08

「………おなかすいた………」


 本部のすみっこの方にある自販機の横。ベンチで丸まりながらうう、と呻く。
まともにごはんも食べられないなんて。それもこれも全部あのわけのわからないB級の人たちのせいだ。

 出水先輩とランク戦をしたのが昨日の話。そしてその戦績は瞬く間にボーダーに広がってしまったらしく、ボーダーにきた途端知らないB級隊員数名に取り囲まれた。捲し立てるように話された内容を要約すると「自分たちのチームに入らないか」という勧誘らしかった。
すぐに「チームを組む気はないです」と答えれば残念そうな顔をしつつほとんどの人は「気が変わったらいつでも来てくれ」とだけ言って引き下がってくれたのだが。


『おまえがいてくれればA級挑戦も夢じゃないんだよ! 頼むって!』
『A級になる気はないのでべつに』
『そこをなんとかさ、ね?』


 一部やけにしつこい人たちがいた。海を見つけてわたしがそちらへ行ったのでその場は事なきを得たがその後ランク戦ブースでも絡まれたのだ。お昼に食堂に顔を出そうとして、誰かを探すようにあたりをしきりに見回すあの人たちを見つけた時は流石に顔をしかめた。おかげで今日昼ご飯を食べられていない。よく知りもしない人たちにしつこく絡まれながらごはんを食べるなんてお断りだ。空腹は耐えがたいけどおいしいごはんに集中できないくらいなら我慢する。

 だからキットカッタを食べて気を紛らわせようと思ったのに、今日に限ってキットカッタを切らしていた。絶望。わたしなにかわるいことした?


「……あの、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶじゃないです」


 知らない間に人が通りがかっていたらしい。心配そうにおそるおそるかけられた言葉に何も考えずに即答してしまうくらいには弱っていた。空腹は罪。


「え、ほんま!? どないしよ……気分が悪いとかですか? 横になります?」
「いや、そういうのじゃなくて……」


 くきゅるるる。


「「…………。」」
「……作りすぎたお弁当あるんやけど、食べます?」
「いただきます」




::




「おいしい……!」
「昨日の残り物とかばっかやしそんな大層なものやあらへんよ」
「おいしい……!!」
「人の話聞いとる??」


 この大変おいしいお弁当を恵んでくれた女の子はオペレーターの細井真織さんというらしい。ちなみに年上だった。ついでに言うなら例の生駒隊のオペレーターさんだった。紹介されてもいないのにどんどん生駒隊とエンカウントしてる気がする。会ってないのあと1人なんでは? 海に紹介されるときわたしどんな顔すればいいのか。まあ現状その日が来るのがいつになるのかわからないんだけど。

それはさておき、先輩の持っていた保冷バッグから取り出されたお弁当箱の中身はいろどりよし、栄養バランスよし、もちろん味も花丸のおかずたちだった。にんじんが星型に抜かれていたり、食べやすいようにピックがささっていたりと細かいところも凝っている。
こんなに素晴らしいお弁当はじめてでは? ちなみにうちは両親共に料理が苦手なのでお弁当は基本無い。


「まあでも助かったわ。このままやと痛んでまうしと思って詰め込んだらちょっと多すぎて困っとったところやったし」
「……多いです? これ」
「これ4人前はあるで。……さっきから思ってたんやけど自分、めっちゃ食べるな」
「そうですか?」
「みるみるうちにおかず減ってるし。よっぽどお腹空いてたんやな」
「おなかすいてたのもありますけど、真織先輩のごはんがおいしいので」
「そ、そうなん。べつに大したもんやあらへんけど……」


 ごにょごにょ。真織先輩がなにかもごもごと言って恥ずかしそうにしているけど、なにか照れる要素あったかな。あっこのきんぴら絶妙なしゃきしゃき加減。甘辛くてごはんがすすむ。


「それにしても最初聞いたときは全然海とは似とらんなと思ったけど、こうして見ると海に似とんなあ」
「……似てます? わたし」
「うん。ごはん食べとるときの顔とか似とんで」


 ごはん食べてるときの顔が似てる、かあ。むにむにと顔を触ってみる。そんなつもりはないんだけど。でも似てると言われたのは嬉しいのでへへ、と笑ってしまった。


「あ」
「ん? どしたん?」
「海が生駒隊に入ったこと、わたしが知ってるって内緒にしててもらってもいいですか?」
「ええけど。……なに、もしかして海まだ言うてへんの?」
「はい」


 そう聞くと真織先輩は困ったような、呆れたような複雑な表情をして何か言いかけた。けれど結局何も言わずに大きなため息をつく。


「……まあ、本人同士の問題やしな。これ以上はなんも言わんどくわ」
「……ありがとうございます」
「やめやめ、お礼言われるようなことしてへんし。……そういえば、天ちゃんはなんでこないなところにおったん? おなかすいたなら食堂あるやろ」
「……それが……」


 かくかくしかじか。事情を説明すると真織先輩は眉をひそめた。そら大事やん、と呟く先輩に深く頷く。


「知らない人たちのせいで食堂のおいしいごはんが食べられないのはすごく困ります。おおごとです」
「いやそこ!?」
「真織先輩、キレのいいツッコみですね。まるでこのスパっと断面が切れた肉巻きのよう」
「そのたとえもなんかこう、どうなん!? ……アカン思わずツッコんでもうた……。とにかく話戻すけど、食堂にすら行かれへんのは困るやろ、どうすんの」
「ほとぼりが冷めるまでは購買ですかね」
「その調子やと購買も張られるんちゃう?」
「……確かに」


 でも隊員1人入れるためにそこまでする? ……するからこうなってるのか。流石に誰かといるときは突撃してこないけどだからといって海にずっと一緒にいてもらうわけにもいかない。さてどうしよう。
 肉巻きをもぐもぐしつつ考えていると真織先輩がよかったらなんやけど、と切り出した。


「暫く天ちゃんのぶんまでお弁当作ったろか? 土日のボーダー来る日だけやけど」
「え?」
「ほら、ウチスカウト組やから一人暮らしなんよ。作っても食べきれんことあるし、天ちゃんあんまり美味しそうに食べるから作り甲斐もあるしな」
「……ほんとにいいんですか?」
「ええよ」
「じゃあ、お願いします。ありがとうございます、この御恩はかならず何かの形でお返しします……!」
「大げさすぎへん?」
「そんなことないです。真織先輩のごはんはすごくおいしいです、お金とれます。いくら払えばいいですか?」
「いやお金取らへんからな!?」


 ほんと作り甲斐があるやっちゃな、と照れたような顔をしている。かわいい。まじまじと見つめているとわざとらしく咳ばらいをしてからスマホを取り出した。


「じゃあ連絡先交換しとくで。シフトとか予定もあるやろうし、木曜までに連絡くれたらお弁当作るから」
「はい、ありがとうございます」
「ん。ちなみにアレルギーとかは?」
「ないです。なんでも食べます」
「了解。リクエストとかあったら言うてな。その方がこっちも助かるし」
「はい!」
「めっちゃ声デカなってるし。どんだけリクエストしたいねん」
「だって真織先輩は何つくっても絶対おいしいです」
「……っはは、ほんまどっからその自信来るんやか」


 先輩はわたしの言葉にちょっとだけ瞳を揺らして、嬉しそうにはにかんだ。食堂に気軽に行けなくなったのはおおごとだけど、代わりにこんな素敵なことがあったからプラマイプラスだ。残り少なくなったおかずたちを味わいながら食べ進める。週末はどんなすてきなごはんが待ってるかな。



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