ヴィクトル分史(行き違った歯車)


リルと結婚してそれなりの幸せ日常を噛み締めていたある日、突然言われた社長の言葉に驚きを隠せなかった


分史世界をなんとかする方法がある。そのためには、今後誕生するクルスニク一族が必要だ。と


かつてカナンの地を目指し、後にこの世界が分史世界で無意味な戦いだったと沈黙していたと思ったが、社長はまだ諦めてなかったんだな………

だが、その言葉の意味は、俺とリルの間に生まれてくる子を利用させてくれ。だ

昔クルスニクの鍵だった自分の妻を利用したように、今度は新生児にそんな事を期待するのか……



冗談じゃない。たとえ、クルスニクの鍵だろうが時計を持って生まれる骸殼能力者だろうが、俺達の子供は渡さない



たしかに俺はかつて自分が助かるためだけを考えてきたが、リルと出会ってからその考えが変わった

大事だと思った奴のために生きる……それだけで十分だと


だから、リルが分史世界だと知ってクルスニクの鍵が死んで落ち込んだ時は、本気で支えたい。リルに立ち直ってもらいたいと願った

そんな俺とリルの絆から出来た愛の結晶を………一族の身勝手な運命に巻き込ませてたまるか!


だが、この社長の事だ。俺やリルが拒否しようが無理に従わせようとするはず。もしくは裏から手を回して誘拐しようと企むはずだ


そこで俺は、表では社長の命令に従うフリをして、リルに事情を説明し遠くの地へ隠れてもらおうと考えた

リーゼ・マクシアの……なるべく都会から離れた所がいいな。しばらく俺とは遠距離になったしまうが、あいつらを巻き込ませないためにはこれしかない

俺は仕事の合間に人知れず逃亡計画を立てた

……前までは育児雑誌を読んで、すぐ近くの将来の事を考えてただけだったが、こんな事になるなんてな

初めての妊娠で毎日腹の中で育つ我が子の出産を楽しみにしながら不安を隠せない様子のリルに申し訳ないと思ったが、その子の将来や俺達の………ようやく掴んだ幸せのためだ























すっかり遅くなってしまい、俺は急いで家に向かう

リルは結婚してからも、夕飯を用意しながら俺の帰りを寝ないで待っててくれる


自分自身の事にも大変なのに、あいつらしいとリルを想うが、今日はその好意に甘えてはならない。“あの事”を話して逃亡するよう説明しなければならないから


ようやく玄関にたどり着き、キーを取り出そうとしたら手がドアに触れてしまう

そしたら、ドアはスッと開く




「(?……リルのやつ、戸締まりを忘れてるのか?)」




リルはいつも戸締まりはきっちりするはずなのに。俺は少しばかり何かあったのではないかと不安に思いながら、暗い廊下を進み明かりの点いたリビングのドアを開ける






そこは





俺の予想を遥かに上回る信じがたい最悪な光景があった








「……っ!?」

「!、リ、リドウ!」




何故か家にユリウスが居て、そこに最初驚いたが


次に目に飛び込んできたものに衝撃を受けた





「………リル?」




後頭部を思いっきり殴られたような衝撃から、そこから一歩も動けない俺は震える声をなんとか出して………



赤い水溜まりの上に倒れ、生気のない青白い頬をして目を閉じてるリルに向かって名を呼んだ




「リル……リル!なんでだ!!」




今朝出勤する時に見送ってくれた彼女はたしかに元気だった

それが、どうしてこんなことに……!


俺は弾かれたように固まっていた身体をなんとか動かし、すぐにリルの元へ向かい、彼女を抱き起こした




「リル!リル!返事をしろ!リル!」




いくら呼び掛けても、リルは返事をしない

だらん。と腹部から垂れた腕から包丁と血が一緒に床に落ちたのを見た俺は、すぐに腹部の方に目をやると


そこから刺さって出血したのが確認できた。そして、彼女が今息がないと言う事はお腹の子も……もう………




「どういう事なんだ………ユリウス」




俺はこの家にいる……訪問者であるユリウスに静かに問いかけた




「俺は……ただ、この世界を助けられる方法があるかもしれない。そう言いに来ただけで……」

「お前はあの事を言ったのか!?」




こいつがリルの死に関わってるのは、目に見えてわかっていたから、あえて静かに冷静に聞いた俺だったが、その一言で奴の胸ぐらを掴み一気に怒りを爆発させた


なんて事をしやがるんだ!!なんでお前がそれを……リルに……!!




