06

「おばちゃん、ナスカレー1つ」
「はいはい、ナスカレーね。……あら、天ちゃんいらっしゃい!」


 防衛任務のシフトについて事務の人と話していたらすっかり昼時を過ぎてしまった。本部の食堂は深夜以外は営業しているからこういう時に助かる。それにボーダーの食堂は美味しいし安い。入隊以来結構な頻度で通い詰めているので食堂のおばさんたちにはしっかり顔を覚えられてしまった。使い慣れてきた券売機でボタンを押して食券を手に厨房に近寄れば、わたしに気づいたおばさんが笑顔で応対してくれた。


「いつものください」
「天ちゃんはいつものね、じゃあ2人とも受け取り口にどうぞ」


 食堂はほとんど人もいなくてがらんとしている。目につくところにいるのはわたしの前に並んでいたいかついお兄さんだけだ。

 赤と黒のジャージとおでこに上げられたゴーグル。……どこかで見たことがある気がする。どこだっけ。
 じっと見つめていたら視線に気づいたのか、お兄さんもわたしを見下ろしてじっと見つめ返してきた。


「……」
「…………」
「………………」
「……………………あ〜、その、」
「……?」
「そない見つめられると照れるんやけど……」


 この人関西弁なんだ。はじめて生で聞いた。それにしても、声を聞いてもやっぱり思い出せない。気のせいだったのかな。


「なあ。もしかして自分、」
「2人ともお待ちどう様! ナスカレーと天ちゃんのいつものね!」
「ありがとうございます」
「アッ……」


 おばさんに声をかけられたのでお兄さんから目を離してそちらを向く。お兄さんがなにか言った気もするけど気のせいだろう。大盛りのナスカレーの隣にわたしが注文した料理が並んでいたので1つずつとってトレーに載せていく。


「どうしたの? ナスカレー冷めちゃうわよ、生駒くん」
「あ、ああ。とる。とります。おおきに、おばちゃん」


 とりあえずこのトレーを席に置かないと。よいしょ、と持ち上げると、なあ、と遠慮がちに声をかけられた。


「……?」
「これ、もしかして全部自分が頼んだやつ?」


 真顔のお兄さんが料理を指さす。トレーに載ってる煮つけ定食と、まだ載りきっていない担々麵、マグロ丼、……エトセトラ。お兄さんが頼んだナスカレー以外は全部わたしの注文なのでこくりと頷いた。ぱちくり、と瞬きをしてからお兄さんは少し考えこんだ後。


「それ全部運ぶの大変やろ。手伝うわ。そこのテーブルでええ?」
「……いいんですか」
「トレー1つで運んでたら往復でも足らへんやろ。えらい重そうやし、運んでる間に担々麵とか伸びるんちゃう?」
「じゃあ、お願いします」


 担々麵が伸びる。それはよくない、ゆゆしき事態だ。どうやらお兄さんは善意で申し出てくれているらしいので、間を置かずにぺこりと頭を下げた。


「いやいやこんなの大したことあらへんて。ほな、はよ運ぼうか。そっちの担々麵とマグロ丼こっちに載せてくで。あとのはトレーもう1枚出したら足りそうやな」
「はい」


 ナスカレーが載ったトレーに担々麵とマグロ丼を載せて、載りきらなかった分を新しいトレーに載せるとお兄さんは軽々と2枚とも持ち上げた。わたしは煮つけ定食が載ったプレートを両手で持つのに精いっぱいなのでとても助かる。

 手近なテーブルに全ての料理を並べてひと息つく。混んでいる時間にこの量を注文すると厨房のおばさんにも周りのお客にも迷惑をかけてしまうので、最近量を控えめにしていた。いつもの量で注文するのは久しぶりなので、心がなんだかぴょんぴょんする。
 お兄さんと向かい合う形でテーブルについて、改めてぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございました。助かりました」
「ええよ、ほんまに大したことあらへんから。ちゅうか成り行きで相席になってしもたけどええの?」
「わたしはべつに。お兄さんが嫌なら移動します」
「いやいや、そういうわけじゃないんやけど。ほら、俺はこんなちっちゃくてカワイイ子と相席でご飯食べたらアカン顔やろ」
「? よくわからないですけど、お兄さんが嫌じゃないならべつにいいのでは」
「じゃあええんかな……。あ、ご飯冷めてまうな。堪忍な。食べよか」
「はい。いただきます」


 手を合わせてから味噌汁をすする。うん、あったかくておいしい。ここのお味噌汁はみかどみかんの皮を使っているそうで柑橘系の風味がする。一度飲むと癖になる味だ。いつでも飲めるインスタント版とか売ってくれないかな。あったら絶対買うんだけどな。

