04


「≪南沢緊急脱出 0-3≫」


 もう聞きなれてしまったランク戦のアナウンスをぼんやりと流しながらキットカッタの封を開ける。今日のは期間限定・コーンポタージュ味だ。チョコ菓子であるキットカッタでどうしてこれをやろうと思ったのかは甚だ疑問ではあるけど、普通に食べられるのでよしとする。

 10本勝負って言ってたなあ、やっと折り返しか。画面の中では海が新しく入れたオプショントリガー・グラスホッパーで飛び回っている。戦闘用トリガーを手に入れてはや1週間。バイパーの扱いはクローニンさんの言っていた通り難しくて練習に明け暮れる毎日だ。今日はやりすぎて頭が痛くなってきたのを海に見抜かれて、「今日はこれでおしまい! ソファで座って休んでて!」とストップを食らってしまった。不服そうなのが伝わってしまったのか、わざわざ買ってあったらしいキットカッタまで押し付けられた。小さいこどもじゃないのに。

今海と対戦している対戦相手は海よりもかなり格上らしい。それにしては粘っている方だと思ってしまうのは身内贔屓だろうか。少なくともあと30分は待ちぼうけかなと考えていたら声をかけられた。


「隣空いてる?」
「……どうぞ」


 見上げると茶髪の男性が立っていた。了承の返事を聞いてへらりと笑いながら隣に腰を下ろしたその人は、そのまま手に持っていたぼんち揚げの袋を差し出す。


「1つどう?」
「知らない人からものは貰えません」
「はは、そりゃそうだ。じゃあはじめまして。おれは玉狛支部S級実力派エリートの迅悠一」
「……南沢天です」


 迅悠一。つい1週間ほど前にクローニンさんから聞いた名前だ。戦い方が似てる気がする、と言われた相手。えすきゅう、ってことは黒トリガー使いなんだろう。


「噂で聞いてるよ。今期の銃手は豊作だって」
「そうですか」
「あと、おれに戦い方がちょっと似てるってことも」
「それも噂ですか?」
「いいや、これは知り合いに。天ちゃんも会ったことあるでしょ? ミカエル・クローニン」
「1週間ほど前に」
「そうそう。気になっておれも見てみたんだけど、確かに似てるから驚いた」
「攻撃手と銃手で似てるところなんてあるんですか?」
「お、もしかして天ちゃんもおれの記録見てくれた? ランク戦なんて暫くやってないから相当前のやつしかなかったでしょ。わざわざ探してくれたんだ」
「……」
「ごめんごめん。こうしたら可愛い表情が見れるっておれのサイドエフェクトが言ってたからつい」
「“サイドエフェクトが言ってた”……?」
「そう。おれのサイドエフェクトは“未来視”。目の前にいる人間の少し先の未来が見えるんだ」
「未来、……ああ、なるほど。だから“似てる”んですか」
「ああ。視えてるんだろ? キミも」


 ふと目線を画面から逸らして迅さんの方を見た。ぼりぼりとぼんち揚げを食べる手を止めて、じっとこちらを見つめている。照明の光を移すその瞳は何を考えているのかわからない。肩をすくめてランク戦の画面へと視線を戻した。


「そんな大層なものじゃないです」
「視えてることは否定しないんだ」
「……そんな事が聞きたかったんですか」
「うーん、否定はできない。天ちゃんのサイドエフェクトって“強化空間知覚”だろ。それがどうやって未来を視るなんてことになるのかなって気になってさ」
「……」
「興味本位じゃないって言ったら嘘になるんだけどさ。あ〜……うん。なんていうかね」


 それまで飄々とした調子で話していたのに急にお茶を濁したように口を噤んだ。なんなのだろうこの人。画面の中の海から再び目を離して隣を見ると、迅さんは困ったような顔をしていた。


「やっぱりやめた。正直に言うよ」
「……なんなんですか」


 思わず心の声が出てしまった。


「さっきも言ったけど、おれには未来を視る力がある。でも、会ったことも無い人の未来は視えないんだ」
「そうですか」
「……それで、うん。いつもならこうして対面した相手の未来を視れるんだけど」
「……」
「…………視えないんだ。キミの未来が」
「視えない?」