「すまない!だが、こうなるなんて俺は……」

「うるせぇ!言い訳は無用だ!!」




こいつが余計な事を言ったせいで大事な2人の人間の命が失われた。それは変わらない事実

俺はリルと子供の仇とばかりに目の前の男を………かつては戦友というか腐れ縁の仲だったユリウスに刃を向けた

奴の方が実力は上だが、そんなもんは考える暇は無い!リルと子供が受けた苦しみを奴に与えるまで……!




「ユリウス……覚悟しろ!!」

「チッ……仕方ない……!」




互いに骸殼になり、その影響で出来た特殊な空間で力の限りぶつかり合った


























「ぐっ!ぐはっ………!!」

「リドウ……いい加減にしないと……お前は………」

「黙れ!!」




あまりに力を使いすぎた俺は……身体の限界を感じていた

それはユリウスからも目に見えてわかるようだが、心配される筋合いはない……!


医療用の黒匣もそうだが、骸殼に長時間変身していたために………身体が黒い物に……時歪の因子化に蝕まれ始めていた

あと、一発、大技をぶつければ奴に深傷を負わせる事が出来る

俺は……それに賭けた




「やめろ!それ以上力を使えば……!!」




リル達を殺した奴が俺の心配だなんてな……本当にふざけてやがる!




「スパイン・ビュート!!」




骸殼での最大の力を奴に向かって放つ




「っ!………ハァ……ハァ……」




だが、流石クラウンエージェントだ。俺の技を食らっておきながら、なんとか立ってられるなんてな……




「ク……ソ……ここまで……か……」




俺は逆に……すっかり立つ気力は無くなり




地に膝を着き、そのまま倒れた




その時、骸殼に変身して一時的に出来た空間は消え、元の自宅内になる

俺が倒れた所は丁度……リルと向かい合う形になっていた




「リル……助けられなくて……ごめんな……」




返事はしないとわかりつつ、俺は彼女にそう謝罪した

その時、ユリウスは全身が真っ黒になりつつある俺を見て、完全に時歪の因子になる前に消そうと………刃を振り下ろそうとした



だが、何かに気付いて慌てた様子を見せたと思ったら、また骸殼になりそのまま分史世界に逃げるように侵入した



なんだ、あいつは……俺にトドメを刺さないのか?


だんだん意識が薄れる中、そう思っていると、誰かが俺に近付いてきた





「リドウ……これは一体、何があったんだ?」

「……誰だ」




目の前が赤と黒に見える視界から捕らえた姿は……




「ルドガー……くん……か?」




次にこの家を訪ねてきたのは、まさかのユリウスの弟の……ルドガー君だなんてな




「ハハッ………まさか君も……俺達に………」

「何を言ってるんだ?一体誰にやられたんだ!?」

「……何も知らないのか?」




ルドガー君のこの態度と焦りっぷり。それとユリウスが慌てて逃げた事を思い出す。こいつは社長から何も聞かされてないなと判断し、俺は自分が言われた事と帰宅してからの事を話した
















「そんな……ビズリー社長から、そんな話を持ちかけられて……それで兄さん……ユリウスがリルを……」




俺の話を聞いたルドガー君の険しい顔がどんどん青ざめていき、驚愕に目を見開いた

そうだよな……これは俺達だけじゃなく、いずれルドガー君達にも降り掛かる問題だ




「俺が……知ってるのは……それだけだ………ぐっ!はっ……!」

「リドウ!」

「……よせ!」




助けようとするルドガー君を止める

時歪の因子化するなら、もうどう足掻いても助からない……それに

リル達だけを……逝かせるわけには……




「……こんな……事、言うのも……なん……だが………頼む……!」




俺はルドガー君にトドメを頼んだ

前に利用しようとしたり、早すぎる昇格を目障りに思っていたやつに頼むなんてな

そう思うと情けないが、リル達を殺したユリウスよりは……全然マシだ




「忠告………ありがとう」




俺の話した事に対して言ったのはお礼の言葉

ハッ……別に忠告として言ったわけでもないし、礼を言われるほどではない

ルドガー君がどんな表情をしてるのか、もう血みどろの視界から見えないが、俺は黙って聞いて刃が振り下ろされるのを待った




その、合間に手探りでリルの手を握る




そして




風を斬る音と共に………俺の全ては暗転した





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