記録 いつかイスラ・ヌブラル島で出会おう2021/03/22 カチャカチャと食器の擦れる音、鼻腔をくすぐる食べ物の香り。パタパタと誰かの足音。それはだんだんと大きくなって、ガチャリと扉が開いた。‖ブラインドの隙間から差す光が空中を舞う埃をキラキラと輝かせる。一歩外に出れば殺人レベルの暑さに見舞われるが、ガラクタばかりの割りに落ち着いた店内は快適を保っていた。 2021/03/21 壁一面に嵌め込まれたステンドグラスから差し込む光が、椅子に座って教えを請う生徒達の上に艶やかな陰影を投げかける。‖入学から二週間が経つと少しずつ新生活にも慣れ始め、同調し合う者、反目し合う者、寄り添う生徒の輪が少しずつ形作られていく。 2021/03/20 低く心地の良い声が式辞を述べる。聖堂にて厳かな入学式が行われていた。‖帰り道、コンビニで購入したアイス片手に家に向かっていると××が唐突に言った。彼とは最寄りが同じなのだ。 2021/03/19 人より特に優れているわけでも、劣っていたのでもなかった。僕にとっての平凡はしかし、あの日一瞬で壊されたのだ。‖ホームルームが終わると共に、収まっていた喧騒が一気に蘇る。清掃のために一斉に机に椅子を上げる音、部活の準備で慌てて教室を飛び出すクラスメイトの声。 2021/03/18 僕は生温い水の中にゆらゆらと漂っていた。そこに時間は無かった。感情も無かった。ただ彼が与える物を僕は吸収していった。‖特別なんていらなかった。才能なんて欲しくなかった。十六年かけて築いた小さなテリトリーで、ただただ「普通」でいられたのなら。 2021/03/17 ××は身体の節々の鈍い痛みに目を覚ました。冷たい床から身を起こそうとすると、首と手足に繋がれた鎖が音を立てる。‖鬱蒼としげる森は遠目にも近寄り難く、捻れた木々は日当たりの悪さにいじけてしまった様だった。人の通れる道などもちろんなく、獣道と思われる跡が切れ切れに続いている。 2021/03/16 「それ」は、ひどく醜悪だった。 「それ」は言うなれば欲望であった。その歳の青年には珍しくもない衝動だったが、「それ」の本来あるべき姿ではなかった。‖うだるような暑さに拭っても拭っても噴き出す汗。部屋に籠った熱気を縫って逸らすことの出来ない視線に、一種の強迫観念と言いようのない興奮を覚えた。 2021/03/15 目はなるべく合わせない事だ。不思議に揺らめく青味がかった緑を見たら、きっと錯覚してしまう。‖××は普段から髪や頬に触れたり、指を絡めたり、甘く優しい戯れが好きだ。それは大抵彼の気分であって、特に意味のない行為なんだろう。 2021/03/14 終幕こそが美しい。演劇や本はそれを擬似的に教えてくれる。‖気配を感じて右を向くと、思ったより近くに××の顔があって軽く仰け反る。ぬらりと黒い瞳は闇を湛え月光に淡く煌めいた。 2021/03/13 ××には心臓が2つあった。何を言っているかって? 言葉通りの意味だ。‖「もしも必要ないのなら、」○○は一旦そこで言葉を切った。緊張を紛らわせるかのように渇いた唇をひと舐めして湿らせる。「××の死んだ心臓を、俺にくれないか」 ;prev or next ☂top page |