道標の正体
ディールに着いた私達はすぐに宿に入り、雨で濡れた体を拭いたりして戦いで疲れた体を休ませる
今日は私達の他に宿泊客がいなく、宿の調理場を借りる事が出来たルドガーは私達の食事を作っている。そして……エルは部屋に行ったきり出てこない
その時、エルの様子を見に行っていたジュードが戻ってくる
「どうだった?」
「エル、かなりまいってる」
「時歪の因子化の影響か?」
「それより精神的ダメージだね。目の前で父親が―――」
ミラが言うように時歪の因子化の心配もあるけど、今のエルの状態から……あのヴィクトルさんとの戦いが一番の原因だと私も思った
それは皆わかっていた事だけど、そのヴィクトルさんにトドメを刺したルドガーで、あの人は未来のルドガーだったから今のは失言だったと気付いたジュードはすぐに謝る
「ごめん…あの状況じゃどうしようもなかったよ」
「これは皆の責任……」
「………」
ルドガーもこれはやらなければならない事だったって言うように、ジュードの言葉にただ頷いて調理を続けた
「エルも心配だがルドガー、君は大丈夫か?」
「俺は平気だ」
「君は強いな。自分自身の消滅を見るのは、相当なショックだろうに」
「…!」
ミラの言葉で私も思い出した。あの時……ペリューンで今いるミラが来るときに元々いたミラが……
彼女もまた自分が消滅するのを見て、辛かったんだって今になってから気付く。けど、それでも前を見続けるミラはルドガーに言葉をかける
「無理はするなよ、ルドガー。私たちには、生き残ったからこそなすべきことがあるのだから」
生き残ったからこそなすべきことがある……ルドガーにかけられた言葉だけど、それは私達にも覚えておかなければならない言葉だ。奪ってしまった命や世界に失礼のないように前に行く。
そう改めて思ってると、ルドガーのGHSが鳴って確認する
「クランスピア社か?」
「ああ。ヴェルからのメールだ……悪いがジュード。読んでくれないか?」
「いいよ。……――最後のカナンの道標の回収を確認。至急、マクスバード・リーゼ海停へ来たれ――」
「もう確認したか……こんな時に」
「どうしますか?」
ヴェルさんは命令で動いてメールしてきたから何も悪くないと思うけど、本当にタイミングが悪い……少し苛立ちが出そうになると、ルドガーやエルを心配しているミラが明日にしようと言う
「それが賢明ですね」
「じゃあ、ルドガー。私がヴェルさんに返事するよ」
「すまない、リル」
メールが来たのはルドガーだけど、私もエージェントだしルドガーと同行しているから代理をしてもいいよね?って思いながら、ヴェルさんに明日行く事を書いて送信した
その時
「………」
エルが階段からゆっくりと降りて来た
「お腹すいたでしょ、エル。ルドガーがスープ作ってくれたよ」
丁度、その時ルドガーが料理を作り終えたみたいで、スープを皿に注いでいた
「はい」
「ありがとう。ルドガー」
全員分に配ったルドガーとテーブルに座る私達。スープは熱々でいつもどおり美味しそうだ
そして、いただきます……そう言おうとした時
「……違う」
「ん?どうし……」
「こんなの違うっ!」
どうしたのか聞こうとした時、突然エルがそう言って怒り出したと思ったら、自分に用意されたスープをテーブルから払い落とす!
落とされたスープは皿の割れる音と破片と共に床に飛び散る。驚いてそれを見ている私達にエル椅子から立って泣きそうな目で怒って言ってきた
「エルが食べたいパパのスープじゃない!」
エル……やっぱり、父親の死を受け入れられないよね
何もなかったら普通にルドガーの作ってくれた料理に何てことを!とか叱れるけど、エルの心情を思えば誰も何も言えない
勿論エルもこんな事はやりたいわけじゃない……悲しい気持ちが爆発して混乱に似た怒りになっただけだ
「違う!違う!こんなの違う!パパはっ!エルのパパはっ!」
悲しくて悲しくてどうしようも出来ないやり場の無い感情が興奮気味に高ぶって、自分でも困惑しているエルは手をバタつかせながら喚く
落ち着いてエル!誰もがそう言おうとした時……
エルは座っていた椅子にぶつかり床に転倒。そして椅子はテーブルにぶつかり、その近くにあった鍋にも当たり……
鍋はエルに向かって落下する!
