記録 落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する2021/04/21 ロシア雪物語‖「ロシアではね、-40度になると休校になるんだよ」 紅茶を魔法瓶で飲んでる彼を横目で盗み見、そうなんですか、と淡白な返事を返す。特に気にした様子もなく「まぁ大学は関係ないんだけどね」と続ける彼にでしょうね、と思いながら同じように紅茶を飲む。ジャムに紅茶は不思議な体験ですが慣れてしまえば悪くはないですね、と会話したのは5分ほど前のことだ。 「今日の気温は-32度。休校にはならないね」 「……大学は休みにならないのでしょう」 「あれ、聞いてたんだ」 心外です、という顔をすればにこにこするのだから、まったく。聞いてないふりはやめられません。 2021/04/20 イタリア暮らし‖「美味しい……!」 「そうでしょ?自信作なんだ!」 ニコニコと笑いながら手作りの焼き菓子たちを頬張る彼につられ、私もなんだかおかしくて笑ってしまった。 今日で1か月目となるイタリア滞在は折り返し地点に来ていた。 「君といるのもあと2か月かぁ」 「だいぶお世話になりました」 「お互い様だよ!」 彼が私の住んでいる国に来た際が私が、私が彼の国に行く際は彼が面倒を見るのが私たちの間では当たり前になっている。夏の休暇を私の家で過ごす代わりに、私は冬の休暇を彼の家で過ごすのだ。 2021/04/19 イギリスお菓子物語‖「これ、すごくおいしいです」 ただ口の中でもごもごするので紅茶は必須ですが。そう付け加えると彼はふわりと笑った。 「菓子作りは得意なんだ」 「意外、です。ええと、もちろんいい意味で。普段作っている姿は見たことがなかったので……」 「隠れて練習してたんだよ」 紅茶を飲みながら優雅に笑う彼はとても美しく見えた。 2021/04/18 BRITISH‖曇りや雨が多いといわれているこの国にも晴れという日はやってくる。 淹れてもらった紅茶を呑みながら庭に目をやるとせっせと手入れをしている彼がふとこちらを向いた。 「美味しいか?」 「えぇ、とても」 「紅茶だけは?」 「……心の声が駄々洩れでしたか」 「否定しろよ」 クスリと笑い彼は再び背を向ける。行き届いた庭が彼の、植物への愛情を物語っている。 2021/04/17 あとは天高く堕ちるのみ‖これは呪いだ。私の呪いだ。 目の前でエグエグ止まらない嗚咽に苦しんでいる貴方を眺めて良い気味だと思った。 暗い宇宙にひっそりと棲むちいさな孤独ないきものなのだろうと思った。 私が如何様に背を撫で慰めを嘯いてもきっと一度きりも頷かないのだろう。 貴方以外の誰も貴方をわかり得ない幸せの心地にいつまでも揺蕩っているのだろう。 どうか貴方が泣き止まぬよう、キスをした。 「優しくするなら、優しさを装わないでおくれ。僕はきみが好きなのに」 私は笑ってしまったが、貴方にはわからないだろう。 私はそんなこと知らない。貴方のそばに居たいだけだから。 2021/04/16 「もっと単純にさ、好きか嫌いかで言ったら好きだし、『愛してる?』って聞かれたら『もちろん』って答えるけどね、一緒にいたいかどっか行ってほしいかって言われたら、そう、今だけはちょっと距離を置きたいんだよ」‖大好きな花の名前を、聞いた。めずらしくもないその名が、どうして耳に止まったのかはわからない。だけど、そうして振り向いたときに見えた膝丈のフレアスカートがとても綺麗で。つぎに目にはいったのはきらきら輝く宝石みたいな瞳で。一緒にいる男に笑いかける表情だって美しくて。僕のものにしてしまいたいと思ったのだ。その真っ白なブラウスも素肌も、僕だけの赤で染めてしまいたいと。うん、そうだよ。愛してしまったんだ。こんな愛し方しかしらない僕だけれど、それでも、君を好きだった。だって僕は、どうしようもない殺人鬼。 2021/04/15 女は煙草を吸わない‖別れた相手が恋しくなるのは男ばかりで、女はむしろ過去を憎んで生きている。昔の恋人がまだ好きなんて言っている女の中では、その恋は未だに生々しく息づいているのだ。 2021/04/14 蠍を喰う‖ピーコックグリーン。孔雀の緑。ピーコックブルー。孔雀の青。それなら、ピーコックゴールドがあってもいいと思うのだ。目玉のまわりをぐるりと囲む派手なアイライン。絢爛な金。 2021/04/13 香枝子のために‖「いちばん好きなものを、ほかのいちばん好きなもののためにあきらめるなんて馬鹿げてる」 2021/04/12 ジパング産まれ‖指先が炭酸水になったみたいだ。味のついていない、お酒と混ぜるための、人工的につけられたきつい炭酸にまみれてぱちぱちはじけた。 ;prev or next ☂top page |