運命線からふわりと欠落
03
「それでは手続きは以上になります。B級昇格、おめでとう」
「ありがとうございまーす!」
「ふふ。訓練用トリガーはここでお預かりします。この後は開発室に行って戦闘用トリガーを受け取ってください。場所は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます。……海、行こう」
「天場所わかんの?」
「うん」
手続きをしてくれた職員のお姉さんにぺこりと頭を下げ、エレベーターの方に向かう。海はトリガー何入れようかな、まずスコーピオンだよね、と楽しそうに隣で喋っている。
ひとまずB級には上がれた。けどここからがスタートだ。
「海」
「ん? どした?」
エレベーター前で階数表示のランプを見上げながら名前を呼んだ。首を傾げる半身のきょとんとした顔がなんだかおかしくてちょっとだけ笑ってしまう。
「わたし、ここで強くなるよ。海に負けないくらい」
「オレも負けない! っていうかオレらランク戦まだ1回もしてなくね? トリガー貰ったらやろ!」
「今日はサイドエフェクトの使い過ぎで頭痛いからまた今度ね」
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「いらっしゃい。事務から連絡は貰ってるよ。今ちょうどエンジニアが2人手が空いてるから1人はこっちで見るよ。もう1人はあっちの人が見てくれるから、適当に別れて」
「わかりました!」
「わたしが向こうの人の方行くから」
「わかった! 廊下で待ち合わせね!」
「了解」
開発室を覗き込んですぐに目が合ったエンジニアの人に声をかけられた。言われた通り奥の方をみれば、別のエンジニアの人がひらりと片手をあげてちょいちょいと手招きしている。海に一声かけてからわたしも奥に足を進めた。
「はじめまして。本部チーフエンジニアのミカエル・クローニンだ」
「はじめまして。南沢天です。お世話になります」
遠目で見る限り外国人っぽいなと思ったけど正解だったらしい。ボーダーは海外スカウトもしてるんだろうか。ひとまず勧められた椅子に座ってデスクトップを見る。今接続しているトリガーの設定が映し出されているみたいで、8つある枠の全てがFree Triggerと表示されている。
「この間入った双子の子だね。噂は聞いてるよ。確かポジションは銃手って聞いてるけど、メインは何にする?」
「今まではアステロイドを使ってましたけど、弾トリガーって4種類あるんですよね?」
「そうだね。今までキミが使っていたのがアステロイド。一番基本の弾で真っすぐ飛ぶ。あと弾道を自由に設定できるバイパー、自動追尾機能がついたハウンド、着弾すると同時に爆発するメテオラがあるけど」
そこでクローニンさんは言葉を切り、タブレットを取り出した。数度タップして表示された画面をわたしにも見えるように差し出しながら再び口を開く。
「前にサイドエフェクトの検査を受けていただろう。“強化空間知覚”……分類的には強化五感だからランクはCだけど、文句なしの戦闘向きだ。それを活かさない手はない」
「これは……」
「バイパー。個人的には、キミのメイントリガーはこれが向いてると思うよ」
差し出されたタブレットの画面の中では、白い隊服を着たボブカットの女性が細かく割ったトリオンキューブを操っていた。放たれる光線は螺旋を作り、みたことも無い軌道を描きながら相手を圧倒する。
「……すごい」
「もちろんキミのトリガーだから、今まで通りアステロイドがいいならそれでも構わないよ。勧めておいてなんだけど、バイパーは弾トリガーの中でも扱いが難しいんだ。特にこの子みたいにリアルタイムで複雑な弾道を引けるのはボーダーの中でもほんの一握りしかいない」
「いえ。わたしもこれがいいです」
少し食い気味に返事したわたしにクローニンさんは少し驚いたようだったけど、わかったと言ってトリガーチップを取り出してくれた。
「わかった。……っていうことは、セットするのは射手用のタイプ? リアルタイムで軌道を設定するつもりなら射手になるよ」
「拳銃でバイパーって入れられないんですか?」
「……いや、できるよ」
なんだか不自然に間が空いて返答が返ってきた。クローニンさんを見ると、驚いた、という顔をしている。何かおかしいことでも言っただろうか。
「……なにか?」
「ああ、ごめんごめん。今までにリアルタイムで弾道を引くバイパーを使う銃手はいなかったからつい驚いただけだよ。銃手トリガーは射手と違って連射性や速射性に優れているから、その場で弾道を引こうとして時間がかかるとその持ち味を殺してしまうんだ」
「なるほど」
「あと射手は威力・弾速・射程をその都度変えられるけど銃手は設定が固定される。銃手でバイパーを使うとなると、同じ威力・弾速の弾を制限された射程の中で弾道設定することになる。それなら最初から射手でやった方が自由度も高い。こういう事情があるから、普通は銃手で弾道をその場で引こうとする子はいないんだ」
「……」
「でも、キミならできるかもね」
「?」
「威力や弾速、射程が限定されてしまう事を差し引いても、速射性と連射性に優れた銃手トリガーでバイパーを使いこなせるようになれば銃手の頂点に立つのも夢じゃないと思うよ。もちろん、相当な練習が必要だろうけどね」
「……銃手用トリガーでお願いします」
「了解。銃の種類はどうする?」
「拳銃のままで。メインサブ両方に1つずつ入れてください」
「二丁拳銃ね。突撃銃みたいな連射性は無いけどいいの?」
「まずは弾道設定に慣れたいのでこれで。慣れたら考えます」
「わかった。あとはシールド2枚とバッグワームが定番だけどどうする? キミのトリオン量的にまだ他のトリガーを入れる余裕もあるよ」
「いえ、シールド2枚とバッグワームだけでいいです」
「OK。じゃあこれで完成だね」
工具を動かしてトリガーホルダーを閉めているクローニンさんはそういえば、と思い出したように声を上げた。
「キミの数日前のランク戦の記録を見たんだけど、キミの戦い方がちょっと知り合いに似てる気がしてね」
「そうですか」
「“迅悠一”。キミの噂を教えてくれたのもその子なんだけど、知ってる?」
「いえ」
「そうか。本部じゃなくて支部……玉狛の所属だから確かにあんまりこっちでは見かけないかもね。まあ、そのうち会えると思うよ」
「はい」
「これでよし、と。待たせて悪かったね、はいこれ」
「ありがとうございました。……お忙しい中、すみません」
デスクの上には山積みになった資料や走り書きされた付箋。チーフエンジニアの仕事内容まではよく知らないが、決して暇ではないのはわかる。わたしの言葉にクローニンさんは苦笑しながらトリガーを差し出した。
「礼なんていいよ。トリガーセットもエンジニアの仕事の1つだからね。それに、バイパーの開発担当として新たな使い手誕生は嬉しい限りだ。期待してるよ」
「……はい。ありがとうございます」
わたしよりもずっと長くボーダーにいて沢山の隊員を見てきているであろう人が期待してくれている。お世辞なのかもしれないけど、そのことが無性に嬉しくて。
トリガーを受け取りながら、強くならなきゃと改めて思った。