冷戦を終結させよう



翌朝から連休が終わってまた出勤しに京都伏見高校に行く

その日から、石垣達は図書室に来なくなった。多分俺があんな事したから翔君から行くなって言われたんだろうとか、IHが近いから集中して練習したり、その分で勉強に遅れないように頑張っているんだなって思い納得する

そして……翔君とも会話をしなくなったな。元々翔君は自分から人に話しかけるのもあまり無いから、明らかに避けている感じはない

むしろ俺が避けているのかな?それでも向こうは気にしてないみたいだし、こうしていた方が静かで良いって言うかもしれない。俺も間違った事は言ってないから……しばらく冷戦だなって思った

そんな日々が続いたある日に、ふと、おばさんから自分の物だと言って受け取った砂時計が何なのかを調べるため、手にとってマジマジと見る




「(至って普通の砂時計だよな…)」




見た目は本当に何処にでもある砂時計。しかし何故こんなに惹かれるのか、やっぱりわからない。そう考えながら、何気なくひっくり返してみると……




「は?え?……なんで砂が落ちないんだ?」




なんと、ひっくり返したはずなのに、砂は上の器に入ったままで間の細い管を伝って落ちてこない

管が詰まっているのかな?って上下に降っても出ないから変な砂時計だなぁって畳に置いたら、上に何か字が書かれているのに気づく

何かの説明書きだろうってまた持ち上げて見た時に心臓がドキッと跳ね上がったみたいに驚く

何故なら、その文字は……俺の元居た世界の物だったから!




「これは…!」




驚きながら読んでみると、小さな文章でこう書かれていた






―迷い人よ。我はそなたを導く鍵。時過ぎるまでに我を破壊せよ。さすれば元来た道の扉が開かれん。もし、時過ぎたらば……相容れぬ時空にそなたは切り裂かれん―





この文から考えると、つまり……




「(これが元の世界に戻れる鍵だったんだ!そして、砂が全て落ちる前にこれを壊せば元の世界への扉が開いて、もし砂が全て落ちてしまえば……俺は帰る事もこの世界に留まる事も出来なくなり……消えてしまう)」



それを知ってぞくっと背筋が凍った

そうだよな……この世界には元々“ユーリィ”と言う人物はいない。元の世界に帰らなければ、違う次元の俺は相容れぬ世界に耐えきれなくなって消えるのは当然か


なんか、前に読んだ漫画で薔薇の乙女の名前を持つ人形が別世界に行った時に、レプリカの体に入っているからその別世界に居られるのは一週間だけ……だったな。なんかあれと似てる気がする


……さて、そうなれば俺は消えてしまう前に、すぐにこの鍵である砂時計を破壊して扉を開いて帰らなければ

あんなに探していた元の世界に戻れる方法だ。待ち望んでいた………はずなのに。俺は悩んでしまった




「(なんで俺は躊躇っているんだ?)」




何故なのか考えると、すぐに脳裏に映ったのは……翔君だ

これは……今翔君と喧嘩中だから、そのまま帰るのは良くない事だって思うから?それとも、翔君はこの先のIHでどうなるか?とかの心配だから?

そう考えてると、次にこの前の翔君の言った事を思い出して、俺が心配しても意味無いし邪魔になるだけだろうから、やっぱもう帰った方が良いかな?って思い直して本当にどうしようかよく考えなければならない




そう頭を抱えていると部屋の戸を叩く音がして、慌てて砂時計を何処かに隠して返事すると訪ねてきたのはユキちゃんだった




「いきなり、ごめんなぁ」

「いや、大丈夫だよ」

「ほんま?せやったら……ユーリィ姉ちゃん。何かあった?」

「何がって……何かおかしい?」




砂時計についてバレたか?って少しドキドキしながら聞き返すと……




「最近、元気無さそうに見えるで」

「あ、え……そう?」




どうしたのか?って聞いたのは普段の生活で元気無さそうに見えたから心配して聞いたみたいで、俺は安心して「なんとも無いよ」って返事をする

だけどユキちゃんは納得いかない顔をして、俺に聞き続けた




「ほんま?……もしかして、翔兄ちゃんと何かあったんやないの?」

「いや、何も……」

「あるやろ!翔兄ちゃんも何か変やし」




うっ……すごいなユキちゃん。一緒に暮らしているだけあって翔君だけじゃなくて、俺の様子もいつもと違うってわかったんだ……




「……実はね」




俺は正直に翔君と彼の部活のやり方について口出しして喧嘩中だと話した

情けないよね……前にユキちゃんから翔君のロードに対する思いは特別だって聞いたのに、それにまた無関係な俺が関わったから。ユキちゃんからも呆れられてしまうな

そう思っていたけど



「……翔兄ちゃん。レース中に色んな人の反感買うような事やってるもんなぁ」

「……え?」

「ウチもユーリィ姉ちゃんの気持ちわかるで……小学生の時に同級生から、自分の兄が翔兄ちゃんの卑怯な手で負けたって言われたんや」

「!」

「それ聞いてウチ家帰って翔兄ちゃんを責めてしまったんや“なんで正々堂々とせえへんの?”って。そしたら翔兄ちゃんはウチの言葉聞いてくれへんかった“ただ、前を見ているだけや”って」

「“前を見ているだけ”……」




その言葉が、ただそのままの意味ではないなって思っていると、話は続く




「ウチは“翔兄ちゃんの馬鹿!”って言うて、しばらく口聞かんかった」

「あ、それ今の俺達だ」




馬鹿って言って口を聞かなくなったのはまさしく俺達と同じで、思わず笑いそうになったけど、やっぱりユキちゃんも翔君のやり方はどうなのか?って思っていた事に少し安心してしまった



「けどな、またしばらくしたら……もうその同級生から何も言われんようになったんや」

「え?それってつまり、翔君がガツンと言ったのかな……?」

「多分な。んで、その後にウチは気付いたんや……“翔兄ちゃんは翔兄ちゃんなりにお母さんとの約束を必死に果たそうとしとる”のを」

「あ……!」



俺はこの時に気付いて察した

あの翔君のお母様の写真を置いている不思議な棚が仏壇と呼ばれるものでどんな物か最近知った事と、その仏壇に今まで翔君が取った1位の勲章などが飾られていたのを思い出し……そして前に聞いた“お母様との約束”と今聞いた“前を見ているだけ”のキーワードで全て繋がった

つまり、翔君は……亡くなったお母様との約束でロードを頑張っていたんだ。彼は大きいものを幼い時から一人抱えて、それ以外のものを切り捨てていたのを。それに気付いた俺にユキちゃんは続けて言う



「今はとにかく勝利しか頭に無いんやけど、ウチの時みたいにいつかはわかってくれると思うで。せやから、前に揉めた事と違ってユーリィ姉ちゃんも譲れん気持ちもあると思うんやけど、今回も翔兄ちゃんを許してくれへん?」



前に揉めた事と言えば、俺が勝手にロードを触ろうとして怒られたあれか

たしかにあの時はすぐに俺が悪かったってすぐに思えた。そして、今回は……




「許すも何も……」

「?」




俺はユキちゃんを真っ直ぐ見て、はっきりこう答えた




「逆に俺が謝らなければならないからな」




そして、続けて翔君が帰って来たら話してみるよって言うと、ユキちゃんは驚いて仲直りするか聞いてきたから頷く

それを見たユキちゃんは安心したみたいに笑顔になり、俺はお礼を言った




「ありがとうユキちゃん。君がいなかったら、俺も何も知らねぇガキのままだったよ」




と、言うわけでIHも近いし、俺も……帰らなければならない時が近付いてきたから、早くこの冷戦を終わらせよう