4分33秒のテディベア

2021/04/01
目の前で何か喚き立てる声を聴き流しながら、思考と感覚がゆっくりと乖離していくのを感じていた。‖張り出したバルコニーから月光に染められた薔薇園が黒と銀に縁取られる様を見るともなしに眺める。幻想的な夜は彼の毛羽立った心を静めてくれる。


2021/03/31
温かいのに少し切なくてドロっとしていて、居心地悪くゆっくり胸を締め付けてくるような……この感情が何か、あんたなら分かる?‖彼の手が頬に添えられる。ゆっくりと胸を締め付ける“何か”は友愛とも、優しさとも違う。それはもっと仄暗く、パレットの絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような……得体の知れないもの。


2021/03/30
あの朝、遠くから見つめた孔雀色が僕を真っ直ぐ捕らえて離さない。ちらちらと細かい光が踊る。瞳孔の周りは深い蒼翠に縁取られ、瞳の外側に向かって放射状に淡く染まる翡翠色。‖鋭い蹴りが脇腹に入り、受け身を取り損ねた俺はあえなく地面に沈む。独特の匂いの染み付いた白いタイルに、鼻から垂れた血が点々と散った。


2021/03/29
噴水のへりに腰掛け、子供のように足をぶらぶらと揺らしている。彼の細い栗色の髪が月明かりに透けて金色に光っていた。‖橙から黄、黄から白へと、その身を尖らせて沖天へと昇る月が石畳を這うステンドグラスの色合いをゆっくりと変えながら、深々と夜を積もらせていった。


2021/03/28
洋燈の炎がたまに爆ぜる音とページをめくる音だけが部屋の中に響いていた。時計の針が深夜一時を指そうとしていた。‖神秘的な物語も授業では文法がどうの、動詞の変化形がどうのとつつき回されて色褪せてしまった。××は欠伸を噛み殺して頬杖をつき、斜め前の席を見やった。


2021/03/27
子供らしさを捨てることを強いられ、まさにこれから同じ形に思考を刈り取られようという生徒たちは、この狭い空間でただ身を焦がしていた。‖窓の外では深紅や白の薔薇が咲き誇り、木漏れ日が斑に地を染める。凍てつく冬を目の前に命を謳歌する草花には目もくれず、教室では単調な日常が繰り返されていた。


2021/03/26
昔からこちらを伺うような視線には慣れているつもりだ。そこに込められているのは無責任な関心と少しの畏怖。‖「あいつは悪魔の子だ」初めに言ったのは誰だったか。噂は尾ひれを付けて広まり、俺と遊ぶ子供は一人もいなくなった。


2021/03/25
扉を押し開ければ冷たい夜気が頬に触れ、銀白の月光に染まった庭は秋めくというより、異界への境界を曖昧にさせるような面妖な気を含んでいた。‖近づくほど大きくなる噴水の音を背景に、彼は花壇に咲く薔薇に目を留めた。まるで生を謳歌するかのように大輪の花が微風に揺れる。


2021/03/24
重厚な絨毯が足音を吸収する。かそけき灯に照らされて、回廊に立ち並ぶ石像達が不気味な陰影に浮かび上がった。‖天井まである大きな窓から足元へと透徹した月光が伸びていた。季秋漂う中庭も、今は冬の黒々しい河のような晦闇に沈黙している。


2021/03/23
「……×、…××………××××!」「っ、はい!」物思いに耽っているうちに当てられたのか、教師の怒気を含んだ声に現実に引き戻された。‖僕は昔から冷めた子供だった。どれだけ無駄な力を使わず物事をこなせるか、そんなことに全力になる奴だったのだ。


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