玄関を出て家の近くにある車庫と呼ばれる小さな倉庫からガガガーッ!と聴いた事もない音がしている
俺はドアをそっと開けて見てみると……翔君は二つの車輪に鉄の細い棒で出来た機械のような物に跨がって、下に付いている足を乗せる台をぐるぐる高速に回していた
あの妙な物は…最初にこの世界に来て道で走っていた物だ。あれがロードって言うのかな?そう思って見ていると、翔君が足を止める
「…何しに来たんや」
「ああ。ロードとやらがどんなものか見に来たんだ……それより、さっきは乗馬がスポーツとやらだと教えてくれてありがとう。助かった」
こっちには見向きもせずに聞いてきた翔君に、俺は正直に見に来た事とさっきの会話で助けてくれたお礼を言うと「そう」って薄い返事をして、再び回し始める
…別にどうってこと無い事で勝手に見ていいって解釈してもいいんだな?
そう思いながらよく見ると、ロードを乗せている台は回る筒状のものが何本か付いていて、ロードを回せば筒も回っている……
そうか。こうすれば実際に遠くまで行かなくても、その場で長い距離を走る事が出来るんだ。考えたな〜って考えながら翔君に近付いてもっとよく見た
「(道で走ればかなりのスピードになるだろうな…乗馬よりもこっちの方が本当にすげぇよ)」
馬は生き物だから性格で合う合わないがあって大変だけど、ロードはその点も無いみたいだから、俺も乗ってみたいな…なんて思いながら見ていると、ある事に気付く
「あ、それって何?」
翔君が手で掴んでいる所に、俺の持っているスナップブレードに付いているようなレバーがあり、そこを引くとどうなるか聞いたんだけど……回している音で聞こえないのか、答えなかった
…まぁ大事な練習みたいだし後ででも聞ければいいか。って思い直した時に、ふと、彼が触れていない後ろ車輪の上の出っ張っている所がなんなのか気になった
「(これは座る椅子のようなものか?)」
上半身を前に突き出すように回しているから、この後ろの椅子のような物には触れていない……つまり今俺が触っても何も害は無いなって思い、どんな感じなのかこっそり触ろうとした
……が、気配でバレたのか回す足を止める翔君。そして勢いよく俺の方を振り向く
「何しとんのや!勝手に触るな!!」
「ひっ…!」
汗だくのすごい形相で怒ってきた翔君に思わずビビってしまう。そりゃあ必死に回していたから、それなりに疲労はあって顔が少し怖くなるけど、それだけじゃなくて本気で怒っているから本当に怖い
よくボヤ〜とした様子の大きな瞳も、ギョロッと大きく見開いて敵を睨む獣のように鋭い
「あ、ごっ…ごめん…そこは座るところかな?って……」
「もう家に入りぃ。気が散って練習出来ひんわ」
「わ、わかった…本当にごめん…」
謝るけど翔君は怒った様子のまま車庫から出ていけって言って、すぐにまた回し始めたのを見て「少しくらい良いじゃないか…」って逆に怒りそうになったけど、余程大切な物で誰にも触らせたくない物なら悪い事をしてしまったな…って反省しながら家に戻った
「あ、どうやった?翔兄ちゃんの練習は」
玄関に入ると、丁度ユキちゃんが風呂に行こうとしていたみたいで、車庫から戻ってきた俺に翔君の練習について聞いてきた
「ああ、うん…すごく頑張っているな…だけど」
「ん?」
「翔君ってあのロードすごく大切にしているんだな。触ろうとして怒られたんだ」
「ああ〜やっぱそうやったんか……ごめんなぁユーリィ姉ちゃん。ウチが代わりに謝るから翔兄ちゃんを許してくれへん?」
「え?あ、いや……むしろ俺の方が悪いと思ったんだけど……」
「いやいや、ユーリィ姉ちゃんは悪くないで」
翔君の代わりにって俺に謝ったユキちゃんは、少しため息付いて話し始める
