記録 落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する2021/03/12 靴の踵が潰されて間抜けな音が廊下に響く。ポケットに突っ込んだ手がガムの包み紙を少し裂いた。‖世界には78億344万7993人の人間が存在して、ほら、この一瞬で7970人になった、7975人、81人、あっという間に7987人だ。 2021/03/11 コインを投げても表が出る確率は1/2じゃない。何故ならこの世に存在する賽もコインも、無傷なものなどないから。‖ホテルの一室に入ったら、バスルームに消えて行く背中を見送る。余計な言葉は交わさない。 2021/03/10 名前も知らない女をこの胸の裡で何度も何度も殺した。‖一週間が経った。騒ぐ世間は美味い餌にありつけたとばかり、電車内の広告も露店の雑誌も一様に毒々しく染まった。 2021/03/09 寮のルームメイトを起こさないよう明け方部屋に忍び込み、音を立てないよう鍵を締めるのに尽力した。‖はくはくと開く口は、必死に広がろうとする肺は、一様に酸素を求めて足掻いた。息が、出来ない。 2021/03/08 夏休みに入って数日後。幼馴染の部屋で我が物顔で寛いでる俺に、あいつが「あのさぁ、」と切り出した。‖××が死んだ。血液内の酸素濃度が下がって血圧が下がり、呼吸が弱くなり、それから全てが止まるのはあっという間だった。 2021/03/07 あれが欲しい、これが欲しいってあんた強請るだけで私に何も与えてくれないじゃない、お生憎さま、その程度のおためごかしに引っかかる女じゃないわ。‖裸足で駆けていった校庭の焼けるような砂の熱さ、指の間を抜けていくざらつく土、青い抜けるような空と欅の揺れる枝、プランターに植えられた朝顔の苗。 2021/03/06 三年前に深い科に落ちてから罪悪感は薄れるばかり、僕の前頭葉はすっかり泥濘に沈んでいる、まるで死んだように生きていきたい。‖すっかり呂律の回らない口元は白痴めいて笑まい、君の婀娜のなにかを媚びる眼差し、僕は全てに知らないふりをしてコップに水を汲む。 2021/03/05 空を泳ぐ鯨はきっと飛沫を上げながら青色に沈んでいくのだろう、その時顔に吹き付ける潮水は幾ばくか、轟く波音は何処までも。‖君の言葉は桎梏となって僕を繋ぎ、何かをする気力をすべて奪っていく、抜け殻のような僕に寄り添って世話を焼くのが君の生き甲斐かい? 2021/03/04 なんで生きているかなんて分からないよ、死にたくないって浅ましい一心で生にしがみついているだけだからさ。‖アスファルトに散り染める花びらを踏みつけていく人々、滲む桃色、ああ今年も春が来た。 2021/03/03 僕は間引かれる側の人間だから君の悩みのひとつも分かりゃしないよ、それでも声を聞きたいと思うのは思い上がった願いなんだろうね。‖真っ白の五線譜を指先をなぞったって一音も湧きゃしないよ、僕の中の音楽は枯れてしまった、誰にも授ける言の葉のひとつもありゃしない。 ;prev or next ☂top page |