運命線からふわりと欠落
05
「≪個人ランク戦 10本目≫」
無機質なブースから市街地へと景色が変わる。数メートル先に佇む海がぺろりと舌なめずりをした。
「≪開始≫」
「グラスホッパー!」
「……っ」
突進してスコーピオンで切りつけてくる海を躱す。そのまま追撃を振り切るためにいくつか建物を挟んで距離をとって撒く。
射程の有利を潰すためにグラスホッパーで突っ込んでくることは織り込み済み。海はわたしより足が速いから、あまり悠長に構えていられない。次に見つかったら攻撃手の間合いに入られる。
「(海に見つかるまでが、勝負)」
両手に拳銃を出す。目を閉じて深呼吸。
感覚という目に見えない曖昧なものは扱いにくい。だからこそコツを掴むには、目に見えるたとえを使えばいい。
感覚を研ぎ澄ませるようにサイドエフェクトの出力を上げる。わたしを包む膜のようなものが、一気にぶわりと外へ外へ広がる様な感覚。海はどこだろう。広がった膜の中から位置を探る。
……いた。距離は大体30m。広げていた膜の範囲を縮めて、海1人に集中させる。そのまま焦点を絞って、視つめれば。28……25……23。
……来る。
「バイパー」
20m先の住宅街の曲がり角に向けて連射する。カウント通りに曲がり角から現れた海をバイパーが襲う。
「来た来た!」
海は待ってましたと言わんばかりに横へ回避する。躱されたバイパーはそのまま無駄に終わる……ことは無く。
「うわっちょ、マジかよ!」
きらりと光ったバイパーの弾道変化。ハウンドのように方向転換したバイパーは扇を広げるように海を取り囲む。狙う先は、供給器官と伝達器官。
「シールド!」
「……無駄だよ」
狙われた急所を守るように張られたシールド。そこさえ守れれば、このバイパーの威力なら何発かくらっても耐えられると思ったんだろう。
でも、わたしのバイパーにシールドは通用しない。
「その弾、避けるから」
「え、……っ!!」
シールドに阻まれると思われたバイパーは再び弾道変化を起こし、そのシールドを綺麗に回り込んで避けてから今度こそトリオン体を貫いた。
「≪トリオン供給器官破損 緊急脱出≫」
「≪10本勝負終了 4-6≫」
「≪勝者 南沢天≫」
どん、と音を立てて海が緊急脱出する。その光を見送りながら、終了のブザーが鳴り響くのを聞いて力を抜いた。
::
「天! なにあれ、ラストのバイパー! シールドが見えてるみたいにこう、きゅいんって!」
「声が大きい。落ち着いて」
「ごめ〜ん」
テヘペロ、とする海の頭に軽くチョップを入れる。一瞬周りの目線が集まったが、海の声が大きいのは特段珍しいことでも無いからか、すぐに逸れていく。
今日は海とランク戦をするついでにはじめて対人戦でバイパーを使った。バイパーをメインにしてからずっとトリオン兵を相手に練習を繰り返して、だいぶ弾道設定にも慣れてきたところだ。そろそろ対人戦がしたいと思っていたからちょうどよかった。
この短期間で慣れることができたのはバイパーとサイドエフェクトとの相性が良すぎたからだと思う。リアルタイムでの弾道設定に必要とされる能力のほとんどはわたしのサイドエフェクトでクリアできてしまうから。勧めてくれたクローニンさんには頭が上がらない。
「バイパーすっかり使いこなしてんじゃん。もうランク戦でも使えるんじゃない」
「うん。明日からは本格的にバイパーをメインにして、」
「あ、個人戦じゃなくてさ」
「?」
「B級ランク戦。どっかのチームに入らないの? 今隊員募集中のところ探したらまだ間に合うでしょ」
B級ランク戦。もうすぐ開幕するチームランク戦の事を指しているんだろう。A級にはチームじゃないと上がれない。B級に上がった正隊員のほとんどがチームを組んで上を目指している。わたしも本当だったらどこか隊員を募集しているチームに入れてもらうのが自然なんだろうけど。
「チームに入る気はないから」
「え、なんで?」
「……」
「だんまりかーい」
都合が悪いことになると黙り込むの昔からだよなー、と海はジト目でわたしの頬をつつく。だってと口をつきそうになるのを堪えて指を受け入れていれば興味が逸れたのか、もちもち……と言いながらまじまじとわたしの頬を見つめ出した。5歳児でももうちょっと粘るのではないだろうか。まあこれ以上粘られても困るばかりなのでいいけれど。
先日海のランク戦待ちに絡まれた迅さんに別れ際、わたしはとある予知をされていた。
『弟くん、生駒っちのチームに入ることになるよ』
ブースから出てきて意気投合したように談笑している2人を見つめるわたしに迅さんはそう言った。何も返さないわたしの顔を覗き込みながら寂しい? なんて聞いてくる迅さんは意地が悪いと思う。無性に腹が立ったので手に持ったままのぼんち揚げをその口の中に突っ込んでやったけど。よく回る口も塞いでしまえばなんということはない。
この迅さんの予知もあったし、あんなに談笑していたからすぐ海からチームに入ることを切り出されると思っていた。でも、いつまで経っても海は何も言わない。この歳になれば隠し事のひとつやふたつはあると思うけど、チームに入ることが決まったことくらいは教えてくれていいのではないだろうか。
「? どーかした?」
「……べつに」
そう思ってじっと海を見つめるけど、きょとんと首を傾げられるだけだった。わかんないか、わかんないよね。
チームに入る気がないのは、単純に海がいないチームに入る気がないからだった。海が入るのだという生駒隊は現在オペレーター含め4人編成だ。そこに海が入ればもう隊員の空きは無い。そうなるとわたしが海と同じチームに所属するということは叶わなくなるわけで。B級ランク戦が迫る中、生駒隊に入ることがほぼ内定しているだろう海にこれを言ってもただ困らせるだけだからだんまりを貫いている。
「海」
「ん?」
「今日の晩御飯、チーズハンバーグだって」
「マジ!? やった!」
いつまでたってもチームに入る様子のないわたしを気遣ってるんだろうか。それとも本当に言い忘れてるのか。もっと別の理由があるのか。もしかしたら海もさっきのわたしみたいに、「わかんないか、わかんないよね」って思ってるのかもしれない。言葉にしなきゃ伝わらないなんて当たり前のこと、わかってるはずなのに何も言えなくて。無邪気に笑う海の横顔を見つめることしかできなかった。