「翔兄ちゃんにとってロードは特別なんよ。翔兄ちゃん体育の殆どの種目が苦手なんやけど唯一出来たスポーツでもあって……お母さんとの約束でもあるんや」
「(お母さんとの約束…?)」
お母さんってのはおばさんの事ではなく、翔君のお母さんって事か
そう言えば翔君は何で自分の両親とではなく従兄弟家族と暮らしているのか疑問に思っていたけど…いや、それについては本人とかから聞くまで勝手な事は考えないようにしよう
「これ以上あんま喋れんけど…だからロードに関して冷たくされても気にせんでな?」
「ああ、わかった。教えてくれてありがとう」
ユキちゃんにお礼を言って、とりあえずロードは翔君にとってすごく大切な物だと改めてわかって、次からは気を付ければいいって思ったんだけど…どうしてもさっき怒らせてしまったのが気になってしまう
「(気にするなって言われてもな……)」
言葉で謝っても、あまり伝わらないのは目に見えているから別の方法を………そう考えながら食卓に行って、とりあえずテレビを見て何かヒントは無いか探していると、伯母さんが台所から出てきた
「ユーリィちゃん。よかったらココア飲む?車庫から戻ってきて冷えたやろ」
「ココア!?…いただきます!」
滅多に飲めないココアもこの世界じゃ普段に誰もが飲めるんだなって思いながら飲むと、すごく甘くて美味しくて感動した
「(調査兵になってから何回か飲んだ事あるけど、こんなに濃くて美味しいのは初めてだ)」
おそらく俺の世界のココアは薄く砂糖もあまり使用されていないから、こんなに違いがハッキリするんだなって思いながら味わって飲み干す
ご馳走さまです……そう言おうとした時にある事を思い付く
「あの、おばさん!ココアもう一杯もらっていいですか?」
「ええよ。待っててなぁ今入れて…」
「あ、待ってください!」
「?」
―――――――――――
俺は再び車庫に行ってドアの隙間から翔君を確認すると、ゆっくり入っていく
「翔君…」
「……来るなって言うたやろ」
ロードには乗らずに近くに座って休んでいた翔君はさっきの事がまだ許してなくて、ジト目を少し細めて冷たく睨んでくる。けど、俺は引かない
「さっきは本当に悪かった。お詫びと言っちゃあアレだけど、これを……」
「なんや、それ」
俺はさっき、おばさんから教えてもらいながら入れてみたココアを翔君に出した
「よかったら飲んで。体が温まるぞ」
「いらんわ」
「寒くないのか?」
「それ以前に過度の糖分は体作りにいらん物や」
「そうだったのか!すまない。そうとは知らずに…」
まずい……好意でやったつもりが逆効果になってしまって焦る
「にしても、こんな風に誰もがココア飲めるなんて羨ましいな。俺の世界じゃ平民は手の届かない物だし、兵士になってから飲んだのは薄くて……」
焦ったために翔君に俺のココア事情を話してしまった
うわ〜俺は一体何を言い出すんだ!って頭を抱えそうになったけど、翔君は黙っていて聞いているのか、わからない
……これ以上いてもまた邪魔だって言われるのがオチなのが目に見えているから、諦めてココア持って家に戻ろうとした
「……それ、置いてきぃ」
「え?」
「やっぱ少しもらう」
その時、翔君が突然静かにそう言ったのを聞いた俺はもう一度聞こうと思ったけど、気が変わったら嫌だから余計な事は何も言わずに「わかった」と一言言って翔君の近くにココアを置いて車庫を出た
「(これは…作戦成功…かな?)」
許すって言葉が直接出なかったけど、受け取ってくれたって事はそうだと思っていいのかな?いや、許してくれなきゃ受け取ってくれないよなって思った俺は一先ず安心して、使わせてもらっている部屋に戻った
「これすらも無いなんて、どんだけ貧乏世界なんや………甘っ!甘過ぎや。飲んでハズレや最悪……キモッ」