿は一度も見たことがないと聞いていたのに。だから初めてこの姿を見た時は本当に驚いた。けどファルカさんが嘘を吐くとは思えないし、ファルカさんと呑む時はセーブしてるのかもしれない。それなら納得出来る……気がする。なら何故僕との時にもセーブしないのだろうと疑問に思うけれど。
「ところで坊ちゃま、式は何時挙げましょう?希望はありますか」
「フリンズさん、僕の話聞いてますか?……解りました、フリンズさんに任せますから今日はもう呑まないで下さい。もう帰りましょう」
何を云っても無駄だと取り敢えず話を合わせ、取り上げたグラスをカウンターへ置きながらフリンズさんを促す。……今度からファルカさんも呼ぼうかな。
「……ふふ、言質は取りましたからね」


***


「フリンズさん……!」
「おや、坊ちゃま。そんなに慌ててどうかされたんですか」
後日、どういう事か説明を求め、夜明かしの墓へ向かうと平然とした様子のフリンズさんに出迎えられた。水でもどうぞ、と差し出されたコップを要りません!と断る。
「どうして僕とフリンズさんが結婚することになってるのですか!?」
隊長、おめでとう御座います!なんて祝いの言葉を掛けられ驚いて思わず固まってしまったのはまだ記憶に新しい。俺の方が先に好きだったのに……!と何故か泣いてる人もいて、その泣いてる人を慰めている人がいたりして混沌としていた。何が何だか解らないまま違います、と誤解を解こうにも俺達偏見ありませんから大丈夫ですよ!などと否定すればするほど周囲は盛り上がるだけでどうにもならなかった。義父さんに助けを求めようとしても、何故かぎこちなく目を泳がせ彼になら安心して任せられる、と云われるだけで何の進展もなく。ここに来るまでどれだけ時間が掛かったことか。
「何故、と云われましても……坊ちゃま御自身が仰ったじゃないですか。忘れたとは云わせません」
僕に任せると云ったでしょう?と有無を言わせぬ強い口調で告げられ何も云い返せなかった。いや確かにそう云いましたけどあれは……、と口籠るとフリンズさんが悲しげに眉を下げる。
「成程……嘘を吐いた、と云う訳ですか。坊ちゃまがそのような方だとは思っていませんでした」
「……え!?ち、違います、そうではなくて……!」
悲哀を滲ませて目を伏せ、こちらが悪いかのように責める様子は酷く芝居掛かっているのに、やけに真に迫っているものだからこちらは一切悪くない筈なのに罪悪感を覚えてしまう。……これはまずいかもしれない。こんな展開になるなんて想像していなかった。どうしてこんなことになったのか。だってあれは、ただの酒酔いの戯言だったのでは……?
「違うも何もないでしょう。坊ちゃまはあの時僕に任せて下さると約束しましたよね。違うと仰るなら一体どう云う意味だったんです……?嗚呼、僕は悲しいです。坊ちゃまに嘘を吐かれてしまったのですから……」
「……っ、わ、解りました。認めます。ですからそんな顔をしないで下さい」
「いいえ駄目です、僕は傷付きましたので。責任を取って頂かないことには赦しません」
……僕が折れた途端一気に晴れやかになる表情を見て確信する。これ全部狙ってやってましたよね?
どうしますか、とこちらを覗き込んで微笑む姿からは先程の悲嘆に満ちた表情など微塵も窺えない。きっと僕では太刀打ち出来ないだろうそれに悔しさを感じつつ、これ以上押し問答しても意味がないだろうと観念する。こうなった以上彼の望むようにするしかない。
「……はぁ……解りました。いいですよ、フリンズさんの好きにして下さい」
諦めを込めて深く溜め息を吐く。……あれ、でもフリンズさんから好きだとか付き合ってくれだとかそんな話は一度も聞いたことがないような気が……?
ふと浮かんだ疑問について考えているとそれを遮る様に腕を引っ張られそのまま強く抱き締められた。耳元にぽつりと言葉が落とされる。





「――やっと捕まえました、坊ちゃま」