 思わず眉をひそめた。意味が分からない、だってついさっき“こうしたら可愛い表情が見れるっておれのサイドエフェクトが言ってた”とか言ったばかりだ。


「正確には“視えづらい”、かな。直近の未来ならなんとか視れるんだ、2,3秒後の未来とかなら」
「……つまり、こうして言葉をかけた直後の返答は視えるけどその後にどういう話をしているかはわからないって事ですか」
「そういうこと。……おれはさ、このサイドエフェクトを使って色々と先の事を予想して暗躍するのが趣味なんだけど。こういうことは初めてなんだ」


 “先の事を予想”。……なんだか、すごく難儀なことをしている。煙に巻く言い方をしているけど、要はこちらの世界を守るためにいろんな人の未来を視て、常によりよい未来になるように動いているということだ。

 そして今、はじめて上手く視えないわたしという存在に出会った。それは多分、この人にとってはあまりよろしくない事なんだろう。わたしが心配とかではなく、この街を、もっといえば世界を防衛するという目的の観点で。

 ……仕方がない。どこか迷子のような顔をしているようにも思える迅さんの顔から今度こそ目を逸らして口を開く。


「……ラプラスの悪魔って知ってますか」
「え? ……いや、知らないな」
「数学者ラプラスによって提唱された概念の事です。簡単に言うと、“ある時点で作用している全ての物質の力学的状態と力を把握して、かつそれを分析することができる存在がいたなら、その存在には未来がわかる”っていう」
「……」
「わたしがやっていることはたぶん大体そういうかんじです」
「急に雑になったね」
「わたしもなんとなくやってるので。実際にやってるのはこの理論をもっとスケールダウンさせたことですし」
「なるほどねえ」
「だから予知なんて大層なことはできません。あくまでわたしがやっているのはその場限りの計算みたいなもので、せいぜい次の行動を予測するのが限界です。サイドエフェクト的には理論上、ラプラスの悪魔に限りなく近いことをしてもっと大規模な未来予知も可能だと思いますが……それをするにはわたしの脳のスペックの方が限界かと」
「なるほど。必要な情報を把握する力はあるけど、それを計算して分析しようとしても人間の脳じゃ無理ってことか」
「そういうことです」
「……ん? これがなんで天ちゃんの未来が視えづらいことに繋がるんだ?」
「……別にそんな話してませんけど」
「さっきちらっと“視えづらいのは迅さんのせいじゃないです”って言ってるのが視えたんだよね。そっちの未来にはならなかったけど」
「帰る」
「まってまってまって、ゴメンナサイ。教えてクダサイ」
「……」


 瞬時にソファに正座した迅さんをじろりと一瞥する。皆が座るソファに正座はどうなんだろう。迅さんもそう思ったのかそろそろと足を崩している。


「……ちゃんとしたことはきちんと専門の人に調べてもらわないとわからないですけど」
「うん」
「わたしのサイドエフェクトで未来が限定的にでも見えることで、迅さんのサイドエフェクトと干渉し合ってしまってるんじゃないかと」
「なるほど」
「……もういいですか。そろそろ終わりそうなので」
「ああ、うん。色々とありがとう。助かったよ。……あれ、生駒っちが今対戦してたの弟くんだったんだ」
「生駒っち?」
「そう。“生駒達人”。攻撃手ランク上位の生駒っち相手に1本でも引き分けるルーキーなんてなかなかいないよ」


 画面の戦績表には、10本目の所に引き分けを示す棒線が表示されている。ブースからなかなか出てこないところを見ると、“生駒さん”と何か端末で喋っているのだろうか。もう少しだけ待つかなと上げかけた腰を下ろすと、隣からぼんち揚げの袋が差し出された。


「ぼんち揚げ、食う? もう知らない人じゃないだろ?」
「……1つだけ」
「はは。どーぞ」



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