10,911mに隠した怯え

2021/05/31
デルピュス‖お前の体ひとつ眠れる棺に、真紅の百合を敷き詰めよう。瑞々しく厚い花弁が、お前の柔く芳しい肉体となるだろう。花の色はにわかに流れ出し、血となって脈を打ち始めるだろう。おお、愛すべき我が子よ、絶望することなかれ。綺麗は汚い、汚いは綺麗。新しい掟に従って、お前は、千夜を統べる魔王となるのだ。


2021/05/30
今夜あなたを傷付けます‖荒波の激しさと哀しみを飲み込めたのなら、さながら凶暴な白鯨だとあなた昔みたいに笑ってくれるのかな


2021/05/29
マリーの呪い‖あなたは盲人であった。ちょうど蟻の醜悪な外形も彼等の完全な秩序も未だ知らぬ幼子が、その隊列を踏み荒らし、巣穴から水を注すように、あなたは洪水を起こした。あなたがわたくしに施した行為は、愛するという名前さえついていなかった。時に残忍であったが、それはわたくしの肺をいっぱいに満たした。そのままで美しかった。マリーの呪いはキスでは解けない。


2021/05/28
If someone had to do it, but why me? Why me?‖では、もし、母親が子どもを強く憎んでいたらどうなる。永久に血液を巡回し、体中を侵食する呪いにかけられるのか。彼女の打ち付けた杭が自分に突き刺さっているのが分かる。母さんは死んでなお僕を傷めつけようとしているんだ。


2021/05/27
病める鶏‖私の人生とはキンダーガーテンのうさぎを締め殺した昼休みのことだった


2021/05/26
わたしのトイルを愛撫して‖あの人の弱音を一体誰が聞くだろう。その時、世界がひっくり返ってしまったと思った。あの人は、つまり、自分にはもっと別の生き方があったんじゃないかって言ったんだ。彼は、ただの男のひとだった。こんなにもさびしい男のひとを、どうして誰も守ってくれなかったのだろう。好きって、その人を守るための苦労を厭わないという意味なんじゃないかな。だから、ぼくは、彼の利益のためではなく、彼の魂のために働きたい。



2021/05/25
慈雨‖彼女は僕の知っている中で最高の淑女だった。満ち足りていて、ゆとりがあって、他人に影響されず、傲慢でなく、自分の幸福追求のために、穏やかに生きていた。だが僕は彼女に対して不誠実だった。僕が愛していたのは、彼女のようになれたかもしれない僕自身だった。それでも、彼女が死んで喜べるほど、彼女を妬んではいなかった。


2021/05/24
死魚 shigyo‖お前を抱きしめると、背中に刺さっていた針金が溶けて消えるような心持ちがする。お前が、お前のすべてで私を労ろうとしているのが分かる。お前に惹かれてゆく。お前が堪らなく欲しい。そしてお前に与えてみたい。お前は優しく、不可解に、私を迎え入れるから。意外にも私はそれらを恐れてはいない。だが、お前を愛することは、認めることと同じだ。かつて、見て見ぬ振りをしてきた空虚さを。早足で通り過ぎてきた寂しさを。失うものは何もないと言いながら捨ててきたすべてのものを。私はそれこそが恐ろしい。私はあまりにも長く独りで居過ぎたのだ。誰もが生まれたときから受け取っているものを、何ひとつ与えられなかったと認めるには、あまりにも長い時間。誰が答えられよう? 私のこれまでの人生は、何であったのかという問いに。既にお前なしでは呼吸もできない。


2021/05/23
男の来訪‖信じるものだけが真実なのだ。彼の骨ばった指がマグを支えているのは不思議だ。ミルクは入れないかもしれないが、ティーカップの折れそうなハンドルを抓んでいる方が似合うと思った。それとも、繊細なファイアンスに対する哲学的批判さえも、彼にとっては切り離したい重荷でしかなかったのか。マグの素朴な温もりを両手に受け止める。彼と同じものを飲食することが、彼への理解になるわけではないのだが。



2021/05/22
稜線を描いて光れ‖歩いている。息が白い。空が高い。月はない。白い星の糸が無数に垂れて、幕を織り成す。その中に隠れてキスをしたよね。手を取り合って。もう忘れた? 忘れたいと思った? 今どこにいますか。元気でいますか。苦労はありませんか。あんたは昔から無鉄砲な人だけど、いい加減、無茶は止してください。風邪を引きやすいんだから。ここは寒い。体が冷たい。どうしてか俺は左にしか曲がれない。それでこれが悪夢だと気が付いたんだ。お願いだよ。世界中の稜線を描いて光れ、冬のシリウス。


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