 次に担々麺に箸を伸ばす。これは麺が伸びないうちがいちばんおいしい。個人的にここの担々麵は辛すぎず、おいしいと思えるレベルの辛さなので好みだ。白髪ねぎのしゃきしゃきとした触感もいい。ずず、と直接丼に口を付けて汁を啜る。熱い。辛い。だがそこがいい。行儀が悪い? 馬鹿者、ちまちまレンゲですくって飲んでたら汁が冷める。担々麺で汁を冷まさないことに今わたしは命を懸けているんだ。そもそも見てるのは目の前のお兄さんくらいだろう。別に問題ない。ないったらない。

 そうしているうちに担々麵を平らげてしまった。空になった器を横に避けて、次はどれにしようかと一瞬だけ迷う。結局深く考える前に手はマグロ丼に伸びてたけど。


「……あれ、イコさん今昼ご飯ですか」
「隠岐。おまえこそどないしてん。狙撃手の合同訓練言うとったやろ」
「さっき終わったんですわ。作戦室戻ろうかと思ったらイコさん見かけたんで。隣、座ってもええですか?」
「俺は全然ええけど」


 お兄さんの知り合いが通りかかったようで話しかけてきた。顔を上げると、お兄さんと同じジャージを着てサンバイザーをつけたお兄さんが立っていた。相席していたお兄さんがうかがうようにこちらを見たので、大丈夫です、という意味を込めて頷いた。すみません、今口の中でマグロ丼が宝石箱なので喋れなくて。

 おおきに、と愛想よく笑い掛けながらサンバイザーのお兄さんはゴーグルのお兄さんの隣に座った。そのままにこにこと笑いながら、わたしが飲み込んだのを見計らって声をかけてくる。


「はじめましてやんな。生駒隊の隠岐孝二いいます」
「……南沢天です」
「エッ南沢!?」
「よろしゅうなあ。ていうか、イコさん知らずに一緒にごはん食べとったんですか」
「いや。なんかこう、自己紹介のタイミング逃してもうて……。なんか海にどことなく似とんなとは思っとったんやけど。今更でもうしわけない、生駒達人いいます。はじめまして、海のお姉さん」
「どうも」


 南沢、という名字に反応したゴーグルのお兄さん……生駒先輩にふっと記憶が蘇る。この人、前に海とランク戦してた人だ。迅さんの言葉もふっと思い出す。……そっか、この人が海の入る隊の。


「……海がお世話になります。生駒先輩」
「ああ、もう海から聞いとったんか」
「いえ、何も」
「え?」
「あら、まだ海はお姉さんに話してなかったんか。天ちゃんは誰から聞いたん?」
「迅さんから海は生駒先輩の隊に入るよって、予知で」
「迅か。なんやフライングみたいになってもうたな」


 やっぱり海はもう生駒隊への加入が確定しているらしい。教えてくれないのはなんでなんだろう。まだ、という隠岐先輩の言葉に引っかかりを感じたが何も言わずにいておいた。


「……あの、海には黙っててもらっていいですか。海が生駒隊に入ることをもうわたしが知ってるって」
「それはええけど」
「ありがとうございます」
「まあ海も自分でお姉さんに言いたいやろうしな。代わりと言ったらなんやけど、天ちゃんも海が生駒隊入ること、黙っててもろてもええやろか」
「大丈夫です。誰にも言いません」
「おおきに。次のランク戦のだいじな隠し玉やから助かるわあ」


 ひとつ頷いて再び箸を進めると、生駒先輩と隠岐先輩が漫才のようなやり取りを始めた。けどツッコミ不足だと言うのはそういうのに疎いわたしでも何となくわかる。なるほど、海の性格やノリによく合ってる隊だ。
 海は、いい居場所を見つけたんだな。


「南沢ちゃん」
「?」


 顔を上げると、変わらない真顔で生駒先輩がこちらを見ていた。


「南沢ちゃんもいつでもうちの作戦室に遊びに来てや。ゲーム機とかあるし、お菓子もたくさん置いてるし」
「……」


 困惑した。なんでわたし? 少しおろおろしてしまって隠岐先輩の方を見たけど、おだやかに微笑むばかり。目線で訴えても首を傾げて、ん? とはぐらかされた。


「……機会があれば」
「いつでもおいで。大抵誰かしらおるから」


 やさしくそう言ってくれた隠岐先輩には悪いけど、海が言い出してくれない限りは無理だと思う。……海から聞いても、正直行く気はしないが。うんうんと深く頷く生駒先輩から目を逸らしながらごはんをひとくち。まだまだごはんが残っていて助かった。そのまま口の中のものを切らさないように箸を動かし続ける。

 とっくに生駒先輩のナスカレーは完食されているのに2人とも席を立たずにずっと漫才のようなトークを繰り広げ、結局食べ終わったお皿を返却するのを手伝われてしまった。ありがたい。ありがたいのだが、全て綺麗に完食したお皿たちを見ながら、いっぱい食べることはええことや……と孫を見る様な目で見られたことだけは解せなかった。


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