ヴィクトル分史(行き違った歯車)
その夜。私は一人、リドウの帰りを待っていた
聞いた事をさり気なく聞いてみようって思っていたけど………今日は遅いんだな
まさか、その事について話し合ってて私に無理に同意させようとしてるんじゃ……
「(いや、それは考えすぎね……)」
いくらなんでも、そこまでは……
そう考えてる時に玄関のインターホンが鳴る
リドウが帰ってきた!そう思って、小窓から訪問者を見ると……
リドウではなかった
「はい……」
でも、その人物は知ってる人で、なんでこの時間に訪ねてきたのだろう?って思いながらドアを開ける
「突然失礼するよ。リル」
「ユリウスさん……」
ユリウスさん。ルドガーのお兄さんでリドウとは長年エージェントとして活動してきた人だ
私がエージェントだった時も優しく頼れる上司だって印象が強い男性
そんな彼がなんでこの時間に?
私はとりあえず、彼を家に上げてお茶を出した
「リドウはまだ帰ってきてないのか?」
「はい。連絡はありませんが、おそらくいつもの医療での残業かと……」
リドウが遅くなる時は度々医療の方の仕事で長引くから
今回もそうなんじゃないか?ってユリウスさんに話すと「そうか……」と言って、少し考え事をするような表情になった
そして
「……リドウから何か話を聞いてないか?」
「話って……なんですか?」
「この世界を……分史世界をなんとかする方法があるとしたら、どうする?」
「っ!」
まさか、ユリウスさんから、あの事を言われるなんて……
いや、彼もそれなりに位の高いエージェントだ。その話を知ってても不思議じゃないけど
その話を……なんで私はリドウからじゃなくて、ユリウスさんから聞く事になってるの?
「そこで、君に頼みたいんだが……」
「そっか………」
「?」
「あの人に……リドウに頼まれて私に言いに来たんですね」
リドウ本人からじゃなく、他の人から話を聞く事になるなんて……もうこれしか考えられない
「リドウにとっては、私は自分が助かるための道具にしかすぎなくて………目的が達成されれば用済み。あとは適当な扱いをするんですね……」
「リル……?」
私が完全に逃げられない状況になってから、こうして………自分が助かるために私達の命を世界に売り渡すんだね
ようやく、わかった……
リドウが私に近付いたのは……このためだったって!
彼が私に対して心が無いって事も!
「だけど……私は………」
悔しさで強張った身体をなんとか動かして、台所に行く
そして
「リル…………!、な、何をする気だ!?」
驚いて椅子から立ち上がるユリウスさんに私は……台所から持ってきた包丁を突き付ける
「私は……この子を守る!この子を渡さない!」
たとえ、ユリウスさんやリドウを……クランスピア社や世界を敵に回すとしても、生まれてくるこの子は何も悪くない
私は昼にルドガーに聞いた事を自分にも問いかけた
自分の命と子供の命、どっちが大事か
私は……子供の方が大事だ!
「出て行って下さい!貴方と話す事なんてありません!」
「リル!落ち着くんだ!」
私の包丁の持つ手を掴み、落とそうと反対側に捻ろうとするユリウスさん
だけど、私も負けじと押し込むように抵抗する
こんな事、私だってしたくない。ユリウスさんが家から出て行ってくれれば済む話なのに……
何度も出て行ってと言ってるのに、聞いてくれない彼に早く言う通りにしてほしいと思っていると……
私は床に足を滑らせて、揉み合いになってるユリウスさんの服を掴んだまま
倒れてしまった
そこに、腰と腹部から鈍い痛みがじんじん広がってきた
何故なら……
「っ!?、リル!!」
揉み合いになってて気付かなかったけど、包丁を持っていた手首はユリウスさんの力に負けて自分の方に向いていた
だから
倒れてしまった拍子に、私自身に刺さってしまった
「あ……あ……」
鈍い痛みがだんだん激痛になってきて、涙が溢れてきたけど、痛いからじゃない
「ご……ごめんね……ごめんね!私は……なんて事を……!!」
お腹の子供に対しての罪悪感からだ
何も罪のないこの子を守るって言っておきながら、私は自分で子供を傷付けてしまうなんて……!
「リル!すぐに病院に……それと止血を!!」
慌てて近くにあったタオルで刺さった箇所の止血をしようとしたり、GHSで病院に連絡しようとするユリウスさんを見て
自分勝手な考えが浮かんでしまった
「……止めてください!」
「何故だ!そのままだと君は!」
「ど、どうせ……貴方達の為に……犠牲になるな……ら……あ、貴方達の……思い通り……なんて……させない!!」
そう、どうせ私と子供が今ここで助かっても、先に待ち受けてるのはどちらにしても明るい未来なんてない
だから、今ここでこの人達から“逃げた方が”この子を守れるんじゃないかって考えてしまった
「ごめんね……本当に……勝手な……ママで………」
お腹で一緒に痛がってる子供に話しかけながら撫で、そして……
「リル!止めろ!!」
ユリウスさんの静止させようとした声を無視して……
私は突き刺さった包丁を一気に抜いた!
そこから血が一気に抜いた吹き出し、痛みと共に熱が奪われていく感じが指先から伝わる
「(これで……いいんだ……これで………)」
こんな自分勝手な事をしてしまったけど
どうか死んでもこの子と一緒に居させてくださいと願いながら
私は静かに目を閉じた