10,911mに隠した怯え

2020/01/30
274 灰に濁る‖こんなことになるなんて思わなかった
罪人はそう言った。「こんなこと」、など、自覚しているなら尚更質が悪いというものだ、彼女は目の前でわんわんと泣き崩れている。なんとも自分勝手な人間だろうか。一見反省しているように見えるこの女でも、目の前の惨劇に泣くしかしないのだ。結局何一つ感じちゃいないし、思っちゃいないのだ。わたしはこの生き物に熟々辟易していた。
貴女が殺したのは目の前にいる屍だ。息をしていない、温度もない冷たい肉塊だ。君はそれを理解しなくちゃならない、理解をしろ、こっちを見ろ、受け止めろ、目を逸らすな。
いつかわたしと同じようにその眼光が開かれ動かなくなるときまで、わたしのこの姿をその脳裏に穿て、焼き付け、後悔しろ。
そうだ、もう離せない、離してやれぬ。その一生をわたしの死に捧げろ。



2020/01/29
人魚の蘇生‖屍は色を失う。
昔どこかで聞いた言葉だが、僕にはてんで意味が分からなかった。色を失うも何も、屍は屍、それ以外何があるというのだろう。誰が言ってたんだろう、どうしても思い出せなくて。
そしてもやもやとした雲のような気持ちを抱えて2ヶ月、ふとした瞬間にその言葉を言っていた子の名前を思い出した。ミーナ、僕のミーナ。どうして忘れていたんだ。僕の大事な友達。気付けばどこかに消えてしまっていた、大切な女の子。
あぁ、やっと逢えたねミーナ。おかしいね、僕のママは君のことなんて知らないっていうんだ。おかしいよね、僕しか、君のことを知らないなんて。



2020/01/28
デッドストック・ラブ‖いやはや、君は何もわかっていないなぁ。僕が思ったことだとか、願ったことだとか、まるで知らぬふりをするんだから。それがどれだけ罪深いことなのかも知りもせずに。君という人間は本当に最低な人間さ。
でも、そんな君でも僕は嫌いになれないのだから、僕の方が罪深いのか。もう訳が分からなくなってきたが、それでも君のことを考えることをやめられない僕は、こうやってまた、罪深い君が傷つかないことだけを祈るしかない。



2020/01/27
雲に蕩ける‖春の雨に降られたぼくはどこへ向かうのだろう。八分咲きだった桜は満開を迎えることなく散っていった。嵐はすべてを持っていった。青とか陰とか、晩とか光とか。それでも春は笑って言った。
一年に一度しか来ないから、何をもって行ったっていいんだ。
勝手な言い分だと思った。ぼくは、春にとって一年に一度しか使わない、一年≠ニいうものを、幾度も越えて、越えて越えて、嫌になるほど越えなきゃいけないのに、その中で得たものを奪われたらどうすればいいんだろう。ずるいよ、ずるすぎる。積み上げるのは大変なのに攫っていくのは簡単だなんて。いっそのこと、ぼくのことも連れ去ってくれよ。



2020/01/26
使わぬ牙をひたすら研いでいる‖壁にかけてある剥製は、その昔叔父が買ってきたものだという。いや、貰ってきたもの、だったか。とにかくそれは、物心ついた時からその場所に鎮座していた。その場所は彼――いや、彼女かもしれないが、紛らわしいので彼と呼ぶことにする――の特等席で、誰にも取られない場所だった。もちろん、人間が壁に座ることなどできないから必然的なものだったが。それでも彼は満足らしかった。大きな中を、美しく繊細に彩られた彼は己が削られたことなど微塵も気にしていないようだった。その場所だけ、ただ彼だけを見つめていれば、まるで知らない彼の故郷が、自然と目の裏に浮かんでくるようなのだから。
彼の故郷のことを私は何一つ知らない。どこで生まれてどこで育ったのかも。けれど彼は、彼のふるさとを、1ミリも忘れていないようであった。
……私はそんな彼を羨んで、もう幾年も暮らしている。



2020/01/25
眠らない森の魔女‖ピンクは好き。だってあなたに似合うと言われたから。黒も好き。だって、何にも染まらない色だから。あたしを誰でもない、あたしにしてくれるから。
でももう意味が無いかもしれない。だってピンクと黒なんて、まるで悪い女が身につける代表格。あたしはそんなの、望んじゃいなかった。あたしにだってプライドくらいある、馬鹿にしないで。
でも、仕方ないね、あたしはきっといい女じゃない。だからあなたに惚れた。



2020/01/24
ロマンティックスーサイド‖僕がいなくなったら、君は悲しいですか。僕は今まで、なんてことないことを幸せだと感じたことがありませんでした。君はどうですか。僕は本当に君が好きでした。君は僕のことを好きでいてくれました。でも僕は、臆病でした。君が教えてくれたことでさえ僕は信じることが出来なかった、最低な男です。でも僕は伝えなかったことを後悔していません。それは、君の為だと言ったら、君は多分僕を怒るでしょう。ごめんなさい。この気持ちは、愛です。この言葉は君を縛る魔法でした。だから言えませんでした。君は知らない、僕だけが使える最低最悪の、卑怯な魔法でした。こんな言葉、一度も使っちゃいけないのです。

その代わりに、僕は君に幸せになる魔法をかけました。それでも君はきっと怒るでしょう。でもやっぱり僕は後悔はしません。君が笑えていたらそれだけで僕は幸せです。この魔法は、僕が君を想うから使えた魔法です。いいんです、君に恨まれても。君が最後に笑えるなら。

だから、どうかわかって。
これは、僕を縛るけど、君を幸せにする魔法。

「さようなら。どうか、お幸せに」



2020/01/23
月明かり曳光‖ひとときの夢をみた。それは灯篭のように、琥珀糖のように、朝日のように。とてもおいそれと、口に出して言えるような、例えられるような美しさではなかった。それはたくさん、見たこともないくらい見事に咲いていて、そして見たこともないくらい綺麗な空が広がっていて、そこら中がまるで宝石だった。あぁ、美しい。ここは優しいなぁ、柔らかいなぁ。
だから、ここは夢なんだろう。僕は知っているよ。



2020/01/22
では輪廻の外にて再会を‖君が生きていない世界を捨ててどれほど経ったのか。私は凝りもせず、またこうして生きている。君を探すのも幾度目かわからない。これだけ経ったら、もう君は私を覚えてはいないかもしれない。それでいい、いいんだ。君が覚えていなくっても、私がちゃんと覚えているから。本音を言えば、少し悲しくて寂しいけれど。
でも、また、君が見つけてくれるって言ったから。こうして、何度も、何度も、私は探し続けている。君が私を見つけてくれるまで、ずっと。だから朝が好きになった。また君を探せるから、また君に見つけてもらえるかもしれないから。地の底や、空の上では、なんだか寂しいだろう。
だからここで君を探して、そして、待っている。



2020/01/21
星砕きの巫女‖陳腐な言葉で表せられないのは、多分私の今いる立場だろう。傍から見れば悪女かもしれないし、いいように男を誑かす尻軽かもしれない。多分、そうなのだろう。
彼は私から離れない。
そして私も彼から離れられない。
そんな相手が二人いるだけなのに。
重い罪だと、人は言った。私は、どちらか決められない。でもこれが罪であるというならば、罪だと、糾弾するのならば。私は多分、主人公なんかじゃないんでしょうね。然れば、彼らも、白馬の王子様ではないのでしょう。



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