倒れた翔君に、俺は上からすぐに降りてきて、翔君を呼び続けた
「翔君!翔君!」
この時、周りは俺に対して“妙な格好をした女が空から降ってきた”って思っただろう。だけど今はそれを気にしている場合じゃない
倒れて全く動かない翔君を見て……嫌な事を想像してしまった
「誰か………誰か!!」
俺は子どもみたいに目に涙を浮かべて、泣き出しそうな声で周りの人達に言った
「救護を!救護を早く呼んで!早く!!」
そう最後は叫ぶように言いながら、俺は着ているマントを脱いで翔君の体から大量に流れる汗を拭いていると、大きなワゴン車が到着した!あれは……
「救護です!選手及び自転車から離れてください!」
タイミングよく、ここで救護する人達が来てくれた!よかった……ってまだ安心しきれない俺は救護の人達に聞く
「大丈夫なんですよね!?この子は……翔君は助かりますよね!?さっきから動かなくて……」
「せ、選手の関係者ですか?」
「はい!応援しに来た……親戚の者です!」
「そうですか……今からここから近い救護テントに運んで治療しますので、ご安心を」
そう言って救護の人達は二人でタンカーを持ってきて、それに翔君を寝かせると言ってきたから、マントを剥ぎ取ってそれを地面に捨てる
今はそれよりも翔君から目が離せないから
そうして救護の人達は息を合わせて持ち上げて、救護テントに運ぶためワゴン車に乗せる
「翔君……!」
体が大きいためにタンカーからはみ出た頭が下に下がり、変な体制でこちらを向いているように見える
この時にはじめて翔君は目を開けたまま意識が朦朧としているのを知って、救護テントに着くまでに本当に助かるのか心配は続く
そうして見ていると、一人の救護の人が俺に言って来た
「選手の関係者でしたら、一緒に乗って行きますか?」
「いいんすか!?……じゃあ行く!」
翔君の側にいれるなら、ちょっと狭そうなワゴン車の中でも構わない!
俺は迷わずにワゴン車に乗り、一緒に頂上付近の救護テントに向かった
―――――――――
「………一位は総北の小野田君か」
救護テントに着いて、点滴を射たれながら寝かせられている翔君の側でそう呟いた
とりあえず、今はこうして安静にしていれば大丈夫との事で救護の人達は次の負傷者を探しに行ってしまい、テントの中で俺と翔君の二人っきりだ
二人っきりだって言っても、翔君は今だ目を開けたまま意識が戻ったり戻らなかったりで、俺は一番先に出たのがこれだ
翔君に気を遣うどころか色気も全く無い一言。だが、ライバルとして知りたい情報だから聞いてよかった。勿論、小野田君とは少し知り合った仲だからね
「二位は…箱根学園の真波君だって」
救護のワゴン車に乗ってラジオ実況を聞いていた時。この時まではこの真波が先頭を走っていたけど、追って追いついて追いかけられて……の繰り返しでなった正々堂々の勝負の結果だ
そう言えば、翔君の意識が戻ったり戻らなかったりってのがわかったのは、この救護のワゴン車に乗ってラジオ実況を聞いているときに、まるで話を聞いているみたいに舌を動かしたり、微かに笑っていたから
それでそう判断したんだけど、今は……多分遠のいているかも
激しい運動で急に止まったから酸素不足が意識が遠のく原因かもしれないって。だから安静にしていれば大丈夫って言うけどさ……
「(まだ心配は拭いきれないよ……)」
俺は生きているかどうかの判断をするために……ジャージを脱がされた翔君の胸に耳を当てる
心臓の音は……ちゃんとしている。それを確認してからようやく少しばかりホッと胸を撫で下ろす。そして…
「インターハイ終わったね……お疲れさま」
翔君は聞いていないけど、俺は翔君に話しかける
「翔君の体って意外とがっしりしているんだね。かっこいい…」
さっきの心音を確かめる時に、体を触ったら見た目よりも筋肉のせいか固めでがっしりしているのに驚いた
高身長で痩せている翔君はひょろっとして骨ばっている体格だけど、奥底には頑張り続ける力があるのに気付いて……男らしくてかっこいいって思った
「翔君をかっこいいって思ったのはそれだけじゃなく、翔君の真っ直ぐな意思も」
勝負に向けて全身を捧げるように使う。それは……誰もが見習わなければいけない、気づかなければいけない情熱
あれ?俺は何を言っているんだろう?どうせ翔君は聞いていないのに、なんで言うことを考えて……ドキドキしているんだろう?まださっき見ていた興奮が収まらないのかな?