「危ないっ!!」
「エル!!」
私は咄嗟にエルに覆い被さるように盾になり、ルドガーは落ちる鍋を誰もいない所に突き飛ばした!
「ぐっ…!」
「熱っ…!」
ルドガーは重い鍋を突き飛ばしたから自分の手を痛め、私は鍋から溢れたスープを背中に受けて軽く火傷をする
「ルドガー!リル!」
「あ……っ」
急いでジュードが回復術を施してくれたおかけで、私達にできた怪我や火傷は早く治り、エルは…自分のせいで私達が怪我をしたのを見てすぐに謝ろうとした
けど、ヴィクトルさんの事を思い出したのか……黙って部屋に戻って行った
「ありがとう。ジュード」
「これで大事はないよ」
「すまない…」
回復した直後、ルドガーは床に転がった鍋を拾って調理場に持っていく
片付けるのかなって思っていたら、その鍋を洗ってもう一度水を入れて食材を用意する。それって……
「またスープを作る気?」
「エル…また部屋に行ったけど…」
「作りたいんだ。エルのために」
「ルドガー……」
もう今日は降りてこないかもしれないけど、それでもエルのために作ると私達に笑って言ったルドガーはまた料理を始める
その気持ちがエルに伝わるといいな…
「……私、着替えてくるね」
「ああ。リル……一緒にエルを助けてくれてありがとう」
「ううん。私に出来るのはこれくらいしか…」
私はルドガーにそう言って部屋に戻った
火傷は治ったけど服に染みたスープが素肌に付いているから、部屋に備え付けられていたシャワーを浴びてから着替える
そして、ベッドに座り髪を乾かしながら色々考えた
「(明日はエル……一緒に行けるかな?)」
あの様子じゃあ寝込んでしまうかも……そうなれば誰かが一緒にいないと……って考えている内に、そう言えば…と思う事があった
「(これって……本当に誰も知らなかった事かな?)」
最後の道標の名前をさっきメールの返事で聞いたら、回収したのを確認してから解析した結果で……“最強の骸殻能力者”って聞いてそう思った
最強の骸殻能力者って、これは正史世界にもいるはず。それは……ビズリー社長だ
まぁそうなれば社長を殺さなくてはならないから、分史世界での回収になるのは決まっていた事かもしれない
そうなれば、あの分史世界にヴィクトルさん…未来のルドガーがいるのを分かっていたんじゃないか?って思う。侵入する前に見送りしたのはその事について健闘を祈っていたとしたら……
「(今までこんな犠牲を出してきて……本当にカナンの地に行けるの?)」
カナンの地の道標を集め始めた時からユリウスさんの目的がわからなくて困惑していたところに……更に重なってビズリー社長やクランスピア社全体を本格的に疑い始める
「(以前から私達に嘘でも本当でも無い事を話している感じがしていたけど……本当に何かを隠しているんじゃ……?)」
このまま命令通りに動いたら、大変な事になるんじゃないか?って怖いことを考えて不安になった私は、この事をルドガーに相談して「明日行くのはやめた方がいいかな」と言うつもりで部屋を出る
まだ調理場にいるかもしれないルドガーを探しに行くと
そこには…
「(あ……)」
階段の上から見えたのは…
ルドガーとその向かいに座ってスープを食べるエル
エルはすすり泣きながらルドガーのスープを「美味しい…」って言っていた
「(よかった…ルドガーの気持ちは伝わったみたいで)」
申し訳なさそうにエルを見ていたルドガーはスープのおかわりを聞いていたから、すぐに元通り……ではないけど、少しずつ戻りつつある。それがわかって安心した
そして、今は二人だけにした方がいいと思って、話したかったのは明日にしようと考え直して私は部屋に戻る
もうこれ以上……エルや皆の悲しむ顔や辛い様子を見たくない
もし、エルに…大事な仲間とかに危機が迫るなら、次は考える暇を作らずに行動をしようって誓った