「こんなに傷だらけになって……これは今までとこの三日間の頑張りの証だね」
この先、また翔君が負けたショックで落ち込むんじゃないかな?って思って俺は言う
「その頑張りはやがて将来大きな力になる。今すぐ変えられなくてむず痒い気持ちになると思うけど……翔君にはこれから未来がある」
俺も昔、新兵だった時になかなか強くならなくて落ち込んだ
今すぐ強くなりたいって思いながら焦れば焦るほど危険な目にあって臆病になって……でも、ある日に自分に出来る事を無理せずにやっていたら……自分じゃよくわからないらけど、強くなったって言われた
「だから、焦らずゆっくり力を育んで。翔君はきっともっと早く成長出来るよ……だって、翔君は強いから」
動かない翔君を見て、そう話すと……なんだか「ファ〜?」って言うように呆れた表情になった気がした
「あれ?翔君?」
もしかしてって思って呼んでみたけど、返事はない。やっぱ目は開けててもまだ目覚めないか〜。でも、さっきのは見間違いじゃない…
「なんだよ……俺のクセにらしくない事言いやがってって呆れたのか?……わかってるよ。こんなのはキモいんだろ?」
本当に翔君が聞いてくれているような気がした俺は、いつも通りの言い方をした後に、また改まって話しかける
「だけど……この状況は使わせてもらう」
悪巧みするみたいにニヤッて笑った俺は翔君に近づいた
「………俺さ、気付いた事あるんだ」
気付いた事……それは前から感じていた翔君に対する、この複雑に何かが絡まって苦しい気持ち
そう。この気持ちの原因は……
「俺、翔君が好きなんだ。一人の男性として」
今になってから気づくなんて……俺も色々戸惑ったけど、翔君が気になったり一緒にいたいって思うのは、紛れもなく翔君に好意を持っているためだ
恋愛らしい恋愛なんてしていない俺は、こんな風になるのは初めて。だから友人とも妹とも違う気持ちなんだ……って気付いた
「だから、これからも翔君が活躍するところや頑張るところを見ていたい……」
今回は応援だけになってしまったけど、これからは俺に出来る事を聞いたり調べたりして、一緒にいたい
だけど
「だけど……それはもう出来ない……」
泣きそうになりながら取り出したのは……あの砂時計
それはもう……あと僅かで砂が全部落ちるところ
「俺は……帰らないといけない」
もっと翔君の側にいたいのに、もっと色々話したいのに、タイムリミットは近付く
そう、俺がすぐに帰らなかったのはそのためで、タイムリミットのギリギリまでいようって居たんだけど…
居れば居るほど、帰りたいのに帰りたくないって矛盾した気持ちが大きくなるばかり。元の世界に戻って、調査兵団の皆や妹に会いたい……だけど、翔君から離れたくないって
もう、最低だね……兵士として失格だ。これは上司だけじゃなく翔君からも言われそうだって思うと、本当に言うかもって笑ってしまう
だけど、今は……涙が溢れて流れてしまう
こんなのも見たら“泣くな。キモい”っても言うだろうな……そう思うと、ある予想に行きつく
「でも……それがいいよね。翔君にとっては大事な時期に変な女が来て迷惑していたよね。それに応援とかも不要だし……この先に俺がいたら邪魔で仕方無いよね」
俺が一緒に居たいって言っても、翔君はいらないって断るだろうな。そんな翔君のやり方に今は口を出さないって言ったし……
「(それに、逆に“キミは兵士として頑張らんの?人に偉そうな事言うといて、それぇ?”なんて怒りそうだし)」
よくよく考えた俺は……翔君の事を考えて、自分の本来の姿に戻ってやることをやろうって思い出して
元の世界に帰る事にする
「翔君……今までありがとう!久屋家の皆も、京都伏見の皆も。たくさんの人達にお世話になった。長いような短いような滞在期間は一時だけ普通の女になって平和な世で暮らせて楽しかった……俺もやるべき事を……兵士として戦い続けて巨人を全滅させて、この世界みたいに平和にしてみせる!」
俺はその場で敬礼を……警察みたいな敬礼じゃなくて俺の世界の敬礼
左胸に拳を付ける“心臓を捧げる”敬礼をした
「俺はこの世界での事は忘れないし翔君をずっと想っているけど、見返りなんていらない。だから……」
翔君が俺をどう思っていようと、もう関係なくなる。嫌いって言ってもいいし、本気に思わなくていい。俺だけが勝手に想うだけ
だから……
「翔君は俺の事を忘れてもいいけど……覚えてくれてたら嬉しいなっ」
しゃがんでそう翔君の耳元で静かに言って……頬に軽くキスをする
もう思い残す事はない。そう思って立ち上がって翔君から少し離れて砂時計を出すと、砂はあと一つまみ程度しか残っていない
俺はそれを宙に投げて
持っていたスナップブレードで切って壊す
壊したガラスの中から飛び散る砂は……キラキラと輝きながら周りを囲んだと思ったら、輝きが増して光となって俺を包み込む
これで……元の世界に戻れる
俺は最後に翔君を一目見ようかと思ったけど、俺自身が辛くなるだけだからやめた
後ろを向いて、ただ一言
「さようなら……!」
そう言い終ると
光で周りがもう見えなくなった